第十一話 一緒に寝ようか?

「……それで、本当にこの本を使えば見たい夢を見る事が出来るの?」


 ひとしきり(俺相手に)暴れて落ち着いたのか天音は『夢の本』を手にその事を聞いてきた。

 ちなみに今までの夢については『今度やったら相応の責任を取ってもらうからね!』という約束を元に、一時的に許しを得る事が出来た。

 なんという寛大なご配慮……夢とはいえ、相当な妄想

セクハラ

を行った俺に対して許しをいただけるとは……。

 俺の幼馴染は天使かもしれない。


 そして、強烈な出来事があったせいか……俺たちの間にあったはずの溝、数年間の疎遠状態が何となく無くなってしまった。

 これがケガの功名というのだろうか?


「でも、それってどうやってやるの? そもそもこの本、何にも書いてないけどなんでそんな事が出来るって分かったの?」

「え?」


 天音が『夢の本』をパラパラと捲りながらそんな事を言う。

 何も書いてない? 何を言ってんだ??


「そんなワケ……」


 ないと言いたかったが、天音の横から俺が見た本の中身は確かに白紙だった。

 確かに後半は何も書いてなかったけど前半にはしっかりと文字が羅列されていたはずなのに……彼女が開いて見せた一ページ目にも何一つ書いていない。


「え!? これってどういう……」


 しかし俺が驚いて彼女から本を受け取ると、その瞬間何も書かれていなかった本にびっしりと文字が浮かびがった。

 まるでパソコンが起動したように。


「え!? ええ!? な、何で??」


 横で驚きの声を上げる天音だが、俺だって同じような心境だ。

 その後試しに再び天音に本を渡してみると、やはり文字は消え失せ白紙に。俺が手にすると文字が現れるという、訳の分からない怪現象を体験した。

 気味が悪い……俺が得たのはそんな感情だった。

 それはこの本で好きな夢を見れると知った時には全く思わなかった事。

 自分だけがその本を読む事が出来るというのが何かの呪いのように、今更ながら不気味に感じてきたのだ。


 …………妄想を具現化できる夢に浮かれている場合ではなかったんじゃないか?


 冷静に考えると背筋が寒くなってくる。

 しかしそんな俺とは裏腹に、天音は興味津々とばかりに目を輝かせていた。


「つまり……これって夢次君だけがこの本に選ばれたって事なんじゃない? 資格を持った者のみが手にできる魔導書、みたいな!」


 そんなポジティブな事をハイテンションでのたまう天音。

 いや、さすがに楽観的過ぎだと思うのだが……。


「あ、でも夢次君が開いてくれれば私にも読めるね……どれどれ」

 しかし、俺の思考は無遠慮に俺の手元の本を横からのぞき込む天音によって寸断された。

 床に座り込む俺の上、ベットからのぞき込む天音のいい匂いと体温が余りに近い距離に感じられる……しかも今の彼女は、今気が付いたけどしっかりとパジャマ姿。


 可愛いし、エロいし……い、いけない! さっきまで見ていた不埒な夢がフラッシュバックしてしまう!!


 そういえばあの夢だって体温や匂いまで詳細を再現していたかと言われれば、そこまでは再現していなかったと思う。

 現実的な情報が『夢のアマネ』にリアリティーをドンドンと追加していって…………。


「……ねえ、ちょっと聞いてるの?」

「!? はい?」


 妄想に4D補正が掛かる直前、不満そうな天音の声が俺を現実世界に呼び戻した。

 いけない……現状本人が横にいるのに、今思い出すのは色々まずい。


「わ、悪い聞いてなかった」

「もう……だからこの明晰夢? ってのと共有夢ってのを使えば私にも見たい夢を見る事が出来るのよね?」

「……え?」


 それはある意味予想通りの要求だった。

 誰だって『見たい夢が見れる』と言われれば“自分も”となるだろう。

 実際そんな妄想を漫画や映画にした作品は色々存在するのだから。

 しかし……だ。


「いや……そうは言うけど……さ。もしかしたらこの本、何か危険な代物かもしれないし……」


 先週から今まで、何も疑問も持たずにこの本で夢を満喫していた俺だけど、突然浮かんでしまった不気味な恐怖に、今後も同じように使っていいのか? という冷静な戸惑いが生まれていた。

