001 - 002 - ミリイ

鴉[カラス]と呼ばれることには慣れたが、人類から嫌われ、異人からはもっと嫌われ、そんな境遇に慣れる日は来ないと私は知っている。

むしろ、嫌われることに慣れてしまうくらいなら、こんな仕事は辞めてしまおうともミリイは考えていた。


ムー大陸への異人強制移送が始まって今年で40年。

いまだに「隠れ覚醒者」と呼ばれる、強制移送から逃れる異人があとを絶たない。

カラスはそんな違法異人を捕らえ、ムー大陸へ送ることを生業とする国連直属の組織であり、ムー大陸外での活動を許可された数少ない存在、エリートである。

国連直属の異人系組織はそれぞれ鳥のエンブレムが掲げられるが、我々「国連異人管理局」のエンブレムがカラスであったことから、周りからはカラスと呼ばれ、同胞狩りと忌み嫌われている。


私自身、父親がカラスのお偉いさんでなければ他の職についていただろう。

なんせ、この職業は非常に危険だからである。


会議室のドアが勢いよく開き、部隊長のロイが入室する。

「入国は無事済んだようだな。まぁ、ご苦労」

全員が起立し一斉に胸に手をあてる。

「まぁ、全員資料を読んで知っているとは思うが、一応今回の作戦について説明する。

わかっているとは思うが、まぁ、今回の作戦は異例だ。

カラス総勢300名を動員するくらいだから、近年稀に見る大作戦てところだ。

そして、その原因となっているのが一人の人物となると、これは異人誕生以来の出来事だ、まぁ、何が起こるか俺にもわからん。

簡単に言えば、複数の能力、それもいまだ類を見ない5種類の能力を持つ謎の男を巡って、世界各地から隠れ覚醒者のグループがこのフィン国に集まっている、というわけだ」

「隊長、私はいまだにその5つの能力を同時に持つ人物が実在するのか信じられないのです。2つの能力を持つものでさえ、確認されただけでもこの60年で28名、3種となると5名で、4種以上は未確認です。」

「まぁ、そうだな。もっともな意見だ。だが、少し語弊があったな。この人物の能力の数は5つとは限らない。いくつかの証言によれば、7つか8つ、という話もある。そして恐ろしいのは、5つという数に関してだけ言えば、まぁ、かなり信憑性の高い情報であるということだ」


この作戦は、異人史上初めての4つ以上の能力を同時に持つ異人を巡る、違法グループ間争いの制圧と、グループに属する異人の捕獲、そして噂の男の捕獲である。

2つの能力を持つ者の多くは、有名な実力者であり、一部はいずれかの組織のトップに君臨する者もいる。

3つの能力を持つ者は、一人をのぞいて組織のトップ、もしくは過去にそういった立場にあった者ばかりである。

それほどに複数能力者は、異人としての力に恵まれている。

それが4つと通り越して5つ、もしかするとそれ以上の能力を持つかもしれない、となると、その人物を迎え入れることは隠れ覚醒者のグループが絶大な力を手に入れるということに繋がり、それだけは避けなければならない。

目撃者数は100を優に超え、複数のビデオ媒体の情報源、さらにはライブ映像での撮影で、5つの能力が確認されている。

奇妙な仮面をかけた謎の男、それが今回の作戦の中心人物であることは確かだ。

まずはそれが誰なのか、それを探ることが急務となる。


聞き込み担当となったミリイは、まずは自分の育った施設へ向かうことにした。

このフィン国は、ミリイが3才から能力に目覚める15歳までを過ごした地である。

ムー大陸で生まれた子供のうち、3才までに異人とならなかった者は大陸外の孤児施設へ送られる。

これは「異人だけの地」という理由もあるが、ムー大陸全土が異人同士の戦争によって危険なため、能力を持たない者は隔離すべきという考えからである。

しかし、ムー大陸で生まれた子供、つまり異人同士の子供の場合、異人化率は通常の1万倍である10%まで増加する。

ミリイの他に、オストという一つ年上の青年もミリイがムー大陸へ送られた翌年に覚醒したと聞いている。そして、彼が隠れ覚醒者となったことももちろん聞き及んでいる。


ミリイはただ、帰郷するわけではない。

彼女の育った「雛の巣」という孤児施設には、ひとつ年下のシアという青年が未だ暮らしており、彼はミリイが知る限り一番異人に関して詳しく、そこらの異人学教授や専門家にも劣らない知識を有していることは間違いない。

