23話 渇きと餓え(前編) 2


 雄一たちは街に混乱をもたらす怪人を見つけ出す。

 怪人の周囲では前歯の手裏剣を浴びた被害者が次々と正気を失っていく。

「無差別に被害者を増やしてるのか……」

『タチアナと同じなら、被害者は抑圧された欲望を解放しているようだね』

「理性のタガを外す精神攻撃か。厄介すぎる」

 混沌とした群衆の中に前傾して佇む怪人は、薄茶色の装甲をつけた獣に見えた。

 腕や脚に黒いしま模様のラインが引かれた姿を見てとり、雄一は正体を看破する。

「シマリスの怪人、か」

『あの姿はマズい。能力が本人の制御を離れている』

「ああ。今すぐ片を付ける」

 逃げ惑う人々と怪人の能力で狂乱した人々の只中で、雄一はドライバーとコインを取り出した。

「変身!」


  * * *


 ソウガドライバーへコインをスロットイン!

 アクティブレバーを引いて、

「変身!」

 ――Assault form――

 超人ライザーソウガに変身!

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  * * *


 光が瞬き、ライザーソウガへと変身した雄一は、シマリス怪人を引き連れ、街のそばに開けた造成地へと雪崩れ込んだ。

 均された地面に土埃を蹴立て、両雄が駆ける。

 交錯する一瞬。緑色の装甲から突き出たソウガの鉤爪が怪人の身体に突き立つ。

 足を止めた怪人に怒涛のごとく拳打を振るう。

 怪人の全身が殴り飛ばされる。同時に両者の間に空間が広がった。

『距離を詰めろ、雄一。飛び道具がくる』

「分かってる」

 ソウガは青いコインをドライバーのスロットに挿入する。

 空間に描き出されるステンドグラス様の図形に、怪人の放った手裏剣が突き刺さった。

 砕けたステンドグラスがソウガにまとわれていく。その手には長大な棍が握られる。

 超人ライザーソウガ・ロッドフォームである。


 一足で間合いを詰め、棍棒を唸らせる。しなる先端が風を切り、怪人を打ち据えた。

『しまった』

 リーチの優位を握ってこのまま怪人を押しきれるかに見えたとき、コニーが平坦な声のまま危機を訴える。

「くっ……」

 コニーに聞き返すまでもなかった。

 ソウガの脇腹に怪人の放った手裏剣が刺さっている。打撃の瞬間に逆撃カウンターを食らっていた。

 脇腹の傷口から装甲に細い線が伸びる。

 装甲の下を植物の根が張るように、びっしりと何かがソウガを侵食し始めていた。

『そうか……分かったぞ、雄一……』

 雑音ノイズ混じりのコニーの声が雄一の意識に届く。

『この怪人の……司る、感情は……』

 装甲に走る筋が全身に行き渡る。

 コニーの声に混じった雑音を上書きして、装甲がミシミシと不気味な音を立て始める。


「おい! コニー! どうしたんだよ!? しっかりしてくれ! 身体が固まって動けない!」

 身動きの取れなくなったソウガの手から棍棒が消失する。

 雄一が息を呑んだ。

 そのとき全身を鎧う装甲がひび割れ砕け散った。

 怪人を前にして、変身が、解けた。

「なっ!?」

 変身解除の衝撃で、雄一が尻餅をつく。

 同時に、砕け散った装甲の破片が光の粒子に変わり、その中からダッフルコートの少年が立ち上がる。

「コニー?」

 足に力が入らず、雄一はコニーが独立して動いていることを悟る。

 そのコニーの手にはドライバーが握られていた。

『変身』

 ドライバーを装着したコニーは銀色のコインを挿入してライザーへと姿を変える。

 全てを置き去りにする最速のライザー――アクセルフォームである。


 雄一と怪人の間に立つアクセルフォームは、おもむろに怪人に背を向けると、地面にへたり込んだ雄一の前にかがんだ。

「どうした? 俺なら平気だから。戦ってくれ」

 答えず、コニーはアクセルフォームの銀の腕に雄一を抱え上げた。

「お、おい……」

 戸惑う雄一に取り合わず、アクセルフォームは銀色の全身に力をみなぎらせ、加速した。

 怪人に背を向けたままで。

「どこに行くんだコニー! 戦え! 戦えったら! おいッ!」

 そうしてライザーは戦場から離脱した。



 雄一を抱えたアクセルフォームは街中をひた走る。

 その向こう正面から見覚えのあるシルエットが迫ってきた。

 恐竜の頭蓋骨をかぶったふうな仮面のライザー――REXライザーである。

「千葉さん!」

「矢凪、敵か!?」

 REXは即座にソウガアクセルに並走して状況を問いただす。

「向こうの造成地に怪人が! コニーがやられて暴走しています」

「どうする? 力尽くでおまえらを止めるか?」

「怪人のほうを頼みます。倒せば暴走も解けるはずなので」

「おう!」

「飛び道具に気をつけて。刺されると精神に影響を受けます」

「分かった」

 REXは身を翻し、怪人のいる方角へと駆けていく。

「待ってろトリ女! 今度こそぶちのめしてやるからなァ!」

 REXの叫び声に、雄一は首を傾げる。

「トリ女? 誰と間違えてるんだろう?」



 REXライザーを撒いた怪人ハチドリ女は、廃工場へと逃げ込んでいた。

 ふとその足が暗がりの中で止まる。

 工場の天窓から射し込む光の中に、黒い怪人の姿がたたずんであった。

 人と昆虫が混ざり合った異形の姿――魔人アバドンである。

「アバドン……なんで、ここに……?」

 ハチドリ女のつぶやきに、アバドンはギザギザした口を開き咆哮で応えた。

 ――ギシャアアアア!!

