だれかが君を求めてる
なにが……起こった……?
魔人アバドンとライザーが戦い始めたと思ったら、ライザーを倒したアバドンがライザーに変身して走り去っていった。
空虚な廃工場に取り残された今になって激しい動悸と悪寒に襲われる。
わたしはいい。ほっとかれただけだ。
同じように取り残された雄一くんは、その実、
ふたりしてへたり込んでもいられない。
「ここにいてもアバドンが戻ってくる保証は無いし、とりあえずCOLieに帰ろう」
雄一くんの腕を肩に担ぎ、立ち上がって背中に引き上げようと試みる。
さすがに成人男性の身体は重たい。顔にシワが寄る。
ダメそうなら一度変身して担ぎ直そうかと思ったときだった。
不意に背中の重さが無くなった。
「え?」
雄一くんを落っことしたかと思って振り返ると、彼はわたしを見下ろしていた。
腰の神経が断絶して下半身が動かないはずの雄一くんが、どういうわけか立っている。
「自分で立てるの?」
「みたいです」
「ちょっとごめん」
言って、彼のつま先を踏んづける。
「痛ったッ!?」
足を引いて飛び退いて、わたしを見て目を丸くする。
「雄一くん、あなた神経が――」
「繋がってるみたいです」
足をさすりながら彼は戸惑いを飲み込んだようだった。
「コニーが残していってくれたんでしょう」
「じゃあこれからはひとりで戦えるってこと?」
雄一くんは無言でドライバーを取り出した。
「あれ? アバドンが
「こっちが本物です。アクセルフォームのドライバーはコニーが造り出した模造品なんです」
慣れた手つきでそのドライバーを腹に当ててじっと立ち尽くす。
何の反応も返さない機械に雄一くんは表情を曇らせた。
「ドライバーが、起動しない……」
ふたりでひとりの超人ライザー。故に、ふたり揃わなければライザーには変身できない。
最大の弱点がこんな形で露呈するなんて。
心の中の特撮オタクが彼の逆境を喜んでいる。
同時に、目の前で落ち込む雄一くんに慰めの言葉を掛けてあげたい自分もいる。
「変身できないなら余計にここを離れたほうがいいよ。万一アバドンが戻ってきたときに手も足も出なければ、助けも呼べないなんて、目も当てられないでしょ」
「そう……ですね……」
「COLieに帰りなさい。わたしも後で行くから」
言いながら、そのへんにほっぽり出した自分の荷物を拾い集めた。
「あの、キユコさん。それは……?」
「パンツだよ。見たい?」
「なんで会うたびに下着を持ち歩いてるんですか!」
そんなんわたしが聞きたいわ。
自宅が千葉にバレたせいで
雄一くんと別れ、荷物と
床にクビシロを置いたとき、チリンチリンと金属音が鳴った。
「ゲェ!?」
厭気のこもった声が口をついて出た。
クビシロの首輪の隙間に挟まっていた何かが床に落ちた。
木目調の床の上で半ば保護色になっている黄土色のそれは――すっかり見慣れたコインだった。
「おまえ、怪人だったの?」
子犬は、うるるーん、ととぼけたような声で鳴くだけだ。
こいつ、廃工場で変身するつもりだったのか?
もしかして、わたしを助けようとして……?
いやでも、それはそれとして――、
「没収ッ!」
三枚のコインを奪い取ったわたしの膝に前足を載せ、クビシロはうぉううぉうと唸って不平を訴える。
抱き上げて、全身の毛をかき分けて調べてみると、首の後ろ、首輪の下になっている部分にコインを挿入する裂け目があった。
こんな貯金箱みたいな穴を見逃してたのか……。
そもそもどこからコインを取り出したんだ?
