第293話 理不尽

 朱王が上空へと舞い上がると加速したまま千尋へと向かい、このまま迎え討とうとすれば威力で圧倒的に不利となるだろう。

 千尋とガクは高度を落としながら加速を開始し、蒼真とエレクトラも暴風を纏って朱王を追う。

 アイリも瞬雷による加速から朱王を追い、高速飛行戦闘のそれほど得意でもないミリーとリゼも的にならないよう移動を開始。

 超高速で朱王に追いついた蒼真は朱王の灼熱の刃と斬撃を斬り交わし、背後から迫るエレクトラの斬撃を急上昇により回避。

 蒼真とエレクトラがぶつかりそうになりながらも軌道を修正し、上空に舞い上がった朱王を追おうとしたところに蒼真へと斬撃が振り下ろされる。

 飛行戦闘において頭上からの攻撃は受け難いのは蒼真もよくわかっている為、朱王の下降速度に合わせて蒼真も降下する事で威力を抑え込む。

 翼を必要としない蒼真は逆さに降下しながらも朱王と斬り結び、マグマに近付くと軌道を変えて距離を取る。


 再び急上昇からミリーへと向かう朱王。

 ミリーも自分へ向かって来た事で降下を開始し、魔力を高めた七色の爆炎竜からの爆轟を近距離で放つ。

 巨大な火球が目の前で放たれた朱王だが、ミリーの考えを読んでいた朱王は瞬間移動から爆轟を回避。

 マグマに飛び込むわけにもいかないミリーは急停止するも、その背後に現れた朱王はミリーの頬を指で突く。


「私の勝ちだね」


「むぅ。飛行戦闘は得意じゃないんですよねー」


 愚痴をこぼすミリーを置いて朱王は再び加速する。




 次に朱王が狙うのはやはり速度の出ていないリゼだろう。

 そしてルシファーという厄介な武器を扱い、さらには全員の冷気の防御膜を制御しているリゼを倒せばこの戦いは終わりとなるはずだ。


 しかしリゼを狙う事は千尋や蒼真もわかっている。

 リゼの背後から接近した千尋が朱王へと向かい、ガクはリゼの前で盾役を買って出る。


 朱王の右横方向からは蒼真が、左からはエレクトラが距離を詰め、朱王の速度を殺そうと刀を振るう。

 一瞬早かったエレクトラの風刃を受け流し、蒼真へとその刃が向かうと、対面から向かい来る風刃に対応し切れずにわずかに方向を逸らしたところを、朱王は蒼真の腕を掴んでエレクトラに投げつける。

 急停止しようにも速度乗った蒼真も簡単に止まる事は出来ないうえ、朱王によって軌道を逸らされては制御が間に合わない。

 そして蒼真もこのままエレクトラに正面から激突するわけにもいかず、体を捻って背中から向かい、エレクトラは蒼真を背面から受け止める。


「ずっ、ずるいですよエレクトラさん!!」


 戦闘中の事故にも関わらず蒼真に抱きつくように見えるエレクトラに憤慨するアイリ。

 自分が受け止めたかったのかもしれないが、戦闘スタイルが違うアイリでは蒼真に合わせる事が難しい。


 朱王の背後から瞬雷による超加速をするアイリは声を発した事により接近がバレている。

 朱王にタイミングを読まれてあっさりと躱され、加速が終わった瞬間に頭を撫でられる。


「アイリも負けねっ」


 と、言い残した朱王はそのままリゼを目指して飛行を続ける。

 蒼真をエレクトラに投げつけた事さえ朱王の狙いだったのかもしれない。




 わずかに速度を落とした朱王の神速の抜刀と加速する千尋の超重の剣とが斬り結び、灼熱により紅蓮に染まる朱雀丸の威力に耐え切れずに千尋のエンヴィが砕け散る。

 互いに飛行を乱され、その強度からグリップまで全て砕けたエンヴィが散っていくのを見届ける千尋。

 大事にしていた剣を失ったショックは大きいだろう。


 しかし千尋の威力も凄まじく、朱王も弾かれ腕を痺れさせながらも手を振るって軌道を修正。

 再びリゼに向かって加速を始める。


 千尋はインヴィを右手に持ち直して、バハムートゴーレムに使用していた分のミスリル粉末を左手に纏わせ、朱王を追って再び加速。

 蒼真とエレクトラもすでに朱王を追っている。




 朱王を迎え討つガクは瞬間移動を警戒して動く事ができずにリゼを隠すように前方で待機。

 距離を詰めて来た朱王はガクの目の前でやはりと言うべきか瞬間移動によってガクの背後へと回り込んでリゼと対峙。

 しかしその瞬間にルシファーによる神速の抜刀を直線状に放ち、普段のリゼであれば怯えているだろうと予想していた朱王はこの一撃に驚き、出力を高めていない朱雀丸で受けると同時にガクによる右の回し蹴りを背中に受ける。


