閑話 悪夢が終わった日 (天音サイド)

 怖い夢を見た……それだけは分かる。

 このまま眠っていたら私は二度と目を覚まさなかったのではないか?

 そんな恐怖で飛び起きた私は全身に冷たい汗をびっしょりとかいていた。


「また……なの?」


 こんな事は前にもあった……今度は二度目。

 でも恐怖という感情のみを残しているのに、肝心の夢の内容は全く思い出す事が出来ない。


「……ストレスでも溜まってるのかな」


 本来疲労回復の手段の睡眠が、実生活のストレスのせいで悪い夢を見てしまい、より不快なものにしてしまう。

 そんな話は聞いた事があるし、正直なところ主に学校生活、人間関係でのイライラ、ストレスを最近感じている事は否めない。


 ……自覚はあるのだ。


 それに、何故だか分からないけどもう一度“覚えていない悪夢”を見てしまったら私はどうなってしまうのか……形容しがたい恐怖が湧き上がってくる。

 それを思うと私は最近夜眠りにつく事が恐ろしくなって来ていた。

 でも……どうしたって人間は眠りに落ちてしまうもの。

 眠りに落ちてから朝目を覚ました時、私は『ああ、今日はあの悪夢を見ずに済んだんだ』と安堵のため息を付く……そんな最悪な目覚めをここ最近繰り返していた。

 ……あの夢を見るまではね。


 ある日の昼下がり、居眠りをした私が見たのはそれは非現実的で、なのに妙にリアリティのある夢だったわ。

 私と、幼馴染の夢二君がゲームみたいに異世界に召喚されて、一緒に冒険者をしている……そんな男の子が好きそうな夢だったの。


 でもその夢はすごく懐かしくて温かい、共に成長しているのにまるであの頃一緒に遊んでいた時に戻れたみたいな夢で……それは、まるで夢二君をそのまま体現してくれたような温かく優しい夢だった。


 ……そう、彼はとても優しい男の子だった。


 年ごろからも自分だって同性の友達と遊びたい頃だったろうに、彼は私が無理やり引っ張って連れまわす手を振り解く事なく、いつでも笑顔で一緒に付いてきてくれた。


 私が手を放してしまったあの日までは……。


 一度友達に冷やかされて恥ずかしくなったあの日以来、彼に対してあからさまに冷たい態度をとってしまった日以来……私は夢二君と再び話す機会を失ったままなのよ。

 その日以来私は彼の顔を見る度に罪悪感と後悔を感じて行動を躊躇してしまう。

 彼の眼を見る度に、あの日の事を責められている気がしてしまって……。

 本当は……この夢のようにもう一度……。


 だから……次の日、彼が家の前で早々に逃げようとする私に「おはよう」と言ってくれた時は飛び上がる程ビックリしたし、心の底から嬉しかった。


 夢二君……私を嫌ってないの?

 もしかして、また私なんかが話しかけてもいいの?


 パニックになりつつ、慌てて返したのは噛みながらの挨拶だけだった事が悔やまれる!

 明日、明日よ! 明日には必ずそこから『一緒に学校行こう』て言うんだ!!

 私はその日、そう決意した……んだけど……またも意気地の無い私はそれから数日間、彼に話しかける事を躊躇してしまったのよ。


 数日後、またもや事件が起こった。

 カグ(神楽)ちゃんとカム(神威)ちゃんと一緒に放課後ファミレスで女子会していたのだけれど、私はスマフォが無い事に気が付いて学校に引き返したの。

 幸いスマフォは机の中にあったけど、その帰りに階段に差し掛かった所で私は“何故か”階段を勢いよく踏み外してしまった。

 その時の事は今もハッキリとは覚えていない……でもあのまま転落していたら大怪我を負っていたかもしれないのは分かる。


 そんな危機一髪の状況で、体を張って私を助けてくれた人がいた。

 転落する私を自分の体をクッションにして衝撃から守ってくれたのだ。

 その男の子は最近の悩みの種、私が声を掛けられないでいる男の子、夢次君の顔をしていて……自分は相当の衝撃を受けているはずなのに、そんな態度はおくびにも出さずに立ち上がると……。


「ケガは無いか?」


 まず私を心配してくれたのだ。

 その男の子な顔つきに私は思わずドキッとしてしまった……。

 優しい幼馴染の男の子、そんな印象だったのに数年間疎遠になっていた間に夢次君もこんな顔をするようになったんだ……と思ってしまう。


 でも……同時に、私の心の中で『彼なら当然よ』と誇らしくなっている自分がいるのよね。

 まるで『長年一緒にいて彼の事を知り尽くしている』みたいな?


