第290話 戦後

 眠りについたのが明け方だった為、起きたのも昼を過ぎて時計は十四時を指していた。

 千尋は魔力を回復してあった事でいつも通りの睡眠時間で足りたのだが、他の誰もが消耗している為まだ眠っている事だろう。

 いつもの朝と同じように身支度をして部屋を出る。


 千尋が宿泊しているのはロナウド邸だ。

 メンバーが六人と多い事から宿を借りるつもりだったのだが、他国から集まった冒険者達でどこの宿も満室となっており、溢れてしまった冒険者などはパーティー別々に民宿などで寝泊りしているそうだ。

 ロナウド邸では部屋も余っているので問題はないのだが、戦争前だった事から邸の主人であるロナウドやレオナルド、レミリアはほとんどおらず、エリザと一緒に毎晩食事をしていた。

 エリザもシスルも気にする必要はないと言うものの、やはりただで宿泊したうえ美味しい料理を食べさせてもらうのも居心地が悪く、もう戦争前だしという事で二人には飛行装備を作ってプレゼントしている。


 この日も昼に起きたとはいえ魔力制御訓練は欠かさず行い、コーヒーを飲んで本陣の様子を見に行く事にした。




 戦地ではまだ戦後処理作業が続いており、魔獣の死骸が多く散乱している為血生臭く、あと数日のうちに処理しないとゴースト溢れる大地となってしまう事だろ。

 しかし魔術師団には多くの団員と、他国からの援軍も多くいる為、目覚めたこの時間からは処理作業を交代する。

 ザウス王国の聖騎士団もこの後他国の聖騎士団と交代して眠りにつく事になる。

 三交代制として明日の昼までは休憩にする予定だ。


「ロナウドさん、寝なくて大丈夫?」


「む? おお、千尋か。儂はまだ大丈夫じゃ。それに部下が働いておるのに先に休む事もできんじゃろ」


「体は平気なの? 無理はしちゃダメだよ?」


 六時間以上しっかり寝てきた千尋としては、昨日の戦いで傷付いたロナウドが少し心配になる。

 回復術師によって体の傷は癒されているとはいえ、精神的には相当に消耗しているはずだ。


「リゼとレオナルドに比べたら擦り傷じゃしもう治っとる。それよりクイースト王国の方も今朝片付いたようじゃな。勇飛の奴に助けられたと言っておったわい」


「あー、途中でクイーストに行ったんだよね。すごい怪我してたって聞いたけど大丈夫だったのかな?」


 勇飛達月華部隊は多くの軍団長格と二人の魔貴族二人だけでなく、先代守護者の一人をも倒してクイースト王国に向かったとの事。

 血塗れの状態で運び込まれた勇飛は、深い傷を負ったカインの回復をミリーに任せて自己回復。

 魔力回復薬を浴びる程飲んでクイーストに向かったそうだ。

 飛行速度の速いエレナも勇飛と共にクイーストに向かい、カインも回復を終えると大量の食事をとってナスカと一緒に向かったとの事。


「彼奴もしばらく伸び悩んでおったがの。今では充分化け物じゃわい。化け物と言えば昨日の千尋の強さには驚いたのぉ。以前から強くはあったがもう人間という枠を超えておるのではないか?」


「んー、今考える最強があの状態だけどねー。たぶん朱王さんにはまだ届かないんじゃないかなー」


「朱王の強さを超えていると思ったんじゃがのぉ」


「どうかなー。わかんないけどとりあえず本気で挑んでみるつもりだよ」


「そうか。じゃあ儂は千尋を応援しよう。お前は儂の息子のようなもんじゃしな」


「しゃべり方は爺さんだけどねー」


「やかましいわ!」


 寝ていなくともまだ元気そうなロナウドに安心し、千尋は城下の市民街へと足を向ける。

 普段から貴族街よりも賑わいがあり、戦いが終わってお祝いムードになっていると考えれば少し楽しみだ。




 千尋が市民街を歩くと戦いを観た多くの人々から歓声があがり、あっという間に囲まれてしまった。

 戸惑う千尋だが、人類最強と謳われたヴィンセント、さらには市民達からは戦王と呼ばれているゼス王をも倒した老魔人ゼーンを相手に互角以上の戦いをし、終結を向かえさせたこの戦争最大の功労者なのだから囲まれてしまうのも当然だろう。

