第十二話 それは犬派と猫派の対立の如く

 天音と一緒に登校する……それが数年ぶりの、願望交じりの夢ではない現実として成ったとはいえ、俺と彼女の学校での付き合い方が急に変わるワケじゃない。

 一緒に登校したとはいえ教室には別々に入ったし、昼休みにはいつも通り天音を中心に男女を問わず色々なクラスメイトたちが集まり笑っていて、俺は俺でいつものオタ寄りの男4人で集まっていた。

 ただ、今日の俺たちは和気あいあいとオタ話をしているワケではない。

 とある話題を切っ掛けに険悪な雰囲気でにらみ合っていた。


「……まさかお前がそっちとは思わなかった」

「ぬかせ……貴様こそ、同士だと思っていたのにまさか敵対者であったとは」


 世の中には避けて通れない諍いが存在する。

 そこには金銭やプライドなどあらゆる理由が立ちはだかり、そのせいで人類は幾度となく無益な争いを続けてきたのだ。

 その理由の中には『好み』というどうしようもなく、そしてどうしても譲る事の出来ない事柄が存在するのも世の理だ。

 古来より犬と猫が、タケノコときのこが、きつねとたぬきが相容れぬように……。

 俺は拳を握りしめて力説する。


「だから、スピードと汎用性、量産の利く生産性を考えればロボットはリアルが最強なんだって!」

「その通り! 物量に勝る戦力はあり得ない!!」


 しかし工藤は眼鏡を光らせて立ち上がる。


「いや、装甲の強度と圧倒的な火力! ロボットはスーパーが絶対の強者なのは明白!!」

「そうだそうだ! 下手すれば一撃で撃墜されるリアルよりこっちのが強いじゃないか!!」

 議論はヒートアップして行くが互いに譲らないのでまとまる事はない。

 ……昼休みに入ったところでいつも通りアニメ談義を始めた俺たちだったが、某ロボット大集合の新作ゲームの話になった時に誰からともなくポツリと『リアルとスーパー、果たして強いのはどちらか?』と言った事でこんな事になっている。

 私見だが男のアニオタは大抵お気に入りロボットを持っていて、必然的に思い入れのある作品を最強と称する傾向にあると思う。

 そしてこの論争を始めると見事に2対2の図式が出来上がってしまったのだった。

 ちなみに“一年戦争”からすべてを網羅したアレに思い入れがバリバリの俺は完全にリアル派なのだ……異論は認めん!!


「だいたい工藤は何でスーパー派なんだよ! 今期のお前のお気に入りはリアル路線の作品じゃないか!」


 俺がそう反論すると工藤は一瞬「うぐ」と胸を押さえたが、やがて地獄の底から搾りだすように呻く。


「その娘が先週行方不明になったんだよ……」

「「あ……」」


 リアル派である俺たちも、当然先週の放送は見ている。

 そうだった……奴のお気に入り、ちょっと主人公と交流のあった妹キャラは敵対した後に主人公によって撃墜、爆破四散したのだった。

 工藤的にその展開に納得が行っていないのか『行方不明』と表現しているけど……。


「リアルロボットの装甲の薄さはどうにもならん! お気に入りのキャラが同じ機体に乗る確率の高いスーパーの方が良いと悟ったのだ!!」


 は、反論し辛い……そう言われると確かにこっち路線のロボットはお気に入りが作中で死にやすいという難点が存在するからな……。


「や、まあその点についてはお悔み申し上げるけどよ……そういう事を引き合いに出し始めるとスーパー系だって死亡するリスクはあるんだから、一概に安全とは言えんだろ?」

「でも先週に関しては機体の装甲さえ十分ならあの悲劇は起こらなかったはずなんだ! 量産を可能にした機体が抱える強度の問題は今後も重要な課題になってくる……。あとあの娘はまだ生きている!! お悔やみ申し上げるな!!」

