第九話 他者と夢を共有する恐怖
おかしい……今までも天音と話が出来ずに疎遠だった期間はあったけど、それはあくまで天音が俺に全く関心を持っていないような、言うなれば冷静で悪く言えば冷淡な反応だった。
今朝のように顔を見ただけで逃げられるような事は正直初めての事だ。
「俺、何かしたっけ?」
思い当たる事と言えば『予知夢』を元に天音を助けた事くらいだが……いくら何でもあの後で避けられる事は無かった。
というか情けない話だけど、俺から彼女に対してのアプローチは朝の挨拶から進んでいない。
いや、勿論もう少し昔みたいに仲良くできればと『一緒に学校行こうぜ』と声を掛けようかと思わないでもないんだけど。
これは完全に自業自得なのだが、毎晩見てしまっている濃厚な夢がフラッシュバックしてしまって、どうしてもそれ以上言葉が続かないのだ!
だったらあの夢を見なければ良い……そんな事は百も承知なのだが……。
まあ、だからこそ天音に対して俺が何かしでかしたって可能性は限りなくゼロなのだけど。
チラリと天音に視線を向けてみると、そこには相変わらず仲良しの友達と笑っている姿。
だけど俺と一瞬目が合ったと思った瞬間、天音はあからさまに慌てて視線を逸らしてしまう。
「うぐ……」
その仕草は容易に俺の心に致命傷を与えてくれる……少しは前進出来たと思っていたのに。
ただ、こうして天音の事を見ていて少しだけ分かった事がある。
はっきり言って俺の希望的観測が多分に含まれている気がするけど、あの仲良しに見えるグループだが、男たちはそれ程親しいワケでは無さそう……って事。
何となくだけど天音と本当に仲良しなのはいつも隣にいる二人の女子、ギャルっぽい茶髪の神楽さんとオカッパ眼鏡の神威さんであって他の、特に男どもとは一定の距離があるように思える。
特に天音と付き合っていると噂があったアイツは、妙に天音に馴れ馴れしく接触を図ろうとしてはさり気なく避けられている……そんな風に見えた。
本当に……あの二人って付き合っているのだろうか?
会話の内容も聞こえないし、天音たちも笑顔であるから本当に俺の希望的観測だけどさ。
「はあ~」
「何溜息吐いてんだよ夢次。昨日貸した単行本は持って来たのか? こっちはちゃーんと次の巻を持ってきてやったぞ」
普段考えないような事をモヤモヤ考えていると、何時ものようにオタ友の工藤が機嫌よく話しかけてきた。
何というか……今日に限ってはいつも通りなコイツのノリにホッとする。
工藤は最近おすすめの漫画を俺が好んで読んでいる事が嬉しいらしく、毎日あの漫画を一冊づつ持ってきてくれている。
……毎日『あの夢』を見てしまう原因の一端はコイツにもあるはずだ! そうだ! 俺は悪くない!! コイツがあんな漫画を毎日俺に貸すからあんな事に!!!
そうだ! 俺が次の巻を借りなければ……。
「次はお待ちかねの混浴シーンが……」
「流石だマエストロ、ぜひお借りしましょう」
分かっている……唯一最も罪深いのは俺のみだという事は……。
…………五日が経過しました。
相変わらず爽やかな目覚め、でも隣に誰もいない事に一抹の寂しさを感じてしまう。
「また……やってしまった……」
最終決戦を前にした二人だけの甘い甘い生活、何の変哲もない朝起きて仕事をして、食事をして眠る……そんな当たり前の生活なのに二人だという事がなんと素晴らしいのか。
「い、いや……俺は最後まで見届けなければならない……この夢の結末を!」
不思議な事に夢の中でもしっかり日にちは経っていて、ついには『せめて最後の7日間は見届けなければ!』などという妙な理屈を捏ねてまで同じ夢を見ていたのだ。
自覚はある……俺は完全にあの夢に溺れている。
「ねえ天地、ちょっと……」
「ん?」
俺が不埒な妄想をしつつ廊下を歩いていると、二人の女子から声をかけられた。
一人は茶髪でユルフワヘアーのギャルっぽい印象の神楽さん。もう一人はおかっぱ眼鏡の大人しそうな感じの神威さん。
パッと見で接点が無さそうに見える二人だが、どちらもいつも天音と一緒にいる友人……いや親友と言ってもいいんじゃないだろうか?
どちらも中学からの友人で、丁度俺が天音と疎遠だった時期と被る事で……俺の知らない頃の天音を知っていると考えるとモヤっとするのは否めないけど。
そんな女子二人は警戒するような、何かを心配するような顔で話してきた。
「ねえ、アマっちに何かした?」
「……へ?」
神楽さんから咎めるように、あまりに唐突な質問が飛んできて思わず間抜けな声が漏れた。
「最近……ここ数日だけど、アマッちが変に上の空になってボ~~ってしてる事が多いんだ」
「お話聞いても“何でもない”としか言ってくれませんし……」
「いや……そう言われても……俺はもう何年も神崎とはまともに口きいてないし……」
その事実は自分の口から出した言葉だというのに、放たれた言葉か自分の、胸に深々と突き刺さる。自分で他人行儀に天音を『神崎』と言うのも同様に……。
しかし俺の話が納得いかないのか、二人は顔を見合わせて眉を顰めて見せた。
「そうなの? だってアマッちがボ~~ってしてる時って、だいたいアンタを見てるしさ~」
「……は?」
「そうですよね。その事を指摘すると真っ赤になって否定されちゃいますけど、あれでは“見てました”って宣言しているようなものですし……」
……そんな話は初めて聞いた。
友人二人の冷静な分析、それは又聞きの噂話よりも信憑性が高い気がする。
でも、ちょっと高鳴る俺の心とは裏腹に冷静な……ネガティブな部分がそんなワケないと否定する。
「いや……でも原因が俺って事は無いでしょ? 俺と神崎、別に仲が良いワケじゃないし」
自分で言っててさっきよりも巨大な刃物が胸板を貫いた感覚に襲われるな……。
だが二人は目を丸くして俺が知らなかった事実を教えてくれる。
「え~~ウソでしょ? 確かに学校で話してるとこは見ないけどさ~。アンタとアマっちが仲良くないワケないじゃん」
「そうですよね。天音さんにとっての最大の逆鱗が『天地君の悪口』ですからね」
「…………え?」
何だって?
