マーブル色の 未知のNew Stage 1

 商店街のアーケードを飛び越え、山積した廃車を踏みつけ、建材置場の土管を跳ねて、直線で街を飛び跳ねていく。

 仕上げに浄水場に着地するコースへ高く高くジャンプする。

 浄水槽が並んでいる空間を見渡しても人影は見当たらない。

 こうして目立ってるんだ、ライザーはやってくるに決まっている。

「!?」

 しまったな。すでにいたのか。

 浄水槽のほとりに着地したとき、ここへ繋がる出入り口のひさしの下に、ひとりの青年が見えた。

 彼はわたしの姿を認めて、小走りにこちらへ駆けてくる。

 千葉よりも少し幼い顔つき。ふわふわした黒髪で、体格は陸上の長距離走者みたいに細く引き締まっている。

 ちょっと野暮ったい落ち葉色のジャケットを羽織って、色の落ちたジーンズを穿いている。どこにでもいる優男なふうでもあり、どこか超然的な風格をかもしだしてもいる。

 彼はわたしから数メートル離れて立ち止まり、不安げに顔を歪めて尋ねた。

「キユコさん……なんですか……?」

 こいつ、『ハチドリ女わたし』を知ってるのか!

「俺です! 矢凪雄一です!」

 やはりこの子が『矢凪』――もうひとりのライザーか。

 矢凪、というより雄一くんと呼ぶほうがしっくりくるかな。

 残念だけれど、今は彼とじっくり話している場合ではない。

 わたしは慎重に一歩一歩距離を詰め、黒い装甲をまとった怪人の姿のまま、正面の彼に小さな声で囁いた。

「時間がない。水面をよく観察して」

「その声は、やっぱり……」

 呟いた雄一くんの言葉を別の誰かが遮った。

『奥から二番目の浄水槽だ。雄一、ゼネラルがいる』

 雄一くんの内側から誰かが声を上げたふうに聞こえた。


 超人ライザーシリーズには長い歴史の中で様々なバリエーションのライザーが誕生した。

 その中には、ふたりでひとりのライザーに変身したり、実体の無い存在が取り憑いて変身したり、変身アイテムが人格をもって喋ったりするものなどもいた。

 ……どれだ。こいつはどのタイプのライザーだ。


 特撮ファンとして気になるけど、今それを気にしている余裕は無い。

『水面の反射光と屈折光がスペクトルを分解して光学迷彩を弱めているんだ』

 謎の声が解説を入れる。

 わたしも浄水場に降りたときに水面に映るゼネラルに気が付いた。おそらく真上から見ても分からない変化なんだ。

『こちらの様子をうかがっているようだ』

「変身して。わたしと戦うフリをして奇襲しなさい」

「キユコさん……たとえ格好だけでも、あなたとは戦えない……」

 雄一くんは青い顔をして首を振る。

「あなたが戦うのはゼネラルよ。千葉に言われたでしょう。あまりじっとしていると怪しまれるわ」

 大仰に片腕を薙いで、攻撃の意思をゼネラルへ示す。

 雄一くんがそれを軽々とバックステップでかわしたとき、彼の内側からあの声が叫んだ。

『戦え雄一! そいつは君の知っている鹿取キユコじゃない!』

「ああ、分かってるよ、コニー」

 彼がコニーと呼ぶ謎の声に応え、雄一くんはどこからともなく化粧ポーチサイズの四角い機械を取り出した。

 変身ベルトだ! 千葉――REXとは違う、メカっぽい変身アイテム。おもちゃだったら『DXなんとかドライバー』って名前がつくやつ。

 雄一くんが自分のお腹に機械をくっつけると、その両端から銀色のベルトがシュルシュルと伸びて胴回りに巻き付く。おおー……テレビで見たやつだぁ。

 千葉のときみたいに雄一くんもコインを手に持ち、顔の横でそれを構える。こっちは緑色のコインか。

 コインを持つ手をくるりと反転させ、流れるようにバックルの機械に滑り込ませた。

「変、身!」

 覗き穴の空いたバックル中央に転げ落ちたコインは、その背後から強い光に照らされる。

 ――Assault form――

 REXライザーのときと同じく頭に声が響き、コインを透かして溢れ出た緑色の光が空中に図形を描く。

 まるでステンドグラスのようにバッタの絵柄が空間に浮かび上がった。

 それがいきなりバラバラに砕け散り、ガラス片となって雄一くんの身体にまとわりついていく。

 REXのときとは全然違う。なるほど。1号と2号が別々のシステムで変身するパターンか。


 黒いボディースーツの上に緑色の鎧がまとわれる。篭手グローブの前腕にはギザギザした突起が生えて、手の甲からは鉤爪が飛び出している。両足にも緑の具足が履かされ、腰にはしっかり変身ベルトが輝いている。

