第6話 小さな世界と駅のホーム
白い砂の僅かな世界で私は目が覚めた。
私の隣では小さな少年が空を見つめながら座り続けている。
少年は菊のように細く繊細な首を傾げると私が気づいたのを見て微笑む。手には先程の懐中時計を弄んでいる。
「目が覚めた?」
「うん。此処は天国なの?」
「違うよ。時は僅かなところで満ちるのを拒んだ。君は何かを思い出したのだろう。」
「ううん。あまりわからない。」
「そうか……。」
「でもわかったことがあったの。」
「なんだい。」
「人って曖昧なものを恐がるでしょ。」
「そうかもしれない。人は明確なものを好むから。」
「でもね。そんな曖昧なものの中に不思議だけと安心できたの。」
「曖昧なものって?」
「私は小さい頃、真っ暗なところって恐ろしかったの。」
「誰でも小さい頃は怖がるものだからね。」
「私が消えてしまうと思った瞬間に目を閉じたの。するとね、この世の明かりという明かりが全て遮断された世界に入ったような気がしたの。でもそれは偽りでしかないのよ。」
「そんな事はない。それは偽りなんかじゃない。」
「偽りなの。でもね、それでも安心できたのよ。闇という夢想の中に逃げ込むことで心を保つ事が出来たの。」
「恐ろしい筈の闇は逃げ場所になったのだね。」
「そう。もう闇は恐ろしくない。逆に好きになった気がするの。おかしいでしょ。」
「おかしくはない。興味深い話が聞けた。実際に体験した人の物語はどんなたとえ話よりも価値のある物だよ。」
「貴方は本当に不思議な人ね。見掛けなんか、あてに出来はしないね。真実などというのは曖昧なものの中に僅かの間に存在を許されているだけなんだと思う。そうじゃなければ永遠が存在を許されている場所が幾つもある筈だから。」
「そんな場所は無い。在るとしても曖昧で不自由で不完全な代物だろうよ。」
「そうかもしれないね……。」
私は前を見つめると
「不完全なもの……。」
少年は何かを言いかけて最期まで声に出さなかった。
私たちはしばらく沈黙した。
まわりを見渡すと白い砂浜のような世界はとても小さくて夜のように見える。
あの遠い空は星一つ無い……。
白い砂の向うには漆黒の闇が果てることも無く遥かに続いている。
白い砂の果てに波打つように繰り返し迫るような闇の海は打ち寄せては帰る。果てしない闇の世界に……。
それは遠いという距離よりも黒い世界と白い世界の隔絶された世界の邂逅。
それは闇と光、決して解け合うこと無いふたつの永遠の恋のよう。
決してお互いを認めようとしない。けれど二人は世界にふたつしかない唯一のモノ。
私の愚かな気持ちと同じだ。
相手の事が好きなのに、それが言い出せない。
簡単な筈のひとつの言葉は、自分自身の闇の中へ吸い込まれてしまう――それを私は仕方が無しに肯定し続けている。
相手が恐いから避けるのだ、恐いから逃げるのだ。
私は愛が私の隙間を埋めるのを恐れていた。
だから私は自分の気持ちをあんなに頑なに止めていたんだ。
私はあの人の笑顔が恐かった。
自分の心に染みてくる、あの無邪気な笑顔を心の最期まで染み渡らせるのを拒んだのだ。
何故、私はそんなに彼女の笑顔が恐ろしいのだろう?
何故、正面から見れないのだ?
それが、わからない。
何時からだろう、彼女の笑顔を恐れるようになったのは、そうだ、あれは雨の降る午後だった……。
気づくとホームに立っていた。
既にあの列車は駅のホームを抜け隣の駅に急ぐように走り去っている。
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