 ルシファーをわずかに右に逸らして右肩を掠めながら直撃を避け、ガクの蹴りにより前方へと飛ばされる朱王。

 相当な実力者であっても首や背骨が砕かれる程の衝撃を受けつつも、高い強化によってなんとか耐えた朱王は、前方に回転しながら紅炎弾を放って追おうとするガクを牽制。

 受けたダメージを確認しつつ向かって来る千尋達を見据え、油断すれば殺されるこの状況からそれ程手加減の必要はないのではないかと思う朱王。

 頬を突いたミリーと頭を撫でたアイリにダメージはなく、対する朱王はいつ死んでもおかしくない程の攻撃を受けている。


「よし、私も加減しない事にしよう」


 朱王は握り締めた朱雀丸に力を込め、距離を詰めた蒼真の斬撃と斬り結ぶと全力で振り抜いた。

 右肩に痛みはあるとはいえ動かない程でもない。

 蒼真を弾き飛ばし、反対から向かって来るエレクトラをも薙ぎ払い、千尋の質量魔導による操作も相殺してインヴィを払い除け、ミスリル粉末の固定による刺突を蹴り上げる事によって阻止。

 蒼真の遠距離からの特大の風刃をも灼熱の刃で相殺して再びリゼを目指す。


「まずい! 朱王さんが本気だ!」


「リゼ! 逃げて!」


「か、肩が……」


 肩関節が外れたエレクトラは戦線復帰は難しいだろう。

 朱王を追う千尋と蒼真、再び迎え討つガク。


「いやぁ! ちょっと! 千尋助けて!!」


 ガクを置いて逃げ出すリゼに朱王はガクを無視して追従し、爆風を後方に放ってさらに加速する蒼真が朱王に追いつく。

 魔力を高めた蒼真の断空が朱王へと向けられ、朱王も紅炎弾を放ってその絶対断裂魔法を相殺。

 通常の風刃程度まで出力を落として斬撃を受け止め、背後からルシファーを横薙ぎに振るわれると蹴りによって軌道を逸らす。

 神速の抜刀程の速度でなかった事で朱王も何とか受ける事ができたようだが、速度と出力が低下した朱王は振り下ろされた蒼真の右袈裟と斬り結ぶ。


 ここに右肩の外れたままのエレクトラが旋風を放って朱王の逃げ場を無くし、朱王は蒼真と斬撃を重ね合う。


「リゼ! 旋風が解除されたら蒼真の援護! エレクトラは時間を稼いで!」


「わかったわ! 千尋はどうするの!?」


「巨獣化したガクを朱王さんにぶつけてみる!」


「千尋さん…… 本気ですの?」


 エレクトラも朱王を相手とはいえ、さすがにそれはないだろうと苦笑い。


「あの化け物をぶつけるのね! それなら急いで!」


 リゼが意識を失っている間に暴れ回った巨獣ベヒモスゴーレムだが、戦争の映像を見てリゼも千尋の作り出す巨獣の存在を知っている。

 魔王に挑む勇者パーティーの戦いではなくなってしまうが、千尋としては自分の持つ力を全て出し切って朱王に挑みたい。




 急いで本陣へと飛び込んだ千尋は周囲を見渡して、その場にいる全員に声をかける。


「ベヒモスゴーレムで挑むからさあ、みんな連結魔導に協力して!」


 地属性強化は誰もができる魔法であり、今この本陣にいるのは実力者のみ。


「朱王でもさすがに無理ではないか?」


 ゼス王の質問に誰もが頷く。

 アマテラスを相手に善戦する朱王とはいえ、魔獣群を蹂躙した巨獣を相手に戦えるとは思えない。


「いやいや。あの人まだ全力じゃないかも」


 千尋の言葉に誰もが信じられない思いだろう。

 しかし千尋の表情には焦りさえ見て取れる。


「朱王が無理ならすぐに解除するのだぞ」


「勝てるといいけどね」


 ゼス王が千尋の肩に手を置くと、他の王達も手を取り合い、その場にいた人間達と輪になって千尋に魔力を流し込む。

 怒りが足りないとしても、持続性のない短期的なゴーレムであれば作り出す事は可能だろう。


 ガクは自身のゴーレム化を解除して体内にある魔力を前方に球状の核として作り出し、千尋は流れ込んだ魔力を再錬成してガクへと注ぐ。


 本陣の前に巨大なゴーレムが作り出され、以前よりはひと回り小さいが総魔力量400万ガルドを超える巨獣ベヒモスゴーレムが誕生した。


 戦いの場ではエレクトラの旋風が途切れ、蒼真の青い閃光が放たれると朱王は紅球を圧縮させて相殺。