 まして『俺の不用意な行いでもしも天音に何かあったら?』と思うと……。

 だが、そんな心配をする俺に天音は不満げな視線を寄越した。


「何よ……自分は散々楽しんだんでしょ? 私が一緒じゃ嫌なの?」

「え……? そんな事……」


 あるワケない。むしろ数年間疎遠だった天音と一緒に『夢の中で遊べる』と考えるなら、これ程嬉しい事はない……だけど……。


「そ、それに……夢の中で私に“あんな事”までしたのに、今更一緒が嫌とか言わないでしょうね?」

「うぐ!!」


 腕を組んで睨みつける天音だけど、その顔は真っ赤に染まっている。

 それは俺にとって超級の殺し文句……それを出されては俺は天音の要求を全て受け入れるしかないではないか……。

 夢という免罪符を盾に俺が天音にした狼藉の数々…………。


「わ、分かりました。ご、一緒させていただきます…………アタ!?」


 俺が今まで見ていた夢をダイジェストで思い出すのを寸断するように、天音は俺の額を軽く叩いた。


「言っとくけど、そっちの夢じゃ無いからね! まったく……君ってそんなにエッチだったっけ? 昔は可愛い男の子だったのに」

「……すみませんね。俺も思春期真っ盛りでして」


 ちょっと怒って見せる天音だが本気で怒っているワケではないようで……そんな反応の一つ一つが妙に嬉しい。


「それで……何の夢を見たいの?」


                 *


 そこはおそらく日本のどこかにあるだろう採石場。

 しかし普段なら重機やツナギのおっちゃんがヘルメットをして働いているだろう現場には人っ子一人おらず、ただただ巨大な岩がゴロゴロしているだけだ。

 ……俺たち以外は。

 そんな風景の中、突如現れるいかにも“自分は悪役だ!”と自己主張する外観の、何かの昆虫をモチーフにした怪人、と取り巻きの雑魚たち。


「くくくく……よくも我らの計画を台無しにしてくれたな! こうなれば貴様らを直接叩けばよいだけの事だ。覚悟しろゴアアアアアアア!!」


 前口上もそこそこに、俺たちに向かって炎を吐き出す怪人。


「うお!?」

「キャ!?」


 俺たちは左右に散る格好で飛び込み前転気味にその炎の放射を交わした。

 そして緊迫した表情で睨みつける……のだが。


「いきなり攻撃とは許せないわね怪人! 私たちが成敗してあげるわ!」


 緊迫したシーンで懐から『変身ツール』を取り出した天音の表情には欠片も緊迫感は無く、ひたすらニヤニヤウキウキしている。


「ゴアアアアアアア!!」


 ……そのせいで完全にワンテンポ遅れてしまい、怪人の次の火炎放射を許してしまう。


「ウワチチチチチ!!?」


 危うく火だるまになりかけた天音が地面をゴロゴロ転がって、何とか回避に成功するけど、非常に恰好が悪いな。


「こらあ! こういうシーンでは怪人は待つのが古来からの共通ルールじゃない!!」

「……何をいっておる?」


 スクッと立ち上がて怒る天音だが、本番を考えれば『特撮』としても今の怪人の攻撃は正しいだろう。

 おまけに『劇中』でその事を『主人公』が口にするのもルール違反じゃないか?


「ウキウキしすぎて余韻に浸りすぎだ! 早く変身しろよ、順番から行けばメインが変身しないとサブが変身出来ないんだからな!!」

「……それを言っちゃうのもルール違反なんじゃないの?」


 俺たちは怪人の攻撃をかわしつつ軽口を叩きあう……うーむ、打ち合わせは事前にするべきだったか?

 そんな事を思いつつ俺たちはそれぞれの『変身ツール』を手に、天音は満面の笑顔でベルトに、俺は腕輪にセットする。

 “ガシャン”とやたら子気味良い音と共に俺たちは二人でポーズを決めて叫んだ。


「「変身!!」」


 その瞬間ベルトから発生した赤い光が天音の全身を覆って行く。

 そして数秒の間に硬質な仮面の姿へと変化して、日曜の朝におなじみの変身ヒーローへと変貌して行く。

 そして俺も天音の続く形で腕輪から発生した青い光に包まれて行き、天音が変身したヒーローに対するサブヒーローの姿へと変わる。

 そして完全に姿が変わった時、俺たちは都合よく二人とも崖の上に立っていた。

 そして自己紹介と極めポーズの瞬間、背後で爆発が起こる……ポーズを決める天音の指先がプルプルと震えている。

 相当感激してあらせられるらしいな。


「コスプレじゃない、CGじゃない…………私、本当に変身ヒーローになってる!!」


 ガキの頃から活発で、魔法少女よりも変身ヒーローを好きだった天音だけど、どうやら未だにその好みは変わっていなかったらしい。

 見たい夢には必要な『物語』、本やDVDなどの媒体が必要だと言ったら、天音は迷う事なくこの変身ヒーローのDVDを持って来たのだ。

 無論2階の窓から屋根伝いに……。

 学校で女子で仲良く話している辺り、その手の趣味は卒業したと思っていたけど。


「凄いわ…………コレが、コレが○○〇スーツ……」


 ちなみに天音がなりたかった変身ヒーローの役どころは男性なんだけど、そのキャラは女性キャラにカスタマイズされている。

 なんとなく『あの役者が女性だったら』って感じにワイルドな革ジャン姿に。

 この辺は『夢の本』が補正してくれたって事だろうか?

