マーブル色の 未知のNew Stage 2


 ライザーソウガに突き飛ばされ、倒れ込んだ格好から立ち上がったときだった。

 ゼネラルの槍を腕に巻かれたソウガが、逆の手で新たにコインを取り出し、バックルへ挿入した。

 白い光がゼネラルに向かって放射される。光の壁が両者の間を一時的に遮る。

 ――Blade form――

 音声が響き、光が再び空中にステンドグラスを描く。これは熊? シロクマか。

 砕け散ったステンドグラスがソウガの身体にまとわれていく。


 これは――フォームチェンジ! 戦況に合わせて戦闘形態を切り替えるライザーの能力だ!

 白色の分厚い鎧が彼の全身を包んだ。

 篭手が装甲を増したせいでゼネラルの槍は余計にきつく食い込んだふうに見える。

 反対の手にはアサルトフォームには無かったものが握られていた。

 剣だ。ナタのような厚みをもった曲刀。生き物をかっさばくためにあるような刃物だ。


 ソウガが槍に巻き付かれた腕を強く引き付けると、ゼネラルはたたらを踏んでソウガの眼前に引き寄せられる。

 ブレードフォームのソウガは見た目通りの重装甲パワータイプってことか。

 体勢をを崩したゼネラル目掛けてソウガは曲刀を振り下ろした。

 斬りつけられたゼネラルの装甲が派手な火花を上げる。

 切り口からもうもうと白い煙を噴き上げ、ゼネラルはふっ飛ばされて地面に膝をついた。


 ソウガの優勢だ。

 だが、わたしの予想では、ここで決着はつかない。

 だって浄水場って公共のインフラ設備だもん。

 現実の撮影なら発破が使えないよ。

 ライザーに倒された強敵が倒れ伏したところで、ドォオン! と派手な爆発が起こるのがいつの時代もお約束。

 爆発がCG合成だったり、泡になってシュワシュワ消えるパターンもあるけど、ゼネラルみたいな幹部怪人がそんなに地味な最期を遂げるとは思えない。

 戦場を移動せずここでこのまま戦闘を継続するなら、この場は小競り合いで終わる。

 ゼネラルはどうにか撤退するはずだ。


 どうにかって……どうやって逃げる気なんだ、あいつ?


 怪人態の硬質な顔の下、内心で眉間にしわを寄せるわたしに、突然なにかが飛び掛ってきた。

 ピンク色の――ゼネラルの槍だ!