 敵意を剥き出したアバドンが地を蹴り、一瞬でハチドリ女へと肉薄する。

 言葉の通じない暴力が彼女を襲った。


  * * *


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  * * *


 雄一を抱えて走るアクセルフォームが駆け込んだのは廃工場の中だった。

「ウオオオオオオォォォッ!!」

 暗がりに男の吠え声が響いた。

 その声のするほうを向いた雄一が見たものは、アバドンの足下にへたり込むスーツ姿の女――鹿取キユコの姿だった。


「やめろ、アバドンッ! その人から離れるんだ!」


 アクセルフォームに抱えられながら反射的に叫んでいた。

 天を仰ぐアバドンは頭を傾げて雄一たちへ視線を向ける。

 ソウガアクセルとアバドンの目が合った。

「ウウゥゥー……」

 どちらともなく人間の唸り声を上げる。

 ソウガアクセルは腕の中の雄一を地面に降ろすと、手刀を構え、ジェットエンジンのような甲高い吸気音を高まらせていく。

 アバドンは腰を落とし腕を広げて迎え討つ構えを取る。


「キユコさん! こっちに!」

 張り詰めだした緊張を感じ取って、脚の動かない雄一がキユコを呼んだ。

 彼女は這うように低い姿勢で工場の床を駆ける。

 砂埃で薄汚れたスーツ姿がソウガアクセルとすれ違う。

 瞬間、ソウガアクセルとアバドンが動いた。

 白銀と黒銀。ふたつの影が高速で衝突する。


「ウオオオオオーッ!」

 獣じみた叫び声を上げ、両者が手刀を振り下ろし、互いの腕が防ぎ合う。

 突き出した拳と拳がぶつかり合い、蹴り足が交差する。

 アクセルフォームが高速で追い立てれば、アバドンは翅を開いて距離を取り野性的な勘で迎え撃つ。

 超高速の世界で互角の戦闘が繰り広げられていた。


「一体どうしてこんなことに……?」

 戦闘を凝視したまま、キユコは傍らに座り込む雄一へ尋ねた。

「怪人の攻撃を受けてコニーの精神に歪みを加えられたようです。あいつ、わざわざアバドンを探しだして襲いに来たんだ」

「わざわざ?」

「以前からアバドンを前にすると正気を失ってまともに戦えなかったけれど、こんなこと初めてですよ」

 戦いの行方を見守る雄一の顔は次第に青ざめていった。


 ソウガアクセルとアバドン。ふたりの狂騒は激しさを増し、防御を忘れてもつれ合うように殴り合っていく。

 苦い顔をしたキユコが怪人に変身するコインを取り出そうとするが、その手を雄一が押し留めた。

「あんなところに割って入っても死ぬだけです」


 やがて戦いの趨勢は決する。

 両者の純粋な殴り合いはあまりにもアクセルにとって分が悪かった。

 雄一を欠いたライザーソウガにはウェイトが足りなかった。

 戦闘に対する恐怖や躊躇といったブレーキが壊れた者同士が殴り合っている以上、そこには単純な物理の法則が適用されるだけだ。

 アバドンの黒い拳がアクセルの横っ面に突き刺さる。

 卵にヒビを入れるように、アクセルの顔面が砕けた。

 がらんどうの頭部を覗かせながら、それでも繰り出した銀の拳は、アバドンによってあっさり払いのけられる。


 飛びしさり、アクセルがドライバーのレバーを叩く。

 バックルが発した光が瞬き、頭上から銀色の羽根が雪のように舞い降りてくる。

 アクセル、必殺の構え。

 だがその必殺技が苦し紛れの悪あがきだと、見守る雄一とキユコは理解していた。

 輪になって回転する羽根がアバドンに向かってトンネルを作る。

 アクセルがその直線上、トンネルの入り口目掛けて跳び上がった。

