僕の正体を突き止めろ 2


 商店街のパン屋は、かつて神戸で修行したという店主が開いた店とあって、この界隈でも人気がある。この店のフランスパン――中でも売れ筋のバゲットでなく、あえてバタールを使うのがここのマスターのこだわりだ。

 ザクザクとした皮目クラストの内側にしっとりと弾力のある中身クラムが詰まっている。

 細切れにしたチョリソーを炒めた後のフライパンにバターを溶かして、薄切りにしたバタールを並べ、再び火に掛ける。

 油を吸ったパンがジュワジュワと自らを揚げ焼きにしながら、ラスクのように固く焼き直されていく。

 これを皿に取り上げて、熱いうちにスライスチーズを乗せ、溶けかけたその上から粗挽きの黒胡椒を掛けて仕上げる。


「ンマーイ!」

 謎の脳内モノローグを聞き流してマスターのバタートーストに齧りつく。

 シカバネ博士にも供されたチョリソーを爪楊枝で口に運ぶ。肉の脂っこい味とスパイスの辛味がガツンとくる。一緒に炒められた皮付きポテトのおかげで飽きがこない。

「せっかく博士がいるから聞いときたいんだけどさ」

 食べる手を止めてカウンターの上に黒いコインを並べた。

「これって一体なんなの?」

「人の肉体を怪人のものに変化させる道具だ」

「本当にそれだけ?」

「何が気になっているのだね?」

 シカバネ博士はタンブラーを置いて尋ね返した。

「金属生命体っていうのとは関係無いの?」

「ほう。どこから着想したのかね?」

「ライザーソウガが言ってたの。自分が金属生命体と一緒に変身してるって。怪人も似たようなものなんじゃないかって思って」


 超人ライザーシリーズでは、ほとんどの主人公ライザーは『敵と同源の力を利用して戦う』という設定がなされている。

 初期シリーズのオマージュであり、ライザーのお約束みたいな設定だ。


「ふむ。その認識で正しい。金属生命体の性質を利用して人体を変質させたものが怪人だ。ライザーはドライバーを利用して相補的な変質現象を起こしている」

「なるほど……?」

 よく分からん。

「金属生命体って何なの? このコインが生きてるっていうの?」

「読んで字の通り、生きた金属だとも。正確には意思を持った鉱物だな」

 言葉の響きから勝手にアンドロイドみたいなものを想像してたけど違うのか。

「太古の昔、それはただの鉱物の塊だった。だが時代が進み、地球上で生物が繁栄と衰退、進化と淘汰を繰り返すうちに、やがてその鉱物が生物を取り込むようになった」

「食べるってこと?」

「捕食というよりは理解や表現といったほうがいい。金属生命体は生命維持のために補給する必要がない。ひとかたまりの岩であり、自他の区別すらないためにコミュニケーションの必要もない。外界を察知するために起こる化学反応といっていい。生き物の死骸が石に置き換わる化石化のような現象だ」

「それじゃあこのコインはハチドリを取り込んだ金属生命体ってこと?」

 シカバネ博士は軽く首を振って否定する。

「少し違う。金属生命体はいつの間にか取り込んだ生物を模倣する能力を獲得していた。動植物に擬態してまた別の生物を取り込む。そういう営みを続ける無機生命体だった。やがて奴はある生き物を取り込むことになる」

 博士は重苦しい言葉を吐き出すようにきっぱりと言った。

「人間だ」

 予想はしていた。雄一くんにコニーがいるんだ。そりゃあこっちにだって似たようなのがいるはずだ。

「だが他の生物と違い、人間には一朝一夕には模倣できない箇所があった」

「それってやっぱり……心、かな」

 わたしの答えに博士は頷く。

 わたしは胸に手を当て、博士は自身の頭を指差した。

「人間の精神の複雑さを手に入れるために、奴は人間のマネをして生き続けながら、同時に逆のアプローチも試みた」

「自分が人間に近づくんじゃなくて、人間を自分に近づけるってこと……?」

「そうだ。人間が怪人として覚醒するとき、奴は自分の一部をコインとして人間に託す。そこには取り込んだ生物の能力と、理解できない人間の感情のほんの一部が記録されている」