いや……特撮あるあるとしてアイテムの収納場所を詮索するのは無粋か……。
子犬を床に下ろして水とエサとトイレの用意を手早く済ませる。
「クビシロ。あんたは留守番ね」
哀れっぽい子犬の鳴き声に後ろ髪を引かれながら、ねぐらを後にした。
勝手口からバーに入る。そろそろ営業時間が迫っている。
「戻ったか、バーディー」
厨房で仕込みの作業をこなすマスターが迎えてくれた。
「マスター。シカバネ博士に
「何があった?」
事態の変化を悟り、マスターの顔の彫りが深みを増す。
「あー……」
いろいろあってどこから話せばよいものか。
とりあえず自宅の大家さんがヤバいとか、千葉に
「魔人アバドンが、暴走した……みたいな?」
「ハア!? 自分の家を見に行ったんだろう? どこからアバドンが出てきた」
「知らないよ。待ち伏せされて襲われたんだから」
「襲われた!?」
「そこはいいの。どうせ誰かの命令だろうし」
「どういうことだ?」
「あーえー……こう、なんだかんだあって、アバドンがライザーに変身してどっか行っちゃったの」
「アバドンがライザー……? それは『なんだかんだ』で済ませる話か?」
「ちょっと込み入ってるんだよ。とにかくシカバネ博士から事情を探らないことには全体が見えないの」
突然知らない特撮の世界に――しかも22話の時空に放り込まれたんだ。
事情なんて解る訳がない。
「博士と連絡が取れるなら、暴走したアバドンと鉢合わせないよう言伝といて」
「待て。おまえはどこへ行く」
勝手口へ取って返そうとしたわたしを追及する。
「情報を集めにね」
ライザーのところに行ってきます、なんて言えるはずもない。
「情報? 記憶喪失のおまえがか?」
「アバドンはわたしを待ち伏せして殺しにきたんだよ。その命令が反故になってるのか、まだ生きてるのか。それを確かめないことには枕を高くして眠れないよ」
わたしの寝床、ダンボールが敷いてあるだけだけどね。
「おまえがやらなければいけないことなのか……?」
「え?」
「シカバネ博士を呼びつけて、ここで待っていれば魔人アバドンの情報は手に入る」
マスターは仕込みの手をすっかり止めて、勝手口のわたしをじっと見ていた。
見返したその向こうにバーカウンターが見える。
そこで食事をしていた。つい数時間前のことだ。
わたしが食べたチョリソーを、アバドンも食べた。
それだけだ。わたしとアバドンの関係なんて。それっぽっちだ。
「おまえがどうやって切り抜けてきたのか分からんが、暴走したアバドンと次に鉢合わせて五体無事で済むとは思えん。それでも行くのか」
マスターの言うとおりだ。
アバドンに関わる理由は無い。責任も無い。必要だって薄い。勝ち目なんてこれっぽっちも無い。
「でも行かずにはいられないんです。わけは後で考えるよ」
しまった。これライザーの台詞じゃないぞ。
「パーよりマシかと思っていたら、完全にパーだな」
マスター、元ネタ知ってたのね。
「いや待って。ちょっと待って。今のナシ。そういうヒーローっぽいのはわたしのガラじゃない」
「何をアタフタしている……?」
またカウンターを見た。あそこにわたしがいて。アバドンがいて。同じものを食べていた。
「アバドンはさ、わたしなんだよ。怪人になったせいで、自分で人生を選択できなくなってる。そういう気持ちがね、ちょっとは解るから。ほっとけないんだよ。ほんのそれだけ。それっぽっちの理由なんだよ」
アバドンの中から一瞬現れた少年の姿を思い出す。
高校生くらいだろうか。アラサーの『わたし』から見ればまだ子供だ。
あの子がアバドンの正体だとするなら、助けてあげたいと思いもする。
マスターが嘆息する。
「まあいい。俺も、見知らぬ他人の世話を焼くことを非難できる立場でもない」
「そう。じゃあ、ちょっと行ってきます。すぐ戻るよ」
近所のコンビニにでも行くふうに言って、マスターに背を向ける。
「あ、もし帰らなかったら犬の世話よろしく」
「おまえがやれ。俺は終生、生き物係だけはやらんと決めている」
背後で渋い顔をしているマスターを想像して笑みがこぼれる。
彼の顔を確かめないまま、わたしはバーを後にした。
きっとこの選択は間違いだ。
そのお節介で死ぬような目に遭ったことを、昨日のことのように思い出す。
事実、トラックに轢かれたのは(感覚的には)昨日のことだし。
馬鹿が死んでも治らないなら、昨日も今日も馬鹿をやらかすだけだ。
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