blackbird,fly


 瀕死のアクセルアバドンの腕に“槍”を絡げて、こちらに正対するゼネラルカメレオン。

 どこから……いや、いつからいたんだ。

「な、なんでここに……」

「なあに。向こうの河原に転がっているリス怪人を回収するつもりであなたがたについて来ていたんですよ」

 にこやかな口調を一変させ、ゼネラルは冷淡に続けた。

「まあ、あなたがハネを出せると分かった時点で話は変わりましたがね」

 ちらと自分の背中に生える翼を顧みた。

 ゼネラルはこれを狙っているのか?

「リス怪人には利用価値がありましたが、あなたの能力に比べれば些細なものだ。ライザーを始末したら、次はあなたをいただきましょう」

 ねっとりと粘着質な視線がねぶるようにわたしを見つめる。

 その気味の悪さを横に置いて、ふと気付いたことがあった。

 ゼネラルは目の前の黒いライザーソウガをアバドンだとは思っていない。

 それどころか考えもしていないようだった。

 まあそうだろう。どう見ても黒くなったライザーソウガにしか見えないからなぁ。

 ゼネラルがぐいと腕を振る。

 手の先から伸びた鞭状の槍がアバドンの腕を引いてボロボロの身体を引き倒す。

 芝生の上に転がったアクセルアバドンの黒い背中から赤い雫が宙に散る。

 ぴたぴたとわたしの黒い脚に飛び散って、目立たないシミを作った。

「しかし忌々しいライザーどもが内輪揉めとは。私にとってはまたとない僥倖でしたよ。さあ、邪魔者を片付けたら、私と共に行きますよ」

 ゼネラルは誘うようにわたしに手を差し伸べる。

 仕草や態度とは裏腹に、言ってることはこちらの拒否権を認めていない。

 ゼネラルが足を踏み出そうとしたとき、びんと片腕が後ろに引かれた。

 倒れるアバドンがゼネラルの腕から伸びる槍を握っている。

「どういうつもりですかねェ?」

 声の端々に苛立ちが表れていた。

「反逆、する……。押さえつけてくる、すべてに」

「寝ていれば、楽に逝けたものを……。死になさい!」

 ゼネラルの空いた手からもう片方の槍がアバドン目掛けて射出される。

 黒い影を引き裂き、桃色の穂先が地面をえぐる。

 残像だけを置き去りにして、アクセルアバドンは一瞬でゼネラルの側面に回り込んでいた。

「命令は……聞かない……」

「無駄ですよ!」

 どれほど高速で動いても、ゼネラルの槍はアバドンを絡めている。

 満身創痍のアバドンにそれを振りほどく力は無い。

 ゼネラルが大上段に槍を振り上げ、アバドンは釣り上げられた魚のように空中に投げ出されてしまう。

 身動きのできない空中に放ったアバドンに槍を突き出す。

 脇腹をかすめて装甲をえぐり取る。

 着地したアバドンはゆらりと顔を上げ、両目に突き立った二本の牙でゼネラルを睨んだ。

「自由に……自由に、なる……」

 喉の奥から絞り出すように吐き出される声に、わたしは慄然とした。

 さっきから言っている言葉。

 これは、わたしが言ったことだ。

 昨日、廃工場でアバドンに襲われたとき、命懸けで訴えかけたことだ。

 今、目の前で傷だらけになりながら立ち上がっているのは――、

 途切れ途切れの言葉を繋ぎ合わせて声を上げているのは――、

 コニーじゃない。アバドンだ。

 獅子堂葉月というただの男の子が、命を燃やして立ち向かっている。


「ゼネラル。わたしのハネが欲しいんだってね」

「おや。私のもとにつく気になっていただけましたか」

「あげるよ。くれてやる。たっぷりとね」

 わたしは手首から先が千切れた左腕を差し向けた。

 断面から溢れるヒヨコ色の羽毛が飛沫いて、ゼネラルとアバドンを包んだ。

 空中に漂う大量の羽毛に向けて、わたしは右脚を蹴りつけた。

 マッチを擦るみたいに。

「ぶっ飛べ」

 足先がチカッと光った。

 即座に羽毛が火を噴いた。

「なにッ!?」

 空間が炎を上げ、熱風が全身を舐める。

 ゼネラルは身構え、そしてアバドンは――、

「後ろに跳ぶ――。刺激に反応して動くなら、そうするよね」

 わたしの胸にアクセルアバドンの黒い身体が飛び込んできた。

「もう、いいよ。今はおやすみ」

 腰の前に手を回し、アバドンが装着するドライバーのイジェクトボタンを押した。

 ポップアップトースターみたいに飛び出したコインを掴んだとき、わたしの腕の中には、しっとりと全身を血で濡らした少年がしなだれかかっていた。

 横たえると、腰のドライバーは大量の黒いコインに変わって、ジャラジャラと芝生の上に溢れた。その中にキラリと白く光るものがひとつ。


「やってくれますねェ。まさかこんな能力さえ操るとは。やはりあなたは私のスペシャルだ」

 燃え尽きた羽毛の白煙を掻き分けてゼネラルの姿が現れる。

 半端に融合した羽毛が身体のあちこちで燻ぶって細く煙をくゆらせている。

「ゼネラル。まだ続けるなら、わたしが相手になるよ」

「相手? あなたに務まるのはせいぜい私のダンスの相手パートナーですよ」

「あんたに踊らされるなんてまっぴらだね」

「何か勘違いをしていませんか? 私があなたを必要としているからといって、あなたを傷つけられないわけではないんですよ」

 ホラ、と愉悦の色をにじませて、ゼネラルの槍が飛び出す。

 反応して身体を捻るが、すでに桃色の槍はわたしの太腿を貫通した後だった。

 見えているのに身体が追いつかない。

 槍を引き抜かれた創傷からは、やはり黄色い羽毛が噴き出す。

「あんたこそ勘違いしてるよ」

 痛覚が働かないのをいいことに、穴の開いた足でゼネラルににじり寄る。

「あんたはわたしを殺せないけど、いたぶるくらいは平気でやる。でもね、わたしのほうはあんたを倒さなくても勝ちを拾える」

 舞い散る羽毛に手を差し入れて、ゼネラルの身体に触れた。

 銀緑のボディ。固い金属の手触りが、呼吸のたびに柔らかく動いている。

「ねえゼネラル。わたしの羽を全身にまぶされて、あなたそれでも透明になれるの?」

「ハッ!?」

「姿を消せず、追跡を受けるようなことがあれば、いずれ変身も解ける。仮面の下のあなたの素顔が白日の下にさらされる。あなたに耐えられるかしら? 顔と名前と姿を消してコソコソ生きてるようなあなたに」