二人が言ったまるで予定調和みたいな、常識でしょ? みたいに普通に言った天音の事実に俺の思考は停止しかけた。
「そうよね~。一度調子こいた男子が天地の悪口言ったら、その後表面上は変わらないのに一切口利かなくなったもんね~~。本人は気が付いてないけどさ~」
「むしろ、未だに自分が天音さんの特別だって思い込んでますからね……ウザイです」
「え? え??」
俺は何だか釈然としない思いで帰宅していた。
にしても……神楽さんは見た目通りって感じだったけど、神威さんも見た目の割に結構毒舌だったな……。中学から天音の親友をしているくらいだから、ただの大人しい娘って事は無いと思っていたけども。
……神楽さんと神威さんの二人の口振りから天音の様子がおかしいのは一目瞭然だったみたいで、その原因はやっぱり俺って事は確実みたいだ。
「でも俺は現実的に何かアクションを起こしていないワケで……」
自室のベットに置きっぱなしになっている『夢の本』をみて思わずため息が出てしまう。
彼女と共に戦い、彼女を助け、自分の想いを口にして伝えてプロポーズまでする……夢の俺は実に男らしかった。
さすがは夢、自分の願望を魅せてくれる……あんな風に現実でも動けたらな~。
俺はそんな情けなさを誤魔化す気分で枕元の夢の本を手に取った。
変な話だけどこの『夢の本』は実用という事にばかり目が行って、本の目的であるはずの読むって事に今まであまり目が向かなかった事に今気が付いた。
「そういや……ちゃんと読んだのは最初だけだったな」
この本には謎が幾つかある。
好きな夢が見れるっていう事は当然だけど、一体どこの誰が書いた本なのか? そもそも誰の本だったのか? 何故喫茶店に置いてあったのかなど考えればキリが無い。
そんな謎の一つがこの本、前半の『初級』と書かれた三分の一以降が白紙だという事だ。
つまり書きかけだったのか、そもそも続刊があるのか、いずれにしろこの本はまだ未完成って事になるのだ。
「初級って事は、中級や上級もあるって事なのか?」
パラパラと『夢の本』を捲ってみると、色々な夢の種類が記されていた。
中には今まで聞いた事がある物から余り馴染みのない物まである。
『明晰夢』『予知夢』『悪夢』『過去夢』『前世夢』…………それぞれの夢に対しての意味と操作方法、応用の仕方が書かれているな。
中にはちょっとインチキ臭いのまであって、『悪夢を人に見せる方法』とか……さすがにそれは……と思いつつも、『明晰夢』と『予知夢』は本当だったから~と、ちょっと期待してしまう自分がいるのも否めない。
そんな感じで読み進めていると、俺はある夢の項目で手を止めた。
「共有夢?」
それは俺にとってあまり耳馴染みのない夢。
……だというのに何故だろう……物凄くその言葉、その夢の種類に嫌な響きを感じる。
『共有夢』
他者と同じ夢を見る事。
「…………………………え?」
息が止まる……両手から、背筋から嫌な汗が一気に噴き出して来る……な、なんだ!? 悪寒が、止まらない!
「いや…………イヤイヤイヤ!! そそそそそんなワケない!! そんな事は物理的にあり得るワケないではないか!! いくら『夢の本』だからといって、狙って共有夢など……」
俺は震える手を抑え込んで、否定する材料を見つける為に『共有夢』の項目を読み進める。
しかし……本がもたらしたのは否定ではなく肯定……。
・共有夢を発動する方法。
半径は10~15メートル程度。眠る際に夢を共有させる者に対して『夢の本
ワレ
』の上部、鳳の紋章を向ける事。
*夢の主導権は術者側にある為、共有した側はただの夢として認識。
術者の意志によって共有した側に『明晰夢』を与える事も可能。
…………確認しようか。
俺のベットの配置は2階の窓に隣接する形で置かれている。
当然、好きな夢を見ようと毎晩枕元に置いていた夢の本は……しっかりと“窓の方向”に上部の『鳳の紋』って奴を向けている。
そして窓の方角、2階の窓の向こうに見えるのは……ガキの頃は屋根伝いに遊びに来ていた……お隣の2階の窓、天音の部屋。
そこは……余裕で10メートル以内に入っているように思える。
人間、血の気が引く時は本当にサ~~~~って音が鳴るんだな。
血が下がりすぎて一気に貧血を起こしそうになる……。
最近……天音は俺の顔を見るだけで避けていました……。
……俺はここ数日、調子に乗って一体何の夢を見ていたっけ?
もしも、もしもだ。俺が自分の欲望の赴くままに勝手に見ていた夢を、天音も一緒に見ていたのだとしたら……。
「うあ……あああああ!?」
自分の部屋にカッターナイフを置いていなかったのが幸いだった。
あったら間違いなく俺は自分の首筋に迷いなく突き立てていた事だろう。
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