第9話 過ぎ去りし時と青年の瞳

 それから幾年かが過ぎ、私の母は老衰で亡くなりました。

 最期は自分の死期がわかっていたのか涼やかな最期でした。

 その死に顔は微笑むような良い顔で、皆は大往生だったと言ってくれました。

 私も百を幾ばくか越えた母は幸せに暮らせたと思っています。

 そういう私も、何時の間にか、もう、おばあちゃんと呼ばれる歳になってしまいました。

 私は今日、日傘を差して駅に向っています。

 孫がひ孫を連れて遊びに来るのです。

 けれど駅には気がはやったのか幾分と早く着いてしまいました。

 この駅は無人駅なので誰もいません。

 私は笠を畳んで日除けのある小さなベンチに腰掛けると、緑の田園を眺めていました。

 そこへ誰か、改札口まで歩いて来るのが見えました。

 それは瞳の優しい青年です。

 その初々しい青年は孫たちの来る方向へ赴く為か、あちらのホームへ行ってしまいました。

 彼は西洋の血が入っているように背は高くて、美しい青年でした。彼は何と無しに横文字の似合う名のような気がしました。

 それは彼が古めかしいアンチーク調の服装と帽子、手には懐から出した懐中時計が握られている為に思い起こされた錯覚であったのでしょう。

 そして彼は私の真ん前にあるベンチに腰掛けると、そこで始めて私に気付いたように、その優しげな瞳を私に向けると、帽子を膝の上に置きペコリと頭を下げました。

 私も同じように挨拶をすると青年は少しばかり微笑みました。

 その笑顔を見た瞬間――私は僅かに記憶に何か走るものがありました。 

 私たちはそれからしばらくの間、お互いの瞳を見合わしていました。

 私は彼の瞳を見続けると、私たちはどこかで逢ったような気がしました。

 ある筈の無いデジャブを感じたのです。

 けれど、記憶を辿ろうと私が思いを巡らす前に列車が到着してしました。

 思い返せば、随分と見詰め合っていたようです。

「おばあちゃん。」

 扉が開くと二人のひ孫たちが私の前に降りてきました。

 私は孫たちに抱きしめられると、子らの頭越しに先程の青年を探しました、しかし孫たちと入れ違いに入って来た列車に乗ってしまったのか、もうあの瞳の優しい青年の姿は消えてしまいました。

 私は少し不思議に思いましたが、結局、何も思い出す事が出来ませんでした。

 けれど、私の瞳からは涙が頬につたわり何か大切なモノが一緒に流れていったのを直感しました。

 今でも一人で、その時の事を思い出すと涙が止めど無く流れてしまいます。

 わたしはその涙が流れると同時に大事な何かが心から流れていくのを止める事が出来ません。けれど、わたしはこの行為を止めるこ事すら出来ません。なぜなら、涙を流さなければあの子の事を思い出せないからです。

 それが、その思いを薄れさせてしまう事が痛いほどわかっているのに……。

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