第288話 世界

 本陣に大きなテーブルがいくつも運び込まれ、食事の準備が整えられていく。

 アルフレッドが手伝いに声を掛けたのがクリムゾン隊員達だった事から、朱王に全員が挨拶して握手をしながらまた作業に戻っていく。

 朱王は少しアイドル気分を味わいつつ、現状を把握しようと脳内データを確認していく。


 端に寄せられたラウンジチェアには、怪我の多いゼーンと少し疲れた千尋が寝転がって回復術師の魔法を受けている。


 ザウス王はロナウド達と一緒に魔獣群の戦いを見守り、ケレンとティアは戦いに敗れて回収された魔人達の元へと向かって上位者を迎えに行った。




 残るは魔獣群のみという事で王宮からノーリス国王も本陣へとやって来て、エレクトラに説教を始めた。

 敵である魔人と仲良くなって戻って来た娘に頭が痛くなる思いだろう。




 蒼真とアイリに続いて、戦いに敗れた人間領の主力の者達も本陣にやって来る。


 要塞に運び込まれる人がいなくなった事からミリーも本陣に戻って来て、朱王を見つけて抱きついていた。

 そして自分のいないところで怪我をする事もあっただろうと、復元魔法を掛けながらしばらくくっ付くミリーだった。


 大きな傷を負っていたリゼも、最後の一撃が魔力を放出する前に払い除けられてしまった為、少しだけ魔力が残っていたようだ。

 心配して駆け寄った千尋に、リゼはこの期を逃すまいと抱き付いて頬を擦り付ける。


 ヴィンセントも傷を癒され、ノーリス国王に軽いノリで近付くと、怒った弟は腹に怒りの一撃を見舞っていた。

 千尋との戦いに負けを認めたとはいえ、最後まで倒れる事のなかったゼーンと最初に戦ったヴィンセントは運がなかったのか、それとも最も警戒した相手を選んだ為か。


 老魔人ラシャドとの戦いに敗れたレオナルドもレミリアと共に戻って来たのを見て、ロナウドは静かに頷きながら息子の無事に安心する。

 ロナウドの頷きはもっと訓練を厳しくするぞという思いが込めてある。


 ゼス王は負けた事にも関わらず、またゼーンに相手をしてほしいと再戦の交渉をしている。

 戦闘狂に勝ち負けは関係ないのかもしれない。


 ウェストラル王はダンテを捕まえて何かを話し込んでいる。

 今この戦争時にする話ではないのだが、緋咲衣料店の他国への進出の話を相談しているようだ。

 ただウェストラル王がそれだけでダンテに近付いたはずはなく、クリムゾンのこの最も優秀な男と繋がりをもちたかったのかもしれない。


 ニコラスは朱王に挨拶をするとミリーの範囲の回復魔法が包み込む。

 相当に無理をしたこの男は要塞で回復を受ける事なく上空から戦況を見守っていた。

 千尋の強さから負ける事はないと判断しつつも、戦場では何が起こるとも限らないと、警戒を怠る事はなかったのだ。


 他の者達は魔力の欠乏により要塞で眠っているが、傷は癒されているので問題はないはずだ。


 西の大王フェルディナンと側近二人も本陣に到着し、ゼーンと少し話をして頭を下げていた。

 自身が魔王となる為、現役の戦士を退いていたゼーンを戦いに連れ出した為だろうか。

 しかし頭を下げるフェルディナンに笑顔を向けている事から、魔人として強者である千尋と出会えた事、戦えた事が嬉しかったのかもしれない。




 しばらくするとケレンとティアが魔貴族数名を連れて戻って来る。

 表面上は治っているものの深い傷を負った者が多く、複数の回復術師を呼んで傷を癒してもらう。


 他にも回収隊が運んだ場所には傷を負った多くの魔人がいる為、人間領の回復術師を派遣するべきだが、下位の魔人達は人間に攻撃してくる可能性がある。

 この後の話し合いで調整する事にしよう。




 このあと魔獣群討伐が終われば魔貴族連合軍も参加する事となり、相当な人数となってしまう為、先に代表席を用意して重要な内容はそこで話し合う事とする。

 聖騎士長や千尋達は隣のテーブルで食事をする事になるが、無駄に多く用意したモニターを並べ直して国王や大王の話を聞く事になる。


 代表席では戦いの中心となったザウス国王、ヴィンセントとの繋がりから交友の深くなったノーリス国王、ウェストラル国王、ゼス国王と並び、ザウス国王の右手に朱王と東のクリシュティナ大王、ゼス国王の左手には南の国の守護者マリクと軍団長アレンが席に着く。

 そしてザウス国王の対面側からフェルディナン大王と側近のフィオナ、守護者ケレンと守護者ゼーンの並びで席に着く。


 各々席に着いて会食を始め、一人ずつ挨拶をしてから会議は始まった。

 朱王の会議は食事をしながらなのはいつもの事で、人間領の国王達は違和感なくアルフレッドの料理を楽しんでいる。

 ゼス王が食事をするよう促すと、ゼーンは前菜の魚介のマリネを口に運び、その食感と濃縮された旨味に顔を綻ばせる。

 ゼーンが食べ始めた事で西の魔人達は食事を始め、マリクとアレンは朱王が気付いて頷くまで手を付ける事はなかった。


 朱王の話が中心となるであろうこの会議は、最初に朱王の望む理想の世界を語り、これが先代魔王の意思に沿うものだとして、今後全ての国で手を取り合おうと融和を求めた。


 そして各国それぞれの想いもあるだろうと意見を出し合い、北と東の連合軍に敗れた南の国代表のマリクは、手汗を握りながら自国の為にと様々な意見を主張し、西の国の四名は敗北した今、人間領の意思に沿うとして全て飲み込むつもりのようだ。