「そうよ! 搭乗機体が頑丈だったら、先週の悲劇は起こらずに済んだのよ!!」

「しかし世の中には“当たらなければ”という至言もある。それはどんなロボットアニメでも変わらないし、巨大で頑丈なロボットも壊れる時は壊れる」

「そうだ……それに一度壊れると汎用性も互換性も無いから修理に時間が掛かるデメリットも大きい。こっちは修理も早いし同型機なら乗り換えも出来る!」

「すぐに修理できなくても、そこから改造、さらなるパワーアップがお約束で醍醐味じゃないの! そしてすべてが終結してからの熱血合体!!」

「パワーアップイベントならリアルだって二機目への乗り換えがお約束じゃないか! むしろ前の機体にヒロインや仲間が乗って連携攻撃を仕掛けるクールな展開!!」

「だから! それじゃあお気に入りのキャラへの危険性が変わらないじゃないの!!」

「だからそれは巨大なロボットでも変わらない戦いの非情な現実で装甲だけの問題じゃ……」

「待て待て待て! いったん落ち着け夢次!」


 議論がヒートアップしていく中、オタ友の連中が俺の事を揺すって止めた。

 何だよ、今良いところなのに……そう思って振り返ると友人たちが4人。


……あれ? お前らいつの間にこっち側に?


 気が付くと俺の正面に座っていたのは『私は譲らないよ』とばかりに真剣な表情をした天音の姿が……。

 あ、あら? 俺はいつの間に天音と激論を交わしていたんだ?

 そんな彼女に工藤が恐る恐る声を掛ける。


「あの、神崎さん? いつの間に俺たちの会話に交じっていたの?」

「ちょっと君たちの話が耳に入って、熱い議論の内容に、どうしても口を出さないといけないと思ったからね」


 ふんす、とばかりに得意げに鼻息を荒げる天音。

 そう言えばこの娘、昔から日曜朝のヒーローが好きだった事もあって『合体ロボット』が好きなタイプの女子ではあった。

 ……昨日の夢同様、どうやら卒業はしていないらしく、むしろ暑苦しい持論まで持つに至っていたとは……。

「私はスーパーロボットに一票よ! 同じ機体で同じコックピットで全員で叫ぶ必殺技! これに勝るものはあり得ないわ!!」


 突然自分たちの領域には入って来ないと思われた女子の参戦、その事実に工藤含むスーパー組は戸惑ったようだが、理解が及ぶと歓喜の雄たけびを上げた。


「うおお! まさか神崎さんが我々の同志だったとは!!」

「ようこそ我ら特機連合同盟へ!」

「一緒に連邦量産主義の連中と戦いましょう!!」


 ガッシリと手の平を合わせて団結する奴ら……天音はさっきまで向こうの席で話していると思っていたけどいつの間にこっちに来たのだろうか?

 しかし団結する天音に待ったを掛ける者がいた。


「それは聞き捨てなりませんね……天音さん」


 そう言いながら俺の背後から現れたのは、オカッパ黒髪で眼鏡をクイッと上げて光らせる天音の友人神威さん。


「汎用性の利く、訓練次第で誰でも搭乗できる機体がベースのリアル路線はそちらの『選ばれし者』限定の展開よりも場面によっては生き残る確率が上がるのです。特殊な場面のみに焦点を当ててもどちらが最強とは論じる事は出来ません。私はリアルロボットに一票です」


 おお! まさかまさかのこちら側にも援軍が!!


「……それにスーパーは大抵キャラが濃い。細身のイケメンはリアルに多いから至高!」


 ……若干アレな発言はあるものの、俺たちは自分たちへの援軍に活気づいた。


「そうだ! 力ずくですべてを片付ける傾向があるスーパーよりも技とスピードに主観を置いた戦闘スタイル……リアル路線の方が強いのは世の理!」

「よくぞ来てくれた! 友軍よ!!」

「待たせました……共に大砲大出力主義の連中と戦いましょう」


 チラッと横を見ると茶髪の神楽さんは“ヤレヤレ”とばかりに呆れた顔をしていた。

『あたしは中立』との事らしい。

 思わぬ方向からの援軍に“下らない”議論はヒートアップして行く……。

 うん、下らない議論なのは俺たちも分かり切った上で話しているのだ。

 それを踏まえても、やっぱり好きな事で話せるのはやっぱり楽しい……。

 ふと視線を感じて見てみると、天音がさっきまでいた席のほうからチャラ付いた男たちがこっちを睨んでいた。

 まるで“なんでそっちに行くんだよ”とばかりに……。

 ってか、完全にアイツは俺を睨んでいないか?