 そう理解したときにはソウガの腕を拘束していたはずの槍が、わたしの首に巻き付いていた。

 強い力で槍に引っ張られる。足の踏ん張りもきかない。

 ふわっと一瞬身体が浮いたと思ったときには、わたしはゼネラルの腕の中に抱かれていた。

「役立たずのリサイクル品なんですから、私の盾くらいにはなってもらいますよ」

 ゼネラルは力任せにわたしを引き起こし、ソウガの前に突き出した。

 正面から見たブレードフォームはマッシブでなかなかカッコいい……。

 見惚れてる場合じゃない! ソウガは今にも曲刀を振り上げて――振り、上げて、

 武器を振り上げて固まってしまった。


「離せ! ゼネラル! その人から離れろ!」

「ほーお、オリジナルのコレを殺した罪悪感ですか? そんなことで動けないのなら好都合です」

 怒りに吠える雄一くんに、ゼネラルは仮面越しにも分かる冷笑を浮かべている。

 そのとき唐突に謎の声――コニーが声を上げた。

『雄一、戦えないなら下がれ!』

「あの人を戦いに巻き込みたくないんだ!」

『言っただろう。あれは鹿取キユコじゃない。彼女はあの時、君の腕の中で死んだ。それが事実だ。死んだ人間は生き返ったりしない』

「黙れ、コニー! 俺はもう二度と彼女を傷つけない! 死人を鞭で打てるものか!」

『雄一……ならここからは僕がひとりでやる。君の意見は聞かない』

「ま、待て!」

 雄一くんが言葉を継ごうとしたとき、突然ライザーの変身が解け、矢凪雄一の姿がその場に現れた。

 彼はすぐに膝から崩れ落ち、尻餅をついて地面に身体を投げ出した。

 何が起こったんだ。


 呆然とするわたしの前で、雄一くんの変身ベルトのバックルから光の粒が溢れ出し、放物線を描いて地面に降り注いだ。

 スポットライトのように照らされる地面に人の姿が現れる。

 中高生くらいの少年だ。ダボついたダッフルコートを羽織って片膝をついた彼がすっくと立ち上がる。同時に光の放射も停まった。

 彼が自分の腹部に手をかざすと、そこに雄一くんと同じ変身ベルトが巻かれる。

 少年の手にはすでに銀色のコインが握られていた。

『変身』

 カタリとコインをバックルに収め、あの光のステンドグラスが空中に描かれる。

 銀色の光が形を切り出す。

 描かれるのはクチバシのある生き物。フクロウ、か?

 ――Accel form――

 今なんて言った? アクセルフォームだと!?


