魔導書作り、承ります

響華

光の魔導書


ほぅ、と思わず感心してしまうような整った石畳の通りの端っこ、一列に並んだお店のちょっと離れた場所に机と椅子を用意して一人の少女が商売をしていました。

 着ている衣服は周りの人とは違っていて、彼女が異国から来た人間であること。そしてこの国に住んでいるわけではないことを示しています。

 机の上には看板が置いてあって、そこにはとても読みやすく綺麗な文字でこう書いてありました。


『魔導書作りの依頼、承ります』


 魔導書。一般的に出回っている魔導教本と響きは似ていますが、実際の意味合いは大きく異なります。

 魔導教本は簡単に言ってしまえば魔法を覚えるための教科書です。その分野の魔法を使うために必要な基礎知識が書いてあって、効率のいい魔力の使い方が書いてあって、覚えたことをおさらいするための課題が書いてあって、これを持っていなくても魔法を使うことができれば胸を張って内容を覚えたと言える、そんなものです。理論を書くだけなので、ある程度の知識さえあれば簡単に作り出すことができます。実際問題、なくても魔法を覚えることはできますから。


 対して魔導書、これは解答が載っている本のようなものです。魔法の知識がなくても、これを持っていればその魔導書に書いてある魔法は打ち放題! という何とも便利な代物。

 そのかわり、魔導教本と違って気を付けなければならないルールがあります。それも、使う側ではなく作る側に。


 つまり、今『魔導書を作る』などといった看板を立てている、この見る人すべてが振り返るようなかわいらしい黒髪の少女。彼女は魔導教本と魔導書の違いが判らない愚か者か、魔導書を作ることのできるとても賢いものかのどちらかなのです。


 まあ、間違いなく後者の賢いものの方ですけど。なぜわかるか? だってその少女はアルス、つまり私のことですから。

 あっ、見る人すべてが振り返るようなってところは冗談ですよ?



 ――――――――――――――――――――――――――――――



 さて、私が簡易お店を用意してぽけーっと待っていると、一人の青年が興味ありそうにこちらをちらちら見ているではありませんか。


「魔導書作りの依頼でしょうか?」


 私が彼に向かって話しかけると、きょろきょろとあたりを見回した後呼ばれてる人が自分であることに気が付いたようで、彼はおそるおそると言ったような形で向かい側の椅子に座りました。


「どのような魔導書の製作をお望みですか?」


 私が優しい声でそう尋ねると、少し悩んだ後覚悟を決めた様子で、


「あのっ……失明した人の視力を治す魔導書は作れますか?」


 と答えました。

 視力の回復。治癒の魔法は一般的ですが、目に見えるものではない、たとえば臓器の損傷などを治すとなればまた別の話になります。感覚器官の回復に関しては魔法だけでなく専門的な知識が必要なことも。そして、この国にそれができる人はいないのでしょう。それか、違法な値段の金をとられるか。

 さてさて、この難しい依頼に対して、


「はい、可能ですよ」


 私はすんなりと返します。ええ、何しろできるものですから。

 青年は驚いた後、希望を見つけたような表情になりました。そんな彼に、私は重ねて言葉を続けます。


「お代はこちらの方になりますが、お支払いは可能でしょうか?」


 私が金額を提示すると、男は即座に首を縦に振りました。

 おお、即決。もしかしたらもう少し値段を上げてもよかったかもしれません。お金稼ぎ、旅人にとって大事です。


「それでは、責任を持ってお作りさせていただきます……その前に一つ、魔導書をを作る際に必要な、そうですね――ルールはご存知でしょうか?」

「いえ……どんなルールなんですか?」


 そう聞き返してきた青年に、私はゆっくりと説明します。

 魔導書のルール、それは別に複雑なものではありません。そして、複雑じゃないからこそ厄介なもので。

 願いを持つ。作る際に必要なルールはたったそれだけです。ただし、生半可なものではいけません。それこそ死ぬ寸前の『生きたい』といった願いのように、とても強いものでなければいけません。