「千尋様!」との掛け声が響き渡り、中には興奮のあまり失神する女性の姿まで見受けられる。

 そしてやはり有名な冒険者ともなれば二つ名がどこからともなく付けられるようで、様々な呼び方をする者もいる。

「戦姫」「戦乙女」「金色の天使」「地神」「巨獣王」などなど呼び方はいろいろだが、女性を思わせる二つ名に千尋は納得がいかない。

 だがそれ以上に黄色い歓声が凄まじく、千尋もまるでアイドルにでもなったかのような扱いに少し恥ずかしい。

 愛想笑いをしながらその人々の中を通りながら先へと進むが……


 まともに前に進めずすぐに帰る事にした。

 そして体を触られる事数十回。

 何故か男なのに痴漢される事に泣きたくなる千尋だった。

 実際に触ったのは男女問わずどちらも多いのだが。




 西の国の魔人達は監視付きではあったが、主人なきダライオ邸に宿泊してもらう事としてあった。

 他国からの客人用にいつでも使えるように管理整備されており、モニタールームも設置してある。

 十五時には大王と側近二人は騎士と共に王宮へと向かい、また国王達との話し合いをする予定となっていた。


 まずは戦争を起こした西の国の者達に処罰は必要だろう。

 西の大王フェルディナンは自身の首一つで許しを乞うものの、ザウス王としては国のまとめ役であるフェルディナンに死んでもらっても困るというもの。

 西の国の領地は人間領と他の国の領地を隔てている為、北の断崖から南に200キロの領地を没収。

 人間領五国とクリムゾンとで分配する事とした。

 魔人領最大の国であり、最も魔人の数が多いとはいえ五万人を少し上回る程度の魔人しか住んでおらず、領地が十分の一程度取り上げられたところでそれ程困りはしない。

 むしろもっと大きな処罰は必要だろうと言うが、労力で支払ってもらう事、技術提供の優先順位を最後にする事でこれを罰とする。

 敗戦国である西の国としては発展する事に違いはなく、処罰でもなんでもないように思えるが、元々労働をする習慣のない魔人が他国の為に働くのは相当に苦痛が伴うだろうと予想する。


 クイースト王国はリルフォンを通じてこの会議に参加しているが、被害もそれ程出ていない事から人間領からの要求はそう多くはない。

 人間領では怪我人は多く出たものの、死者は奇跡的にも一人もおらず、正確にはわからないが魔人には数千人の死者が出たものと予想する。

 それもそのはず、魔人軍と戦っている途中から魔獣群が押し寄せているのだ。

 動けなくなった怪我人は踏み潰され、人間達の手ではなく魔獣群による死者の方が圧倒的に多いだろう。


 そして上位者にはさらに罰が与えられ、この楽しいはずの人間領観光も一週間後の魔王決定戦まで一切なし。

 食事も全てダライオ邸内でとる事とし、会議などの必要がある場合にのみ外出を許されている。

 しかし監視があるとはいえいつでも逃げられる状態であり、監禁や軟禁をしているわけでもない。

 予定がない場合にはダライオ邸内で待機とし、軽食と飲み物は自由、魔石のある分だけ映画は見放題となっている。


 ダライオ邸に残されたゼーン他魔貴族達は邸内を歩き回り、この広い敷地と整えられた庭を充分に楽しみ、使用人の運ぶコーヒーやお茶を飲んではのんびりとくつろぐ。


「これが罰!? 好待遇ではないか!!」


「最高ですね、人間領は! 私はここに住みます!」


 驚くケレンと人間領を気に入ったティア。

 ゼーンもまさかこれ程の待遇を受けられるとは夢にも思わなかったのだろう。

 言葉も出ずにただ景色を見渡している。


 そして以前は舞台となっていたモニタールームに足を運び、そこに映像が流されるとあっという間にその物語に惹き込まれ、使用人から渡された飲み物と軽食を口にしながら時間が経つのを忘れてモニターを観続けていた。


 気が付けば誰もが目からは涙が溢れ出し、エンディングに立ち上がって拍手を贈る。

 感動と喜びに打ち震える魔人達だった。


 夕食の際には様々な料理が振る舞われ、これまで無言での食事とは一変して楽しい会話のある食事となった。

 主に内容は先に観た映画の話だ。

 笑顔溢れる食事風景は誰の心をも満たす結果となっただろう。

 この映画を観ていない大王と側近二人は気になって仕方がないが、食事の後に別の映画を観て誰もが笑顔で語りたくなる気持ちを理解した。

 全員が眠った後に、三人は眠い目を擦りながら最初の映画を楽しんだ。




 夕方になってようやく目を覚ました魔貴族軍は、朱王の指示の元、クリムゾン隊員を一人ずつお供として同行させてザウス王国を散策する事となった。

 まだ魔獣群討伐分の報酬は受け取っていないものの、朱王からの救援依頼の報酬という形でお小遣いとしてある。

 ザウス王国で一年は普通に生活できるだけの金額を支払っているが、魔貴族達はお金の計算は全くわからない。

 各隊員には魔貴族教育も頼み、二週間程の滞在期間を満喫してもらえばいいだろう。


 クリシュティナは人間領を楽しみにしていた為、誰よりも先に邸を飛び出そうとしていたが、大王であるクリシュティナをそう易々と出歩かせるわけにもいかない。

 それに国王達との会議にも参加してもらわなければならず、勝手に出歩かれては全ての国に迷惑を掛けてしまう事になる。


 この日の夜、クリシュティナにはサフラとハクアの二人をつけてザウス王国を楽しんでもらう事とした。

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