第七話 決戦前によくある風景らしい

 17歳のあの日異世界に召喚された理由、それは創作物では定番中の定番、『この世界を救ってくれ』というありふれたものだった。


 ……だったらもう少し説明や優遇があっても良いだろうに。


 俺たちは突然異世界に召喚されて5年もの間この世界で散々右往左往する羽目になっていたのだから。召喚した本人である『女神』には文句の一つも言いたくなる。

 今となってはそれも“世界の情勢も知らずに一方的に人間の味方をさせない為”という理由があった事は分かるが。

 お陰であらゆる苦悩や困難を経て、乗り越える度に俺たちにはかけがえのない仲間たちが増えていった。


 魔族の侵攻で滅ぼされた村の生き残り、国が見捨てた事で最愛の妻を失った武闘家の親父。

 魔族と裏で繋がり私腹を肥やしていた大司教に反乱を起こした聖女。

 人類と魔族の戦闘のどさくさに隣国に滅ぼされた帝国の将軍だったイケメン重騎士。

 邪教崇拝と言われ、実際は資源確保の為に山を聖地と崇拝する部族が邪魔だからと滅ぼされた仙弓族の聖弓師の娘。

 そして生まれた時から魔族に育てられ、当初勇者のスパイとして仲間になった魔剣士。

 誰もが最早俺たちのパーティーに欠かす事の出来ない連中だ。


 しかし魔王への最終決戦を一週間後に控えたその日、チームリーダーである俺はそんなパーティーの一時解散を宣言した。

 同じテーブルに着いていた仲間たちはそれぞれに驚きの表情を浮かべるが、一番激高したのは意外にも一番冷静沈着なはずの魔剣士だった。


「どういう事だユメジ! 決戦を控えた今、解散なんて!!」


 テーブルを叩き立ち上がった彼に仲間たちは驚きはするものの、全員が同調したように頷く。

 ただ……一人だけ魔導士の彼女は何の反応もせずに瞳を閉じている。


「一週間後、俺たちは奴に最後の戦いを仕掛ける事になる。それは今までとは違う、激しい戦いになるはずだ」

「だから! 今解散何てしたら……」

「冷静に考えてくれ……あの魔王に撤退、再戦なんてありえない最後の戦いを挑むんだぞ? 五体満足、無事に帰って来れると思っているのか?」

「それは……」


 俺がそう言っただけで魔剣士は言葉を詰まらせた。

 パーティーの中で魔王が率いる魔族の恐ろしさを知らない者はいないが、その中でも元は向こう側にいた魔剣士は魔王の恐ろしさを一番理解している一人なのだから。

 恐怖であればこの中の誰よりも理解しているだろう。


「ハッキリ言うけど、一週間後に俺たちが生きて再び同じ卓を囲めるかどうかは分からん。言っている俺だってこの場にいないのかもしれない……」


 見渡すと仲間たちの瞳は揺れている。

 誰もがその可能性が高い事を理解しているのだ。


「だからこそ……皆には戦う理由、それを再認識して来てもらいたいんだ」


 ここに集まった仲間たちはそれぞれに帰る場所、守りたい人、戦う理由がある。

 俺はこれからこいつ等のそんな崇高な思いすら利用して敵を討とうとしている。

 勇者なんて……こんな姑息で卑怯な俺にはやっぱりガラじゃないんだよな……。


「皆、一週間の間に行きたい場所、会いたい人に会って来てくれ。悔いの無いように、そして全力で魔王に立ち向かう為に……そして、必ず帰ってくるために」

「そんな事言っても……俺には行っておく場所など」


 俺の言葉にフッと目をそらす魔剣士だったが、俺はニヤリと笑ってやる。


「おや~? 魔族から一緒に逃げたあの娘がいるじゃん」

「はあ!? おま……何言って……」


 俺の指摘に途端に狼狽する魔剣士。ふふふ、知らないとでも思っていたのかコヤツ。

 元々魔族に遣わされたスパイだったコイツが裏切ると同時に捕虜だった人間を解放、匿っているのだが、その中の亡国の元貴族令嬢と良い仲なのは皆が知っていた。


「何だ、バレてないと思っていたのか?」

「私はご本人から直接聞きましたよ?」

「うむ、いつも手紙でやり取りしておったではないか」

「ナニ? 貴様ら、夫婦ちがうかったか? ワレはてっきり……」


 仲間たちに退路を断たれてドンドンと顔を赤くする魔剣士。

 おお! 普段冷静なこいつがこんな顔をするのは初めて見た気がするな。

 しかし最後に魔導士の彼女が溜息交じりに止めの一言を放った。


「まーったく困ったパパね~。そんなんでちゃんと責任取れるのかしら?」


 一瞬の沈黙……そして俺はその言葉の意味を理解すると同時に、やはり我が幼馴染はすごいと感心せざるを得なかった。

 さすがにその情報は俺たちも知らなかったぜ。

 最強の魔剣士、冷酷の狂剣士……そんな字で知られている男の二度と見る事のない“呆気にとられた目”を肴に、俺たちはさっきまでの重たい空気を吹っ飛ばして『懐妊祝い』に盛り上がる事になってしまった。


