23話 渇きと餓え(前編) 1


 ――前回の『超人ライザー ソウガ』は――、

『浄水場への毒物混入を画策したゼネラルカメレオンの計画を阻止した僕と雄一。だがその現場には、かつて僕たちが葬った怪人ハチドリ女の姿もあった』

「キユコさんは生きていたんだ!」

『雄一、ハチドリ女・鹿取キユコは君の腕の中で事切れた。動かざる事実だ』

「じゃああれは誰だっていうんだよ」

『さあね。僕の知ったことじゃない』


  ――23話:今、君にさようなら


 夕暮れ迫る町をさまよう鹿取キユコを捕まえ、矢凪雄一は『cafe COLie』へと連れ込んだ。

 話を聞くと、彼女はシカバネ博士の手によって蘇ったものの、生前の記憶を失くしていた。

 協力を申し出る雄一だったが、キユコはそれを固辞し、雄一たちの前から去っていくのだった。


『反応が消えた』

 店内の座席で飲み残したカフェ・オレをすすっていたコニーが、鹿取キユコの去った方角を見つめてつぶやいた。

「何の反応が消えたって?」

『鹿取キユコに付着させた僕の破片の反応だ。おそらく変身して同化したんだろう。荷物のほうにくっつければよかった』

「彼女に発信機をつけたのか!? どうしてそんなマネを?」

『君が甘いからだ、雄一。奴がやったことを忘れたのか? ハチドリ女は野放しにしておくには危険なんだ』

「そんなこと分かってるさ!」

『次に始末をつけるときには、また彼女を手に掛けるかもしれない。それも承知しているんだな?』

「ああ、分かってる。分かってるよ」

 雄一はくしゃりと己の髪を掴んで苦い顔をする。

 彼の脳裡には、かつての惨状が想い起こされていた。

「分かってるから……困ってるんじゃないか……」

『それを甘いと言っているんだ』

 コニーは苦悩する相棒を冷ややかな目で眺めていた。


 同じ頃、浄水場から引き上げたゼネラルカメレオンと魔人アバドンは、ゼネラルの隠れ家へと身を潜めていた。

 建設工事を放棄された鉄筋コンクリート製のビルの一画。

 工事現場に打ち捨てられた投光器を灯して、ゼネラルは壁に伸びた自分の影を忌々しげに叩いた。打ちっぱなしのコンクリートの壁面が耳障りな音を立てて微細な破片を床にこぼす。

