第二話 うさん臭い本
「いらっしゃいま……なんだい、今日も一人でご来店か? ユメちゃん」
「……スズ姉、その呼び方はいい加減やめてくれない?」
放課後、近所にある地元に密着したコーヒー通が集まる小さな喫茶店の扉を開けると見知った年上のジーンズがよく似合う女性が笑って出迎えてくれる。
この人は剣岳美鈴さん。昔から付き合いのある、ガキの頃にはよく遊んでもらった天音とも共通の年上の幼馴染だ。
大学生になって益々大人の色気を醸し出しつつも、昔から変わらない“かっこいい女性”を体現したような、この店の看板娘。
「ここに遊びに来ていた二人が一緒に客として来てくれるのを私はずっと待ってんだけど?」
「う……」
スズ姉のジト目が胸に刺さる。
俺がガキの頃からあった店だけど、客として来店するようになったのは結構つい最近だったりする。
あの頃は客としてではなく、遊ぶ為にこの店のドアを通っていたからな。
当然、俺たちがある日を境に疎遠になっている事も知っていて、その事については多分俺以上に気にかけているんじゃないだろうか?
「ここに客として一緒に来店した二人にコーヒーを出して、ケーキをサービスしてやる。それが今の私の望みなんだけどな~」
スズ姉にはその件について何度か相談しているし、何度も関係改善の為に働きかけてくれもしていただけに、俺たちの現状は見ていられないらしい。
だけど……年上の幼馴染の小さな目標を、俺は叶える事が最早出来ない。
「それは……もう無理かも……」
「……どうして?」
アイツには彼氏が出来たから。
彼氏でもない昔なじみの、ましてや嫌われている俺が二人でこの店に訪れる事はもう無い。
しかし俺は出かかったその言葉を噛み殺し、俯く事しか出来なかった。
口から出してしまうと認めた事になってしまうような……そんな気がして。
「……コーヒー一杯頼む」
「……はいはい、いつものアメリカンね」
代わりに絞り出した言葉に何かを察してくれたのか、スズ姉はそれ以上聞かずにスルーしてくれる……表情は呆れたような苛立っているような、微妙なモノではあったけど。
その視線を避けるようにいつものテーブル席に着席してなんとなく時間を持て余していた俺だったが、不意に本棚に目をやると、妙な本が一冊ある事に気が付いた。
「何だこの本?」
それはいわゆる古書って言うに相応しい革丁で、年代を感じる程古めかしいのにボロちいワケでもなく、何というか荘厳な存在感を感じる。
少なくとも喫茶店で時間を潰す為の、店長やスズ姉が読み終わった古雑誌と一緒に置いていて良いような代物には思えない。
陳腐な表現だが、まるでおとぎ話の魔導書のような?
思わず手に取ってみたが、表紙から中身に至るまで日本語じゃないどころか英語でもない……いや、俺の人生において一度も見た事が無い文字で書かれていた。
「洋書だって読めないのに……どこの国の文字……ん?」
しかし、そう思っていると……不思議な事に読めないと思っていた本の文字が読めるように……というか明らかに俺にも読める日本語が開いた本には並んでいた。
「……え?」
俺は思わず呻いて本を開いて閉じて、あらゆる角度から本を見返してみた。
しかしこの本は途中から白紙になっている他はすべて日本語で表記されていた。まるで最初から日本語で書かれていたとでも言うように。
「いや……確かにさっきは見覚えもない文字が? 気のせいか??」
電灯に透かして見ても特に変わった事もなく、終いには本を片手に妙な動きをしていた事でカウンター向こうのスズ姉に「どうした?」と心配されてしまった。
「……気のせいだな」
俺は本の雰囲気と自分の中二心が作用した錯覚だろうと結論付ける事にした。
だが読めるとなると、俄然この魔導書みたいな本に何が書かれているのか気になってきた。
しかし俺は本の表紙部分にデカデカと記されたタイトルを見て、眉をひそめた。
「夢を操る方法?」
その本のタイトルは確かにそう記されている。
「う……うさんくせぇ……」
思わずそんな本音が漏れてしまう。
何というか、UMAやUFO記事で明らかに読者に信じさせる気がない奴を見かけた時と似たような気分だった。
本の雰囲気は最高に良いのに……。
『この本を手に取りし資格持つ者よ。手始めに其方の思い描く最良の夢を提供しよう』
夢操作初級 『己の夢を操作する』
・明晰夢 自らの夢を自ら自覚、把握して操作する。自身の夢は己の世界であり、そこで汝は世界そのものであり神である事を自覚せよ。
眠りに入る前にページに記された魔法陣に手を置き心を静めよ。
汝の望む最良の夢をご覧に入れよう。
胡散臭い……確かにそうは思うけど、本の冒頭部分を流し読んで、俺は少しだけこの本に興味を持った。
夢を操作する……つまり直訳すればそれは好きな夢が見れるって事だろ?
望む夢を見たい。そんな願望を持って枕の下に望みを書いた紙を敷くなんて定番のまじない方法だろう。
「……俺にとっての、最良の夢……か」
そう考えるとパッと思いつくのは……例えば宝くじが当たった一獲千金の夢。
使い切れない大金を手にして豪邸を買って世界旅行に出ての豪遊三昧。
世界的なスポーツ選手、歌手や映画のスターになって世界中の人間にちやほやされる夢。
あるいは大勢の美女を囲って酒池肉林、ハーレムを築く18禁、R指定の夢を……。
う~~む……我ながら陳腐なイメージしか浮かんでこない。
仮に『何でも願いの叶う何か』が目の前にあったとしても、似たような発想しか浮かんで来ないんじゃないだろうか?
そんな風に自分の発想の貧困さを嘆いていると、不意にあるイメージが浮かぶ。
『ユメちゃ~ん。一緒に遊ぼ!』
幼い日に俺の手を無理やり引っ張って屈託のない笑顔で連れまわしてくれた少女の姿。
今となってはもう望む事が出来ない、俺だけに向けてくれたあの笑顔……。
現実ではもう見る事が出来ない……しかし夢であったのなら?
「……見れたとしても、所詮は夢なんだよな」
自嘲気味に呟いてみるものの、それでももう一度あの笑顔に逢えるかもしれない?
そう思うと、自然と俺の手はページに記された魔法陣に触れていた。信じたワケではない、そうだったら良いな、それくらいの気持ちで。
俺は自分が一番望む夢が何であるか……それを自覚した瞬間、妙な疲労感が全身にドッと押し寄せて来たのを感じた。
思えば今日は一日中その事ばかり考えていて、その度に精神的に疲弊していた気がする。
その事……天音の姿が脳裏に浮かんだ瞬間、俺の意識は途切れた。
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