 すでに俺はヤツと天音が付き合っているって噂自体に無理がある気がしてきているのだが。



 しばらくして、俺たちは互いを称え合うかのように談笑していた。

 不思議な事に人間、自分と同じ領域だと認識してしまうと物凄く会話のハードルが下がるものだ。

 ましてやオタクは自分達がマイノリティーな自覚がある分この傾向が強い。


「いや~神崎さんがオタク文化、ましてやロボット談義に参戦してくれるとは思いませんでしたな」

「な~に、女の子がロボットアニメを見ないとでも? 君らは女子がその手の番組を見るなって輩じゃないでしょ?」

「無論だ! むしろ我らの同志が異性に、しかも同じクラスにいた事に……感動して……」


 大抵『戦い』をベースにした話は女子受けが悪い事が多いしな。

 つーか泣くな! お前らどんだけ卑屈なんだよ!!

 しかし、確かに今まで俺たちに接点なんて全然なかったのに、何で今日になって天音から声を掛けてきたのか……と、考えようとして止めた。

 とっかかりなんて……昨夜の一件しかないのだから。


「ね~ね~天地、昨日アマッちと何かあった?」


 そんな事を考えていると、ちょっとニヤ付かせた笑顔で神楽さんが質問してきた。

 昨日の天音を心配した時とは同じ言葉なのに、全く違うニュアンスを含んでいるのが丸わかりだが。


「いや、別に特別な事は……」

「ウソね。昨日までアマッちはな~んでか天地だけには話し掛けないとこがあったからね。誰とでも仲良くなるあの娘が天地だけにはなんでかな~って不思議だったんだけどさ」

「そうですよね。天音さん、天地君を気にかけてはいたけどどこか距離があったって感じでしたからね。何と言いますか、昨日の今日なのに凄く二人とも自然と話してますものね」


 神楽、神威の二人が妙に鋭い突っ込みをしてくるけど、真実を話すワケには行かない。

 そもそも『自在に夢が見れる』ってのも信じてもらえるとは思わんし、仮に信じられたとしても『夢の中と思って天音に色々した事がよりによって本人にバレで、昨夜凄く怒られた』なんて倫理的にも口に出せん!


「いや……な、昨日の夜たまたま話す機会があって……今まで何とな~く疎遠になってたから互いに話す切っ掛けが掴めなかったと言うか……」


 俺が当り障りのない事を言ってお茶を濁すと二人とも納得が行ったのか「あ~」って顔になった。まあ100パーセントウソではないしな。


「ま、分かるっちゃ~分かるか。アタシもガキの頃遊んでた男の子と今は余り話さないしな~」

「天音さんがっていうのは少し意外ですけどね」


 二人の親友の中でも天音は『男女問わず誰とでも仲良く出来る人』としてインプットしているんだな。

 その中に俺が今まで入れなかった事を考えると複雑な気分だけど。


 色々話していると、ロボット談義でも感じた事だけど俺たち4人と天音たち3人は結構話の相性が良い事に気が付いた。

 それは種類は違うものの、俺たちも彼女たちも『物語』を好む人種だったから。

 俺たちは主に漫画やアニメ、ゲームなどを好み、彼女達はドラマ、小説、都市伝説など俺たちのテリトリーから少し外れた物語に詳しい。

 変な話だが知らない世界の話でも『物語』のフィルターを通すと互いに受け入れやすい現象が起こるみたいだ。

 ロボット談義では中立を保っていた神楽さんは『都市伝説』について一過言あるらしく、一度語りだしたら、みんな彼女の語りに引き込まれてしまう。


「何と……最近の都市伝説はそこまで進化していたのですか。我ら凡人は触りの部分しか知らなかったという事なのか……」


 話自体は有名である『電車系』の都市伝説を聞いていた工藤は息を飲んだ。

 そんな反応が嬉しいらしい神楽さんが嬉々として話の佳境に入ろうとすると、突然さっきまで向こうにいたはずの、チャラ付いた天音と噂のある男が不機嫌全開の表情で近づいてきた。


