第289話 勝利宣言

 線路を引いて列車を走らせる。

 誰もがこれ程大きな事業が動き出すとは思っていなかったが、これが朱王から提案されたとすれば協力を惜しむ国王達ではない。

 研究者達だけでなく、様々な技術者を導入してでも成功させる必要がある。

 資源の運搬だけでなく多くの人々の移動も可能となれば、アースガルド全て者の世界が広がる事になる。

 小さな仕事をして細々と生活していた人々も世界へと飛び出して大きな仕事に従事する。

 誰もが豊かになり笑顔溢れる世界が広がっていく。


 朱王一人の夢見た世界が千尋達に伝わり、各国の王達に伝わり、魔人領の上位者達にも伝わった。

 そして今度は全ての人々にこの夢の世界を広げる段階まで進んだのだ。


 会議では誰もが意見を出し合い、アースガルドの全てが動き出す事業計画を煮詰めていく。


 会議が盛り上がりながらもアルフレッドの料理は次々と運び込まれ、その美味しそうな料理を頬張りながらまた意見を述べる。

 一つの意見に複数の言葉を重ねる事で厚みが増し、事業の一部分として組み込まれていく。

 発言する事で新しく何かが生まれるこの会議は世界を動かす大きな力となるのだ。




 王達の会議は二時間が経過しようと尽きる事はない。


『人間領連合軍は撤退せよ。我らの勝利は確定した』


 連合軍に指示を出したロナウド。

 魔貴族軍もほとんどが戻ってきており、魔獣群も残るところ数体となっているようだ。

 そして千尋の精霊ガクとエンがいつもの姿となって戻って来ており、魔剣を千尋の鞘に納める。

 千尋が鞘に魔力を込めると、ゴーレムに使用したミスリル粉末が砂塵のように舞いながら鞘の表面へと戻る。


「ガクとエンは負けたの? 全部倒して戻って来ると思ったのに」


 《魔力が尽きた》


『強い者がいたのだ。我も魔力が尽きてしまった』


 ゴーレム化したガクとエンが魔力切れを起こす程の相手ともなれば、相当な強さを持つと考えられる。

 今も残る魔獣がこの二精霊で倒せなかったとなれば千尋が出るべきかもしれない。


「それはどこにいるの? オレが行くよ」


 千尋が前に出て前線を見下ろす。

 遠くにいくつか戦闘している姿が見えるが、魔獣群もほぼ倒れており連合軍も撤退を始めている。

 どこだろうと目を凝らす千尋だが、ガクとエンは本陣の後方を指差している。


「ブルーノ様、デオン様、大丈夫ですか!? お二人が苦戦する程の魔獣など…… まさかデーモン以上の存在が!?」


 右翼と左翼の二人にルディが駆け寄る。


「いや、魔獣を相手に暴れ回るおかしな魔獣がいると思って挑んだのだがな。まさか精霊とは思わなかった」


「危うく殺されかけたぞ……」


 どうやらゴーレム化したガクとエンを魔獣と勘違いして戦いを挑んだようだ。

 あまりの強さに連合軍を下がらせ、敢えて二人はこの二精霊に挑んだのだが、まさか味方とは思いもよらなかった。


「あの二人と戦ったの?」


『うむ。異様に固かった』


 《我のブレスも相殺しおったぞ》


 ブルーノとデオンの装備はデーモン素材でできており、二人の強大な魔力からその防御性能は格段に引き上げられている。

 しかしガクとエンの強さも二人の予想を大きく上回っており、全身の至るところに傷を負い血を流している。

 ミリーは朱王から紹介されたルディが話しかけた事からブルーノとデオンの回復を始め、目に見えて傷が癒えていく回復魔法に二人も驚いていた。


 そしてエルフの五名も要塞から本陣へとやって来て、女王であるクラウディアは王達の会議に参加して今後の人間領と魔人領との関係がどうあるのかを聞く。

 ヴァイス=エマは建国したとはいえ、その特殊な立地からノーリス王国を通して他の国との繋がりを持つ必要があり、ある程度話がまとまってからの参加でいいだろうと、これまで魔獣群討伐に協力していた。

 しかし実際のところ、クラウディア自身が資金稼ぎをしたかったのも大きな理由だったりもする。

 環境の良さから野菜や魔獣などの食材で資金を稼ぐ事はできているが、国の発展にはもっと大きな資金が必要だろうと考えた為だ。




 戻って来た魔貴族連合軍も席に着いて食事を始め、これまで食べていたレイヒムの料理とはまた違った色彩豊かな料理に舌鼓を打つ。

 本陣のすぐそばに設置されたモニターにも驚いているが、なによりも建造物の精巧さに目を奪われ、料理を楽しみながらこの本陣を見回しては自分の座る椅子やテーブルなどの作りも確認していた。