 黒いコインを手に取り、ハチドリの図案を見やる。

「コインは封印状態なんだね。本当は本物のハチドリそっくりになるはずなのに、そうはならないんだから」

「うむ。金属生命体にとって休眠状態といったところだろう。三枚あるのは能力と意思を分割して自律行動を防ぐためでもある」

「金属生命体って小分けにすると増えるわけ?」

「分割すれば分離体にも本体とは別の意思が生まれる。まあ自我を保つにはかなり大きな塊が必要だがね」

 コイン程度では論理的に思考することは出来ない、と博士は言う。

「人間には能力が足りず、コインの金属生命体には肉体が足りない。利害が一致したところで怪人が誕生するというわけだ」

 そうか。怪人態に変身するときの肉体が変化する感覚。あれはコインの意思がわたしの肉体を作り変えていたのか。

 本来はハチドリになるはずのところを、人間を雛形にしたせいで怪人の形に変化したんだ。たぶん。きっと。


「どうやったら人間が怪人に覚醒するの? 大元の金属生命体――っていうか、ボス? 大首領? が何かやるわけ?」

「奴は『提督』と呼ばれている」

「ゼネラルカメレオンとかハヤブサ師団長みたいに肩書に何かくっつかないの?」

「何もつかんよ。ただの提督だ」

「チェッ、つまんない……」

「なんで残念そうなんだ」

 シカバネ博士とマスターが白い目を向けてくるので話を元に戻す。

「それで、その提督が何をすると怪人が生まれるの?」

「うむ。提督が直接人に触れて、かつて自分が取り込んだ人間の感情と共通する感情を呼び起こしたとき、その人間は怪人へと変貌を遂げる」

 ほう、と感心した声を上げたのはマスターだった。

「マスターは知らなかったの?」

「俺はそんなことはやっていないからな」

「当然だ。見知らぬ他人がいきなり肌身に触れてきて湧き上がる感情なぞ限られているからな。この方法では怪人化はほとんど成功せん」

 シカバネ博士はベストの内ポケットから何かを取り出してカウンターに載せた。

「白い、コイン?」

 サイズこそ同形みたいだけど、わたしの黒いコインみたいにゴツゴツしてない。碁石みたいに表面がツルツルしている。

「私が開発し、『チップ』と名付けたものだ。金属生命体を構成する物質で作られている。これを身体に押し当てると、素質のある人間は怪人に覚醒する」

「へえ。マスターもこれで?」

「ああ。博士から直接手渡されたな」

「ちなみにだけど、素質のない人間が使ったらどうなるの?」

「チップに意識を飲み込まれて生きた屍になる」

 おいおい! そんなもんバラ撒いてるわけ!?

 出そうになった声を喉の奥にこらえた。

「君も他の再生怪人を覚えているだろう。ちょうどあんなふうに金属生命体を含んだ生物の命令に従うだけの人形になる」

 ゼネラルが好みそうな捨て駒の鉄砲玉にされるのか。

 特撮でよくある、いわゆる『戦闘員』だ。イーッ! とか、キーッ! とか言うやつ。


「自分の命を賭けベットさせるチップ、ね……。こんなものを作ったばっかりに、博士は学会から追放されたのか……」

「されとらんわ!」

「え!? 学会を追われてないの? マッドサイエンティストなのに?」

「私にだって常識くらいある」

「そういえばいつもの眼帯じゃないのはよそ行きだから?」

「TPOはわきまえておるよ」

 あの骸骨の眼帯は普段着なのか?


