第292話 勇者と魔王
本陣から戦場を見守る人間領、魔人領の上位者達。
人間領側ではよく知られる朱王の強さも、ついに天変地異どころか世界を破壊するまでに至ったかと感情のこもらない笑みを浮かべる。
「なんなのだあの男は……」
「次元が違い過ぎる……」
西の先代大王ゼーンと現大王のフェルディナンは、朱王の戦いを見て震える程の恐怖を覚える。
二人が戦った千尋と蒼真の実力はいずれも各国大王をも超えるものであり、さらには千尋の精霊であるガクとエンが単体で向かって来たとしてもそう簡単に倒す事ができない。
それを千尋の双剣と二精霊を相手に無傷でその全てを払い除け、誰もが発生させる事が敵わない程の熱量をもって大気を、大地を焼き焦がし、晴れ渡っていた世界を暗転させるまでの状況を作り出している。
先代魔王でさえもこの男を相手に勝てるだろうか、戦う事すら敵うのだろうかと思える程に朱王の存在力は凄まじい。
この一週間、敵として現れたはずの西の国の者にも優しく笑顔で接し、誰しもの心を満たしてくれる存在であるはずの朱王が、今は恐怖の象徴とも言うべき魔王そのもの。
魔人を統べる最強の存在としてそこに映し出されている。
ゼーンは本能からか胸に手を当てて頭を下げ、それに追随するようにその場にいる全ての魔人が跪く。
最強の存在であった魔王ゼルバードの後継者。
先代魔王の最後の友は、魔王としての絶対的な力を今この場で示して見せた。
「恐ろしいだろう。私の予想では朱王殿一人で一国を、いや、先代魔王ゼルバード様同様全ての国を相手取る事も可能だと思うが」
「ああ、誰も生き残る事などできんだろうがな……」
朱王の最大出力をつい先日見たばかりのクリシュティナは、まだ上限に達していない事に気付いてはいるもののそれを言う必要もないだろうと考える。
先代大王のゼーンは声を掠れさせながらもクリシュティナに応え、自分と対等の位置にあるフェルディナンでさえ朱王の姿に言葉も出なくなる程なのだ。
守護者以下の者は朱王に近寄る事さえできなくなってしまう可能性もあるだろう。
優しきあの男も、誰も近寄って来なくなってしまえば寂しいと愚痴を溢すかもしれない。
酒が美味しくないと怒るかもしれない。
地団駄を踏んで世界を滅ぼすかもしれない。
そう考えるクリシュティナも少しおかしくなりつつあるようだ。
あまりの熱量に誰もが頭がおかしくなり始めたところでザウス国王は冷気の防壁を展開し、熱気を防ぎつつ指示を出す。
「各隊員に告ぐ! 国民も熱気を浴びているはずだ! 氷魔法を得意とする魔術師は各地に散り冷気の魔法を展開せよ! また、騎士は私との連結魔導で熱波を出来る限り防ぐぞ!」
「む? ザウス王も連結魔導ができるのか?」
ウェストラル王が問い、ゼス王やノーリス王も驚きの表情でザウス王を見つめる。
魔術師団では普段から使用される連結魔法だが、ここで今必要とされるのは魔法陣を発動しての連結魔導であり、さらには精霊を介した連結精霊魔導だ。
精霊魔導では精霊がある程度制御してくれるとはいえ、余程精霊との親和性がなければ思うような効果を発揮してくれない。
これが簡単な事であるとすれば多くの上位者も連結精霊魔導を発動して戦いに臨むところなのだが、誰も使用していない事から実現した者が千尋以外にはいなかったという事だろう。
「戦いには参加していないがな。オレも氷結系であればできない事もない」
「ザウス王がか? 嘘だろ?」
「うーむ…… 人は見かけによらんな」
信じきれないゼス王に対し、ノーリス王はザウス王が嘘を言うような人間とは思っていない。
「普段やる気を見せんし努力も嫌いな我が国の王じゃが、能力だけは高いからのぉ……」
隣でボソリと呟くロナウドだが、ザウス王が連結精霊魔導を実現可能な事を知っている。
騎士達、それも蒼真の授業を受けた氷魔法の得意な騎士達が集まり、連結精霊魔導の為に手を取り合いながらザウス王の両肩へとその手を置く。
聖剣バルムンクを掲げたザウス王は、騎士達から流れ込んでくる膨大な魔力を精霊フラウへと注いで精霊魔導を錬成する。
巨大な精霊となったフラウが紫色に煌く空間を作り出すと、王国全てを覆い尽くすのではないかと思える程に広範囲に拡大させる。
拡げられた紫銀の世界は朱王からの熱を伝える事なく、ひんやりとした快適な空間となって本陣や王国の一部を保護。
これで高熱による被害はある程度は防ぐ事ができる。
他の魔法に比べて魔力消費の激しい氷魔法の為、回復薬を飲みながらしばらくこの状態を維持する必要もあるが仕方がない。
長時間続けると鼻血が出てしまうかもしれないがそれも仕方のない事だろう。
準備の整ったアマテラスの六人。
飛行装備を展開して空を舞うもあまりの高熱から近寄る事もできず、リゼは精霊リッカを介して冷気の防壁を全員に纏わせる。
物理的に阻害する事のない温度のみを制御する防御膜のようだ。
撮影隊もこの熱気に耐えられなかったのだろう、氷魔法を得意とする者以外のほとんどの者は指示に従い避難している。
朱王を包み込む紅球の前で速度を落とし、千尋の横で空中浮揚。
これで舞台は整ったとばかりに朱王は余裕の笑みを溢す。
