妹はエセゲームプランナー

寄鍋一人

絶対のルール

「ねぇねぇお兄ぃ、ゲームしよー」


「ゲーム? 別にいいけど」


 勉強にそろそろ飽き、何か別のことをして気持ちを切り替えようと考えていたちょうどそのとき、救いの手が差し伸べられた。


 土曜日の昼間。

 家族全員で昼食を取ったあと、両親は夕食の食材を買いに出かけていった。今この家には俺ともう一人、俺が愛してやまない天使、妹だけ。


「何のゲームやるんだ?」


「私が考えたやつ」


 目は丸くクリッとしていて、髪の毛は若干茶色がかった天然パーマで毛先が巻かれている。肌はしっとりもっちり、触り心地は抜群。口調からも分かるように性格はふわふわおっとり。

 小学生の妹は俺が見ても天使であり、クラスでも人気は絶大らしい。


 ただ……。


「ルールは?」


 聞くと、妹は持ってきた袋から石とハサミと紙をそれぞれ2セット取り出し、1セットを俺に手渡す。


「えっとね、この中からどれか一個をせーので出すんだけど」


「似たようなゲーム、たぶんもうあるぞ」


「えー」


 妹は少々アホなのである。まぁ、そこがまたかわいいところではあるんだが。


「武器にして戦うんだよ!」


 そしてまさかのガチンコバトルをおっぱじめるつもりだ。ちなみに紙だけ文字通りの紙装備。弱すぎだろ。ゲームバランスどうなってんだよ。


「だからもうそういうのあるし、危ないからやめな」


「え、じゃあ別のゲーム」


 妹はまたガサゴソと袋の中を漁る。

 正直、もう見たことあるやつしか出てこない気がしてならない。


 妹が取り出したのは立方体の箱で、各面には算用数字が書かれている。もう一つ取り出したのは折りたたまれた紙。広げるとちょうど見開きの教科書くらいの大きさになり、たくさんのマスや、さらにマスの中には文字が書かれていた。


「これ振って出た数だけ進んで、ゴールに先に着いた人が勝ち」


 隠す余地なくすごろくだ。私が考えたんだとドヤ顔で見せつけてくる。表情は最高だが残念だったな。


「そのゲームももうある」


「そんなー、これもダメかー、面白いと思ったのにー」


 妹は床に手を付いて倒れ込む。

 何で企画が通らなかったみたいな反応するの。違うの、面白い面白くないじゃなくてもうあるんだってば。でもさすが妹、そんな悔しがる仕草もかわいい。


「じゃあこれで最後!」


「おおー、言ってみ」


「前の人が言った言葉の最後の文字から始まるやつを言って、最後にがついたら負け」


「いいよ、それやろう」


 俺は諦めた。そのゲームはもうある、と言うことを。

 よし、このゲームは「ほぼしりとり」と勝手に呼ぶことにしよう。


「じゃあ私からね」


 さて、妹が考案したと言い張る「ほぼしりとり」のスタートだ。


「ああ、いいぞ」


「しーりーとーり」


 出だしでいきなり「ほぼしりとり」終了。ここからは誰もが知る普通のしりとりへと切り替わる。


「りんご」


「ゴリラ!」


「ラッパ」


「ぱ、ぱ、パンツ!」


 こら、女の子がそんな下品なこと言っちゃいけません。


「つみき」


「きー、きつつき!」


 返しか、なるほど。では。


「キセル」


「何それ」


「タバコみたいなやつ」


 俺は携帯で画像を調べ見せると、妹は見たことあるーと納得してくれた。


「じゃあ、る? るー、る、ルビィ!」


「び? い?」


「び」


「ビール」


「うわぁ、お兄ぃ、なんかおじさんみたい」


「うるさい。だよ」


「また? るー……ルフィ! ね」


 あー、ワンピースの。よく知ってるなぁ。

 ていうか、は難しい。


「フィール」


「何それー」


 グーグル先生にフィールと打ち込むと、いくつか候補が出てきた。アニメの制作会社だったり、バンド名や曲名だったり。


「へー……。えー、またー……?」


 しりとりでは調べるのは御法度だが、アホな妹はそれに気づかず考え始める。かわいい。


 さぁ、悩め悩め。「る攻め」で頭を抱えろ。頭を抱えるかわいい姿を俺に見せろ。


「るー……ルイージ!」


 世界で最も有名な次男か。

 しかしその次男坊によって。俺は窮地に立たされた。


「じ、じー……?」


 で始まってで終わる言葉が見つからない。考え込む俺を妹はニヤニヤしながら見ている。うわ、すごい楽しそう。


 そこで俺は、ある申し出を試みた。


でもいい?」


「え、いいけど」


 よし、繋がった。


「JR」


「電車?」


「その通り」


「じぇーあーる……、る……」


 再びの猛攻が始まった。


 そこから数十ターンが経過したところで、さすがにやりすぎたと感じた俺は妹に辞書の使用を許可した。

 俺がグーグル先生を使ったんだ、それくらいは許してやろう。

 それに、この前学校で辞書の使い方を習ったって言ってたし、復習にもなるだろ。


 自分の部屋から重たそうに持ってきた妹は、さっそく行を探し始め、のページをひたすらめくり続けた。


 妹は言葉の意味を知らないまま答え続ける。


「ループ?」


「プール」


「る……ルーブル? あ、る!!」


 で返せたことに対する喜びが半端ない。辞書を睨みつけていた体も思わず跳ねた。かわいい反応だな。

 だがその喜びを、罪悪感を抱きながら折っていく。


「ルール」


「えー! るー!? えっと……」


 再度訪れた地獄に妹は慌てふためき、その意識は辞書に引き戻された。


「ルーペ?」


「ペルー」


「ルーム?」


「ムニエル」


「ルーラル? ……あ、る」


 田舎の、って意味ね。首を傾げないで、せめて意味を読めばいい。それだけで勉強になる。

 で返せたことにも一瞬気づいてなかったような気がする。


「ルノワール。絵描いてた人」


 またも俺は画像を検索。妹に見せると、どうも不機嫌そうに頬を膨らませた。何それ、かわいすぎない?


 だがその表情からして、もうそろそろ妹もイライラしてきているのだろう。声のトーンもさっきより低くなっている。


「ルーレット……」


「トロール。妖精さんね」


 ここで妹がついに黙り込んだ。辞書を見ていればまだ言葉には余裕はあるが、気持ちの方に余裕がなくなってきているのか、肩をプルプルと震わせている。

 そして。


「あーーーー!! もうヤダ!! やめる!!」


 あーーーー!! 拗ねた!! かわいい!!


「ごめんて! 分かった、もうやめるから!」


 どうにかしてなだめようと四苦八苦していると玄関が開くことが聞こえ、「ただいまー」という声が響いた。両親が買い物から帰ってきたのだ。ナイスタイミング。

 さらに両親から思わぬ知らせが届く。


「二人ともー、ケーキ買ってきたよー。降りてきなー」


 俺の胸でうずくまる妹は、ケーキという言葉で顔を上げ、涙目で俺を睨んだ。


「イチゴ……」


 妹が好きなのはショートケーキで、ケーキを買うとき両親は決まってショートケーキを二つ買ってくる。

 その上に乗っているイチゴがほしいという合図だ。

 しりとりで少しからかいすぎたということもあり、あげるのは必至だろう。


「あげたら許してくれる?」

 

「ん、許す」


 妹が照れくさそうに俺の胸に顔を埋め、俺はさらさらの髪の毛を撫でる。



 結論。

 兄はかわいい妹に弱い。これは絶対のルールであり、何者にも覆されることは許されない。

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