「おいお前ら、何オタ共と話してんだよ。こんなの無視して向こう行こうぜ」


 明らかにこっちを見下した物言い……自分の方が上だと思い込んだ傲慢な態度だ。

 そんな威圧的な態度に工藤が若干怯んだけど、不思議な事に俺はイラつきの方が勝った。

 普段なら関わり合いにならないように流すのだけど、そこに天音が関わっていると思っただけで俺はヤツを自然と睨みつけていた。


「あ!? 何だその目は……何か文句あんの?」

「……………………」


 どうやら俺の反応が気に食わないらしいチャラ男は、更にすごんで来る。

 ……が、これまた不思議な事に前ならビビっていたと思われるのに、幾ら睨まれてもすごまれても……ムカつきはするが、恐怖の感情は一つも湧いてこなかった。


『……明晰夢でヒーローのやりすぎ……かな?』


 ここ毎晩俺はあらゆる戦いをする、毎回世界は違えど『ヒーロー』の夢を見まくっていた。

 そこでは本当にヒーローを亡き者にしようと襲い掛かる敵、魔物や化け物、魑魅魍魎と迫力満点の連中を相手にしていた。

 同い年の、特別鍛えているワケでもない男の威圧なんて……それに比べれば……。


「……はあ」


 俺が呆れた溜息を吐くと、チャラ男は「てめえ!」と顔を真っ赤にして掴みかかろうとして来た……が、それを天音が止めた。


「ねえ……何で私たちが貴方に指図されなきゃならないの? 私たちが昼休みに誰と話しても、他人の貴方にとやかく言われる筋合いは無いけど?」

「な……お前!?」


 それは酷く平坦で、冷淡な声で……ワキで聞いている俺たちですら背筋を冷たい物が走った。

 しかし他人か……天音は確かに今そう言った。

 彼氏と噂されていた奴に対してハッキリと。

 そしてチャラ男はしばらく怒っているのか戸惑っているのか分からない百面相をしていたが、やがて「気に入らねぇ」と吐き捨てて教室を出て行った。

 一連の会話を見ていた俺は……。


「嬉しそうね天地」

「!?」


 唐突に神楽さんが俺の心情を耳打ちしてきて心臓が跳ね上がった。


「その反応……アマッちがアイツと付き合ってるって噂を聞いてたんでしょ?」

「う? ……え、ええ」


 急激にバクバク鳴る心臓を何とか鎮めようとしていると神楽さんはニカッと笑って俺の背中をバシバシ叩き始めた。


「あはは、安心しなよ。そいつはアレが意図的に流したデマだから」

「意図的に流した?」

「前にも言ったろ? 幼馴染の天地を馬鹿にして自分を上に見せようとするヤツって。アイツがその筆頭でさ、それで全然アマッちが靡かないもんだから周りから固めようってね」


 アレと表現したのが教室を出て行ったチャラ男なのは明白だが、あいつはそんな事をしていたのか? 見た目の割にやり口が狡いというか……。


「あれでアマッち、結構ストレスだったみたいだよ~。周りの空気を気にして黙ってたみたいだけどさ……好きでもないヤツと噂されるなんて……な」


 俺は正直神楽さんの気遣いに驚いていた。

 見た目では分からないけど、彼女も彼女なりに親友を気遣っていてくれているようだ。


「それに……あの人たち仲間面で話して来るのに、内容はほとんど人を貶めての自分自慢ばかりですからね。聞いてても一つも話が面白くないんですよ」


 うおっと神威さん、貴女も見た目のワリに毒舌ですね。

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