再生怪人・ハチドリ女は転生人間である 2


 ふう、と静かに息を吐き、わたしは手の中の黒いコインを首元に近づけた。

 テレビの通販番組に出てくるハンディ掃除機みたいに、チョーカーに開いたスリットは抵抗なくコインを吸い込んだ。

 コトンと何かがわたしの中に落ちた感覚があった。口から飲み込んだ物が胃の中に溜まるのとは違う。わたしという存在を形作る殻の中に異物が放り込まれたような。

 その異物は獰猛に増殖し、わたしの殻の内側を満たして、やがてそれを突き破った。

「ウッ……」

 息を呑んで顔をしかめた。

 わたしの腕の皮膚下から黒い水晶の結晶体が生えてきた。痛みはない。完全に鉱物に見える。

 それは腕だけではなく、胸も腹も脚も、おそらく顔も。びっしりと黒い鉱物が全身を覆い尽くし――バリン! とはち切れるみたいに弾けた。

 弾けた後、わたしが見つめていた腕は、もうわたしの知るヒトの腕ではなくなっていた。

 金属や鉱物のような、あるいは甲虫や甲殻類の外骨格のような、黒く硬質な手がそこにあった。

 手の平を握っては開く。金属鎧の篭手みたいな手が、確かに自分の意志に従って動く。

 胸に手を当てれば硬い感触の奥に体温を感じる。

 わたしの肉体から噴き出した何かがわたしの全身を覆っているんだ。

 そうだ、これが……これこそがまさしく――、

「変、身……」

 気分が昂揚する。変貌した自分の肉体を見下ろして、実感が胸に迫る。

 わたし、特撮の――超人ライザーの世界にいるんだ。


「問題はなさそうだな」

「ええ。喋れるし、声も聞こえる。この格好で食事は摂れるの?」

「おそらく可能だろうが味がする保証はない。そしてしばらくは喋る必要もない」

 シカバネ博士は部屋の出入り口を見やる。

「奴が来たようだ」

 博士の声を遮るように両開きのドアがノックされる。

 返事を待たず、扉を観音開きに開け放ってひとりの怪人が姿を現した。

 西洋甲冑みたいな銀色の装甲に包まれている。わたしと違って表面が滑らかで、薄くエメラルド色に照り返していてキレイ。

 目を覆うバイザー部分にブラジャーみたいな形の突起状のゴーグルがはまっているのが特徴的だ。なんかこういうデザインの怪人、見覚えがあるなぁ。

「ごきげんようシカバネ博士。怪人の再生実験が成功したと聞いて様子をうかがいに来ましたよ」

 ねっとりした男の声がキザったらしく口をきく。

「手勢の催促に来たのだろう。物は言いようだな、ゼネラルカメレオン」

 ああ、この幹部ってカメレオン怪人なんだ。ごめんねゼネラル。ブラジャーじゃなかったよ。

「それで首尾のほうはいかがですか?」

「見てのとおり、最後の一体を調整している」

「強さのほうはどの程度に仕上がっているんです?」

「カタログスペックでは再生前より格段に強い。が、なにせ人間としての意識が無い。以前は使えていた能力も命令を与えなければ発揮できない場合もある。効果のほどは運用次第だな」

「ほーう」

 ゼネラルカメレオンの硬質な指がわたしの頭に触れる。思わず顔を向けそうになって自制する。

 だがその指が額を滑り鼻筋をなぞってくると、触り方がなんだかいやらしくて、反射的にぶん殴りたくなってくる。

「気安く触れるなよ。意識はなくとも知能は残っている。危害を加える相手には防御反応を取ることもある」

「これは失礼。しかし自律思考ができないとなると数がいても連携は取れそうにありませんね」

「そこは命令によるな。彼らの特性を把握しているならば手綱を握ることもできよう」

「特性、ですか?」

 ふむと頷いて、シカバネ博士はわたしの肩を叩いた。

「例えばここにいる四体に『空を飛べ』と命令を下したとき、ハチドリ女とコウモリ怪人は自力で飛行するだろうが、他の怪人は自前の知識を参照して航空機のチケットを買いに向かう、かもしれない」

「さすがにそこまでマヌケなことにはならないでしょうが、意思疎通が図れないというのは思ったより扱いが難しそうですね」

「どうする。扱えそうなものだけ連れて行くかね」

「彼らは私の命令に従うのでしょう?」

「ランクの高い怪人からの命令なら実行する。自分の意識が無いからな。他の怪人態の発する意志には呼応せざるをえない。そこに言語による意思決定を加え、操縦するかたちになる」

「なるほど。催眠術みたいなものですか。分かりました」

 得心がいったとばかりに手を叩き、ゼネラルは明朗に言い放った。

「それでは全員連れて行きましょう」

「全員か」

 小さく唸るシカバネ博士の表情はうかがい知れないが、きっと渋い顔をしているに違いない。

「何か問題でも?」

「生かして帰せ。手元に戻らないのではサンプルの取りようもない」

「なあに、ライザーさえ始末すれば、生き残りはお返ししますよ」

 自分が身を切らないと分かってるから、ゼネラルは簡単に再生怪人を使い潰す気でいる。自分は安全な場所にいて、他人に危険をおっかぶせるタイプの悪役か。

 最低だ。シカバネ博士の評価も妥当だったか。

 いやまあ、テレビ番組の悪役としては好きなタイプなんだけどさ。当事者として関わるのは絶対ヤダ。もう巻き込まれた後だけど……。

「さあ行きますよみなさん。せいぜい私の役に立ってくださいね」

 ゼネラルがパンパンと手を叩くと再生怪人たちが石の寝台から立ち上がる。わたしも慌てて後に続いた。

 出口に向かって踵を返すゼネラルに従って、再生怪人は歩き出す。

 その背後からシカバネ博士が声を掛けた。

「気をつけなさい。私はまだ君を失うわけにはいかんのだ」

「どうもありがとう、博士。大事に使わせてもらいますよ」

 ゼネラルに言ったんじゃない。わたしだ。博士はわたしに生き残れと言っているんだ。

 ゼネラルの口ぶりから察するに、わたしたち再生怪人はライザーにぶつけられるみたいだし。

 うーん……勝ち目は見えないな……。

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