 ゼネラルが仮面の奥で息を呑んだのがわたしにも伝わってきた。

 触れるこの男の胸の呼吸が緊張を言外に示している。

「自分より弱い奴をいたぶっていい気になってた? 弱い奴には弱いなりの戦い方があんのよ」

「クッ……私を……私を見下すな! 女の分際でッ!」

 怒りを発して、ゼネラルの槍がわたしの足の甲を貫いた。

 羽毛が舞い、わたしの身体が芝生の上に倒れ込む。

 ゼネラルは間髪を入れず、わたしの上に馬乗りになる。

「なぜ私に従わない! なぜ私の邪魔をする! 女のくせに! 私にかしずくべきなのに!」

 ゼネラルの拳が顔面に振るわれる。

 マウントポジションを解くために腰を持ち上げるが、ゼネラルは意に介さず殴り続ける。

 胸の上に座り込み、両足でわたしの腕を押さえつけている。

 文字通り、手も足も出ない状態だ。

「おまえは私の言うことだけ聞いていればいいんだ! 格の違いを理解しろ!」

 もはやゼネラルは殴るのをやめて、わたしの首を絞め上げていた。

 呼吸をしなくても構わない怪人態じゃなければとっくに意識を手放している。

 身体中からは出血じみた羽毛の漏出が止まらない。

 ――が、それでいい。これがいい。

 別段わたしがドMな趣味に目覚めたわけじゃない。

 この状況なら気取られずに済む。


 ゼネラルは一方的に怒鳴り散らして、わたしの首を絞める。

 それが数十秒は続いただろう。

 ゼネラルが思った以上の馬鹿なら、もう少し気付かないままだったはずだ。

「これは……?」

 ゼネラルは思ったとおりの馬鹿だった。

「やっと気付いたの?」

 首を絞める手を緩めたおかげで喋ることができる。

 ゼネラルはわたしの上にまたがったまま、周囲に視線をめぐらせる。

 飛び散った羽毛のおかげで視界はヒヨコ色のもやに包まれていた。

 だが、その隙間からは見知った景色が覗けない。

 キャンプ場の芝生も、林道の緑も、河原の石ころも見えない。

 周りには青く澄み渡った空が広がっていた。

 わたしは飛んでいたのだ。ゼネラルを胸に乗せたまま。

「高さはまだビルの十階を越えたあたりかしら。まっさかさまに落っこちて生き残れる自信はある? それともプリンシパル7のゼネラルカメレオン様ならへっちゃら?」

「何のマネです!? 私を脅す気ですか!?」

「脅しってのは交渉でしょう。あんた、わたしと交渉するつもり、今の今まであったっけ? わたしだってあんたと交渉するつもりはない」

 浮上していることがバレた以上、遠慮はいらない。

 背中の翼を大きくはばたかせて上昇速度を増した。

「さあ、どっちの変身が先に解けるか、試してみよう。ねえ、ゼネラル。言ったでしょう。わたしが相手だよ。あの世への道連れのね」

「やめなさい! 考え直すんです!」

「愉快だよ。ただ浮かぶだけのわたしの能力で、あんたみたいなご大層な怪人を手玉に取ってるんだから」

「違う! あなたは勘違いをしている! あなたの能力ちからは世界のありようさえ塗り替える! あなたこそ――あなただけが唯一無二プリンシパルなんですよ!」

「そう。ならまず手始めに、あんたの世界を終わらせてやる」

 高度は十分。いつまでも胸の上に男のケツを載せておくつもりはない。

 翼をゆったりと動かして、寝そべった姿勢を立て直す。

「くっ!」

 ゼネラルは背中から後ろに転げ落ちていく。

