その名は その名は
まっすぐ進むだけじゃREXライザーを振りきれそうにない。
大きなビルの角を曲がって、そのビルの一階に設えた駐車場に飛び込んだ。
このまま駐車場の壁に張り付いてREXをやり過ごせるだろうか。
きっと無理だ。せめて変身を解けば……。
そういえば、シカバネ博士が言って……言ってないな。変身の解除方法。
なんで教えてくれなかったんだよ! ゼネラルが来たせいだよ!
首にコイン突っ込んで変身したんだから、同じところから取り出せば変身は解けるんじゃないのか?
オラ! 出てこい! 入ってるのは分かってんだよ!
首を叩いたところで、何の変化もない……。
身体から鉱物が吹き出して全身にまとわりついたのが今の怪人態だ。
だったらこれを引っ込めるのか。
それとも装甲が剥がれ落ちるイメージか……。
どうしたら……どうしたらいいんだよォォオオ!
泣きそうな気持ちで壁に背を預けていると、陽射しが一瞬遮られる。
視線を向ければ、そこには奴がいた。
骸骨の仮面をつけたREXライザーが。
「キャアアアーーッ!!」
思わず悲鳴があがる。女の子の悲鳴だ。わたしの声だ、と思う。多分。
こんな状況で、怪人に出くわした一般市民の恐怖に共感することになるとは想像もしてなかった。
怖い。わたし、ここで死ぬのか。トラックに撥ねられて死ぬほど痛い目に遭って、起きたら今度は怪人としてライザーに殺されるのか。
ライザーキックは痛そうだなぁ。トラックは面でぶつかってきたけど、キックは点の打撃だからなぁ。絶対痛いよなぁ。
恐怖に目をつぶるわたしに、REXライザーが声を掛けた。
「驚かせて悪いな。俺は怪人を追ってきたんだ」
「へ?」
怪人はわたしのことで、わたしが怪人で……あれ?
自分の身体を見下ろすと、それはもう黒い鉱物の鎧ではなく、リクルートスーツを着たあの女の姿に戻っていた。
すっかり変身が解けている。
「黒い怪人がこのへんに走ってきたはずなんだが、あんた見てねえか?」
「あ、お、この奥に、は、走っていきました」
カラカラに渇いた喉から声を絞り出す。
REXは大きく頷くと駐車場の奥へと走り去っていく。遠ざかる背中が頼もしい。
もっと遠ざけたかったところだけど、生憎と表の通りはまっすぐ伸びてる。通りの向こうに逃げてった、とは証言できなかった。
縮こまった身体をほぐして、強張った手を開く。
手の平にはハチドリの描かれたあの黒いコインが載っていた。
ポケットを探れば、シカバネ博士から渡された残りの二枚もちゃんとある。
使い切りじゃなく、再利用できる変身システムなんだな。――じゃないと、出番の多い幹部怪人は怪人態で日常生活を送るハメになるだろうし。
「変身するたびライザーに追われるんなら、こんなもの二度と使いたくないや」
ふぅー、と長く息を吐く。疲れた。壁にもたれかかったままズルズルとへたり込んでしまいそうだ。
これからどうにかして再びシカバネ博士と合流したい。
わたし、あの人に目覚めさせられて、変身させられて、ゼネラルに押し付けられて、ライザーに追い回されたんだから、責任を取らせないと気がすまない。よく考えると、ライザーは博士関係ないな……。
ともかくこの場所からは早く引き上げないと。いつREXライザーが引き返してくるともしれない。
と、考えていると、間の悪いことにちょうど駐車場の奥から戻ってくるREXの姿が見えた。
すでに変身を解除して半袖ジャケットとカーゴパンツの青年に戻っている。
こうなると急にここを立ち去るというのも不自然な気がして身体が固まってしまう。
気にせず逃げるか。それとも相手が立ち去るのを待つか。
迷っているうちに、彼がわたしの前まで来てしまった。
なんとなく視線が合って、ふとした沈黙がとても気まずい時間に感じてしまう。
「あ、あのっ、怪人は、どうなりました……?」
わたしの質問に青年は首を振る。
「駐車場の奥には見つからなかった」
「逃げたんでしょうか……」
「かもな。でもまあ、気になることはあったぜ」
「へえ……」
生返事を返すわたしの顔の横に、突然青年が手を突いた。壁ドンだ。
「おまえ、なんで引き返してきた俺がライザーだって分かった? 俺の変身した格好しか見てねえはずだろ。俺が怪人のほうだとは考えなかったか?」
「こ、声の感じで――」
「今、テメエが先に声掛けたんだぜ?」
ぐわあああ! やぶ蛇だァー! 藪をつついて蛇がうじゃうじゃ飛び出てきたァ!