「フハハハハ。よく来たな勇者達よ。その強さと技術力は実に素晴らしい。其方達を殺すのは惜しい。私の部下になる気はないか?」
「勧誘し始めたわよ……」
「魔王の定番のセリフだからね」
楽しそうな朱王のセリフに、漫画を読んでこなかったリゼは少し動揺しているようだ。
「…… 私の配下になれば世界の半分をやろう」
「また採用して頂けるんですか!?」
この勧誘に食いつくアイリは、旅が終わっているのでまたクリムゾンに戻れるならそれもよく、アマテラスでクリムゾンに入るのならば尚更良いとさえ思っているのだろう。
「まだ解明されていない世界があるとすればもらえるのは八分の一だ!」
「そうですよー! 半分もらえるとすれば私達は解明されている世界を全部もらいます!」
「解明されていない部分ももらえますわね」
的確な指摘をする蒼真と、ミリー、エレクトラの返答に朱王も苦笑い。
「い、今あるこの世界の半分だ。蒼真君ので正解!」
コクコクと頷く蒼真。
「えー、全部くださいよ!」
食い下がるミリー。
「全てと言うのであれば戦うしかないな」
「やっぱり半分でもいいです!」
「グダグダになるからやめて! さあ来い、勇者達よ! 力の差を見せつけてくれよう!」
充分にグダグダになっているが戦いは始まるようだ。
朱王が構えた事で全員が上級魔法陣を展開して移動を開始する。
正面からは千尋と二精霊が向かい、その背後から隠れるようにアイリが追従、側面からは右に蒼真ブルーと左からはエレクトラ。
上空にはミリーが爆破加速を利用して舞い上がる。
朱王の神速の抜刀と千尋の双剣が重なり合う瞬間に、アイリの瞬雷による超加速で朱王の脇腹に斬撃が通り、千尋を弾き飛ばしつつガクの拳を左腕でガードしつつ刀の振りの勢いに乗ってエンに横薙ぎの蹴りを見舞う。
蹴り飛ばされたエンは接近しているエレクトラに向けられており、急旋回によってそれを回避。
エンを蹴った反動を利用してガクを盾に蒼真の接近を防ぎ、上空から振り下ろされるミリーのミルニルを肩越しに受け流す。
ガクは背後に回る朱王を打ち払おうと左拳を横に薙ぐものの、その勢いを利用して朱王は加速。
体勢を立て直したエンへと向かい、紅炎弾をブレスと相殺させて肩口から腹部に渡って斬り裂いた。
質量魔導によって軌道を乱される事を嫌った朱王は真っ先にエンを排除したようだ。
その背後から超高速飛行による蒼真の神速の抜刀が向けられ、絶対断裂魔法を放つも残像を残して姿を消す朱王。
瞬間移動で蒼真の背後へと現れた朱王はその後頭部目掛けて左脚を振り抜くも、朱王の蹴りを読んだ蒼真は後ろ回し蹴りで受ける。
そこへまた背後から回り込んだエレクトラが巨大な旋風を放って朱王と蒼真ごと後方へと吹き飛ばす。
風の精霊蒼真であればこの旋風の中でも脱出が可能だろうと判断した為だ。
しかし蒼真はこの旋風により逃げ場を無くした朱王に斬り掛かり、自身の磨き上げた剣技をもって朱王と斬り結び、その高速の斬撃で朱王に対して攻勢に回る。
まともに息もできない程の鬼気迫る剣舞に朱王も出力を高める事もできずに全てを受け流し、予測はできても操作をさせない蒼真の実力は千尋の双剣よりも鋭く重い。
蒼真の知る朱王は千尋の四刀流にさえこの一振りの刀で対抗できるだけの剣技を持つ。
それならば出力操作をさせずに攻勢に回る以外に蒼真がまともに斬り合う事はできないだろう。
蒼真の狙い通り朱王も出力を上げる事ができなければ払い除ける事はできない。
数えきれない程の斬撃を重ね合い、蒼真の息が続かなくなりそうになったところでエレクトラも旋風を解き、そこへリゼの神速の抜刀が直線状に襲い掛かる。
エレクトラの旋風と蒼真の操作により風を上手く操る事のできない朱王は朱雀丸で正面から受け止め、強引に軌道を変えるとそこにミリーの爆轟が放たれる。
リゼの渾身の氷結魔導も朱王の熱量には敵わず、凍りつかせる事は出来なかったものの、一瞬で蒸発した水が朱王の肌に火傷を残す。
放出する魔力が低下した今は紅球も纏ってはおらず、自身で作り出した熱量魔法も水魔法という別の属性が加わる事により朱王にもダメージを与える事となるようだ。
水蒸気から顔を背けた朱王にミリーの爆轟が放たれ、一瞬の間があった事で朱雀丸に魔力を流し込んだ朱王は紅炎弾によって相殺。
再び放出する魔力を低下させた朱王に千尋がエンを含めた三刀流で斬り掛かり、上方からはガクが叩き落とそうと両手の拳を握り込んで振り下ろす。
朱王が千尋を払い除けてその拳を躱そうとするも、小型化したエンの質量魔導により移動ができない。
ガクの拳を左腕で受けた朱王は溶けたマグマに向がて落下していく。
「あれ!? もしかして死んじゃわない!?」
「ふえ!? す、朱王っ!?」
さすがに朱王といえどもマグマに直接落ちては強化で耐え切れるものではない。
千尋とミリーも慌てて朱王を追おうとするが、急降下しながらも魔力を高めた朱王は紅球を纏い、マグマをも蒸発させながら軌道を修正。
上空へと再び舞い上がる。
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