第295話 女装男装の魔王誕生祭

 ザウス王国国内の仕立て屋は、未だかつてない程に繁盛したのは言うまでもない。

 店にある衣料品の在庫は全て完売し、体の大きい男性達はオーダーメイド品を特別注文。

 夫婦や兄弟、友人と衣服を交換してこの祭りに参加する者も多いだろうが、体の大きい冒険者や騎士達は新しく服を買う事になっただろう。


 女装服をすぐに用意できない者も多いだろうと、魔王誕生祭開会式は日暮れ頃、十九時にしようと朱王が指示を出している。




 男は女装、女は男装の魔王誕生祭は実行に移され、千尋の美しい女装姿から、二つ名は【戦姫】が定着する事となった。

 千尋は美しい真っ赤なドレスを纏っており、リゼが勝手に千尋の為にと用意していたとの事。


 蒼真と朱王は新しくドレスを購入しており、たくましい体つきを隠すようなデザインのドレスを纏って注目を集めていた。

 ウィッグとメイクでどこからどう見ても美しい女性だ。


 リゼやミリーは男装していても特に気にする事もなく、千尋と朱王の女装姿に興奮している様子。

 アイリも蒼真の女装姿を見て大興奮し、その手をとってエスコートをしようと駆け出した。


 各国の国王達も女装をしており、男装した王妃にクスクスと笑われながらも人々の前へと姿を現していた。

 もちろん息子や娘達も女装と男装をして人前に顔を出している。

 恥ずかしさもあるが、この前代未聞の出来事に楽しくて仕方がないといった表情で手を振っていた。

 女装する国王達に威厳も何もあったものではないが、他の者達同様に女装するその姿勢は、市民達からも親しみを覚える結果となったようだ。

 エレクトラもノーリス王の女装姿に吹き出し、ヴィンセントの妻であるイーディスも最強の剣豪の女装姿に笑いが止まらない。


 ニコラスやジェイラス達老人男性も女装をし、聖騎士長ロナウドの女装姿に妻エリザが腹を抱えて笑っていた。




 もちろん魔人達も男装、女装をしてこの魔王誕生祭に参加する。


 クリシュティナは朱王からもらった至高のドロップを首から下げており、髪色は淡い紫に煌き効果を加えた鮮やかで美しい様相に。

 目は人間や人魔のように結膜を白くして、角膜はそのまま赤としている。


 西の国の魔人上位者達もこの日からは観光する許可が出ており、それぞれにクリムゾン隊員のお供を付けて王国内を散策する事になる。

 女装や男装の恥ずかしさよりも、王国を見て回れる楽しみの方が勝る為か、急いで用意された服に着替えて街へと飛び出していた。


 また、生き残った七千人を超える西の魔人達も、依頼を受けた冒険者達を同行者としてザウス王国内に入る事を許されている。

 薄い布を纏っただけの魔人達にも女装や男装をさせる必要がある為、まずは市民街の衣料店に案内するのが決まりとなっていた。


 ゼーン達老魔人も女装をして街へと繰り出し、美しい街並みと笑顔溢れる多くの人々を見回しながらクリムゾン隊員と共に練り歩く。

 美味しい料理を食べながら歩く人間領の街並みは、誰もが豊かで幸せに満ちている。

 朱王が語った笑顔溢れる幸せな世界は今すでにここにあり、魔人領全土にも広がる事を想像するとゼーンの心も満たされる思いだ。

 今は亡き先代魔王ゼルバードが望んだ世界がここにあるのだと思い、目頭が熱くなる。


「これ美味しいんですよ。ゼーン様も食べてみませんか?」


 串焼きを持って笑顔を向けるのはクリムゾンザウス支部副隊長のロズだ。

 女装した姿はそれ程似合ってはいないものの、いい笑顔で串焼きを差し出してくる。


「そうだな。ロズと私に二つずつもらおうか。四つで2千リラ、で合っておるか?」


「はいよ、まいどありー!」


 西の国の魔人達も、一週間の待機期間に計算の勉強は進めていたようだ。

 両手に串焼きを手にして、口いっぱいに頬張りながらまた街を歩き出す。


「美味いな。また食べに来なければな」


「また一緒に来ましょうね」


 ゼーンとロズは笑顔を向け合ってまた串焼きを頬張った。