 そんな事を腰を抜かしたまま考えていたら、彼は何故かバツの悪そうな顔になってその場から立ち去って行った。

 その時私は惚けて何も言えなかった事を心底後悔した。


「男の子が体を張って助けてくれたのよ!? お礼の一つも何で言えないの私!!」

「……どうしたのアマッち」

「なに怒ってるんですか?」


 気が付くと座り込む私を心配そうに見下ろす親友二人が目の前にいた。

 それから私たちは何事もなく家路へと付いたけど、私はこの日新たなる決意を固める事になった。


『何としても夢次君に話しかけて、そして今日の事のお礼を言わなきゃ!!』


 でも……ね、数日後に見てしまった大変な夢のせいで私は夢次君に話しかけるどころじゃなくなってしまったの……。


 それは前に見た異世界の冒険の続きだった。

 私たちはあれから5年もの間異世界を旅して、いくつもの出会いと別れを繰り返し徐々に仲間を増やして行って、RPGの王道的な魔王に最後の戦いを挑むところまで進んでいたの。

 それは……別に構わないんだけど……。

 私の役割というか、立ち位置というのがその……大魔導士っていうのは置いといて。

 私は夢の中の私の中にいるのに感情は共有できるけど自分の意志では動く事の出来ない、勝手に動く自分を見ている、そんな状態なんだけど……自分の感情を共有して、顔から火が出そうになった。


 なんと異世界5年目にして私と夢二君は、既に男女の仲になっている状態。


 夢の中の私は完全に『身も心もすべて彼の物』と確信している、心から深く愛しているらしく……私は理解が追い付かず、恥ずかしいのか何なのかパニックになってしまった。


「わ……わたしがユメちゃんと!?」


 しかし夢の私は何の疑問も持たず夢は先に進んで、そして最後の決戦一週間前に交わされるプロポーズを喜んで受ける私。

 もう、夢の中の自分が私なのか、それとも全くの他人なのか分からない。


 そして、そこからの夢の内容がもう……もう!!

 熱い抱擁からの口付け、貪るように、互いを求めあう肉欲の……。


「わ! わ~!! わ~わ~~~~!!!」


 その瞬間、私は夢から覚めた。

 全身にびっしょりと汗をかいているけど、この前まで見ていた悪夢と違って全身が熱くて仕方がない。顔に至っては絶対に真っ赤っかなはずだ。

 熱くなっている理由、夢の内容を思い出して頭を抱えてしまう。

 そう、今回こそ忘れていて良いのに……バッチリと覚えてしまっている!


「な……なんで私、あんな夢、見ちゃったんだろう……悪夢に対してはストレスが原因かな? と勝手に思っていたけど……」


 私は何となく気になって手元のスマフォで『夢 内容 診断』で検索をかけてみて……フロイトさんが夢は性的欲求の発露とか言っている文章を見て……思わずスマフォを投げ捨てた。


「う、嘘でしょ!? わ、私ってそんなふしだらな娘だったの!? まさかこの夢が私が深層で持っていた願望だっていうの!?」


 自分で自分が分からなくなる。

 同時にもしも“そう”なのだとしたら、相手が夢二君だった事にどんな意味が!?


 その日から私はせっかくまた話しかけてくれるようになった彼を見ただけで逃げるようになってしまった。

 だってだって……まともに顔を見れないんだもん。

 絶対顔が赤くなっているのが分かるんだもん。

 どうしていいのか分からないんだもん!!


 そんな感じに過度に意識しているのがより良くないのか、それから私は連日同じような夢を見てしまっていた。

 たった一週間なのに新妻として甲斐甲斐しく、甘い新婚生活を二人で営んでいる……他人事であれば幸せいっぱいの夢。

 ……繰り返し見ているせいで、私もそんな幸せオーラ満載の夢に浸りかけているような気がするし……もうそれでも良いような、ちょっといいな~って気もしてくる。


 そしてその夢を見るようになって丁度7回目……律儀にも夢でも7日目の、最終決戦に向けて仲間たちと合流する約束の日になった。


 そんな緊迫していてもおかしくない朝だというのに、夢の始まりはいつも通り……二人一緒に寝ていたベットの上からだ。

 小鳥の声で起きた夢の自分が愛しい人の寝顔を目にして、幸せの気持ちを噛み締めているのが私にも伝わってくる。

 今日、ついに彼と一緒に最終決戦に向かう事を決意した上で、彼と生死すら共にする覚悟を胸に……夢の中の私は彼へと腕を回した。

 それが刺激になったのか、彼は目覚めたようで……驚いたように目を見開くと、私の顔を見てまたビックリしたようだった。


「あ、ゴメン。起こしちゃったね」


 夢の私はいたずらっぽく彼に微笑みかける。まるでいたずらが成功したかのように。

 だけど彼、夢二君はおもむろに上体を起こすと、戸惑った顔をしたまま……言った。




 現実に引き戻す言葉を……。




「もしかして……だけど…………」

「うん? どうかしたの?」

「天音……俺と同じ夢を見てたり……する?」

「……………………え?」


 その瞬間、夢の中の私と俯瞰で見ていたような現実の私の意識が完全に一致したような、そんな感覚に襲われた。


 それは……まさに夢から覚めるような感覚で……。



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