それは、10歳の頃からフィンの最高峰であるフィン国立大学異人学部名誉教授であり、世界トップクラスの異人学研究家であるダイム名誉教授の外部助手として活動していることや、溺愛されていることからも窺い知ることができる。


雛の巣の扉をそっと開くと、ちょうどそこには3年ぶりに会うビーニャという少女と目があった。

ビーニャは開いた口が塞がらないままに、居間へと駆け出し、大声でミリイが帰ってきたと騒ぎ始め、続いて10人以上の子どもたちと、施設長でありミリイの育ての親でもあるフセが慌てた様子で居間から飛び出し、ミリイを迎え入れてくれた。


「ごめんなさい、フセさん。今日はゆっくりしていられないの。シアはどこ?」

「シアなら部屋で資料をまとめてると思うけど・・・」

「そう、ありがとう」


シアの部屋は屋根裏部屋である。

施設では、個室は用意されないため、シアの研究活動のため特別に屋根裏部屋が設置されたのだ。


「シア、ちょっといい?」

ドアを開くと、目を見開いたシアが口をパクパクさせている。

「ミリイ・・・?ああ、カラスに所属したのか、んーと、あー、なるほど、そうか・・・」

と、ブツブツ言いながら考えをまとめている様子だ。

「つまりあれだな、仮面の男を巡る抗争にカラスが横槍を入れて、ごっそり大陸送りにするってことか」

「よくこの数秒でそこまで状況が飲み込めるわね・・・」

「こんなに驚いたのは久しぶりだったから、これでもまだ頭がこんがらがってるけどね」

「用意できるだけの情報をちょうだい」

「いきなりきて不躾だなあ、こっちにも条件があるんだけど、飲んでくれるかな」

「言ってみて」

「僕をカラスの駐屯地に連れてってよ、今回の作戦だったら200から500人くらいはカラスのメンバーが揃ってるんだろ?そこまでの異人のエリートを観察できる機会はそうないからね、もしそれを叶えてくれるならそうだな、仮面の男の正体以外の情報は全て渡すよ、どの隠れ覚醒者グループから何人の人員が送られているか、とか、その部隊のリーダーは、とか、仮面の男の持つ現状わかっている能力11個についても全てだ」

「ちょ・・・ちょっと待って、えーとあんた仮面の男の正体を知ってるわけ?というより11の能力?グループの人数とリーダーって・・・どうしてそこまで知ってるのよ

「ああ、それは異人になりすましていくつかのグループに所属してたり、いくつかの名前で情報屋として活動して情報を買い取ってたり、そんなこんなでいろんなところから情報だけは仕入れられるんだ」

「はぁ・・・あんた絶対早死にするわ・・・で、確認なんだけど仮面の男の正体

を知ってるのね?」

「そうだね、知ってる。だけど教えられない。知ってるってことはミリイだから教えたけど、他の人には絶対に言わないで、拷問されて殺されちゃうだろうから」

「じゃあなんで言ったのよ。組織に所属してる以上、知ってしまった情報は全て共有する義務が私にはあるのよ」

「ミリイ、3日後までにどうにかこの地から離れるんだ。僕は仮面の男を知っているし、この騒動がどうなるかの結末まで知っている。これはただの抗争じゃない。危ないんだ。ミリイにはここにいて欲しくない」

「なおさら聞かなくちゃならなくなったわね・・・はぁ・・・」

「やっぱりミリイは難しいなあ・・・資料まとめる前に少しトイレに行かせて」

「早めにお願いね」

「わかってる」


シアが部屋を出て行くと、ミリイはどさっとソファに座り込んで大きくため息を吐いた。

ここに来たのは正解だったのか、それとも失敗だったか・・・仕事を優先するか、家族を優先するか、難しい問題だ。

それにしても遅い、シアがトイレにたってからすでに10分は経過している。


「まさか・・・」

ミリイがトイレの扉を開けると、鍵も何もかかっておらず、すんなりと誰もいないトイレの扉が開かれた。

「逃げられた・・・」

そう思い、玄関へ向かおうとするが、便座の上に一枚の紙切れを見つける。


「3日後までに国外へ」

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