第294話 恋愛

 朱王が最強をイメージした姿へと変身を遂げ、ベヒモスゴーレムを討ち倒して空へと浮かぶ。


 しばらくして爆発による粉塵が収まった頃、ベヒモスゴーレムの体は跡形もなく爆散し、本陣の一部を破壊、戦地は抉り取られ、マグマ溢れ返る地獄絵図のような状態となっていた。


 この爆発にザウス王国が破壊されてしまうだろうと、クリシュティナ他、風の魔人達は広範囲に渡って風の防壁を展開して被害を最小限に抑え込んでくれたようだ。


 爆発により上空へと飛ばされた千尋達も体勢を立て直して下方を見下ろし、朱王が上空を見上げている事を確認。


「千尋はブルーになれるか?」


「んー、イメージ込めればなれるとは思うけど強さは全然変わらないよ」


「だよな。あくまでも最強のイメージってだけだし」


「合体技…… は、さすがに無理だよね。そんな設定この世界にないし。いろいろやってみたけどやっぱ朱王さんには勝てないかー」


「やり過ぎたような気もするけどな。怒ってないといいが」


 武器を収めて降下する千尋と蒼真。

 リゼとエレクトラは朱王の今の変身が怖いようで、話が聞こえる程度の少し離れた位置まで降下する。




 すでに小太陽を解除している朱王だが変身状態は維持している。


「ごめん朱王さん。やり過ぎたー」


「オレ達の負けだ」


「千尋君、あれはさすがに酷いよね。私もあのまま死ぬかと思ったよ」


 朱王もこれには怒りの感情が見て取れる。

 柔らかい物言いとは裏腹に、言葉一つ一つに殺気が込められている。


「いや、朱王さんは死なないだろ。またさらに強くなったみたいだし」


 灼熱の精霊魔導師である朱王はすでに最強と呼べる力を持っていたが、ベヒモスゴーレムとの戦いで変身を遂げた事からさらに強さを増している。

 この怒りを変身のきっかけにしている事も事実であり、強さを求めた場合には必要なプロセスだったのかもしれない。


「確かに強くはなれたけどね…… 怒りはそう簡単に治らないよね。ね? そう思わないかな?」


 怒気と殺意を孕んだ質問に千尋と蒼真も苦笑い。


「ほんとごめん朱王さん。今夜は美人なお姉さんのいる店で一緒に飲も? 朝まで付き合うから」


「…… いいね! 蒼真君もいっ……」


『それは許しませんよ!!』


 機嫌を直した朱王だったが、モニターを見ていたミリーがすかさず止めに入る。


「えー、ダメなの? じゃあこのストレスはどこで発散すればいいのかな?」


『お…… おま、つり? そう、今日はお祭りにしましょう! 魔王誕生祭ですよ! そうしましょう!』


「んー、まあいいか。じゃあしっかり盛り上げてね。特に千尋君なんかには頑張ってほしいかな。裸踊りくらいやってくれてもいいと思う」


 ブシュッとリゼの鼻から血が噴き出すも、精霊魔法で血の噴出を抑え込む。


「いや、裸踊りは勘弁して」


「じゃあ女装ね。女装してお酌をしてもらおう」


「そんなのやだ」


「んなっ、千尋! 私と二人で女装して朱王さんにお酌をするわよ! きっとそうでもしないと許してくれないもの!」


 リゼは別に女装する必要はないのだが、焦りのあまり適当な事を言い始める。

 朱王にお酌をするだけで千尋の女装姿を見る事ができるという、リゼにとってはご褒美のような機会だ。

 このチャンスを逃すわけにはいかないのだろう。


「ん? リゼも女装? よくわかんないけどオレ女装したくない」


「蒼真君も女装をするのに?」


「いや、何言ってんだ」


「えー、蒼真も? しないよね?」


「しない」


「ではわたくしは男装致しますわ」


「…… エレクトラさんは天才だね。よし、決めた! 男は全員女装! 女は全員男装で魔王誕生祭をやろう!」


「いや、ほんと何言ってんだ?」


「もう決めた! 私は魔王になったんだし、テーマを決めて魔王誕生祭を毎年この日にやるよ! 今年は男装と女装がテーマね! これ魔王命令!」


 拳を握り締めて撮影隊に向かって宣言する朱王。

 モニターを見る全ての者達が巻き込まれる事になる。


「ある意味最悪の魔王が誕生してしまったな……」


「もしかしてこれオレのせい? でもみんなが女装するなら別にいいかなー」


 千尋としても全員が女装するのであれば仕方がないと諦められるようだ。


 こうして魔王と勇者パーティーとの戦いは幕を下ろし、結果として各国の国王や大王にも女装、男装をさせるという前代未聞のお祭りの開催が決定された。




 朱王が本陣へと戻って来るとゼーンを始めとした全ての魔人が跪き、【魔王】緋咲朱王の言葉を待つ。


「魔王戦が終了した事により、これからは私が魔王となる。私の魔王としての意思は先日皆に述べた通りだ。これに意見のある者はいるか?」


 誰も朱王の意見に反対する者はなく、今後の人間領との共存に夢を抱いている。


「朱王様。新たな魔王として君臨される事、心より御礼申し上げます。今日よりこのゼーン=クリムゾン、貴方様の側近として務める事をお許し頂きたく存じます」


「朱王様、おめでとうございます。私、クリシュティナ=オルティスはただ今より東の国大王の座を降り、ゼーン殿同様、朱王様の側近として務める事をお許し頂けますでしょうか」