 アクセル、と名前がつくライザーや戦闘形態はシリーズ中、何度も登場している。

 加速アクセラレートの名前のとおり、高速機動での戦闘を得意とするスタイルだが、その高速ぶりといったら通常の戦闘スピードとは次元が全く違う。

 映像作品では、時間がゆっくりと流れる空間で、ライザーだけが高速で動いて、流れるような連続攻撃を敵に叩き込む、といった演出がなされていた。

 フォームチェンジとは一線を画す、いわばパワーアップ形態だ。


 空中のステンドグラスが砕け、破片が装甲となってコートの少年を包み込む。

 彼は瞬く間に銀色の鎧をまとったライザーに姿を変えた。

 雄一くんのソウガと体型こそ似ているが、ひと目で別物だと分かる。

 仮面の形状にほぼ変化は無いが、二本の牙が両目を貫いて後頭部に突き出している。

 流線形の鎧は胸当ての中央にガラスを叩き割ったような大穴が空いて、空洞の中身を晒す。鎧の中に誰もいないみたいに見える。

 肩当てや篭手、具足に刻まれたヒダが赤く色づき、背中から空気の吹き出す音がし始めた。

 胸の中にジェットエンジンでも入ってるみたいだ。

 なら今は加速の前段階――暖機運転で、これから高速移動するっていうのか。

 コォォオオ――と吸気音が高く大きくなっていく。

 さっきの及び腰だった雄一くんとは迫力が全然違う。こいつ、やる気だ。


 ついていけるはずのない高速戦闘に巻き込まれるなんてゴメンだ。

 わたしはゼネラルの腕に首を抱かれたまま浮遊能力を使う。

 ゼネラルという重石がくっついてるんだから空に浮かぶことはない。

 ただ首から下は自由に上に持ち上げられる。

 身体を丸めて膝を抱え、被弾する面積を減らす。この体勢、お尻丸出しで恥ずかしい。

 でもこれでゼネラルカメレオンの胴体がガラ空きになる。

「今よ! やりなさい!」

「おまえ、意識がッ!?」

 ゼネラルが視線をこちらに向けたとき、唸りを上げていた吸気音が突然消えた。高音が人間の可聴域を超えてしまったんだろうか。

「こいつッ!」

 ゼネラルの槍がライザーを襲う。ピンク色の突端がその胴体を貫いたかに見えた。

 だが槍は虚空を穿ったに過ぎなかった。

 残像だ。銀のライザーの動きを目で追っても、その残像しか捉えられない。

 いや、残像を捉えたと思った瞬間には次の残像が消えていく。目でも追いきれない。

 ゼネラルが繰り出す槍の連撃をすり抜け、ライザーが肉薄する。

 銀光が閃きゼネラルの腹に拳打が見舞われる。

 わたしを捕らえるゼネラルの腕からその衝撃が伝わってくる。

 一瞬のうちに一体何発打ち込んでいるのか。ゼネラルの身体がガタガタと揺らぐ。

 わたしの拘束が緩んだ、と感じたとき、ライザーの姿がゼネラルの側面に回り込んでいた。

 稲光が迸るような鋭い蹴りが放たれる。

 ゼネラルの拘束が解け、身体がふわりと浮き上がる。

 くるりと身体が反転し、上下逆転した視界に、身体をくの字に折り曲げて吹き飛ぶゼネラルの姿が映り込んだ。

 浄水場のフェンスにめり込んだゼネラルは、立ち上がろうとしているのか手足を震わせている。

 横に目を移せば銀のライザーが腰を落として、再び高い吸気音を鳴らしている。

 必殺技の準備動作だ。

 終わったな。これでトドメだ。

 ゼネラルカメレオンはここで退場だ。わたしの予想はハズレ。きっと最期はCG合成の爆発で済まされてしまうんだろう。


 銀のライザーが高く跳び上がる。ゼネラルとの間に銀色の羽根が舞い落ち、それがクルクルと回転してトンネルを形作った。

 高速機動がウリのライザーが妙にじっくりと時間を費やすのが、まるで死刑宣告みたいに感じる。

 かといってゼネラルに憐れみを覚えたりはしないんだけれど。

 ライザーの背中から竜巻が生まれ、飛び蹴りの姿勢を取る。

 引き絞られた弓弦につがえられた矢のように、必殺のライザーキックがゼネラルを狙う。

 瞬間、やにわに叫び声が上がった。必殺技の掛け声じゃない。

「逃げろ! コニー!」

 雄一くんの声だ。

 一体なんだ、と訝しんだ瞬間、空中のライザーに横合いから黒い影が襲い掛かった。

 空中を舞っていた銀色の羽根たちが霧散する。

 銀と黒。ふたつの色がもつれ合いながら地面に落ちた。

 わたしは咄嗟に浮遊能力を解除して、地面を転がりながら距離を取る。

 見れば、地面に倒れたまま銀のライザーの首を絞め上げる黒い怪人の姿がそこにあった。

 コーヒー色の茶色い光沢をもつ黒い怪人は、昆虫がモデルになっているのだろう。

 モチーフというレベルの取り入れ方じゃない。胸の下に一対の複腕が生え、背中には硬い鞘翅と、その下に広がる透き通った後翅が備わっている。

 怪物みたいな甲冑に身を包んだ人間というより、金属の身体で生まれた人型の怪物といった印象を受ける。

 黒い怪人をはねのけようと、銀のライザーは抵抗するが、その手を昆虫じみた怪人の複腕が掴む。

 怪人はギザギザの口を開き、威嚇するようなうなり声を発する。

 それに対抗しているのか、銀のライザーのほうも尋常じゃない声音でうめく。

 ――ジジジジイイイイーー!!

 ――グルルルルルルルーー!!


「落ち着け、コニー! 俺のところに戻れ! おまえはアバドンとは戦えない!」

 座り込んだままの雄一くんが絶叫にちかい大声を張り上げる。

 コニーと呼ばれる銀のライザーは声を静め、もがくこともやめて、一方的に怪人に首を絞められてしまう。

 急にその姿が砂のように崩れ落ちていく。

 銀色の砂粒は光の粒子に姿を変えて、雄一くんの元へ飛んで行くと、彼の腹部へと吸い込まれていった。

『すまない、雄一。取り乱した』

「俺がゼネラルにまごついたせいもある」

『魔人アバドンが相手となると厄介だぞ』

 魔人アバドン。それが黒い昆虫怪人の名前か。

「敵はアバドンだけじゃない。ゼネラルもだ。プリンシパルふたりを同時に相手取ることになるのか……」

 苦い顔をする雄一くんの発言を遮るものがあった。

「そいつは早合点だな、ライザーソウガ」

 低く渋い男の声が頭上からしたかと思うと、空から青い残像が降ってきた。

 アバドンの隣にまた別の怪人が並び立っていた。

 くすんだ青い色をした背の高い騎士だ。ヘルムのバイザーの付け根、耳のあたりに翼の意匠があしらわれている。

 背中には両肩から垂らした二筋の白い布が揺れる。なんだろ。マフラーか。マントか。

「おまえは……」

 立ち上がった雄一くんが青い騎士を睨みつける。

「俺の名はハヤブサ師団長――おまえさんの敵になる男だ」

「称号もち、ってことは……」

「ご明察。俺もまた、プリンシパルのひとりだ」

『バカな……。プリンシパル7がこの場に三人も……』

 雄一くんとコニーが戦慄する。


 ……が、それは今どうでもいい。


 ここにきて新キャラとか新用語とか突然ぶっ込んでくるわけ?

