第十話 それは身内にエロ本見つかる恐怖に似て非なるモノで……

 AM2時、世間的には丑三つ時とも言われる深夜。

 そんな時間だというのに俺のスマフォが震え、瞬間俺は誰もいない自分の部屋だというのに思わず正座をしてしまった。


『神崎 天音』


 相手は……予想通りの、今まで親経由で番号自体は登録していたのに通話する事なんてありえないとほとんど諦めていた女性から。

 今までなら……それこそ昼間、夢の本で事実を知る前であったなら驚きつつも数年ぶりの邂逅に喜び勇んで通話をタップしただろう。

 しかし今の俺は全身から噴き出す冷や汗を抑える事が出来ず、手がバイブするスマフォ以上に震えている。

 それは正に判決を言い渡される罪人の如し恐怖……通話をタップして返事をする声が自然と掠れる……。


「……………………はい」

「……………………夢次君?」

「ハイユメジデス……」


 久しぶりに聞いた自分と会話する為の言葉だというのに、その声に戸惑いと押し殺した余り考えたくない感情が乗っているような気がする。


「……………………」

「……………………」

「一つ答えて…………」

「は、はい!? 何でしょうか!?」

「私が使える最強の攻撃魔法は?」


 少しの沈黙の後、意を決したように天音が口にした質問。

 それは普通だったら笑って済ませる冗談にしか聞こえない、現実的にはあり得ないようなふざけた質問だ。


 だが…………先ほどまで見ていた“あの夢”を天音も共有しているとしたら?


 俺はいつの間にか乾いてカサカサになっている口で、震える声で“あの夢の天音”なら知っている、どんな漫画やゲームであっても乗っていない攻撃魔法を答える。


「大獄炎魔法カラミティ・アマネ・エクスキューション…………」


 それは夢の中の、異世界冒険譚で天音が“どうせならオリジナルの名前を付けたい”とのたまい、自分の名前を含めたちょっとダサ目の必殺魔法。

 普通なら絶対に分からないはずの正解を俺が口にした瞬間、スマフォの向こうから人の気配が無くなった。


 それと同時に、突然部屋の窓がガラリと開く。


「ひ!? え!?」


 時刻は深夜しかも2階の窓、それがいきなり開くのは怪奇現象のようで一瞬声が漏れたが、怒りに顔面だけでなく全身を真っ赤に染め上げた天音が侵入して来た事に息が止まる。


「ゆ~め~じ~~~~? 少し聞きたい事があるんだけど~~~~~~!?」

『あ……死んだ……』


 今まで疎遠だったはずの幼馴染との久々の会話のはずなのに……俺はこの時本当に死を覚悟していた。




「つまり、先週お姉ちゃんの喫茶店で見つけた好きな夢を見れる『夢の本』を使って毎晩君は楽しい夢を見ていたって事?」

「おっしゃる通りです」

「それで……味を占めて、数日前から“あんな夢”が見たいと思ってこの本を選んだと?」

「……返す言葉もございません」


 現在俺は証拠物件のラブコメの漫画を手にベットに腰掛ける天音の前で、床に正座して顔を上げる事が出来ずにいる。

 見下されているのは分かるが、冷淡に、ゴミを見るような瞳を受けれる程俺は強者では無い、特殊な性癖でもあれば相当なご褒美かもしれないが。

 何しろ罪状は『見ようとしたエッチな夢に天音を登場させた事』について、当の本人にその事を問いただされているのだ。


 ここ数日、俺が夢の中で彼女に行った狼藉の数々を考えれば……情状酌量はおそらく望めないだろう……絶望感と罪悪感が半端ではない。


 ちなみに『夢の本』に関してはすでに夢の中で一度説明して、その上で現実での答え合わせをした結果、その特殊な力に関して天音もすでに理解している。

 今更『そんな本があるワケないじゃん。は・は・は……』とごまかすのは無理なのだ。

 ……黙っていればバレなかったかもしれないけど、正直俺はその事を隠したまま生活できるほど面の皮が厚くないようで……黙っている罪悪感を抱える事は出来なかった。

 その結果がこの状況なワケだけど…………。

 しかし怯えて顔も上げられない俺に呆れ返ったのか、天音は深くため息を吐いた。


「……まあ、夢次君もいい歳の男の子だからそんな物を手に入れたら、ちょっとは“そんな夢を見てみたいと魔が差すのは仕方がないのかもしれないけど……」


 お? この天音の“しょうがないわね”的な発言は……もしかして情状酌量の余地でもあるのだろうか?

