第291話 魔王戦

 戦争終結後、一週間が経った。


 戦地も綺麗に片付けられ、各国国民達にも今後の人間領の方針やこの日魔王決定戦を開催する事が伝えられている。


 西の国の魔人達も炊き出しをしてくれる人間達と触れ合う事で今は敵意も無く、今ではある程度悪くはない関係を築けているようだ。

 自国の強者や戦争で力を示して見せた者の命令であれば従うとは思うが、それでは魔人達それぞれの個性を殺してしまう事にもなってしまう為、命令ではなく自然に触れ合う事で距離を縮めていく事とした。


 深い傷を負った魔人は回復術師の手によってその傷を癒され、死んでいった者達の死体は戦地から少し離れた位置に穴を掘って埋め、土を被せて大きな墓標を立てて供養した。

 この弔うという行為を理解できない魔人達だが、死んでいった者達が安らかに眠れるようにと祈りを捧げるのだと言う人間達に応えたくなったのだろう。

 同じように手を合わせて祈りを捧げる姿勢を見せる。

 敵であったはずの魔人の死に涙を流す人間に思う部分があったのか、それまで平気な表情をしていた魔人が祈りを捧げると、次第に涙が流れ落ちる。


 生き残った魔人達はおよそ七千人と、三千人以上の魔人が命を落としている。

 魔人達も人間の手によって殺された魔人はほとんどおらず、その後襲って来た自軍側の魔獣群によって殺された事も知っている。

 その中で助けようとしていた回収部隊の動きも見ており、自分が襲われる事になろうとも助けようとする人間の姿も確認されている。

 実際に魔獣群にそのまま襲われて怪我を負った回収隊員もいたのだが、助けようとした魔人と共闘する事でその窮地を脱した者もいたくらいだ。

 人間達が魔人に対して敵意をもって接してはいないのだという事もわかっているのだろう。

 普段それ程会話をする事のない魔人達が語り合い、人間の良い部分を多く知る事によって互いの関係が少しずつ縮まってきたようだ。




 クイースト王国でも魔獣群の死骸を片付け終わり、周囲の破壊された村の復興作業も進められているとの事で、この日は月華部隊も魔王戦のを観戦しにザウス王国に来ている。

 クイースト国王他聖騎士達は映像でこの戦いを見守るとしてザウス王国には来ていないが、他の国王達は魔王戦が終わり次第、自国へと帰還するとの事。


 クリムゾンの撮影隊が広大な戦地に五十人以上が待機し、千尋と蒼真の朱王との戦いから近い位置に待機する隊員の視界映像を、各国のミスリルモニターにメイン映像として送る。

 ただし全員の視界は全て保存され、今後魔王戦の記録映像として編集する予定だ。




 戦地に立つ千尋と蒼真、対面には朱王一人が立つ。


 朱王と契約する朱雀も参加してもよかったのだが、魔王となる以上は朱王自身の強さを見せつけるべきだとして待機してもらっている。


「まずはオレからいくよ。そろそろ限界」


 千尋は魔石に込めたイメージから怒りと殺意を高めており、戦闘前に見てきたとしてもそう長く抑えていられるものではない。


「ああ。死ぬなよ千尋」


「ふーん。千尋君も殺意を出力に変換できるのかな? 感情も力のうちだから大事だよね」


 千尋の場合は魔石から得た怒りと殺意を精霊であるエンとガクに渡して力に変えているのだが、今の言い方から考えれば朱王は意識的に感情を力に変換して戦っている可能性が高い。


 少し驚きつつ上級魔法陣アースとインプロージョンを発動し、怒りをベヒモスであるガクに、殺意をバハムートであるエンに、渡せる限りの全魔力に乗せて食わせる。

 2メートルを超える精霊となったガクがゴーレムを二体作り出し、二精霊はベヒモスゴーレムとバハムートゴーレムとして地上に立つ。

 さらに千尋の剣の鞘を覆うミスリル粉末がゴーレムを包み込む事で白金のゴーレムとなり、美しく輝くも凶悪な咆哮をあげて朱王を見据える。

 千尋は失った魔力を以前と同じように魔石から回復させ、黄色いオーラを放つと共に髪色と目の色が変化、ガクの強化にさらに自身の魔力を上乗せさせた最強モードとなって朱王に臨む。


