再生怪人・ハチドリ女は転生人間である 1


 目が覚めると、もう辺りは真っ暗だった。

 自分が寝そべるシーツの下に固い寝台の感触を覚える。

 病院のベッドは患者の体勢を変えやすいよう固く作ってあると聞くけど、こんなにカチコチだったのか。

 意外にも身体に痛みを感じない。気だるさはあるけれど、手も指も動く。

 苦痛を覚悟して顔をしかめながら上体を起こしてみると、すんなりと起き上がれた。

 麻酔が効いてるのかな。

 いや、だったら身体は動かせないはずだ……。

「気がついたか……」

 内心で首を傾げるわたしに向けて暗がりから男の声が掛けられた。

 寝台の脇に近寄ってきたのは白衣をまとった壮年の男だった。

「ここ、どこの病院です? わたしどれくらい寝てたの?」

「意識は取り戻しているな」

 男をそばで見上げて、やっと違和感を覚えた。

 年輪を重ねた彼の顔には、左目の周辺だけ砕けた頭蓋骨を模した仮面で覆われている。アイパッチになっているのか黒い眼窩から目は覗けない。

「あなた、医者じゃない……」

「ああそうだ。ドクターではあるがね。私はシカバネ博士と呼ばれている」

「博士?」

「君たちに人を超える力を与え、そして蘇らせた」


 シカバネ博士は白衣のポケットからリモコンを取り出しスイッチを押した。

 すぐさま天井に明かりが灯り、室内が照らし出される。

 壁面は岩肌が剥き出しで、どうやら洞窟の中みたいだ。自然の洞窟というよりは採石場をくり抜いた坑道のように見える。

 その室内には、わたし以外にも横たわっているモノたちがそこかしこにいた。

「!?」

 石のブロックでできた寝台の上にシーツが掛けられ、その上に黒い彫刻が載っているかに見えた。

 どれも人間と動物が混ざり合った怪物の姿をしている。動かないそれらは金属製の彫像にも思える。

 けれどわたしには見覚えがあった。テレビで――いや、特撮作品で似たようなものを数えきれないほど見てきた。

「怪、人……。これ、生きてるの?」

「今は生きている。かつての残骸を寄せ集め、私が再生させたのだよ」

 こいつら――再生怪人かよ。

「記憶のほうは欠落が窺えるな。“ライザー”は覚えているか?」

「ライザーって……超人ライザー!? 仮面のヒーローの?」

「さすがに自分を倒した相手は覚えていたか」

「え、いや、その……名前だけは、ね。うん……」

 なんでここで特撮ヒーローの名前が出てくるのよ。

「ともかく君たちはライザーに倒され、私の手で蘇った。そして君だけが、意識と人間態を取り戻した」

「え……?」

 今、聞き捨てならないことを言わなかったか……。

「わたし、こいつらと同じ……」

「ああ、そうだ。君も死を乗り越えた怪物なのだよ」

「そんな……そんな……」

 顔から血の気が引く。全身が虚脱して、頭がクラクラする。

 わたしが……怪人……。

「やはり記憶のほうは欠落しているようだな」

 しかも、よりにもよって……なんで……なんで、


 なんで再生怪人なんだよォォーーッ!


「反応が鈍いな。意識レベルが低下してきたか……」

「いえ、話は聞いてますよ、ドクター。ちょっと受け止めるのに時間が掛かりそうなだけで」

 そうか、と頷くシカバネ博士の横で、わたしは自分の鼓動を落ち着かせていた。

 ゆっくりと深呼吸。

 ひとつずつ確認しよう。

 わたしはトラックにはねられた。

 目が覚めたらライザーに殺されたことになってた。

 今のわたしは再生怪人。

 つまり……トラックがライザーだったってこと……?

 いやいやいやいや違うでしょ!

 必殺技が轢き逃げアタックだったヒーローも歴代ライザーの中にはいたけど、トラックは聞いたことないよ。

 だいいち、わたしに怪人だった経歴なんてない。そんじょそこらのハケンOLだ。

 ということは、つまり……なんだ……どういうことだ?

