第一話 よくある幼馴染との現実
幼馴染、そんな響きに何を想像するだろうか?
幼い頃から近くにいた身近な男女、それが大人になるにつれて異性として意識し始める時に芽生える恋心に一喜一憂する甘酸っぱいストーリー……映画や漫画では使い古されて手垢どころか色んな汚れが付きまくっているベタ中のベタだろう。
俺だって現実を知らなければそんな想像をしていたとは思う。
そう、現実を知らなければ……だ。
現実的な男女の幼馴染っていう関係にそんな青春ストーリーは期待出来ない。
何故ならドラマのように男女の子供がいつまでも仲良しを続ける事は出来ず、成長に従い異性の違いが明確になるの連れて存在が鬱陶しくなって行く。
俺の場合は『あの娘』の方からだったのはハッキリと覚えているけど……。
ガキの頃、いつも一緒に遊んでいた幼馴染のあの娘が唐突に、特別何か仲違いをする事件があったワケでも喧嘩したワケでもなく、いつもの場所に来なくなったあの日の事を。
その日以来、あの娘とは敵対するワケでもないが積極的な交流は無くなり、自然と付き合う友達も身を置く世界も互いに変わって行き……ただただ疎遠に、そして自然と無関係となって行った。
そう、現実の男女の幼馴染なんてそんなものなのだ。
彼女と実に何年振りかにクラスメイトになった時には、最早どう話して良いのか分からないくらい他人に成り下がってしまっていた。
クラスメイトになったからと言って関係性に変化があるワケもなく、むしろ疎遠に拍車がかかっているようにすら思える。
彼女『神崎天音』は活発な女子でクラスの中でも高いコミュニティーを持っていて、男女問わずに周囲には常に友人たちがいて、いつもグループの中心でみんなと笑っている印象。
反対に俺はいつも決まった仲の良い男ども4人で集まってだべっている、若干オタクよりなグループを築いているタイプだ。
無論その事について不満があるワケじゃない。
むしろ俺は“誰とでも仲良く出来る”なんて大らかな心は持ち合わせていないだけに、むしろああいったコミュニティーは苦手なくらいだ。
だからこそ、幼馴染であったはずの天音とはますます疎遠になって行くのだが。
「そういえば夢次。お前って神崎さんと幼馴染なんだってな」
昼休みの時間、何となく自分とは違う世界を作っている天音を見て不毛な事を考えているとサッカー部でエースの、しかしアニメ好きという事で『いつもの4人』の一人である佐藤が不意にそんな事を言った。
「なに!? 夢次本当か!! あの少々ボーイッシュでサッパリしている健康的で、男女分け隔てなく、しかも俺たちのようなオタクでも差別せずに自然に話してくれる神崎さんが!?」
それに一早く反応したのは眼鏡の工藤、色めきだった反応でコイツが何を期待したのか一瞬で分かった。間違いなく俺がさっき考えていた使い古された物語だろう。
「そりゃ……昔から知り合いだけどよ」
俺は色々な感情を込めて息を吐いた。
ぶっちゃけアイツは人気がある。基本的にサバサバしていて誰とでもフラットに話してくれる女子って事で体育会系から文系まで、あらゆる奴らから好意を寄せられているくらいだ。
……まあコイツのように『俺のような人種にもお声を掛けてくれる聖女』と言うのはへりくだりすぎだし、『お姉様』と慕う下級生共は正直おっかないが。
ただ、それはあくまで他の連中に対してだけだ。神崎天音は俺以外の人に対しては分け隔てなく交流を図る。
しかし、俺は彼女から特別な扱いを長年受けている。
……特別扱いが良い事だと思うなよ? 口も利かなきゃ目も合わせない、そんな扱いを長年受けているのだから。
思わせぶりな反応じゃない。目が合えばあからさまに“うわ、見ちゃったよ”的に顔を顰めて視線をゆっくりと外すのだ。
一度など、家が隣の彼女が登校する時間にバッタリと出くわした時に、いくら疎遠だからと言っても何も言わないのもおかしいと思い、なけなしの勇気を振り絞って「おはよう」と挨拶してみたのだが……あの娘は、俺の事をまるで空気の如く無視して学校へと駆けて行った。
今年クラスメイトになった時、もしかしたら疎遠が少しでも解消出来ないかと考えていた俺の計画はその日、見事に木っ端微塵に砕け散った。
どうやら疎遠の間に俺は彼女に羽虫の如く嫌われていたらしいのだ。
「最近はハーレム漫画の振られ要員になりがちな幼馴染が、その手の物語みたいに自分にベタぼれしてくれるなんて、現実にあるワケ無いだろうが……」
「す、すまん。それ以上は言うな! 妹持ちに“妹モエのあり得なさ、不毛さ”を論破された時と同様の気配を感じる!!」
俺の静かな、しかし暗い表情での呟きに一瞬盛り上がりかかった工藤は慌てて謝罪した。
……そういえばこいつは以前に妹モエについて盛り上がっていたのに、急に語らなくなった時があったっけ?
「でも……まあお前と神崎さんじゃ、いくら幼馴染って言っても世界が違いすぎるのかもな……ああ、別に悪い意味じゃねーぞ?」
何気に自分の言葉が失礼と思ったのか佐藤は妙なフォローを入れてくれる。
気を使わなくても良いんだけどな……俺だって今更アイツと昔のように仲良く出来るとは到底思えない。
クラス内でも違うコミュニティーなのに、向こうには完全に避けられているのだ。
接点何て持ちようが無いし、今更持とうとも思えない……それに。
「そう言えば神崎さん、彼氏がいるって言うしな。相手がいない俺たちには到底分からない世界だよな~」
「…………そうだな」
俺も最近小耳に挟んだ、今天音の隣で親し気に話している少しチャラ付いた男と付き合いだしたという噂。
特別な何かを持った覚えなど無いのに腹の底に妙な重量を感じざるを得なかった。
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