 対する朱王は下級魔法陣グランドによる強化で装備の高質な部分が緑色の光を放ち、さらに下級魔法陣ファイアを発動して灼熱の刀を納めた抜刀の構え。

 東の国でのブルーノ、デオンとの戦いの後、ヴリトラゴーストへの最大出力での攻撃からさらに出力を上げた事で下級魔法陣のみで挑む。


 ガクが地面を踏み込むと同時に、朱王も大地を割り砕いて一瞬にして距離を詰め、ガクの腹部を斬り裂こうとした瞬間に千尋の右薙ぎの剣が向けられ、伏せるように躱すとガクの左の拳も頭上で振り抜かれる。

 朱王は踏み込んだ右足をそのまま軸に横回転して千尋の顔を目掛けた後ろ蹴り。

 千尋の顎に当たろうかというところでエンの質量魔導に引き寄せられ、振り上げられた踵が空振りするも、右足で跳躍してエンに急接近。

 前方に回転しながらエンの頭上から踵を振り下ろし、爪刃で切り裂こうとするもその放出する魔力の強大さから後方へと飛び退る。

 朱王の踵落としが地面へと打ち付けられると大地が割れ砕け、背後からの千尋の横薙ぎを鞘で後ろ向きに受け止める。

 前方に流されつつその剣の重さを利用して千尋に向き直った朱王は、大地を踏み込んで追従してきた千尋を神速の抜刀で迎え討つ。

 インヴィとエンヴィを交差させて受けるも、千尋の最大強化でさえも耐えきれない程の一撃だ。

 千尋が後方へと払い除けられ、朱雀丸を振り抜いた朱王に向かってガクが真上から拳を振り下ろし、刀の軌道に合わせて体を回転させる事で朱王はガクを足払い。

 前方に転がりながらも体勢を立て直して朱王に向かう。

 朱王がガクの足を払ったところにエンは近距離から深淵のブレスを放ち、朱雀丸内に溜め込んである魔力を放出して紅炎弾により相殺。

 威力よりも速度に特化する朱王の強化魔力が低下した今が攻勢に回るチャンスとばかりに、千尋は双剣による乱撃で斬り込む。

 威力で勝る千尋の斬撃によって防戦を強いられる朱王だが、実際はここからが朱王の強さが発揮される事を千尋も知っている。

 相手の行動からあらゆる状況を予測し、攻撃パターンから防御による操作、行動範囲を限定させた先にある確定させるのが朱王の強さを支える最大の能力だ。

 千尋はガクとエンの攻撃も織り交ぜながら朱王の予測から外れるよう攻撃する事で反撃の機会を与えないよう数え切れない程の複雑かつ強烈な斬撃を繰り出していく。




 千尋の猛攻が続くも、大地は踏み砕かれ続ける事で起伏の激しい荒地となり、朱王の紅炎弾よってドロドロに溶かされマグマ化した窪みがいくつもできている。

 そして朱王の灼熱によって熱せられた空気は上昇気流を生み出し、突風吹き荒れる戦場は分厚い雲に覆われて雷雲轟く魔界の如き世界へと変貌を遂げている。


 千尋が優位に戦えるとすれば地上戦なのだが、踏み砕かれた地面の把握が困難な事や、踏み込みが甘くなる事で朱王への攻撃が思うように振るえなくなってきた。

 千尋の攻撃に綻びが見えてきた事で朱王の操作は流れを生み出し、次第にガクの拳が、千尋の斬撃が限定されていく。

 ゴーレム化しても宙に浮くエンに影響はないが、千尋とガクの動きを崩される事でエンの攻撃もタイミングがずれ始める。


 ガクの拳を躱して千尋の双剣が直線上に重なる瞬間を狙った朱王は、灼熱で真紅に染まる朱雀丸を逆風に斬り上げる事で払い除け、左側に浮くエンの腹に後ろ回し蹴りを食らわせてふき飛ばす。