 頭部を隠す仮面はREXのような生物的なものとは違い、甲冑の兜を思わせる造形をしている。頬当てから耳の上に向けて伸びる二本の鋭い角が特徴的で、白い牙にも見える。目元を覆う半透明のバイザーからは大きな赤い両目が透けて光っていた。


 アサルトフォーム。強襲格闘戦形態。武器を持たない無手の姿ということは、これがこのライザーにとって、基本の戦闘形態なんだろう。

 こちらのライザーはREXとは趣が違う。甲冑を着込んでいるふうで、どちらかといえば怪人たちに近いスタイルをしている。


「もう一度、あなたを葬ります」

 宣誓する雄一くんの声が、変身後の決めポーズに見入っていたわたしの意識を引き戻す。

 応えて、軽く後ろにステップ。それを追い掛けてライザーの鋭いジャブが喉元まで伸びる。

 コワイ。すごくコワイ。手甲の鉤爪がこっち向いてんだもん。

 でもこれはゼネラルカメレオンを油断させるためのお芝居だ。相手は手加減してくれている。そうに決まっている。そうじゃないと困る。そうだよね! そうであって!

 上体を左右に振りながら後ろに下がる。一歩、二歩。それに合わせてパンチが右に左に突き出され、わたしの横っ面に風を浴びせる。

 ヒ、ヒィィー……コワイよぉ……。特撮では本職のスーツアクターさんがマスク越しの視界でこれより凝った殺陣を繰り広げてるんだよね。超人かよ。


 ゼネラルがいる位置まであと少しというところで、ライザーが大きく拳を引いた。

 あからさまなテレフォンパンチ。これが合図だ。

 わたしは浮遊能力を使って高く跳び上がる。

 眼下でライザーが大きく前に踏み込んだ。

 一瞬遅れて、背後からドスッと鈍い打撃音がした。

 着地して振り返ったとき、ライザーの背中越しに、地面にひっくり返っているゼネラルカメレオンの姿が見えた。殴られて透明化が解除されたのか。

「グフゥ……ライザーソウガ」

「ゼネラルカメレオン。おまえの企みもここまでだ」

 ライザーに指を突きつけられ、うめくゼネラル。

 『ソウガ』というのがこのライザーの名前か。顔に牙が二本くっついてるからそんな名前なんだろうか。


「あと少しというところで、よくも邪魔立てしてくれましたね」

 立ち上がったゼネラルの手には、あの麻袋が握りしめられている。よかった。まだ水道には混入されてないみたいだ。

「命令です。ソウガの動きを封じなさい!」

 ゼネラルが叫ぶ。

 あ、わたしに言ったのか。そうだ。わたしはゼネラルの手下、ってことになってたんだ。REXから逃げきってちょっとうっかり忘れてた。

 仕方なく目の前にいるソウガに後ろから抱きつく。ソウガのほうは多少動揺したようだ。

 振りほどかれる前に耳元に囁く。

「ゼネラルの動きをよく見て。攻撃の瞬間に隙が生まれるはずよ」

「は、はい」

 雄一くんは頷いて、わたしの腕の中から抜け出そうともがきだした。

 動きの大きさのわりに抵抗の意志を全然感じない。けっこうなザル演技だけど、ゼネラルは騙されるのか。

「フッフッフッ、いい格好ですねェ、ライザーソウガ」

 フツーに騙されてくれるのか。いい悪役だなぁ、ゼネラル。

「今日こそ私の槍に貫かれ、息絶えなさい!」

 ゼネラルの右の手の平から桃色の刃が勢いよく生える。

 ツララのように先端が尖った円錐形の武器。ゼネラルが言うような槍には見えない。

「死ねェ! ライザー!」

 ゼネラルが叫んだ瞬間、ソウガがわたしを突き飛ばした。

 横倒しになる視界を、ゼネラルの突き出した桃色の槍が素早く横切った。

 桃色のツララが瞬時に伸び、ソウガを襲う。

 あの槍、カメレオンの舌みたいに高速で伸びるのか。

 ソウガは飛び出した槍を手甲で受け流し、ゼネラルの懐に飛び込んで拳をねじ込んだ。

「まだですよ、ソウガ」

 ソウガが受けたはずの槍の先端がしなり、たわみ、ぐにゃりと曲がった。

 弾力を得た槍がソウガの横顔を強く叩く。

「うぐっ……」

 顔面から火花が散り、たまらず雄一くんも苦痛の声を漏らした。

 一撃をくれた槍はそのまま張力を失ってソウガの腕に巻き付いた。


 あの武器、マズいぞ。槍って言っときながら、その実は飛び道具だし、伸ばした状態で鞭みたいに振り回せる。

 しかも奴には透明化の能力がある。

 これを組み合わせられると一方的にいたぶられるのが目に見えている。

 わたしが浅はかだった。

 ライザーとぶつけ合わせれば勝手にゼネラルが負けてくれるって想像してた。

 もうゼネラルにわたしの正体を隠してる場合じゃないかもしれない。

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