 明るいうちから女装や男装をした人々で王国中が溢れ返っていたが、夕方には服が完成した冒険者達も女装をして王国内を練り歩く。

 警備をする騎士達も鎧を着ずに女装をし、腰に帯剣したままこのお祭りを楽しむ事になる。


 千尋達は貴族街の広場、モニターのあるステージ横に集まり、映画の日開催と同じように音楽を流しながら開会式までの時間を待つ。


 広場には多くのテーブルと椅子が用意され、道のあらゆる所にも食事ができるように並べられている。

 出店も普段よりも多く貴族街に配され、すでに多くの貴族達が料理を手にして自分の席へと戻っていく。


 ステージの前には各国の国王や魔人の最上位者達、魔王となる朱王の席が設けられ、お酌をする事になっている千尋とリゼは魔王席のすぐ隣となる。

 ミリーがこの配置に不満を言うものの、宴会が始まればリゼと入れ替わればいいだろうと千尋の隣に座っている。

 人間領の各国国王達と北の国を代表してスタンリー、東の国からはデオンとステラ、南の国からはブルーノとマリク、西の国からはフェルディナンとケレンが魔王と同じテーブル席に着く。


 蒼真とアイリは少し離れた位置でザウス王国の聖騎士達のそばに席を取り、エレクトラはワイアットと共にヴィンセント家と一緒のようだ。


 魔王の配下となったクリシュティナやルディ、ゼーン達老魔人はクリムゾンの幹部達と同じテーブル席に着く。

 そこでサフラと手を取り合うハクアを見て、ダンテはまさかと思って問いかける。


「サフラとハクアは…… 付き合っているの?」


「まあそうなるな。総隊長と副隊長が恋愛関係にあってはならないという決まりは特にないだろう?」


「決まりはないけど。サフラはハクアを妹のように見ていたと思ったんだけどね」


 成長したハクアは確かに女性らしくもあり、美しく可憐な少女ではある。

 しかしサフラの目からはまだまだ小さな妹のような存在であり、恋愛対象にはなり得ないとさえ思われていたのだが。


「いつの頃からか妹のように思えなくなってね…… それにハクアは可愛いだろう? 誰かに渡すくらいなら私のものにする」


 この言葉に何かおかしいと思ったダンテ。


「ハクア。君、何かした?」


「え…… ダンテは私にそんな事を聞くんですか!? は、恥ずかしいじゃないですか……」


「いや、そうではなく、サフラは君の事を妹のように見ていたよね?」


「…… はい。嬉しくもあり私がサフラお兄ちゃんを好きになるきっかけでもあったんですけど、その妹設定が最大の障害だったんですよね」


 言っている事がすでに怪しい。


「その妹設定をどうしたのかな?」


「千尋さんにお願いして妹として見るのではなく、私を女性として見るようにイメージを込めた魔石を作ってもらったんです」


 心の操作では? と思わなくもない。


「その魔石を見せた、と」


「はい。おかげでサフラお兄ちゃんにとって可愛い妹だったのが、可愛い女性となった事で今はとってもラブラブなんですっ」


 サフラはこのアルビノ種として生まれてきたハクアを常に気にかけていた。

 頭のイカれた貴族に捕まって指を失って以降は、大事に大事にその成長を見守っていた事はダンテも知っている。

 そこに恋愛感情はなかったとしても、他の誰よりもハクアを大事にしてきたサフラなのだ。

 恋愛対象ではなくとも好意があるとすれば問題はないのかもしれない。

 しかし……


「君、見た目は真っ白なのに中身は真っ黒だよね……」


「世間では天使様で通ってますよ?」


「堕天使の間違いだろう」


 どちらかと言えば悪魔寄りかもしれない。




 時刻は十九時に差し掛かり、ステージ上にはユユラが上がる。


「皆様、長らくお待たせ致しました。この度、クリムゾンの総帥にして全ての国の子供達に救いをお与え下さった我らの神! そして今日、魔人領の頂点である魔王となられた緋咲朱王様! その魔王誕生を祝し、魔王誕生祭を今ここに開催致します!!」


