我が街は、宅地・施設・戦場が混ざり、混沌を極めていた


 行き先を浄水場に定めたはいいが、一体どこに向かえば辿り着けるんだろう。

 そのへんの人に聞いて教えてもらえるだろうか。教えてもらったとしてそこに行くまでの足はどうする。無一文だぞ。交通費なんて出せない。

 よくよく考えると目が覚めて着る服があっただけよかった。ライザーが日曜朝の番組じゃなかったら、わたしがスッポンポンで目覚める展開もあったかもだぞ。深夜特撮ではポロリもあったりするし。まあ男性キャストの場合は朝からでも容赦なく脱がされるけど。

 ニチアサの世界でよかった! 女でよかった!

「そんなこと喜んでもお金が増えたりはしないんだけどさ……」

 ポケットを探っても、あるのはコインが三枚きり。

 その使い道は一通りしかない。

「使うまい使うまいと思ってたけど……」

 溜め息をついて黒いコインを一枚取り上げる。それを首のチョーカーの飾りに差し入れた。

 また肉体が内側から弾け飛ぶ感覚を覚え、再びわたしは怪人ハチドリ女に変身した。


 表の通りに人気はまだ戻っていない。

 今のうちなら怪人として活動してもそれほど人目につかないだろう。

 REXライザーに追われて逃げ込んだビルと、その隣に建つビルの間の、路地とも呼べない隙間に入り込む。

 人ひとりが通れるくらいの狭いスペースだが小柄な女怪人には窮屈というほどでもない。

 軽くしゃがんで真上に強く跳び上がる。瞬間、浮遊の能力を開放。

 垂直跳びで四階くらいまで上昇できる。だいたい一〇メートルくらいか。たしか、シリーズで一番最初に登場したライザーは、設定では必殺技のライザージャンプで二十五メートルとか跳び上がるんだよね。わたしの全力ジャンプじゃ全然及ばないな。

 でも浮遊能力を解除しないかぎり、わたしは落下しない。

 ビルの壁面でも窓枠くらいの取っ掛かりはある。

 一度、能力を解除して、窓枠を蹴って跳び上がり、再び能力を発動。その繰り返しでビルの屋上まで上り詰める。

 REXライザーに追いかけられたときに能力のオン・オフのコツは掴んだ。落下しないことが分かっているなら、こういう壁登りも出来るというわけだ。

 窓枠でジャンプしたとき、反対側に壁がないと何もない空中に放り出されるから、こういうビルの谷間じゃないと使えないけど。


 ちょっとは小器用になった自分を褒めて、高いビルの上から街を見晴らす。

 高いところから見れば浄水場も見つかるだろう。

 わたしの浅はかな魂胆は、ちょっとした眺望がもたらす衝撃に押し潰された。


「なんなんだよ、この街は……」


 高い場所から見下ろした街はひどくチグハグな景色をしていた。

 眼下に広がる繁華街は商業施設に面した大通りを中心に発展している。

 近隣には住宅地が並び、学校や病院なんかの施設も見て取れる。

 それはいい。よくある景色だ。


 でも、なんでその裏手に工場が建ち並んでたり、雑木林が繁ってたり、廃車置場があったり、採石場や造成地が街の中に飛び地のようにぽっかり開けてるんだ。

 およそ特撮で戦闘シーンになると出てくるロケーションがそこらじゅうに点在している。

「これじゃまるでオープンセットだよ……」

 それも特撮を撮るためだけのセットだ。

 昔、とあるハリウッド映画を撮るために高速道路を建設したってニュースを見た。

 ハリウッドでさえ道路を敷くのが関の山というなら、街をまるごとセットみたいに組み上げちゃうなんてありえない……。

 こんなの時代劇の映画村しか知らないぞ。いや、あそこに人は暮らしてないか。


 気持ちを落ち着けて再び浄水場を探す。

 街の中央を走る幹線道路は山に向かって伸びている。きっと千葉が向かったはずのダムはあそこにあるんだろう。吊り橋の架かる渓谷が見える。その下を流れる川は街に生活用水を運んでくるはずだ。

 あの吊り橋もあの河川敷も特撮で見覚えのあるロケーションなんだよなぁ。

 この川沿いに視線を滑らせていくと――あった! 浄水槽だ!

 プールみたいに水を貯めた四角い貯水槽がたくさん整列している。

 あそこが浄水場だ。


 怪人態に変身したおかげで視力も少しは強化されてる。

 浄水槽とその周辺を凝視してみるが人影は見当たらない。

 ゼネラルカメレオンは透明化してるのかもしれないけど、『矢凪』というライザーの姿も見えない。

 上手くいけばふたりの先回りができるかもしれない。ゼネラルはいない可能性もあるけど、そっちのほうがわたしにとって都合がいい。


 浄水場の方角を向いて、ビルの屋上から飛び出す。

 一直線に飛んで行くには距離が遠すぎる。途中で失速するのが目に見えている。

 このまま他の建物の屋根を飛び石にして空中を渡っていこう。


 少し状況を整理しておく。

 ゼネラルカメレオンはダムか浄水場にいる。アテにならないわたしの仮定だけれど、これは前提だ。

 そしてわたしは浄水場で『矢凪』と接触する。

 なら今、もっともベターな行動は、このまま変身を解かないことだ。

 浄水場に辿り着いて、『矢凪』だと思って話し掛けた相手が、変身を解いたゼネラルだったら目も当てられないからだ。

 せっかくこっちの素顔を隠しおおせたんだから、こちらから正体を現すことはない。

 なにより『矢凪』がライザーである以上、こっちが怪人態を取っていれば接触してこないはずがない。

 でも……いきなり必殺技で葬られたらどうしようか。

 いや、どうしようもないんだけどさ……。

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