 仮に男役に天音がなっていたら女言葉の主人公になってしまうからな。

 それでは気色悪いし単なる色物になっちまう。


「貴様らの野望、この私がいる限り許しはしない! 覚悟しろ、トワアアアア!!」


 ノリノリである。

 天音は危険を顧みる事無く崖の上から飛び上がると、そのまま敵陣に向けてキックで突っ込んで行く。


「○○〇ーキ~~~~~~~ック!!」

 ドオオオオオオオオン!!

「「「「「「ギャアアアアアアアア!!」」」」」」


 そして爆音と共に吹っ飛んでいく敵役の怪人たち……。

 しかし天音はそれで終わることなく着地と同時にベルトを操作すると、手元に主人公専用の武器『ソード』を発生させる。


「アハハハハ最高、最高よ! 私は今正義のヒーローしてるうううう!!」


 さすが……主人公の武器と操作方法は心得ているな。

 そのまま笑い声をあげてソードを振り回すと囲んでいた雑魚が纏めて吹っ飛んでいく。

 あの状態ではどっちが悪役何だか……。

 しかし俺が呆れていると崖の下から天音が叫んだ。


「何してんの夢ちゃん! 一緒に暴れるわよ!!」


 夢ちゃん……それは疎遠になる前に天音が使っていた俺への渾名。

 当時は女の子っぽくて嫌だったのに、久方ぶりに呼ばれた呼び名に俺も急激にテンションが上がって来た。


「お、おお任せろ!!」


 俺は自分が扮するサブヒーローのメインウェポンである『光線銃』を抜き放って戦いの渦に飛び込んで行く。


「再結成祝いだ! パ~~~ッと行こうか相棒!!」

「アハハハ負けないよ~~~!!」


               *


 朝、俺は不思議な気分で目を覚ました。

 昨夜、というか時間にして数時間前の出来事なんだけど……あまりに色々な事があったせいか現実感が無い。


 昨夜、俺の悪事がバレて天音が部屋に来た。

 夢の事について色々話した。

 そして何年かぶりに、『夢の中』とはいえ一緒に、思う存分遊んだ。


 それらの出来事が、まるで夢のように思える。


「いや、実際に夢の中の出来事なんだよな。当然か」


 自分で自分に突っ込んでしまう。

 しかし夢……その事を思うと不安が増してくるのだ。

 昨夜の出来事、疎遠だった幼馴染の天音と過ごしたひと時のすべてが『夢の本』が俺に見せた都合の良い夢だったんじゃないのか?

 本当の、現実の天音は相変わらず俺の事を無関係な人間のようにスルーして、今日もいつも通り俺の知らない人間関係の中で笑っているんじゃないのか?

 そんなネガティブナ考えが自然と湧き上がってきてしまう。

 しかし、そんな暗い思考は玄関を開けた瞬間綺麗さっぱり霧散してしまった。


 制服姿の天音が、昨日の夜と同じように俺に正面から笑顔で立っていたのだから。


「おはよう夢次君」

「あ、お、おはよう…………」

「や~昨日は楽しかったね~。私、あんなに興奮したの人生で初かもしれないよ」


 それは今までとは違う……いや、昔に戻ったような、一緒に遊んでいたあの頃の天音の姿そのもので……疎遠になっていた数年間の鬱々とした気分がその瞬間に払われてしまった。

 本当に……俺の幼馴染は天使かもしれないな。


「何言ってんだか……。前口上抜きでいきなり攻撃を仕掛けるのは邪道とかガキの頃は言ってなかったか? それは必殺技やポーズと同じくらい大事な要素だとかなんとか……」

「む……確かにそうなのよね。昨日は初めてだったから興奮しすぎて手順を忘れてたもんね。う~ん迂闊だったわ~。次は気を付けないと……」

「次って……またヒーローすんの?」


 当然のように言う天音……つまりそれはまたも夜には一緒に過ごす事になるワケで……。

 しかし天音は気にした様子もなく朗らかに笑う。


「当り前じゃない! あんなに良いんだから、今夜も一緒だからね? 今夜のプランを登校中に話し合うわよ、付き合いなさい」


 素っ気ない風にそう言われて、俺は内心飛び上がるくらいに喜んでいた。

 一緒に登校できる……そんな事が歓喜したいくらいに……。


「…………ヘイヘイお供しますとも」


 一緒にいる時間のすべてが特別……奇しくも“あの”夢の中で常に俺が思っていた事を強烈に実感してしまう朝の出来事だった。


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