 だが往生際の悪いことに、奴の槍がわたしの脚に絡みつく。

「地上に戻りなさい! あなたを失うわけにはいかないのです!」

「わたしは最初からこの世界には余分なものだった。いなくなって困ることなんて無い。あんたを道連れにできるなら十分すぎるよ」


「馬鹿を言え。俺が困る」


「え?」

 ゼネラルとは別の声が割り込んできた。

 空中に漂ったヒヨコ色の羽毛を切り開いて、ひとりの怪人が翼を広げてそこにいた。

 青い騎士の、姿があった。

「マス――ハヤブサ師団長!?」

「おまえが消えたら誰が犬の世話をする」

「な、え、なんで?」

「俺は動物の世話は焼かんと言っただろう」

 そこじゃねーよ!

「なんでハヤブサ師団長がここにいるの!?」

「こんなに派手に抜け毛を撒き散らして、目立っていないと思っていたのか」

 わたしの身体から飛び散ったヒヨコ色の羽毛を見渡して言う。

 いや、でも――、

「この羽毛、見るのも初めてだったんじゃないの? どうしてわたしがいるって分かったの?」

「知るか。分かってから駆け込んで、手遅れだったら意味が無いだろう」

 答えるハヤブサ師団長の足元で、くつくつと笑い声が漏れてきた。

「クックック、見せつけてくれますねェ」

 わたしの脚にぶら下がったままゼネラルが笑った。

「ハヤブサ師団長。今しばらく彼女の身柄は預けておきますよ。どうやら私が触れると弾けて消えてしまいそうなのでね」

「いらん。迷惑だ」

「人のこと勝手に押し付け合わないでよ」

 ゼネラルは再びくつくつと笑うと、わたしの脚に絡めた槍を支点に、振り子のように総身を揺すり始めた。

「紳士は引き際を心得ているもの。今日のところは身を引きましょう。ですが、いつか必ず、あなたを私のものにしてみせる。覚えていてください」

「やだよ。気持ち悪い……」

「クックック……ハッハッハ! アーハッハッハ!!」

 わたしの言葉に耳を貸さず、ゼネラルは高笑いを上げて大きく身体を揺すり、そして――宙へと飛び出した。

 翼も何も無いカメレオン怪人は、銀緑の背中を見せつけ、地上に向かって吸い込まれていく。

 落ちていくのは真下にあるキャンプ場ではない。

 振り子運動で加速をつけた奴の身体は幹線道路のほうへ飛び出していく。

 遠くでゼネラルの腕からピンク色の槍が伸びるのが見えた。

 電柱の先端に巻き付いたと同時に、ゼネラルの身体がかき消える。透明になったのだ。

 それきりゼネラルカメレオンの姿はもう見えなくなってしまった。


「ゼネラルは……」

「勢いを殺して落下した。こちらから見えない位置で変身を解いたんだろう」

 強い衝撃を受ければ変身は解除される。

 裏を返せば、強制的な変身解除は安全装置になるんだ。

「あいつ、変身を解除する仕組みを利用して衝撃を引き受けたの……? この土壇場で? 無茶苦茶だ……」

「プライドの高さからだろう。思い通りにならず、コケにされるくらいなら、死ぬようなマネをしてでも格好をつける。そういう奴だ」

 自分のプライドを何より優先させる。その気質こそがゼネラルの根っこなんだ。

 命を奪われることより、能力を狙われることより、わたしにはそのことが怖ろしくてたまらなかった。


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