「もし思いの強さが足りなければ、それは呪いとして返ってきます」

「呪いですか……」

「はい、私も呪いにかかった人を見たことがあります。程度によっては死に至ることもありますし、他人からかけられたものではないので、解呪は困難を極めます」


 ということで、と前置きをしてから私は小瓶を一つ置きます。

 もちろんただの小瓶ではありませんよ、いきなり無意味な行動をする私ではありません。なんとこれは――、


「魔法具ですか?」


 言われました。

 はいそうです、名付けて願い小瓶! これは周囲に存在する強い感情に対して反応、魔力の光に変換して小瓶の中に保管しておけるという特別アイテムです。魔法要素十割。


「これを使って、あなたの願いがどれほどのものかを量らせてもらいます」

「つまり……僕がなぜ魔導書を作ってほしいのか、あなたに話すということでしょうか?」

「はい、言葉にした方が願いの強さは伝わりやすいので」


 さて、そんなふうに話を促した私ですが、彼のお話は正直に言ってわりとありふれたものでした。すごく簡単にまとめるなら、彼の妹さんが事故に遭って視力を失ったので、それを取り戻させたいとのこと。

 さて、私は魔導書にいろいろ文字を書いている手を止め、一度小瓶の方を確認します。小瓶はぼんやりとした光を放つだけ、強い感情はなかったと言っています。青年もあまり光らないことに驚いて――そして、何かを悩んだ様子でした。


「続きがあるなら、どうぞ?」


 だから私は冷静に、そして冷酷に告げます。それは事実上「あなたが何かを隠していることはお見通しです」と言っているようなもので。

 そして、青年は話しました。


「その事故の原因は、妹だったんです。でも彼女は何も見えなくなってしまったから……だから、責任は僕が負うことになりました」

「ふむ」

「目が見えない妹に代わって、僕はいろんなことをさせられました。それなのに……あいつは感謝も、多分反省の気持ちも持っていないんだ!」


 青年の語気が一際強くなりました。


「だからっ! 僕は……彼女に償いをさせるために、彼女の失明を治したいんです」

「なるほど……お話、ありがとうございます」


 ちらりと小瓶の方に目を向けました、十分な感情を保存できたようで、明るい光を放っています。


「……説教とかは、しないんですね」

「ええ、あなたの望みやお話には興味がありますけど、あなたがこれを使ってどうしようと、私に止める理由はありませんから。だって、私はそんなに偉くないので」


 文字をつづっていたペンをゆっくりと置きました。


「魔導書の方、できましたよ」

「……早いですね」


 驚く彼を見ながら、私は文字を書き綴った紙の束を本へと変換して彼に押し付けます。まばゆい光を閉じ込めた小瓶を持ち、お代と一緒に鞄の中にしまった後、手を二回たたきます。ぽんっと小気味のいい音とともに机や椅子が消えたのを確認して、わたしは彼に向かって頭を下げました。


「それでは私はここらで。もし不満があれば明日城門の方に来ていただければ出国前に会えるかと」


 そう言って立ち去ろうとした私を、青年の声が引き留めました。


「なんですか?」

「一つ、聞いてみたくて……貴方は、なぜ旅をしながらこんなことをしているんですか?」


 その質問に、私は笑って返すのです。


「決まってるじゃないですか」


 私のためですよ、と。



 ――――――――――――――――――――――――――――――



 誰もいない路地裏で、黒髪の少女――アルスは荒く息を吐きながら座り込んでいました。口を押えていた左手を離すと、手に収まりきらなかった血がどろりと服の上に垂れました。その中で、彼女の目は光を失っていませんでした。カバンの中身を漁り、先ほどの小瓶を取り出すとその蓋を開きます。


「慣れないなぁ……やっぱり……」


 あふれ出た感情の光が、まるで吸い込まれるように彼女に取り込まれていきました。

 自分以外の人の感情を取り込むこと、それは心と肉体を喰らう呪いを鎮静化させる数少ない手段。やがて体調を整えた少女は、立ち上がって一人言いました。


「……次の国では、どんなものが見れるかな。どんな人と出会えるかな」


 魔導書にはルールがある。それも、使う側ではなく作る側に。

 それはたとえば『生きていたい』のようなとても強い願いで――


「それじゃあ、明日を生きようか」


 呪いを受けた少女は歩き始めました。

 生きて、世界を見るために。

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魔導書作り、承ります 響華 @kyoka_norun

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