 しかしこれにザウス王は立ち上がって文句を言う。


「我らは人間領四国で西の国を迎え討ったんだ。西の国も南と同様に主張はすべきだ。そうだろう?」


 他の国王にも問うと誰もが頷いてみせる。


「ザウスは戦ってないがな」


「それは言わないでくれ」


 ノーリス王にツッコまれるザウス王だが、笑っている事からこの二人は仲良がいいのだろう。


「そう言ってくれるのはありがたいが……」


 フェルディナンは魔人であり強者に従うのが当然の種族だ。


「では少し話題を変えましょう。なぜ魔人との戦いよりも先に人間領との戦いを望んだんですか?」


 朱王が一度話を変える事にした。

 主催が朱王である為話題を変えても問題はないだろう。


「実のところ我々西の国では人間の力を欲していたのだ。戦力というよりも技術的な部分や回復魔法という面でな」


「それは戦争が有利になるからですか?」


「確かに戦争も有利になるとは思うがな。他に必要とする理由があったのだ」


 人間の技術が欲しいと言うのであれば理解はできる。

 しかし超速回復が可能な魔人が回復術師を求める理由がわからない。

 少し期待が膨らむ朱王はさらに問いかける。


「何の為に必要なんですか?」


「…… 朱王殿。私がこの場で意見を主張すれば相応の協力関係を築いてくれるのか? それが危険な内容であったとしても協力してくれるのか?」


「まあ内容にもよりますけどね。人間にも利益があるなら協力は惜しみませんよ」


 朱王は過去の記憶からある程度予測を立てながらフェルディナンに答える。


「間違いなく利益はあるはずだ。我々は魔力の回復しない地を見つけたのだが、強い魔獣も多く我ら戦う為だけの魔人では先に進めなくてな。拠点を築いて傷を回復魔法で癒したいと思ったのだ」


「もしかしてそれは異質な岩壁にありませんか?」


「その通りだ。遠くから見れば山なのだが近付けば不可思議な岩の壁。その一部に洞穴を発見したのだ」


 おそらくは北の岩壁と同じようなものが西の国のどこかにもあるのだろう。

 魔力の回復しない地があると言う事からアースガルドとは異なる世界が広がるという事かもしれない。


「是非とも協力させて下さい…… あ、私が決める事でもないね。アマテラスのメンバーはどうかな?」


「「行く!!」」


 モニターで朱王達の会議を聞いている千尋と蒼真が勢いよく手を挙げる。

 回復術師にミリーもいるし問題ない。


「まずは先遣隊にアマテラスとクリムゾンから数名協力に出しますよ。それと北の国にも似た様な場所がありますからそちらも調べましょう」


「なんと!? 北にもあるのか!?」


「私の考えだと、人間領と魔人領を合わせてもこの世界は狭すぎるんですよ。おそらくはこのアースガルドの四倍程度の知らない世界が広がっているはずです」


 誰もが目を見開いて驚いている。

 まだ知らない世界があるという事は他にも人間や魔人が住んでいる可能性もあるという事だ。

 驚かないはずがないだろう。

 千尋は「すごー!」と叫んでいる横で、蒼真はなるほどとばかりにコクコクと頷いている。


「それは驚くべき事だな…… それこそ全ての国が協力せねばこの世界の全貌が解明できぬ」


 朱王はフェルディナンのこの言葉に嬉しくなり、アースガルド解明に興味のある者を集めようと決意する。

 しかし今この場で話し込む内容ではない為、ここで一旦話を終える。




 人間からの協力が得られると確認できた事で、西の国の四人からも様々な意見が出された。

 技術的な協力も惜しまず魔人領の各国の発展を進める事も話し合いながら、技術を提供する人間達に魔人達は労働力として協力する事を約束する。

 しばらくは資源の産出を資金源とし、いずれは独自の商品開発などを進めて交易を進めていけばいいだろう。

 人間領からの技術提供者が多く輩出される事になってしまうが、高価な資源が安価で手に入る様になれば生活も豊かになるはずだ。

 そして南の国にも海が広がっているという事で、海産物の輸出をするのもいいだろう。

 交易路の整備が急務となりそうだが、力の強い魔人が働いてくれるとすればそう大変な事でもないはずだ。

 冷気の魔石があれば生の魚も内陸で食べる事もできるようになるし、先に交易路の整備、そして移動手段の確保が優先される。

 移動手段としては車を用意するか、それとも……


「海が繋がっていればもっと楽なんだけどね。陸路になるから線路でも引いて列車を走らせようか」


 実際は海が繋がっていたとしても水棲魔獣の危険性がある為船での移動は実質のところ不可能かもしれない。


「列車!? あの繋がった長ーーーい箱か!?」


「線路を引くのか!?」


 クリシュティナとウェストラル王が立ち上がり、ゼス王とザウス王も嬉しそうな表情だ。


「魔石で動く魔力列車にしますけどエンジン開発に少し時間が掛かりますね。車両は技術者や研究者を集めて造らせましょう。それと線路を引くのは人間と魔人合同でやってもらいます」


 この列車について何も知らない西と南の国の魔人にはモニターで列車の動画を見せて知ってもらう。

 魔人六人は人が多く乗り込む列車を見て驚愕の表情だ。


 飛行機を作るのもいいかもしれないが、飛行装備があるこの世界ではまだ必要ないだろう。

 今後レンタル飛行装備とレンタルリルフォンで一般市民に貸し出すのもいいかもしれない。

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