「あの女……この私をたばかって、ただで済むと思うなよ……」

 憎しみのこもった声には、いつもの慇懃な態度が抜け落ちていた。

 ゼネラルは荒い息と共に上下する肩を落ち着けて、急にアバドンへ振り向いた。

「いいですか、アバドン」

 明るい声調で語り掛け、ゼネラルは両手でアバドンの頭を挟み込んで強引に目線を合わせる。

「私からの命令です。浄水場にいた黒い怪人を覚えていますね。あれを始末しなさい。くれぐれもシカバネ博士に悟られぬよう気をつけて。分かりましたね?」

 ギシギシとアバドンの異形の口が奇声を発し、ゼネラルが掴んだ頭が首肯する。

「イイ子だ。そうです。あなたのように従順な怪人だけが価値をもつのですよ」

 ニタニタとした薄笑いが透けて見えそうな、にちゃけた声でそう言うと、ゼネラルは小声で付け足した。

「私にだけ従えばいいのです。フフ、フフフフッ……」

 怪人態特有のフスフスと空気の漏れる笑い声が薄暮の中に響いて消えていった。


 やがて日が暮れ、町から離れた山中ではひとりの男が叫び声を上げていた。

「あの女……この俺様をもてあそんで、ただで済むと思うなよォ!」

 超人ライザーREX――千葉仁史はしんと静まり返る夕暮れのダムを背に、孤独に佇んでいた。

 矢凪雄一からの連絡で、ゼネラルの目論見が浄水場で阻止されたことをようやく知ったのだ。

 そして、自分をこの場に追い払った元凶たる、怪人ハチドリ女に呪詛を吐く。

「今度会ったら、ぜってーぶっ飛ばしてやる! 覚えてろよチクショー!」

 無人の山野に男の怒りが寒々しくこだました。



 明けて翌日。『cafe COLie』の客席で遅めの朝食モーニングにありつく雄一とコニーの耳に、店主・タチアナの悲鳴が届いた。

 彼女はキッチンカウンターから危急を叫ぶ。

「無い……わたしの分の食パンが無ーい!」

 空のビニール袋を振りかざし、雄一に悲しげな顔を向けてくる。

 雄一はテーブルのトーストと店主の顔を見比べて短く嘆息する。

「分かりましたよ。俺が買ってきます。商店街のパン屋ですよね」

「ありがとう。ついでにサンドイッチ用の食パンもお願い」

 タチアナは満足げに微笑んで下宿人を送り出した。


 雄一がパン屋で商品を物色する横で、会計を済ませた客が店を出る。

 バタールを買い上げた四十手前の中年男は、店を出て商店街の中ほどで横辻に入り、雑居ビルの裏手に回り込む。

 そこで不意に眼帯をした壮年の男と鉢合わせた。その背後に立つ黒銀の怪人――魔人アバドンの姿を認め、男は彼の名を呼んだ。

「シカバネ博士」

 博士は頷き、フランスパンを抱える彼に用向きを伝えた。

「預けた彼女に話があって来た。会わせてもらえるかね、ハヤブサ師団長」

「少し待っていろ」

 そう言って、ハヤブサ師団長はバーの勝手口を開けた。



 雄一が『cafe COLie』へ帰ると、庭先の植木鉢がいくつか倒れているのが目についた。

 不思議に思いながら鉢植えを元に戻して店の入り口をくぐる。

 視界に飛び込んできたのはなぎ倒され散乱したテーブルやイス。

 そしてキッチンカウンターに突っ伏す店主の姿だった。

「タチアナさん!」

 名を呼んで駆け寄ると、彼女は頭をもたげ、うつろな目をしてハッハッと呼吸を荒げる。

「パ、パン……」

「食パンなら買ってきましたから。落ち着いてください。何があったんです?」

「わ、わたしの……食パン!」

 タチアナはカウンターを乗り越え、雄一から買い物袋を奪い取ると、買ったばかりの食パンを掴み出す。

 即座に包装を引きちぎり、両手に一枚ずつ食パンを掴んで交互にバクバク頬張り始めた。

「た、タチアナさん……?」

 戸惑う雄一の隣に立ち現われたコニーがタチアナを指差す。

『雄一、首筋だ』

 タチアナの首には、白いやじりのようなものが深々と突き刺さっているかに見えた。

「これは……」

 雄一はモグモグと食パンをかじり続けるタチアナの首から鏃を引き抜く。

 それは掴んだ瞬間、首から剥がれた。

 鏃ではない。白い台形の短辺が首に貼り付いていただけだ。

「なんだ、これ?」

『切歯だ。げっ歯類の前歯の』

 雄一の隣に立ち現われたコニーが答えた。

「げっ歯類ってネズミとかの? 大きすぎないか?」

『もちろん怪人のものだ。タチアナは襲われたんだ』

「大丈夫なのか?」

『パンを喉に詰まらせないなら、たいしたことはない』

 雄一は慌ててミルクを注いだグラスをタチアナに差し出した。

 彼女は口いっぱいに食パンを頬張ったままミルクを飲み干し、口の周りにヒゲを作った。

『精神に影響を与えるタイプの攻撃だな』

「人を腹ペコにする攻撃ってことか?」

『おそらく違う。これは怪人が司る感情に通ずるところを刺激された結果だ。だとするなら飢餓感をあおってるわけじゃない』

「どうして分かるんだよ?」

『飢餓は魔人アバドンが司る感情だからだ。アバドンはこんな攻撃はしない』

「げっ歯類でもないからな。分かった。理由は分からないが人を襲ってるなら野放しにはできないな」

『さいわい遺留品がある。こいつの放つ固有の波長と同じ気配がする方角なら僕にも感知可能だ』

「よし、追いかけるぞ」

『ああ。だが雄一。犯人がここを襲った理由は見当がつく』

 コニーはカウンター席を指差すと、光の粒へと変わって雄一の体内へ戻っていった。

 カウンターの上には目玉焼きを食べ終えた皿が載っていた。

『無銭飲食だ』

「なるほど」


  * * *


 REXチェンジャーにコインを入れて――、

「変身ッ!」

 超人ライザーREXに変身!

 <変身音声が鳴る!>

 拡張エキスパンションスロットにコインをはめて――、

 ――T-REX――

 必殺技を決めろッ!

 <必殺技ボイス搭載!>

 DXデラックスREXチェンジャー!

 <好評発売中>

 <コインを集めて強くなれ!>


  * * *


 白昼の大通りでは、怪人が鼻歌を歌いながら逃げ惑う人々に向かって前歯型の手裏剣を乱れ撃つ。

 前歯が刺さった人たちは次々に豹変していった。

 ある者はカネを求め、ある者は大声で母を呼び、ある者は道行く女を追い掛け回し、ある者は道端に寝転んでそのままぐっすりと眠りに落ちた。

 その異常な光景に、大通りは悲鳴で溢れかえった。


「む、この気配は……!?」

 路地を行く千葉仁史の常人ならざる感覚が危急を告げた。

 怪人の気配が千葉に宿る超感覚を刺激した。

 彼は己の感覚に突き動かされ、駆け出した。

 地面を踏みしめるたびに、肉体が超人ライザーREXへと変貌していく。

 路地を抜け、怪人の気配の根源に臆すことなく飛び込んだ。

「ここかァ!」

 瞬間、女の悲鳴が叫ばれる。

 REXが飛び込んだそこは寂れたアパートの一室だった。

 そこで彼が目にしたのは、先日出会った黒い再生怪人――ハチドリ女が、女性を羽交い締めにしている光景だった。


「なんでテメエがここにいるんだよ!」

「REXライザー、それ以上、近付かないで」

 接近を遮るハチドリ女の威圧に、REXは変身を解く。

 張り詰めた空気の中、千葉仁史はふてぶてしく尋ねた。

「そういや名前を聞いてなかったな」

「鹿取、キユコ」

 名乗るが早いか、ハチドリ女は羽交い締めにしていた女性を千葉目掛けて突き飛ばした。

 彼が受け止める間に、ハチドリ女は部屋の窓に足を掛けた。

「それじゃバイバイ」

「待ちやがれ!」

 窓から逃走した怪人を追ってREXライザーも飛び出した。

 アパートから離れ、黒い怪人の影を追う。

 だが、アパートの屋根の上には、一目散に駆けていく彼の背中に手を振る怪人ハチドリ女の姿があったのだった。


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