ドロップアウト
かきはらともえ
『飼育小屋を襲え』
★
魔法使いはみんなが憧れる職業である。
それは才能のある者、選ばれた者だけがなれる仕事でもある。
こんな今も、魔法使いは箒で街中を舞っていることだろう。僕だって憧れていたことがある。でも、そんな夢も魔法学校中等部になる頃には潰えていた。
進学のタイミングで『才能がない』と告げられた。結果として、僕は才能を持たない者たちが辿り着いた境地――科学科に通うことになった。
僕みたいな奴はほかにもいる。
でも、彼らは、魔法が使えないなら魔法使いのためになることをやろう――と、目標を持って科学科に邁進している。
挫折しても躍起して結果を出せる者もいる。
一方の僕は、夢が途絶えたことで、今まで――生まれてから今まで思い描いていた目標がなくなったことによる喪失感に苛まれていた。
躍起になれる者もいれば、そうでない者もいる。
現実と向き合うしかないにしても、簡単には向き合えない。
ドロップアウト。
そう呼ばれる輩が科学科にいる。そのひとりが、ほかならぬ僕こと
★
魔法学校科学科。この科を好き好んで選ぶものは少ない。『ドロップアウト』として見られるからだ。当然だが、この学科を選んで、ちゃんと邁進しているスクラップ=アンド=ビルドみたいな人もいる。だが、僕のように挫折した者も多く、この学科には所属している。
そんな『ドロップアウト』は旧校舎四階が溜まり場になっている。今日もいつも通りに授業を終えて、僕は溜まり場に向かった。
「おや、鳩原くん。今日はくるのが早いね」
「鳩原くん」
ペットボトルに入っている真っ黒な液体を飲み干した霞ヶ丘さんは呼ぶ。
「ちゃんと授業には受けてきたかな? 今、わたしの体内時計だと午後二時なはずだけど?」
「ええ。今日は五限までしか授業を取っていませんから」
「それならわたしは咎めないけど」空っぽになったペットボトルを近くにある教卓に置いた。「わたしたちのような落ちぶれた者にも、プライドってものがあるのよ。ひとりひとりが、その意識を持って取り組む。それがわたしたちの――ルールよ」
「ルールですか……」
「今更、言うことじゃないけど、わたしたち『ドロップアウト』は、魔法科の生徒たちにとって脅威にならないといけないの」
「…………」
「ただ反旗を翻すだけじゃない。わたしたちは、ひとつとして存在することで連中にひと泡を吹かせることができる。そのためにも、ルールが必要なのよ」
ルール。そのひとつ――『魔法に対する勉強を怠らないこと』。
「息巻いているだけじゃ下に見られて終わり。そんなの、わたしのプライドが許さない。だから、わたしたちは、魔法が使えなくても驚異になり得る、と。『ウィッチ・ナイト』を控えている今、尚更なのよ」
「…………わかりましたよ、霞ヶ丘さん」
僕は両手を挙げる。
「昨日授業をサボったことを言っているんですね」
「よくわかっているじゃない。ルールを破った分際で、よくぞまあ、一番に顔を見せられたものと、思わずむかついていたけど――わかっているならいいのよ」
険しい表情から、いつもの柔らかな表情に戻る。
「一応聞いておいてあげるわ。どうして昨日の授業をサボったの? その言いわけを聞かせてくれないかしら?」
「大したものではないんですけど、先日、僕のことを慕ってくれる後輩ができたんです。その子がこのあいだ――」
魔法科の連中にちょっかい出されてまして。
一瞬。強烈な殺意を感じた。
霞ヶ丘さんの目の色が、変わる。
「鳩原くん。そいつら、魔法科のどいつら、だい?」
「ええっと」殺意を剥き出しにしている霞ヶ丘さんに思わず、怯む。「確か、魔法生物の授業を選考しているハワード・ハワーと、ハピネス・ビーポレンですね」
「それで? さっきの話の続き。その後輩がちょっかいを出されていて――で?」
説明を続行する。
「それで、ですね。むかついたんで、痛い目を合わせてやろうと思って、あいつらが次の試験で使う予定の魔法生物をぶっ殺してやろうと調べていました」
「なるほどね」椅子から跳ねるようにして、立ち上がり近くにあった机を蹴り飛ばした。「まあ! 授業をサボったことは許さないけど――いいでしょう。パワーポイント・ハラスメントと、エビナス膀胱炎のふたりに報復と行きましょうか」
名前、めっちゃ間違ってますけど。
★
飼育小屋は、魔法科のある領内にある。巨大な鳥籠になっていて、それぞれの階層に個室があって、そこで魔法生物が育成されている。魔法生物と、そうでない普通の生物の差異について、ついでなので言及しておこう。
魔法生物として定義されているものは、本来その生物が必要としない魔力を体内で生成する生物のことである。
