第8話 赤いルビーと新たな目覚め
私は階段を一心不乱に駆け上がると義母の病室に着いた。
扉を開けると義母は虫の息だった。
確かに間に合ったのかもしれない。
でも、それは痛いほどわかるのに、残された時間は、余りにも残り少ない。
それでも、私に気づいた義母は、苦しいのを我慢して、私の胸は張り裂けてしまいそうなのに、微笑んでくれた。笑顔をくれた。
本当に駄目な、こんな馬鹿な娘の為に……。
私は涙が頬を伝い、止めど無く出てくる。止められない。
もう自分では止められない。
でも、私は微笑まなければ、義母が最期の命の炎を懸命にもやして微笑んでくれるのだから。
義母は私の方へ腕を伸ばそうとしていた。それは最後の力のように思えた。
私は手を取ると、その手を摩った。
その手は雪のように冷たかった。
このまま、消えていってしまいそうだった。
私は握っていた右手から何か落ちるのを見た。
赤いルビーだった。
この世の全てが入り込んだかのように鮮やかで何か艶めかしい血のような根源的な色をしていた。
私は刹那の時間をコマ送りを見るようにゆっくりと目で追えた。
それは赤い炎のように煌いて、床に落ちる前に消えてしまった。
そのまま時が止まったように周りは酷く広がりを見せ、私たちは、その流れの中に呑み込まれてしまった。
わたしの意識が遠のく瞬間、思い描いたのは義母の笑顔だった。
それは母の本当の笑顔の表情を思い描く為に必要な最期のモノだった。
その表情に父は惹かれたのだろう……。
私はその表情を認めたくなかったのだろう。
本当はふたりの母は似ていたのだ。
真で繋がりがあるように……。
私はそれが気に入らなかったんだ……。
そう思うと私は目が覚めた。
私は家のソファーのなかで眠っていたようだった。
時間帯は定かではないが、僅かに濡れた窓から見える夕暮れが、おおよその時を知らせている。
不意に、私の鼻先を良い匂いが擽った。
今日はシチューのようだ。
私は義母の作るシチューが好きだった。
台所に行くと義母が、後ろを向いて立っていた。
「おかあさん。」
私は、その後ろ姿に抱き着くと、そのまま泣き付いた。
「なあに。どうしたの。何か悲しい事あったの?」
「ううん。わからないの。でも、うれしいの。今はこうしていたいの……。」
すると義母は前を向いて、頭を優しく撫でてくれた。
「ありがとう。今日は『お母さん』って呼んでくれて……。」
母の微笑む姿を見ると涙が溢れていた。
私たちはゆっくりと流れる時の中に、浮かぶ満ち足りた白い雲の様に、いつまでも緩やかな時を流れていた。
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