「ゼーンさんはまぁ現役を引退してるからいいけど、クリシュティナ大王はそんな簡単に大王を辞めていいの?」


「はい。今後は東の国をデオンに、南の国をブルーノに任せようと考えております。これには北の国のディミトリアス大王や南のマリクとも話し合い、この二人が大王となれば両国とも問題はないかと」


 南の国の大王にブルーノを推したのはマリクだろう。

 圧倒的な力を見せたうえ、マリク自身に国の為に生きろと命じた男に仕えたいと考えたようだ。


 東の国はクリシュティナ大王の娘であるステラの夫、左翼のデオンであれば国を任せても大丈夫だろうと随分前から決めていたようだ。


「話し合って決めたのならいいか。ただ君達にはいろいろと勉強してもらう事になる。教育係を付けるからできるだけ多くの事を学んでくれ。いずれは私の代理として外交に出てもらう事にもなるから頑張ってほしい」


「かしこまりました」


「我ら老兵も魔王様の下で働かせては頂けませんかな?」


 西の国の先代守護者達も名乗りをあげる。

 しかし老人ばかりを朱王の部下として配するのも考えもの。


「じゃあ君達には人間領で働いてもらおうかな。人間領五国に一人ずつ、労働者となる魔人達の指揮官として各国に行ってもらう。おそらくは人間と魔人とで倫理観も違うだろうし揉め事も多いはずだ。その仲介役に君達の長い人生経験が役立つだろうしね」


「ありがとうございます。朱王様のお役に立てるよう尽力致します」


 他にも朱王の下で働きたい者は多くいるようだが、全てを受け入れては各国のバランスが崩れてしまう。

 今後調整しながら魔王領で働く魔人を選出すればいいだろう。


「ま、あとは追々話を詰めていこうか。これから全ての国で忙しくなるからね。みんなの働きを期待してるよ」


 朱王が歩き出すと魔人達もその後に続き、この後全員が邸に戻って魔王誕生祭の準備に取り掛かる事になる。




 朱王他、魔人達が去って人間領の上位者のみが本陣に残った。

 千尋達アマテラスのメンバーはミリーの回復魔法を受けて傷や体の痛みを癒している。


 そこへ……


「アイリ、いいかな」


 ダンテがアイリに声を掛けて来た。


「はい……」


 アイリも予想はしていた事だが、いざダンテに声を掛けられると少し身構えてしまう。


「近いうちに私はゼス王国に戻る事になる。君に…… 一緒に来てほしい。私はアイリが好きだ。私のそばにいてほしい」


「私は……」


「待て。悪いがダンテ。アイリは渡せない」


 蒼真がダンテの前に立つ。


「蒼真君。私はこの数ヶ月、寝る間も惜しんで努力をして、アイリに相応しいと思えるだけの強さも身につけたつもりだ。アイリは私が護る。君に止める権利はないだろう?」


「ああ。権利なんてものはないな。だがアイリは渡さない」


「んん、君には想い人がいるのではないのか? そんな君が何故アイリを渡さないなんて言えるんだい?」


「誰から聞いたのかは知らないが…… 確かにオレは地球にいた頃の恋人の事を今も想っている。会えなくなった今でも好きだと言える。だがな、好きだからこそ彼女には幸せになってほしい。会う事ができないオレは幸せを願う事しかできないからな」