飼育小屋三階の、三〇一二室の前にまで潜入してきた。
「――アメフグリとオオクサヒドラね」
ナンバープレートの下に書かれてある生物の名前を呟きながら、霞ヶ丘さんと潜入した。
室内は体育館くらい広かった。足元は土で、一メートルほどの植物が生い茂っている。扉を開けて、すぐに金網があって、その向こうに魔法生物がいる。
「いた、あれがアメフグリね」
およそ、一メートルの塊で、
「鳩原くん、あの生物のこと、わかる?」
「あの
一メートルの蟷螂――みたいなのがいる。見た目こそ蟷螂に近いが、三本指になっていて、何よりの特徴は四肢が合わせて四本しかないことである。
「あのリキッドは、攻撃的な寄生生物のミズウジといって、あのオオクサヒドラの根の部分に繁殖する生物です」
「あのハエトリソウみたいな植物のこと?」
「そうです」
一メートルほどの植物。ハエトリソウと似た見た目をしている。
「アメフグリは、あのオオクサヒドラを育成して、その根に子供を産む。幼体は軟体生物みたいな状態のまま、根で過ごしてミズウジから栄養補給を受けて、蛹になる。この三種類の生物は、
「ふうん。あの生物たちのことはわかったけど、どうやってこの生き物をぶっ殺す気なの? どれもこれも、わたしたちと同じくらいのサイズでしょう?」
「霞ヶ丘さん。あなたにはいろいろとルールがあるように、僕にもルールってものがあるんですよ」
「ルール? それは『ドロップアウト』としての?」
「いえ、僕のやり方としての
「それはどういうもの?」
「なりふり構うな、です」
一切合切の容赦なく、徹底的にぶっ殺す。
それが僕のやり方だ。
★
後日。
「鳩原先輩!」
後輩の大空砂丘ちゃんが駆け寄ってきたのは昼休憩のことだった。
「聞きましたか! ハワード・ハワーとハピネス・ビーポレンのこと!」
「いや。そのふたりって、この前の? 何かあったの?」
「あのふたりが飼育してるアメフグリが飼育小屋の中を大暴れして、魔法生物を大量に殺しちゃったらしいんです!」
「へえ、物騒だね」
「はい。前から育て方が問題になっていたらしくて、それのせいじゃないかって。大暴れした末に、オリオン・サイダーさんに仕留められて解決したらしいですよ」
魔法科のほうでは騒ぎになっても、科学科のほうに情報はほとんどこない。最近まで魔法科にいた大空砂丘ちゃんだからこその情報網だろう。
具体的に、あのあと何をしたのか。
殺虫剤を撒いただけだ。燻蒸式の殺虫剤を百個ほど作って、室内に放置して脱出した。アセチルコリン受容体に作用し、神経に異常な興奮作用を引き起こした。
だから、暴れた。
ほかに被害が出るように、選んだ。
しかし、解せない。室内を調べれば、痕跡が出てくるはずだ。後始末なんてしていない。これは『
それが、あろうことか当人たちの飼育ミスだって?
★
放課後。大空砂丘ちゃんとご飯に行って寮に戻ると、入り口に人影があった。
見慣れない姿だが、よく知っている。
ここにいるはずがない人物だ。
「あなた」
姿勢のいいその女性は、こちらに歩み寄ってきた。
「飼育小屋に小細工をしたのは、あなたですわね?」
僕は知っている。この人物を。
「オリオン・サイダーさん。僕は、そちらの不手際だと聞いていますけど?」
「確かに、あの阿呆のふたりは、随分と調子に乗っていましたもの。なんとかしないと、と思っていましたの。ですから、わたくしはお礼を言いにきたのですわ」
お礼? だって?
「わざわざご足労いただいて、ありがとうございます」
わたくし、とても感動いたしましたわ。
★
「ふざけやがって! ふざけやがって! ふざけやがって!」
あの女! お高く留まりやがって!
これじゃあ、『ドロップアウト』のルールに相反する。そのことをわかった上で、あの女は、すべて自分たち魔法科の不手際として処理した。
それでいて、こちらにお礼さえ言いにきた。
これはもう、『ドロップアウト』のルールとか以前に、僕自身のプライドに関わる問題だ。僕自身の
「なめやがって、あの野郎っ!」
★
この半月後に開催されることとなる『ウィッチ・ナイト』を前にして、鳩原那覇が起こしたのはちょっとした宣戦布告のつもりだったのだが、あろうことか返り討ちに遭う散々たる結果に終わってしまった。霞ヶ丘ゆかりが率いる『ドロップアウト』は、本番を前にして敗北したことになる。
しかし、彼らのルールのひとつにはこういったものもある。
やられたら、やり返せ。
ドロップアウト かきはらともえ @rakud
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