ここまできたら 戦いだ


 バターの沁みたトーストと、半熟のハムエッグ。マンデリンのブレンドコーヒー。

 『cafe COLie』の一画で雄一くんお手製の朝食をごちそうになっていた。

「ゆうべはあれから何か変わったことあった?」

 対面に座る雄一くんへ尋ね、トーストの厚さを確かめる。八枚切りが二枚か。

「いえ、何も」

「アバドンは来てないのね」

 肉体のコントロールは完全にアバドンの支配下にあると見ていい。

「わたしもさっき大学のほうまでひとっ飛びして様子を見てきたけど」

「どうでした!?」

「遠目で見ただけだけど、さすがにアバドンの姿は無かったわね。研究棟の割れた窓がダンボールで塞いであったから、人が来たのは確かみたい」

「守衛さんか、ゼミの誰かか、大学の用務員さんかもしれませんね。警察の手が入ってる可能性もありますが、まあ何が見つかるわけでもないですよ」

 いいんだろうか。昨日、雄一くんが守衛室で鍵を借りた記録は残ってるはずだぞ。

 ……知ーらない。


「わたしの推測だけど、アバドンは人間の頃の記憶を頼りに、父親を――獅子堂教授を探してるんじゃない?」

「獅子堂教授かぁ……。俺にコニーを移植してから、ずっと行方不明ですからね。探そうにも手掛かりがありませんよ」

 案外、近くにいるんだけどね。

「それはアバドンも同じ。わたしたちは教授を探してるんじゃない。教授を探すアバドンを探してるんでしょう」

「ああ、それはそうですね」

「彼が教授の息子だとしたら、どこを訪ねて回ると思う?」

「そうか! 教授の自宅だ!」

 頷いて、もうひとつの問題を上げる。

「リス怪人とかいう奴はどうするの? こっちの手掛かりは無いよ」

「それは千葉さんに任せてます。大丈夫。やるときはやる人です」

「ほんとぉ? アテになる?」

「大丈夫ですよ! ……多分、きっと」

 とはいえ、話を聞いたかぎり、リス怪人の様子はかなり切羽詰まっているらしい。

 それほど間を置かず、新たに事件を起こすだろう。

 そのとき駆けつけた千葉――REXライザーと連携を取れるよう、こっちはアバドンを見つけておかなくてはいけないわけだ。


 コーヒーを飲み干して立ち上がる。

「ごちそうさま。さて、行きましょうか」

「どこへです?」

「獅子堂教授の家だよ。わたし場所知らないもん」

「そうでしたね。案内します」

 雄一くんはヘルメットを取りに行った。



 昨日に続いて人生二度目のタンデムをやる。勝手知ったる二人乗り。

 雄一くんのバイクは快調にエンジンを唸らせる。

 商店街の突き当たりにある線路を越え、閑静な住宅街に差し掛かる。

 通勤通学の時間を過ぎたばかりで、朝の空気の中に人の気配がぽっかりと無い。

「え……?」

 違う。人気が無いなんて勘違いだ。

「雄一くん、止めて!」

「はい?」

 訳も分からず、わたしの言葉のままにバイクを停める。

 わたしはタンデムシートから飛び降りて、来た道を駆け戻る。

 そこには道端にぐったりと倒れ込んでいる女性がいた。ゴミ出しに行った帰りなのかラフな格好のおばさんだった。

 外傷は見当たらない。寝息を立てているだけだ。

 だけど――、

「これ見て」

 追いかけてきた雄一くんに、おばさんの胴体に刺さったものを指し示す。

 雄一くんが目を見開いた。

「リス怪人の手裏剣……! いるのか、ここに……」

「せっかくだし使わせてもらいましょう。怪人を探さなくて済んだのは僥倖ね」

 おばさんの身体から手裏剣を抜き取ってジャケットの内ポケットに忍ばせた。

「キユコさん、そんなぞんざいに扱って大丈夫ですか?」

「そんなこと知らないよ。それより雄一くんは千葉に連絡を」

「あ、被害者のことを知らせるんですね」

 通信機を取り出した彼に首を振る。