 同時にアバドンが翅を開いて跳び出した。

 羽根のトンネルを下から上へ、アクセルに向かって突き進む。

 黒い全身を羽根に切り刻まれ、身体中から火花を上げながら、それでもお構いなしにトンネルを昇りつめ、アクセルに肉薄する。

 空中で邂逅したのも束の間、アバドンはアクセルの身体に掴みかかり、地面に向かって自分もろとも叩きつけた。

 じん、と空気が震えた。

 砂埃が漂う中に、アクセルがよろめきながら立ち上がった。


 あっ、と声を漏らしたのは雄一か、キユコか……。

 次の瞬間、砂煙の中からアバドンの片手が飛び出し、アクセルの喉を掴み上げる。

 即座に片腕でアクセルの身体を持ち上げる。

 あんなにも素早かったアクセルフォームも、こうなっては目にも留まらぬ速さで足をバタつかせることくらいしか出来ない。


 アバドンの手がソウガアクセルの腰のドライバーへと伸びた。

 固く掴んだその手がベルトを引きちぎろうと力を込める。

 抵抗しようとするアクセルの手は、無情にもアバドンの腹から伸びる複腕に封じ込まれる。

 やがて岩が砕ける硬質な音と共にソウガドライバーが剥ぎ取られた。

「グオオオオオオ!!」

 歓喜の声か、アバドンは勝ち鬨の吠え声を上げた。

 そのとき、ソウガアクセルの銀の装甲は弾け飛び、ダッフルコートの少年の姿が現れる。

 アバドンは少年の総身を打ち捨て、手の中のドライバーをまじまじと見た。

「コニー!」

 雄一の呼び掛けに、少年はもがくように身体をよじり、声のほうへ手を伸ばした。

『ゆ、雄一……』

 その指先からひとつまみほどの砂粒がこぼれ、ちらちらと瞬きながら雄一へと飛んでいった。

『こういうとき……ヒトは、こう言うん、だった、な……』

 少年が途切れがちな言葉を雄一へと向けた。

『さようなら』

 同時にアバドンの振り上げた足が少年の頭をぐしゃりと踏み潰した。

 砂山を蹴散らすようにその姿は崩れ、光の粒となってアバドンの持つソウガドライバーへと吸い込まれていった。

「コニィィーー!!」


 絶叫する雄一の隣で、キユコの目が見開かれた。

 消え去ったコニーに次いで、今度はアバドンの姿が変わった。

 昆虫のような異形の体表が消失し、中からひとりの男が現れる。

 まだ少年の面影を残している彼は、どこかコニーの姿に似ていた。

 兄弟のように似た面相をした彼が、ドライバーを装着する。

 ――Accel form――

 聞き覚えのある音声が響き、束の間現れた彼の姿を再び変えていく。

「へ、ん、し、ん」

 少年の声がそう呟いたとき、彼は超人ライザーソウガ・アクセルフォームへと変身を完了していた。

 だがその姿はコニーのアクセルフォームとは異なっていた。


「黒い、ソウガ……」

 戦慄するキユコと言葉を失う雄一。

 ふたりに背を向けて、黒いソウガアクセルは走り出した。

 その背中は瞬く間に廃工場から遠く離れ、消え去っていく。

 引き留める手も声も届かない。

 後には座り込んだ雄一とキユコだけが残された。


 アクセルフォーム――それは全てを置き去りにする、最速の姿。


   24話へつづく



 次回の超人ライザーソウガは――、

「ドライバーが、起動しない……」

 ソウガ変身不能!?

 消えたアバドンの行方は?

 魔人アバドンの正体とは……?


 超人ライザーソウガ 24話『今、僕にさようなら』

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