 拍手喝采、大きな歓声があがる。


「それではこれより、魔王、朱王様によるご挨拶を頂戴致します」


 美しいドレスにアップスタイルにアレンジされたウィッグを被り、得意の化粧で完璧な女装した朱王がステージにあがるとまた盛大な歓声があがる。


「クリムゾン総帥、緋咲朱王だ。これまでもしもの場合に備えて隠れて生活していたからね。初めて見る者も多いだろう」


 おそらくは多くの人々に知られているが、朱王は全力で隠れていたつもりだ。


「元々はこの世界の恵まれない子供達を救う為に作り上げた緋咲美容と緋咲宝石店、学校と施設。そして人間と魔人との戦いに備えて作り上げたクリムゾン。今ではこの組織も大きく成長し、どの国においてもクリムゾンの存在は確かなものとなった」


 クリムゾンのメンバーは立ち上がって拍手をする。


「私が魔王となった今、人間同士、魔人同士、人間と魔人との争いを禁ずる。今後は人間と魔人とが手を取り合い、協力しながら豊かな生活、楽しい生活を送れるよう皆に協力してもらいたい」


 国王達、魔人達も拍手を浴びせる。


「そこで、クリムゾンという組織は解体し、各国で民間企業として活動してもらおうと考えている」


 拍手がピタリと収まり、朱王の言葉が理解できないといった表情でその話の続きを聞く。


「解体する際には全て役割を考えているし、今後の活動に関しても問題ないよう手筈は整えている。まあ緋咲宝石店の工場だけは私の管轄から外す事はできないんだけどね」


 色の魔石が必要な以上はドロップ製造には朱王の能力が必須なのだ。

 一部の者達はホッと胸を撫で下ろした事だろう。


「クリムゾン…… いや、私の愛する子供達よ。君達は私の信用に足る素晴らしい人間に成長している。何も不安を感じる事はないよ。小さな子達は先輩の背中を追うのもいい。新しいモノを生み出すのもいい。可能性に満ちた私の子供達なんだ。誰もが夢を追い求めてほしい」


 朱王が言葉を紡ぐ度に涙を溢すクリムゾン隊員達が増えていく。

 クリムゾンにとって朱王の言葉は絶対であり、クリムゾンを解体するとあればそれを引き止める事はできない。

 このままクリムゾンを朱王の組織として残してほしいという気持ちを涙を流して耐えている。


「涙を流す必要はないよ。これまでは何年も会えない事だってあっただろう? でもこれからはもっと私と君達が会う機会は増えるんだからね。魔王領に遊びに来たっていいし、なんなら発展の手伝いに来てもいいよ」


「行きます!」と全員が立ち上がったが、全員に来られても朱王としてもさすがに困る。


「まずは列車だ。全ての国を線路で繋ぐし、国内でも列車を走らせる。まだ何年も掛かるとは思うけど、車だって個人で所有する時代がいずれくるんだ。誰もが今よりも身近な存在になると考えたら寂しくはないだろう?」


 ここで車を所有する時代がくるという言葉に驚きの声が広がり、思わず立ち上がったゼス王が手を挙げて「50億!」と叫んでいた。

 別に今ある車を売るわけではないのでやめてほしい。


「うーん、列車開発が軌道に乗ったら道路整備も始めようか。魔人には多くの力仕事をしてもらう事になるけど、人間達と協力し合ってこの事業を成功させてほしい」


 胸に手を当てて了承の意思を見せる魔人達。


「誰もが笑顔に満ちた豊かな世界。これが魔王となった私が目指すものだ。全ての人々に是非とも協力してほしい」


 誰もが拍手でこの協力を求める言葉に応え、今後の発展が期待できそうだ。

 そしてグラスを手にした朱王はそろそろ我慢の限界となり、ユユラに目配せして乾杯の音頭をとってもらう。


「皆様、お手元のグラスを手に持ってくださいませ! それでは新たな魔王誕生を祝しまして〜! 乾杯!!」


「「「「「かんぱーい!!」」」」」」


 こうして楽しい魔王誕生祭が始まり、美味しい料理と美味しいお酒、王国領内各地でカラオケパーティーとなって大いに盛り上がった。

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