「アバドンもチップで覚醒したの? 再生怪人みたいに命令で動くのに、幹部怪人もやってるっぽいし。博士の説明からこぼれてるように見えるんだけど」

 魔人アバドンは自分が呼ばれたと思ったのか、わたしに振り向いた。

「あー……よかったら食べる? わたしの食べ残しだけど」

 チョリソーを勧めると、彼(?)は皿を受け取って胸の複腕を展開してソーセージと皮付きポテトを口に運んだ。

「アバドンは特殊な例だ。まだ試作段階だったチップで覚醒したせいで、能力は高くとも寄生した金属生命体に意識を閉じ込められてしまっている」

 当の本人は機械的に食事を腹に収めている。

 出されたエサを頬張る子犬と変わらないように見える。

「高性能だけど自意識が無い……。それって……わたしの、逆?」

 意識を持たないヤラレ役の再生怪人のうち、わたしはただひとり意識を取り戻した。

「気付いたか。君と引き合わせればアバドンに何か反応があるかと思ったのだがね」

 シカバネ博士の思惑を聞いてアバドンを見直すが、変わらず黙々とソーセージとジャガイモを食べている。美味いとも辛いとも言わない。

 同じ物を与えれば、ずっと食べ続けそうな雰囲気さえある。

「特に変わったところは見えないね」

「うむ。まあ経過は要観察といったところか」

 わたしの感想にシカバネ博士が同調した。


 コインの来歴は分かったが、話が少しズレた。

「あのさ、結局これの使い方、イマイチ分からないんだけど。ゼネラルの横槍でちゃんと聞けなかったし、キチンと知りたい」

「何も難しくはないだろう。身体に取り込めば変身する。吐き出せばそれが解ける。それだけだろ?」

 マスターはそう言う。

「自分の身体が怪物モンスターになるんだよ。気にならないの? メリットやデメリットとか、変身のメカニズムとか」

「俺には仕組みを聞いても理解できる気がせん」

「まあ、そこはわたしもそうなんだけど……」

 そうだな、と博士は一息つき、わたしがカウンターに置いたコインを一枚ずつ丁寧に並べた。

「さっきの説明どおり、コインは元々ひとつだった金属生命体を同質のまま三つに分割しているに過ぎない。一箇所にまとめて置いておくと、そのうちにくっついてひとつに戻ろうとする」

「久しぶりに箱から出したトランプのカードがぺったりくっついてたような感じ?」

「イメージではそうだな。だが摩擦や静電気のたぐいではない。コインや怪人の能力には同質のもの同士で融合する性質がある」

 へえー、とマスターと声を揃えて漏らしていた。このマスター案外何も知らないな。

 思い出してみれば、クモ怪人が吐き散らかした糸はしっかり粘着力があったのに、わたしが触れると存外剥がれやすかった。

 あれは糸の成分がわたしの手の平と融合して粘着力を弱めていたのかもしれない。

 ということは、わたしの手にはあのベトベトが染み付いているのか……。

 いや、考えるのはよそう。

「コインを一枚使えば、肉体表面を金属生命体が覆う。このとき多少の怪我は健康な状態に復元する」

「ニキビが治ったり、シミが消えたりとか!」

「普段の肉体に復元するだけだ。吹き出物は分からないが」

 チッ、使えねーな。

「体表に展開した金属生命体は筋肉と外骨格を合わせたようなもので――要は強化服パワードスーツを着込んだ状態に変化する。内側は生身のままだ」


 博士の指が二枚目のコインを指す。

「コインを二枚使うと、自分の肉体までもが金属生命体に変貌する。この状態が怪人態の完成形だ。固有の能力を十全に使用可能となる」

「それで?」

「それだけだが?」

「嘘ッ! 絶対なにかデメリットがあるでしょ!」

 ふむ、と唸り博士はおとがいに手をやる。

「金属生命体と完全に融合する都合上、長期間の変身はできんな。変身しているだけでも力を消耗する。能力を使いすぎれば休眠状態コインに戻る」

 ゲームでいうところのMP切れみたいなもんか。

「他には?」

「デメリットかどうかは分からんが、完全体の状態から強い衝撃を受けて変身が強制解除されると、全身の細胞が瞬間的に無機物から有機物へ戻るショックでしばらく行動不能になる」

「一枚目のときはどうなの?」

「変身が解けるような衝撃を浴びるとなると、骨や内臓にまで甚大なダメージが残るだろうな。即座に再変身できれば復元も可能だが、これもいくらかインターバルが必要だ」

「インターバルってどのくらいの時間なの?」

「コインとの相性や個体差も大きいので一概に言えないが、五分間ほどだろうか」

「五分ねェ……」

 心臓や肝臓が潰れてたら死んでるな。

「いくらでも再変身可能な者もいれば、丸一日時間を置かなければ再変身不可能な者もいる。目安にもならんよ」

 これは要検証かな。後で試そう。

「完全体の特徴というと、こんなところだろう。ふつうの人間にしても十人十色なのだから、怪人を十把一絡げに解説するのは難しい」

「それもそうか」

「私は覚醒のきっかけを作ったに過ぎん。怪人の能力そのものは天然自然のものなのだよ。それで、質問はそろそろ打ち止めかね?」

「いや、大事なことを聞きそびれてったよ」

 ふむ、と少し身構える博士の前に『鹿取キユコ』のポイントカードを滑らせる。

「ここに書いてる住所ってどのへん?」

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