とべとべ高く つっぱしれ

 旗色が悪い……。

 立て続けに再生怪人が打ち負かされ、戦意のないわたしを除いて、残った最後の一体、クモ怪人が糸を吐き散らかしながら奮戦している。

 このままクモ怪人がやられると、勢いそのままわたしも倒される気がする……。

 正直、目の前で大立ち回りしているライザーの姿を見ると「メンゴメンゴ、ちょっとタンマ。はい、一回落ち着こう。今からわたしが大事な話するから、ちょっと聞いて」とか言って行動を遮れる気がまるでしない。

 ゼネラルカメレオンがいなくなって交渉の機会を作れれば安全が確保できるかも、なんて思ってたけどとんでもない。

 そうだった。『超人ライザー』シリーズに限らず、特撮ドラマにおいて再生怪人や再生怪獣というものは、どれほど強化されて蘇ったとしても、しょせんは主役のヒーローに蹴散らされる『ヤラレ役』なのだ。


 流れ作業でぶっ殺されてはたまらない。

 ここは三十六計。スタコラ逃げるしかない。

 シカバネ博士が言ってた。コウモリ怪人とわたしは飛べるはずなんだ。コウモリ怪人みたいにバイクで轢かれないよう、REXとは距離を取って飛ばないと。

 にじりにじりと戦闘区域から離脱し、わたしは大空に羽ばたく!

 ところで……空ってどうやったら飛べるの?

 翼が無いことは確認済みだ。ちょろっと翼があったところで人間の体重を羽ばたいて浮かせることは力学的に難しい。

 いや、コウモリ怪人は飛んでたぞ。わたしだってどうにかして飛べるはず。

 特撮だとワイヤーかなんかで吊り上げる都合上、こう、背筋を伸ばして姿勢を変えないような格好だったっけ……。

 姿勢を正して肩の力を抜き、両手を下ろして少し脇を開ける。おっ、身体が軽くなった気がする。

 このまま優しく地面を蹴ると、全身が重力に逆らってふわりと浮き上がり――浮き、上がり……浮き……。

 浮いただけだった。地上から五〇センチくらい浮かんでそれきりだ。身動き取れない。

 そういえば、わたしはハチドリの怪人。モチーフのハチドリは空中浮遊ホバリングして花の蜜を吸う小さな鳥だったはず。

 ということは、わたしの能力、これだけ!? 浮くだけ!? あとは何? 蜜吸うの?

 ああああっ!! 逃げたいのに! この場から一秒でも早く離脱したいのに!

 ジタバタすれども空中には踏ん張るところなんて無い。身体がいろんな向きにグルグル回るだけだ。

 うわああん! 思ってたのと違う! テレビだともっとスイーッと滑空してたじゃん!

 このままじゃわたしはただの面白いオバサン――いや人間態は若い女の子だから、ただの面白い女の子だよォ!


 肉体と精神が混迷を極めたまま空中をグルングルン回りながら漂っていると、不意に背中に冷たいものが触れた。

「ちべたっ! 何?」

 ふと全身の空中回転が止まる。背中に触れたものに手を伸ばすと、ねっとりとしたものが指に当たった。

「糸だこれ。クモ怪人の吐いたやつか。うえー……」

 ばっちいな、とぼやきつつも、わたしはそれを両手で握って背中から引き剥がす。

 粘度はそんなに高くない。勢いをつければ手からも外せそう。

 ぐっと力を込め、REXライザーが戦ってるほうとは反対側に向かって懸垂の要領で飛び出した。

 今度は思ったとおり滑らかに空中を移動していく。

 飛んでいるというよりは、カーリングのストーンみたいに滑ってる感じだ。

 空気抵抗で自然に失速して、また手も足も出ない浮遊状態に逆戻りしそうだけど。

 なんとなく自分でも分かってる。

 これ……地上に降りてフツーに走ったほうが速いわ。

 分かってるんだよ。分かってるんだけどさ。

 どうやって着地すればいいのかが分からないんだよォ!

 ごめんなさい。ごめんなさい。

 テレビで特撮見ながら『この敵、空飛んでんだからさ、もっと上手いこと戦えないわけ?』とか言ってました、ごめんなさい。

 ちょっと前まで地べたを歩き回ってた陸上生物の分際で、空を飛べる生命体を見下してました。

 人間が空飛べるわけないんだよ。リリエンタールもライト兄弟も人外なんだよ。

 歴史上の偉人を貶めて頭を抱えてると、急に浮遊感が消失して、肉体が重力を思い出す。

「おっぶッ!」

 と、変な声を上げて地面にお腹を打ちつけた。地表五〇センチメートルなんてたいした高度なはずがないのに、落っこちると生理的な恐怖を覚える。

 さすがに変身した怪人態であるため痛みはほとんど感じない。生身だったら膝とか顎とかぶつけて半泣きになった挙句、青アザがなかなか消えなくて別の意味で生理的な恐怖を覚える。歳を重ねるっていうのはそういうことなんだ……。


 立ち上がってようやく走り出した。

 そのとき背後で眩しい光が炸裂する。

 あぁぁ……嫌な予感が……。

「ラスト一匹ィ!」

 REXライザーの声が繁華街の通りに響いた。

 そうか。クモ怪人もやられたか……。

 もっと足止めしてろよとか、使えねー再生怪人だなとか、内心では思う。

 思うけど、それを口に出して言っちゃうと、わたしもゼネラルカメレオンと同じになってしまう。

 いや……ひとつだけゼネラルとわたしの確かな相違点があった。

 先に命数を使い果たした他の再生怪人たち同様に、わたしには命の危機が迫っている。

「待てェえええいッ!!」

 明日は我が身どころじゃない。今そこにある危機だ。

 REXの追跡を背中に感じながら必死に逃走する。

 こちとら一山いくらの再生怪人。ライザーの走力には敵うべくもない。

 せめてまともに飛べれば逃げきれるかもしれないのに……。

 特撮だとバイクで的確に追跡されて倒されるパターンもあるから過信は出来ないけど……。

 飛べないなら、ちょっとだけ浮いて地面を蹴る。上じゃなく前に。なるべく地面と水平に。

 重力を打ち消して前方に全身を押し出す。思ったとおり速度が稼げる。

 すぐに浮遊能力を解除して着地。再び浮遊して地面を蹴る。

 この繰り返しで少しは速く走れるはずだ。

 浮遊能力の制御は……カッコわるいけど、脇を開けたり締めたりして調整している。

 あ! この動き、アレに似ている! チキンダンス! 浮かれた外国人が脇をパカパカさせて踊るやつ!

 もうハチドリ関係ないじゃん!

 本当はもっと感覚的に制御できるものなのかもしれないけど、今はこれが精一杯。

 肩越しにちらりと背後を振り返る。追ってくるREXとの距離が一向に広がらない。

 ライザーは公式のカタログスペックだと百メートルを五秒くらいで走る奴らばっかりだからなぁ。

 逃げきれるのか、これ。

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