再生女怪人に転生したわたしがこの先生きのこるには

豊口栄志

再生怪人・ハチドリ女は転生人間である

迫る 輝くマシン


 金曜の夕方だというのに遊び歩くこともなく会社からまっすぐ帰路につく。

 お呼びの掛からないハケンOLはお気楽に帰れるのがいいやね。

 お酒は好きじゃないけど酔っ払うのが好きだから、スーパーでいつもの缶チューハイと見切り品のお惣菜を見繕ってお会計。


 帰ったら公式から配信されてる動画を見ながら晩酌して、ごはんを食べたらニチアサに向けて前回の録画を見直そう。

 戦う女の子もいいけど、戦隊もいいけど、やっぱり仮面のヒーローがいい。今のも昔のも、もーっと昔のも。

 今だって目の前では、スーパーの店先でいたいけな子供たちが駐輪場のママチャリの隙間を駆け抜けてヒーローごっこに興じている。

 小学生か幼稚園児か。陽が長いとはいえ、こんな時間に親はどうした。買い物か?

 わたしとそう年の変わらないだろうママさんの姿を探すが見当たらない。

 キャンキャンとやかましい子供の嬌声がヒーローの必殺技を叫ぶ。

 残念ながらポーズが左右逆だぜ。修行が足りんな、お子様。

 微笑ましく眺めている視界から、ピュッと子供の姿が消えた。

 子供が突然走り出している。飛び出した先はスーパーの前の車道だ。

 一瞬、左右を見渡す。わたし以外誰も気付いていない。

 しょうがない。ちょっくらヒーローを助けてやろう。


 走りだそうとしたとき、目の前で見知らぬ誰かが子供の手を掴んだ。

 エコバッグを肩に掛けた女性。母親だろう。

 あの子供は信号待ちの間にじっとしていられなかったんだな。

 ほっと胸をなでおろす。


 横断歩道の信号が変わる。母が手を引く横で、子供は友達にバイバイをする。

 歩き出した母親が子供に視線を向けた一瞬だった。

 信号無視の大型トラックが横合いから曲がり込んできた。

 スピードは落ちてない。

 ブレーキランプも点かない。

 背筋が凍るより先に、わたしの身体は眼前の母子を突き飛ばしていた。

 クラクションとブレーキの音が響いた。

 重い壁に脇腹を押されたと感じた次の瞬間、空が見えた。

 茜色の空だ。

 身体が浮いて、次に路面に叩きつけられたとき、ようやく全身が衝撃を感知した。

 甘い匂いがする。缶チューハイが潰れたんだな。

 全身が痛い。痛みが強烈だとアドレナリンが分泌されて感覚が麻痺するっていうけど、アレは嘘だな。全身余すところなく痛い。

 呼吸もできない。指一本動かせない。

 全身打撲か。ツイてないな。

 英雄願望なんて無いのに、なんでこんな目に遭うんだろう……。


 入院するなら会社に連絡入れないと……。

 これ保険とか効くのか? 労災は無理だろ。なにか特約とかついてたっけ?

 あーぁ……今週のニチアサは病院のベッドの上で見ることになりそうだなァ……。


 ゆっくりと近づいてくる救急車のサイレンの音を聞きながら、茜色の空を見上げる視界は次第にぼんやりと白んでいった。

 意識が……遠のいて……いく……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る