 まだ全体の設定も把握できてないのに?

 畳み掛けるな! 頭に入ってこないんだよ!

 視聴者わたしに不親切だぞ!


 わたしの当惑をよそに、ズタボロにやられていたゼネラルカメレオンが声を上げる。

「ハヤブサ師団長! この機にライザーを始末してしまいなさい!」

「断る!」

 え? 断っちゃうの? せっかくライザーに勝てそうなのに。

「俺はシカバネ博士に頼まれてこいつの回収に来ただけだ。貴重なサンプルだそうだな」

 そう言ってハヤブサ師団長はわたしに視線を向ける。

 ああ! 彼はわたしのお迎えか。案外気を回してくれてたんだね、シカバネ博士。

「バカですか、あなたは! 今このときに始末しておかなければ後になって後悔しますよ!」

「後悔が先に立つものか。おまえこそ『貴重なサンプル』とやらを使い潰したようだが、言い訳は考えてあるのか」

「うぐっ!」

 痛いところを突かれたか、ゼネラルが言葉に詰まる。

 再生怪人を捨て駒にした件だな。あれはやっぱり軽率な行為だったんだ。

 ゼネラルがシカバネ博士を怖れるとは思えない。博士の上司にもっとヤバいのがいるんだろう。

「ゼネラル、おまえはアバドンを連れ帰れ。ライザーを牽制するために博士から借り受けたものだ。無傷で返してみせろ」

 アバドンという怪人も再生怪人みたいに博士の所有物みたいな扱いなのかな。

 ライザーに掴みかかった様子を見るに、どうやら命令を与えてコントロールしなければ衝動的にしか活動できないのかもしれない。

 怪人というより、もはや怪物だな。

 魔人アバドンは雄一くんを睨んで今にも飛びかかりそうな前傾姿勢になってる。

 一触即発だ。


 緊張する空気に呑まれて身体を固めていると、ハヤブサ師団長がこちらに歩み寄ってくる。

「行くぞ」

 短く告げて、彼はわたしの身体を抱き上げた。

「ちょ、ちょっと」

「動くな。落ちるぞ」

 わたしの抵抗の意志を受け流し、ハヤブサ師団長は地面を蹴って空に飛び立った。

 あれ? これ、わたしの浮遊能力と全然違うぞ。

 瞬く間に浄水場を遥か下に見下ろす高さに到達する。雄一くんたちが豆粒大にしか見えない。

 浮遊能力があっても、ここから落っこちて助かる自信が微塵も湧かない。

 彼の背中に垂れてる布切れが展開し、一対の翼に変形する。すこし青みがかって、向こう側が透ける薄玻璃みたいな翼だ。目を凝らせば透明な羽根が生え揃っている。どれもこれも触れれば指が切れそうなほど鋭い。

 ハヤブサ師団長が軽く大気を蹴飛ばすと、それだけで翼が風を切って飛翔を始める。

 見下ろす街並みが航空写真をスライドさせるみたいに流れていく。

 本物だ。これが空を飛ぶ怪人の本領なんだ。

 再生怪人とはまるでレベルが違う。


 押し黙ったまま空を飛ぶハヤブサ師団長の腕の中、特撮のオープンセットみたいな歪な街並みを見晴らしながら、いかんともしがたい事実を悟る。

 当初想定していた『ライザーに保護されて生き残る』という目論見が破綻している。

 どうやらわたしはもう少しこのまま再生怪人として生き延びなければならないらしい。

 このヘンテコな街で、敵と味方とその他大勢に囲まれながら。

 出来るならその他大勢の中だけで平和に暮らしたいんだけどなぁ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る