 そして拳を振り抜いた事で隙ができたガクの頭上から朱王の紅炎弾が叩き込まれ、ゴーレムの体を内部から溶かしていく。


 後方に払い飛ばされた千尋は体勢を立て直して朱王に向かうも、朱雀丸内から魔力を放出した朱王は鞘に込められた魔力のみで上級魔法陣インフェルノを発動。

 朱王を中心に数メートルの範囲で大地が蒸発し、さらには数十メートルに渡って踏み砕かれた大地が溶け出した。

 千尋の目の前に現れたのは紅蓮の悪魔。

 紅球が朱王を包み込み、千尋の強化をもってしても体が焼かれる程に膨大な熱量を放って宙に浮いている。


「ええ…… なにそれ。化け物っていうかもう太陽そのものじゃん……」


 千尋が愚痴を溢すと同時にエンが深淵のブレスを放つが、紅球の一部と相殺し合う事で掻き消されてしまう。


 《我のブレスが届かぬ》


『エンは近付いてはならんぞ。ゴーレム体が蒸発させられる。せめて千尋並みの強化は必要だ』


 ガクは紅炎弾を浴びた事でゴーレムの体が溶けた為、また新たなゴーレムを作り出して乗り換えている。

 多くの魔力を失う事になってしまったが、朱王の魔力によって溶かされたゴーレム体ではまともに動く事はできないのだ。

 そして千尋の強化であれば朱王に挑む事はできるだろうとガクは考える。

 全身を焼かれる覚悟は必要だが、それでも紅球内で耐えれるだけの強化能力はあるだろう。

 しかし紅球内に飛び込んだ後どうなるか。

 一合斬り結んだ直後に蒸発させられる可能性さえあるのだ。

 無策のまま飛び込むわけにはいかない。


「千尋君、これが今の私の全力だ。私は言ったよね。魔王になると。強くなる必要があると。全盛期のゼルバードに届くかはわからないけどさ、少なくとも挑めるだけの実力は身につけたつもりだよ」


「んー、朱王さんが魔王って言われたら納得しちゃうよね。もうオレ一人じゃ勝てなさそうだもん。でもさ、ファンタジーって魔王に挑むのはパーティーなんじゃない?」


「まあ…… そうだね。魔王対勇者パーティーかな。もしかしてアマテラスで挑むつもり?」


「うん! ダメ?」


「私はファンタジーのラスボス的な感じか…… ちょっと納得いかないけど、いいよ。全員で来なよ」


 朱王としては魔王戦という事でこの戦いに臨んだのだが、全世界という観客も大勢いる中でちょっとしたファンタジーを楽しむのもいいだろう。

 役者気分で千尋の誘いに乗る事にした。


「よーし! 蒼真! ちょっと予定と違うけどいい?」


『まあ仕方ないだろ。オレもたぶん近寄れない』


 蒼真達は撮影隊を通して会話が可能だ。

 撮影隊から蒼真や千尋のリルフォンに映像や音声が送られ、脳内視野で対面して会話をする。


「じゃあリゼ、ミリー、アイリ、エレクトラは準備して集合! 朱王さんを倒すよ!」


『本気? 私まだ死にたくないわよ……』


『えー! 朱王と戦うとか正気とは思えません!』


『でも私達の成長も見てもらいたいですね』


『お手柔らかにお願いしますわ』


 リゼとミリーは否定的な事を言いながらも準備を始め、アイリとエレクトラはどうやら朱王に挑んでみたいらしい。


『おい待て! エレクトラは行かなぐぉっ!? 放せゼス王!! 娘が死んでしまう!! このっ、放せ!!』


 ノーリス王がエレクトラを止めようとするもゼス王がそれを阻止しているようだ。


『お父様。見聞を広げよと私をこのパーティーに預けて頂けた事、とても嬉しかったですわ。ですから私の成長も見てくださいね』


 エレクトラはアマテラスの一員であり、ノーリス王国の王女ではなく今は一人の冒険者なのだ。

 そして勇者パーティーとしてこの戦いに臨めるのであれば、物語の登場人物のようで楽しみでもある。

 心配するノーリス王の気持ちとは裏腹に、エレクトラの心は大切な仲間と共に前に進める喜びで満ち溢れていた。

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