 俺は淡い期待を持って顔を上げようとするが……次の言葉に再び慌てて目線を下げる。


「ただ……さ。そういう夢を見ようとして、その夢が意図した物と違って、そして……相手がわ、私だったってところで……何でその夢を見るのを辞めなかったのかな? 何度も何度も、連日連夜」

「…………」


 額から止めどもなく汗が流れ落ちる。

 頭が沸騰するほど煮えたぎって熱くなる……。


 え……それを言わなくてはいけないのですか?

 誰あろう繰り返し望んでみてしまったあの夢の張本人に対して?


「おかげで私も、君の話じゃ不本意だったみたいだけど……連日“あの夢”を見る事になったんですけど?」

「そ……それは……」


 共有夢に巻き込まれた彼女は俺を逃がす気はないらしい。

 数年ぶり、本当に数年ぶりにようやく出来たまともな(?)会話だというのに何という緊張感なのだろうか。

 最早これまで……俺は処刑台に登る気分で己の真実を口にする。


「余りに、その……あの夢のアマネが可愛すぎて……………止めようとは思っても……どうしてもあの甘い一週間に浸りたくなって……」

「!?」


 天音が息を飲む気配がする……おそらく軽蔑のあまり吐き気でもしたのだろう。

 好きでもない男にそんな夢、というか妄想をされていた事を聞かされたのだから。

 しかし溢れ出る罪悪感は俺の口から次々と罪の告白を促していく。


「本当に、最初はちょっとエッチな夢を見たかっただけなんだ。だけど一緒に起きたり、一緒に食事したり、一緒に買い物行ったりする新婚生活の幸福感を一度味わってしまうとどうしてもまた見たくなってしまって……」

「…………もう、いい」

「台所で料理するのも、掃除する姿も、寝る時の姿だって一度見てしまうと何度でも見たくなってしまってついつい……」

「もう良いっていってんでしょ!!」

「ぐぼ!?」


 そう言った瞬間、俺の首に“顔面を真っ赤に染めた”天音のフライングラリアットが斜め上空から直撃した。

 しかしさすがは天音、結構な勢いだというのに声も衝撃音も深夜を考慮してか控えめに抑えられているにも関わらず、見事な威力を維持したままだ。

 そして更に天音はそのまま俺の背中に跨って両足を掴むと逆側にホールドを極める。

 いわゆる『逆エビ』の態勢、腰と足があらぬ方向に曲げられてメキメキと激痛が走る!


「こんの~~~~~! 連日連日あんな夢を見せられて、私がどんだけ悩んだと思ってるの!? 自分で自分が分からなくなったじゃない!!」

「イダダダダダ! ギブギブギブギブ!!」


 腰どころか全身がビキビキいっとる! 

 そういえば思い出した。

 疎遠になる前、天音はよく俺に必殺技をかけてくるような、言葉よりも先に手を出すようなアグレッシブな女子だったのだった!!


「ネットで夢の事を調べてみれば昔の偉い人が『夢は性的欲求の発露』とか言ってて、自分があんな夢を繰り返し見るなんてどんだけ痴女なのか真剣に悩んだじゃないこの~~~!」

「イダダダダ! マジでゴメン!! 新妻の天音が余りに可愛くて……」

「まだ言うか! このエッチ!!」


 ガキの頃よりも格段にパワーアップして物凄い激痛だというのに、久しぶりに幼馴染にかけられたプロレス技に喜んでいる自分がいた。

 …………別に特殊な性癖に目覚めたとかではないぞ? 多分。

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