 そして俺たちパーティーは酒宴がお開きになると同時に解散した。


 一番解散に対して渋っていた魔剣士が一番に店を出て行ったのは少し笑ってしまった。

 どこに行ったのかなど言うまでもないだろう。

 そして一人、また一人と席を立って行く。

 それぞれが戦う理由を確認しに、大切な人ともう一度会って来る為に……。


『集合は一週間後のこの街の中心街、噴水の前。その時、喩え来なかったとしても俺たちは何も言わない。判断はそれぞれが良く考えてからしてくれ』


 俺は仲間たちにそう言って送り出した。

 まったく……自分でも笑っちまうくらい無責任で自分勝手な振舞だと思う。

 そうする事で少しでも罪悪感を無くして責任という重圧から逃れようとしているんだから。

 自嘲気味に笑っていると、最後に残っていたのは幼馴染で同郷の大魔導士だけだった。


「……お前はどこも行かないのか?」


 そう言うと彼女は呆れたように、そして少し怒ったように頬杖を着いたままこっちを見た。


「分かっているくせに。私に、いえ私たちにこの世界で帰るべき所なんてあるワケないでしょ」

「……そうだな」


 帰るべき場所、異世界であるこの世界に思い入れが無いワケでは無いけど、やはり帰るべき場所は俺たちにとってこの世界ではありえない。

 そんな事を考えていると、彼女はスッと席から立ち上がって俺の背後に回り込むと、そのまま覆いかぶさるように抱きしめて来た。


「な、なにをして……」

「……自分を責めるんじゃないの」

「え!?」

「大事な人たちから彼らを失わせる事になるかもしれない。仲間を死なせたくない。だからって本当なら誰一人欠けても討伐は難しいのに最後まで『自己責任』の逃げ道を用意する自分は、なんて無責任だ。勇者なんてガラじゃ無いんだ……どうせそんな事考えてるんでしょ?」


 彼女にそう言われた瞬間、ドキッとすると同時に一気に力が抜けた。

 すぐ近くに迫った彼女の瞳は心底俺を心配しているようで……彼女には何も隠し事が出来ない事を痛感させられる。


「……何で分かるんだよ」

「分かるわよ。何年貴方の幼馴染やってると思ってるの?」


 何年……異世界転生を含めると22年ってところか?