「ううん。前言撤回――しなくていいか。怪人を探す手間が省けたのは変わらないわけだし」

「はい?」

 疑問符を浮かべて首をめぐらせた雄一くんの身体がびくりと強張った。

 朝の住宅街に、音も無くそれは現れた。

 道の先、バイクを停めたさらに向こう。

 静かな町並みに不釣り合いなリス怪人の異形が、ぽつりとそこに存在した。

「……千葉さんを呼びます」

 雄一くんは通信機を固く握った。


「さあて、時間稼ぎくらいはやってみせるよ」

 ポケットからコインを取り出し、首にあてがう。

 チョーカーのスリットがコインを呑み込んで、肉体が怪人へと変貌を遂げた。


 千葉へ連絡を試みる雄一くんを背に、浮遊能力を使いつつ一般家庭の塀を蹴りつけて高速でリス怪人へと接近する。

 相手もこちらに気付いた。怪人にしてはつぶらな瞳がジグザグに接近するわたしを見た。

 言葉を交わす間も無く、リス怪人が手裏剣を投擲する構えを取る。

 瞬間、地面を蹴って跳び上がる。

 左右に動く的にタイミングを合わせていたはずだ。一瞬わたしを見失うだろう。

 ポーンと高く弾んだ肉体が放物線を描いてリス怪人の頭上を飛び越えた。

 浮遊能力を解除しないと空中で停止して狙い撃ちされるのは目に見えている。

 素直に着地して拳を握ってはたと気付く。

「そういえば同格の相手と殴り合うなんて初めてかもね」

 思い返してみれば、一昨日からライザーや幹部怪人としか取っ組みあってない。

 ……むしろよく生きてるな、わたし。


  リス怪人と相対し、どう戦ってお茶を濁す――もとい、時間を稼ぐかと思案したとき、再びバイクのエンジン音が鳴り響いた。

 千葉が駆けつけるには早すぎる。雄一くんがバイクを始動させたんだ。

 その駆動音が大きくなって近づいてきた。

 次の瞬間、リス怪人の背中に雄一くんの駆るバイクが激突した。

 ドンッ、と重い音がして、リス怪人は吹っ飛ぶことなくその場にどさりと膝をつく。

「うわぁ……」

 衝撃が全く逃げていない。大ダメージ必至のやつだ。


 雄一くんは怪人の様子など気にも留めず、バイクの上から告げる。

「キユコさん! 千葉さんは来ません!」

「なんで!?」

「アバドンが見つかりました。千葉さんが見張ってます。こいつはそこまで運びましょう」

「見つかったって、どこで?」

「河原です。ここからそんなに遠くない」

「――って、写真の! バーベキューのとこか!」

 にしたって、怪人ってどうやって持ち運べばいいんだ?



  * * *


 朝の住宅街。塀の上にカラスが一羽。

 その姿がくにゃりとたわむ。

 光学迷彩に身を包み、リス怪人の様子を眺めていた男がいた。

「あれは……ハチドリ女、と……ライザーソウガ?」

 ひとりごちるのはゼネラルカメレオンだった。

「何故ライザーが戦わず、怪人を怪人にけしかけている……」

 周囲の風景に溶け込んだ首を傾げて訝る。

「ハチドリ女はライザーについたか。絵踏みのつもりですかね」

 見ているうちに、矢凪雄一のバイクがリス怪人を轢き倒した。

 彼は用意していたザイルで怪人を縛ると、バイクの荷台にくくりつけ、走りだす。

 わざわざリス怪人が落ちないように、浮遊したハチドリ怪人に支えさせている。

「おやおや。朝から怪人を拉致とはヒーローの風上にも置けない」

 ゼネラルは迷彩を解いて仮面の下でシニカルに笑った。

「とはいえ、リス怪人の能力は当たりの部類。失うには惜しい。なんとなれば私が救い出さねば」

 ゼネラルの腕からピンクの“槍”が伸びる。

 電信柱に巻き付いたそれが縮み、ゼネラルの肢体を宙に踊らせた。

 銀緑の怪人が追跡を開始した。


  * * *

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