「で? その代わりとしてアイリをそばに置きたいと言うのか? ふざけるなよ」


 蒼真の言葉に怒りの表情を見せるダンテ。


「いや、オレは…… アイリに惚れている」


 蒼真の本心であろう言葉にアイリは目を見開いて口元を押さえる。


「アイリには幸せになってほしいのではなく、オレがこの手で幸せにしたい。そばにいてほしいのでもなく、オレ自身がアイリのそばにいたい。だからダンテには渡せない」


 アイリに向き直る蒼真。

 顔を真っ赤にしながら蒼真に正面から向き合うアイリ。


「オレはアイリが好きだ。誰にも譲れない、必ず幸せにする」


 真剣な表情の蒼真はアイリに答えを委ねるのではなく、自分の気持ちをそのままぶつけたようだ。

 ダンテとはまた違う蒼真のアプローチに周囲で聞くリゼ達も胸が高鳴る思いだろう。


 この言葉にアイリは目に涙を溜めて頷き、蒼真の胸に飛び込んだ。

 小さな声で「はい」と何度も繰り返し、これまで抱え込んでいた気持ちを言葉にする。


「私も蒼真さんが好きです。ずっとそばにいてください」


 蒼真がアイリを抱きしめると、思わず拍手をするリゼとミリー。

 次第に拍手は広がっていき、国王達も蒼真とアイリを祝福。


 これにダンテはクスリと笑い、自身も拍手をして蒼真とアイリを祝福する。


「蒼真君、私の負けだね。ただこれだけは約束、いや、誓ってくれ。浮気はしないと」


「ははっ。誓うよ。だがダンテには言われたくない」


「私だって浮気はしないよ。あぁ、しかし私の恋も終わりか…… アイリに対する私の気持ちも本気だったんだけどね……」


 ダンテの表情からはすでにこの結果がわかっていたのか、それほど落胆したようには見えない。

 もしかすると以前のアイリの言葉を聞いて、いつの間にか幸せを願うようになっていたのかもしれない。




 そんなダンテの肩に手を置くウェストラル国王。


「ダンテ君。実は君に縁談を持ちかけたいんだが」


「ははっ。ウェストラル国王様。今フラれた男にそんな話をするんですか?」


「いや、今だからこそと思ってだな。どうだ? うちの娘と……」


「おい、抜け駆けする気か? ダンテ、私の娘とどうだ? まだ結婚できるまでしばらく掛かるが、次期ゼス王国国王になれると考えれば悪い話ではないと思うが」


「あはは。私如きが国王などと…… それにお子様はまだ五歳でしょう」


 どうやらウェストラル王もゼス王もダンテを娘の婿に狙っていたようだ。

 朱王に次ぐクリムゾンの頭脳、ダンテであれば国王としても立派に務める事ができるだろう。

 血筋を気にする事なくこの有能な男を手に入れたいと思うのはどの国も同じだ。


「ダンテ様。お考え頂けませんか?」


「え、エイラ王女様とですか!? しかし…… 貴方様のような高貴な方に私のような下賤の者がつり合うはずがございません」


「ダンテ様は素晴らしいお方です。ご自分を卑下するような物言いはおやめくださいませ。私はダンテ様であればこそとお父様にお願いを…… あっ、わっ、わたくしは何という事をっ」


 顔を真っ赤にしたエイラ王女はウェストラル国王の後ろに隠れて恥ずかしさを誤魔化す。

 どうやら自分から言い出した事らしい。


「ま、また機会を改めさせて頂いてもよろしいでしょうか、ウェストラル国王様」


「お、よいよい。これは少し期待ができそうだ。今度ウェストラル王国に其方を招くのでな。その時にまた話をさせてもらおうか」


「ぐぬぅ…… ダンテが…… ウェストラル王め」


 ゼス王としても諦め切れない程に有能な男なのだ。




 そしてこの蒼真達のやり取りを見ていたノーリス国王は娘のエレクトラに問いかける。


「エレクトラは誰かよい男はおらんのか? 朱王は難しいとしても千尋を口説いてみたりはせんかったのか?」


「い、いえ、わたくしは特に……」


 目を逸らすエレクトラだがヴィンセントは知っている。


「おお、エレクトラならワイアットと良い仲になっておるようだぞ」


「なっ、何故それを!?」


「むっふっふっ。イーディスが其方らを疑っていてな。先日ワイアットを尾けたらエレクトラと会っているところを目撃したのだ」


「ええ!?」


 どうやら尾行したようだ。

 ノーリス王国の公爵ともあろう者が何をしているのだろうか。


「二人共初々しくて良かったな。まさか接吻するとは思っていなかったが」


「んなっ!? おのれ、ワイアット貴様!!」


 激怒するノーリス国王だが、ワイアットはその場に座り込んで着物を広げて腹を出す。

 小刀を逆手に持ち、今にも切腹しそうな姿勢だ。


「王女様を汚してしまったこの不敬。この命をもって償わせて頂きます」


 この真面目な男は本気らしい。


「やめろぉぉお!! 私が娘に恨まれてしまうではないか!? そ、そう簡単に許す事はできんが切腹だけはやめろ!!」


「お父様。わたくしからワイアット様に口づけをしたのですからお怒りになるのは間違っております。お叱りになるとすればわたくしですわ」


 開き直るエレクトラにノーリス王も開いた口が塞がらない。

 あの素直だった娘はどこに?

 今もある意味素直だが、自ら口づけをするような大胆な行動をとるような娘ではなかったはずだ。

 アマテラスに任せたのが間違いか、王国から出すべきではなかったのではないか、様々な事を考えるノーリス王は動揺が隠せない。


「まあ良いではないか。ワイアットは私から見ても非の打ち所がないような良い男だ。頭もいいし素直で強い。何も問題はないだろう? イーディスも息子にほしいとまで言う程だぞ?」


「しかし…… っだぁぁあ!! やめろワイアット!! 何だこれは!? 脅しか何かか!?」


 小刀を構え直したワイアットに叫ぶノーリス王。


「では、どう責任を取れば……」


「ぐっ…… 仕方がない。お前もノーリスに帰って来い。お前がどれだけ使えるか見てやる」


「ご期待に添えるよう尽力致します」


 着物を整えて立ち上がるワイアットに寄り添うエレクトラを見て、溜め息を吐きながら諦めるノーリス王だった。

 ノーリス王としては自分が認めたうえでエレクトラとの交際をしてほしいだけなのだが。

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