「それは、その……あ! そうだ! わたし怪人に脅されて、あなたを駐車場の奥に行かせたんですよ、はい」
「ほーん。じゃあこいつは何だ? お駄賃か?」
青年がわたしの腕を掴んで引き寄せる。
その手の平にはあの黒いコインが握られたままだった。
肩が震えて、喉がクツクツと鳴る。
「フッフッフッ、よくぞ見破ったわね、REXライザー。見かけによらず頭脳派なようね」
「おうよ。俺は顔もいいが頭もいい。まあ一匹だけ中身入りだとは見抜けなかったがな」
青年は掴んだ腕を離し、一歩後ろに下がってわたしから距離を取る。
「どうした。
薄暗い駐車場の入り口に淡い光が溢れ、変身ベルトが再び青年の腰に現れる。
勝てるわけがない。逃げることも不可能。
絶望が差し迫ったとき、わたしの顔には自然と笑みが浮かんでいた。
諦めで乾いた笑いではない。
それは、嘲笑に近い冷笑だった。
「前言を取り消すわ」
「なに?」
「あなた、馬鹿だわ。ここで時間を浪費するのは、ゼネラルカメレオンの作戦に乗せられることになるんだから」
「おまえ、何を知ってる」
「ゼネラルは水道水に何かを混入するつもりよ。なんであれ、健康にいいものではないでしょうね」
青年の顔色が変わる。態度から余裕が消えた。
「言え! 奴はどこに行った!」
「さあ? 残念だけど、わたしにも分からないわ」
いや、でもさ――、
「こういうときは(特撮では)たいていダムか浄水場にいるもんじゃないの?」
「確かなのか!?」
「他にどこから上水道に異物を混入するの? このへん井戸水とか汲み上げる田舎なの?」
昔の作品の中でもロケ地が田舎になったときに井戸に毒を撒いたりするパターンがごくたまにある。
おそらくロケ地にだって水道は通ってて、撮影に使われるのは涸れ井戸だったりするのだろう。そこにダイレクトに毒を投入する画ヅラは好きだ。短絡的かつ単純に悪いことしてるのが伝わってくる。
以前見た特撮をしみじみ回想している横で、青年はケータイを取り出して電話を掛けていた。よく見ると携帯電話じゃない。ライザー専用の得体のしれない通信器だ。
おそらくおもちゃは『DXなんとかフォン』とかいう名前で、変身アイテムのコインと抱き合わせ販売されてるはず。わたしの財布を薄くするやつだ。
「おう、矢凪。俺だ、オレオレ。今どこだ? あのカメレオン野郎がコソコソ動いてやがる。おまえ今からダムに行け」
「山あいはあんたが行ったほうがいいんじゃないの? バイク、オフロードのやつでしょ?」
横から口を挟んだわたしに、ジロリと視線を向けて、青年は舌打ちをした。
「やっぱさっきのナシ。おまえは浄水場のほうに行ってくれ。ダムは俺が見てくる。水道に何か混ぜるつもりらしいから水場を探せ。あいつは透明になれるからな、目だけに頼るなよ。おう、じゃーな」
電話を切った青年は、駐車場から離れようと表の通りに足を向けてから、わたしのほうに振り返る。
「俺様は究極無敵に強えんだが、事態が一分一秒を争ってる。今日のところは見逃してやるが、次に会ったときは覚悟しとけ」
「待って! さっき電話してた『矢凪』って誰?」
青年はイーッと顔をしかめて答えた。
「テメエらの天敵――超人ライザー様だ!」
「なに怒ってんの?」
「矢凪には興味津々で、俺をスルーしてんのがムカつくんだよ!」
ああ、拗ねてたのか。
「あんたのお名前なんてーの?」
「千葉仁史。
ライザーがそんな捨てゼリフみたいなこと言っていいのか?
「はいはい。覚えましたよ。だからさっさと行きなさいよ。バイク、横倒しにしたままでしょ?」
「ああ! そうだった! レバー折れてねえよなぁ……」
情けない声で愛車を心配しながら、千葉青年は駆け出す。
駐車場を出ていくとき、彼はふとわたしに尋ねた。
「そういえば、おまえの名前は?」
わたしの名前……って『わたし』の名前じゃなくて、この『身体』のほうの名前だよね。
知らないぞ、そんなの。
「わたしは怪人ハチドリ女。本名は、次に会うときまでに、探しとくよ」
「お、おう」
困ったふうに曖昧に笑うわたしを不思議そうに見返して、千葉仁史――REXライザーは駆けていった。
戦いに向かったのだ。ヒーローだもの。
それにしても『矢凪』か……。
もうひとりのライザー。いわゆる『2号ライザー』だ。
超人ライザーシリーズにおける、一種のお約束みたいなもので、主役のライザーに加えて、その脇を固めるサブライザーが存在する。
ライバルだったり、もうひとりの主役だったり、かわいい弟分だったり、頼れる兄貴分だったり、あるいは賑やかしのコメディリリーフだったり、作品によって扱いは大きく異なる。
ただ、どんな人物であろうと彼らはライザーであり、誰かにとってのヒーローだった。
「こっちに賭けてみるか」
シカバネ博士のところに戻るのは後回しだ。
浄水場に行こう。そこでもうひとりのライザー『矢凪』に会うんだ。
千葉には助命を乞えそうにない。ノリのいい奴だけど容赦は無さそうだし。
怪人の側にいつづけても使い潰されるのが目に見えている。
もうひとりのライザーにどうにか命を保障してもらうよう渡りをつけたい。
よしんば怪人の側から離脱して、ライザーに匿ってもらえれば万々歳だ。
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