 装飾の施された椅子やテーブルも美しいの一言に限るだろう。


 王達の話し合いもさらに盛り上がっており、最初から聞いていない魔貴族達も理解が追いつかず、皿が空くとこの戦争の最後を見届けるロナウドに近寄って挨拶を交わす。

 複数のモニターから魔獣の討ち漏らしがないかと確認するジェイラスも、援軍として来てくれた魔貴族連合軍に挨拶と感謝の言葉を伝える。

 そして人間領最強の老人であろうニコラスも、朱王が会議を始めた事で戦況を見守っていた。

 普段は話し好きの優しい老執事も、戦争とあればその雰囲気は別人のように鋭く勇ましい。

 魔貴族から見ても確実に自分達よりも強いと思えるこの二人は、残りわずかとなった魔獣相手にもまだ真剣な表情を崩してはいない。

 人間領の本物の戦士に魔貴族軍も息を飲む。




 魔獣群の掃討も終わり、戦地では地属性部隊が魔獣の死体を魔石に還しながら整地作業を進めている。

 ロナウド達もこれで戦争が終わったと、ようやく笑顔を見せて料理を頼む。


「線路を王国のどこま……」


「失礼致します国王様。戦争が終結しましたので全世界に報告を」


 今後の話も確かに大事な事ではあるのだが、戦争が終結したのであればその報告を最優先とするべきだろう。

 マイクを渡して宣言を促す。

 誰もが戦いを見守ってはいるが、国王が宣言してようやく戦争は終結となる。


『各国全ての者達に告ぐ! 戦争は終結、我々は勝利した! 皆も知っての通り、魔人領北の国、東の国もこの戦いに参加し、我々人間領に協力してくれた! 私はこの魔人達を友とし、魔人と人間とが共存していく事を宣言する!』


 王国領内から大きな歓声があがる。

 勝利した事だけでなく、魔人と共存するという事にも理解があると捉えていいだろう。


『各国の国王達も私と同じ意見であり、これまで以上に国の往来を増やし、国同士の繋がりを強く持とうと話し合っているところだ! その第一歩として! 皆も知っておろう…… 各国を線路で繋ぎ、列車を走らせたいと思う!!』


 さらに大きな歓声があがり、他国でも大いに盛り上がっているのではないだろうか。


『魔人領とも融和を結んだ!!』


「おお!!」という掛け声が夜空に響く。


『全世界を線路で繋ぐぞ!!』


 返事をするかのように歓声が返ってくる。


『世界を旅しよう!!』


 本陣まで聞こえる拍手喝采盛大な歓声があがり、これに応えるかのようにスタンリーは準備していた一発の花火を夜空に打ち上げる。

 打ち上げ筒はない為風魔法で打ち上げたが問題はないはずだ。


 大きな花火が夜空に咲き、ドーンと響く破裂音が見る者の心を震わせる。


 調整の成果もあってかなり真円に近い花火となり、打ち上げたスタンリーも、作った北の魔人達も満足そうだ。


「いいねぇ北の国の花火は。スタンリーさんありがとう!」


「朱王さんのおかげで上げ損ねた花火だけどな!」


 本当は南に勝利したのを祝う為に用意した花火だが、朱王が火山を作り出すという巨大な花火…… を地面に咲かせた事で打ち上げ花火はやめたのだ。

 ちなみに今回北の国からは守護者はスタンリーだけが来ており、他の守護者は今後忙しくなるだろうと国に戻っている。


「素晴らしい。良い物を見せてもらった」


「これは北の国の技術か……」


 花火は人間領にもない技術だ。

 魔法で炎を打ち上げる事はあるが、これ程までに巨大な火の花は見た事がないだろう。


「ところでクリシュティナ大王よ」


 ゼーンがクリシュティナに話し掛ける。


「人間領と我ら魔人領とが共存していくとした場合に、魔王の座はどうするつもりなのだ? すでに我ら西は人間領に敗北し、南の国のマクシミリアンはディミトリアスに討たれておる。そして東と北は和平を結んだのであろう?」


「ああ、それなら問題はない。私とディミトリアス大王はすでに魔王と認める者がいるからな。なぁ朱王殿…… いや、【魔王】緋咲朱王様」


「ん? 私が魔王でもいいんですか?」


「ディミトリアス大王も西の大王に伝えてほしいとの事でな。この機会に伝えたまでだ」


 まさかここで魔王に任命されるとは思っていなかった朱王はやや呆けている。


「朱王が魔王なら納得だな」


 ゼス王の言葉に他の国王達も頷き、南のマリクとアレンも強く頷いている。


「んん、でもこの戦いが終わったら魔王戦でもやろうかなって思ってたんだけどね。クリシュティナ大王、私と戦いませんか?」


「勘弁してくれ。私はまだ死にたくはない」


 心底嫌そうな顔をするクリシュティナ大王を意外に思う西の大王。

 間違いなくクリシュティナを相手にすればフェルディナンでも勝てるかわからない。

 そのクリシュティナが戦いもせずに負けを認める朱王とはどれ程のものか気になるというもの。

 同じくゼーンも魔王の最後の友と名乗るこの朱王に興味がある。

 どれ程の実力を持ち、次代の魔王に相応しいかどうか確かめてみたい。


「はいはーい! オレ朱王さんと戦いたい!」


「魔王になるつもりはないがオレも戦いたい」


 モニター越しに聞いていた千尋と蒼真が名乗りをあげる。


「いいね、魔王戦やろう。西の大王もゼーンさんも参加しませんか? スタンリーさんは?」


「あ、オレはやめとく。たぶん死ぬだろ」


「千尋殿が挑むのであれば私は辞退しよう。序列を決める戦いには参加させてもらいたい」


「私も蒼真殿が挑むのであれば勝てぬ」


「そっか。ブルーノさんとデ……」


「「断る!」」


「そっか。人間だけで魔王戦ってちょっと変な感じだけどまあいいか。そうだな…… 来週この戦場で魔王戦をしよう」


 朱王と千尋と蒼真。

 落ち人三人の魔王を決める最後の戦いを約束し、この日はザウス王国の騎士達が戦場の処理に残り、他の者達は部屋を割り当てられて眠りについた。

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