 リゼがルシファーを放って牽制し、蒼真がリゼの前へと移動したところだ。


 千尋はベヒモスゴーレムを完成させると、瞬間移動でリゼの元へと移動。

 リゼのそばに魔力球を配していた事で移動できたのだが、およそ2キロもの距離を瞬間移動できるのは千尋だけだろう。




 通常魔獣では考えられない程に強化を高められたベヒモスゴーレムは大地を踏み砕いて駆け出し、マグマをも物ともせずに朱王に向かって跳躍。

 その巨大な拳を振り下ろす。


 朱王もこのベヒモスゴーレムを知ってはいたものの、まさか自分に向けられるとは思ってもいなかった為、咄嗟に瞬間移動による緊急回避。

 マグマを撒き散らしながら着地したベヒモスゴーレムと上空から見下ろす朱王が対峙する。


「ファンタジーとかゲームって酷いよね。一人の魔王を勇者パーティーは寄ってたかって嬲り殺しにする。敵として現れる魔王はこんな気分なのかなぁ。ほんと、理不尽だよねぇ」


 愚痴を溢す朱王だが、このベヒモスゴーレムを倒せばこの魔王戦も終わりだろうとさらに出力を高めて抜刀の構え。

 降下しながらベヒモスへと向かい、一気に加速して神速の抜刀をガードしようとする右腕へと放つ瞬間、巨大な左の拳に朱王は横から殴り飛ばされ、超高速で吹き飛ぶ朱王をガクが追う。

 地面へと叩き付けられそうになる朱王は紅球の密度を高めて融解させ、体勢を立て直したところにその巨体からは考えられない程のスピードで迫ったガクの右の拳が叩き込まれる。

 朱王を殴りつけた拳は熱で真っ赤に染まるも、ベヒモスゴーレムのその高い強度から溶け出す事はない。

 巨獣の左右の連打が叩き込まれてひたすら防戦を強いられる朱王。

 紅球は物理的な障壁ではない事から朱雀丸で受ける必要があり、あまりの速度に反撃どころか予測も操作も何もできない状態だ。




 打ち込まれ続ける強大な拳をただ耐え続けるだけの朱王もいずれは体力も魔力も尽きてしまう事になるだろう。

 予想も操作も不可能な今、この状況を覆す方法はただ一つ。

 ベヒモスゴーレム以上のパワーをもって反撃に出る。

 金髪となり金色のオーラを放つ千尋、青髪となり青色のオーラを放つ蒼真、いずれも自身の最強をイメージしたその姿を放出する属性魔力に乗せて変身を遂げている。

 それならば朱王も同じように最強の姿をイメージするまでだ。

 地球での記憶から探す最強の存在。

 それはやはり全宇宙最強の戦士の存在だろう。

 しかし蒼真の最強のイメージは地球にいた頃の朱王の記憶にはなく、数ヶ月前に千尋が再現した記憶の映像の中にあったものと同質のもの。

 それならばその敵として現れた最強の存在を朱王はイメージに込める。


 怒りを引き金に変身を遂げるのであれば、感情を力に変換する事さえもできる朱王にとっては容易な事。

 この危機的状況に膨大な魔力を放出する今、ただイメージをするだけでいい。


 朱王は咆哮を上げながら自身の思う最強の姿へと変身を開始する。

 紅蓮の魔力が色を変え、黄色の光が灯ると次の瞬間には青味がかり、紅球は緑色へと変化してさらに膨大な魔力を発する。

 朱王の黒髪も煌き効果が変化を遂げて、わずかに青味のある金髪へと変化した。


 緑色の小太陽が膨れ上がり、大量の光線を放ってベヒモスの拳を払い除け、その全身を撃ち抜きながらベヒモスゴーレムの巨体をも吹き飛ばす。


 朱王の変身が終わると緑球は爆発を起こし、全てを吹き飛ばした後に緑色の小太陽が空へと浮かび上がる。


 ゴーレム体を激しく損傷するもベヒモスゴーレムは起き上がり、浮かび上がった朱王と向き直ると空を割れ砕く程の咆哮を上げ、屈伸から朱王に向かって跳躍。

 ノーモーションから一瞬で距離を詰めた朱王の神速の抜刀は、ベヒモスゴーレムの体を斬り裂いて体内に残した膨大な魔力の塊が緑炎球となって広がり、収縮すると同時にゴーレム体も圧縮、臨界を超えて超巨大な爆発を起こす。

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