 中間疎遠だった事もあったけど、実際長い付き合いだよな~。


「天音、行く所がないなら……少し付き合ってくれないか?」




「ひどいものよね……これが私たちが最初にいた町だなんて」

「あれからずいぶん経ったのに、未だに人は戻ってないんだな……」


 二人で転移した場所は俺たちがこの世界に召喚されてから初めて冒険者として拠点にし、長期滞在をしていた所。

 しかし当時は人々の喧騒にあふれていた町並みに人は一人もおらず、半壊した家々は襲撃が起こった時のまま打ち捨てられ、見事に廃墟となっていた。

 新米冒険者としてこの町で修業をしていた当時、この町は魔族が人間界に侵攻する進路上にある、それだけの理由で襲撃されたのだ。

 当然町の非戦闘員である住民に魔族の数の暴力に対抗できるはずもなく、戦いは最初から避難を目的とした撤退戦だった。

 俺たちが歩みを止めた町の空き地に並ぶ数多くの十字架は、当時人々を逃がす為に犠牲になった自警団や冒険者たち……英雄たちの墓。

 あの時彼らがいなかったらどれ程被害が広がっていただろうか。


 そして、そんな中でも一番町が見渡せる丘の上に一つの墓石があった。


 それはあの日からしばらくたってから、当時レベルも低く非戦闘員の住人達と逃げる事しか出来なかった俺たちが自己満足の為に建てた墓所。

 異世界に召喚されて右も左も分からない俺たちに冒険者の在り方を教えてくれ、更に俺にとっては剣を教えてくれた師匠。

 天音にとってはこの世界で最初に親しくなった同性の友人であり姉と言える人。

 俺たちが最初に失った仲間の墓だった。


『聖剣士リーンベル』彼女がいなかったら俺たちは間違いなく今生きてはいない。


 あの日命を助けられたのは勿論だが、この異世界で冒険者として生き抜く術を何一つ知らなかった俺たちにすべてを叩きこんでくれた人物だったのだから。

 俺は自然と墓石に向かって両手を合わせて合掌する。

 この世界の宗教的決まりごとは分からんけど、日本人の俺としては故人に対して祈るにはこうするのが性に合うってだけの事だ。

 どっちにしてもその辺に細かい拘りがある人じゃなかったから大丈夫だろう。

 チラッと横を見ればアマネも同じように墓石に向かって合掌しているしな。

 俺は墓石に向かい師匠に報告すると一緒に、あの日魔族に町が襲われた日の事を思い出していた。

 あの時、熟練の冒険者たちを殿を務める師匠と俺は一緒に戦おうとしたのだが、師匠は俺の事をぶん殴って怒鳴ったのだ。


『間違うな!! 貴様が守るべきはこの町でも私らでも、この世界でもない!! たった一人の大事な女だけだろうが!! 勇者の務めなんぞ、そのついでで良い!!』


 この師匠の言葉が今日までの俺の行動理念になっている。

 この世界の人間が、聖剣士とまで称えられた人物が勇者に対して言う言葉とは到底思えないのに……その言葉はどんな偉い国王の言葉よりも、この世界の最上位であるはずの女神の言葉よりも俺の心に刻み込まれている。

 世界を自分の守る者のついでに救え……そんなのまさにあの人にしか言えない格言だ。


「くく……」

「……何笑ってんのよ」

「いや、何でもない……」


 俺が思わず笑ったのが気になったのか聞いてくるアマネだけど、再び瞳を閉じて合掌を続ける。彼女にも『姉』として慕った人に対して報告すべき事があるのだろう。


 ……取り合えず、今日までは何とかあの日の約束を果たせたんじゃないかと思うよ師匠。

 まあ仲間に助けてもらったり、アマネ自身が強かったから生き残れた事も多々あったから、穴だらけなのは否めんけど……大目に見てくれ。

 一週間後、俺はこの娘を守るついでに世界を救ってくるからよ……。


 数分の間、俺たちは思い思いに祈りを捧げてから墓石を後にした。


「さて……これで先にやっておくべき事はしたか……」

「先? これからまだ何かやる事があるの?」


 小首をかしげて尋ねるアマネに、俺の心臓は早鐘の如く高鳴ってくる……こんな緊張は……今までのどんな戦闘でも経験の無い事だ。

 思えば彼女とは長い付き合いだけど、男女の関係になったのは異世界に来てから2年目の時だった。


 それは、丁度俺たちが師匠を失った時期。


 正直我ながら理由は情けないのだが、仲間を失った悲しみと苦しみを誤魔化し慰めるために、同じ傷心を負ったアマネと傷をなめあった結果だった。

 ……今思い出すとアマネに対して申し訳ない気分になるのだが。


 まあ切っ掛けは最悪の部類であったけど、今となっては俺にとって最愛の女性はアマネ以外にいないと確信を持って言える。

 今まで勇者という事で貴族やら王族やらの美女たちに言い寄られた事もあったけど、俺にはこの娘しかいないのだ。

 異世界に来てから5年目……大人として成熟していく彼女に、俺は懐から箱を取り出して開いて見せた。

 小さな輝きを放つ指輪に、彼女は息を飲んで目を丸くする。

 この世界の作法としては存在しないのだけれど、俺はやはり地球人としてこの方法を取りたかったのだ。


「俺と……結婚してほしい……」

「…………」


 アマネは俺の言葉を聞いて、しばらく真っ赤になって泣きそうになったり怒りそうになったり、百面相繰り返していたが……最後に呆れたように溜息を吐いた。


「勝っても負けても、私たちには後一週間しか無いんだけど? 何で今言うのかな……」

「それは……すまない。だけど……!?」


 しかし俺が何か言い訳しようとすると、その口は突如アマネによって塞がれた。

 真正面から抱き着いて来た彼女のキスによって……。


「いいよ……たった一週間だけど、仕方ないから私が貴方のお嫁さんになってあげる」


 そう言って照れたように赤くなって笑う彼女は……幼いあの日、一緒に遊んでいた頃から何も変わっていない。

 あの日からずっと俺に勇気と、癒しをくれる最高の笑顔。

 そう思うとたまらなくなって、今度は俺からアマネを強く抱きしめた。


「きゃ!? ……もう、たまに強引なんだから……」

「嫌いか?」

「ううん……大好きだよ」


 そして……廃墟の町で、たった一週間の俺たちの新婚生活が始まった。

 たった二人だけの……甘い、甘い世界が……。

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