「ドクター、鏡はあります?」

「ふむ。これでいいかね」

 と、シカバネ博士はポケットミラーを貸し出してくれる。よく持ってたな。エチケットに気を使う人でよかった

 スラリと開いた小さな鏡を覗き込むと、そこにはわたしとは似ても似つかない顔があった。

 美女だ。ちょっと険しそうな顔だけれど、間違いなく美女だ。女優さんみたい。

 いや、女優さんなのかもしれない。

 わたしは事故のショックで魂だけが抜け出して新作の超人ライザーの撮影現場に入り込んだのかも。

 着てる服だってちょっと小洒落たリクルートスーツみたいだし、撮影用の衣装と言われればそれっぽい。

 だいたいシカバネ博士なんてキャラ、ネットのwikiでも見たことないもん。

 カメラはどこだ。マイクはどこだ。監督はどこにいる。

 キョロキョロと辺りを見渡すも、目に入るのは岩のように横たわった再生怪人たちの姿ばかり。

「こ、ここがライザーの世界か……」

 ちょっと強がって言ってみた。


「君が何を言いたいのかよく分からんが、時間がない。早く怪人態になりなさい」

 そう言ってわたしに向けて差し出したシカバネ博士の手の平には炭のように黒いコインが三つ載っていた。

 一枚を手に取って目を眇める。五百円玉くらいの、石盤……かな?

 テラテラと黒光っている。黒曜石だろうか。それにしては全体にヒビが走ってザラザラしている。黒曜石なら欠けて割れるはずだ。石器の原料なんだから。

 それに中央に何か彫り物みたいな絵が入っている。

「鳥の絵?」

「ハチドリだろう。さあスリットにそれを挿し込んで変身するんだ。君のは首にあるはずだ」

 首元に手を触れるとチョーカーが巻かれていた。左の頸動脈のあたりに飾りがついている。そこに自動販売機の小銭の投入口みたいな細長い隙間が開いていた。

 コインを一瞥し、わたしは鼻で笑った。

「冗談。リスクも分からないのに、こんなもの使えないわよ」

 こういった悪役の変身アイテムには強大な力と引き換えに、何がしかのデメリットが伴う場合が往々にしてある。知っている。特撮で見た。わたしはくわしいんだ。

「一枚だけならば害はない。二枚使えば本来の力が発揮できる――が、今の君では長時間は変身していられないだろう」

「三枚目は? 予備?」

「三枚目のコインは限られた者だけが使える両刃の剣。想定を超えた能力を得るが、人には戻れなくなるだろう。姿だけでなく、心もな」

「ふうん」

「安心していい。どうせ使えんよ。身体のほうが拒絶するはずだ」

 うーむ……再生怪人なんてそんなもんか……。たいてい弱っちいヤラレ役なんだから。

「さっきも言ったように時間がない。間もなく幹部のひとりが君たちを引き取りに来る」

 君たちってことは、ここにいる再生怪人のことか。

「わたしたちをどうするつもり?」

「戦力にする以外に使い道があるのかね? 彼は命令に忠実な戦闘要員を欲していた。自らの意志を持たない従順な手駒をな」

「従順に見える? このわたしが」

「そう見えるようせいぜい努めるべきだな。奴は容易く他人を切り捨てる。保身となれば特にな。そんな奴に素顔を晒すリスクを取るよりは、コインを使ってでも素顔を隠すほうがマシだろう」

「わたしの存在を隠すことはできないの?」

「無理だな。再生過程の進捗は報告済みだ。数が足りないことを指摘されてはどうしようもない。死んだことにして身を隠すにしても人間態のままというのは都合が悪い」

 人間を蘇生させるつもりじゃなかったんだ。

 特撮でも再生怪人が変身前の素体の姿で登場することって珍しいもんな。

 わたしが意識を取り戻したのもあくまでイレギュラーな事態ってわけだ。

 この後やって来る幹部怪人に庇護を求める手もあるけど、シカバネ博士がこき下ろした後じゃ賭けてみようという気にもならない。

 従順でない姿を見せたせいで即座に殺される可能性だってある。

 だったら捨て駒としてライザーとまみえて、交渉するチャンスをうかがうか……。

「選択肢は無い、か」

「うむ。表面上は奴に従ったフリをして隙を見てから姿をくらませ。今は怪人に姿を変えて素顔を隠すのだ」


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