第287話 帰って来た

 午前二時を過ぎた頃。


 ゼーンを相手に双剣を振るう千尋は、ガクとエンを魔獣群の討伐に回して一対一での戦いに挑む。

 ガクの拳をも超える千尋の拳打だが、精霊剣を持つゼーンに双剣を振るって互角の戦いを繰り広げ、出力ではまだゼーンが勝るものの、高速で振るわれる千尋の双剣はゼーンの体をとらえ、多くの傷を負わせている事からやや優勢と言っていいだろう。

 しかしゼーンの一撃の重さが千尋の強化を上回る事で腕が軋み、体の芯に衝撃が響く。

 互いに回復能力を有する為そのダメージは次第に治っていくものの、距離をとり時間を与えれば魔力を回復できる千尋が圧倒的に有利と言える。


 そのうえ千尋は左右の剣を薙ぎ払われようと、ガラ空きとなった腹部に容赦なく蹴り技を打ち込んでくる。

 ゴーレム化したガクの蹴りを上回る一撃は、ゼーンの防御を貫いて内臓にも大きなダメージを残す。

 しかしそこで蹲ろうものなら勝負は一瞬にして決まる為、呼吸もままならないような状態でも精霊剣を振るう必要がある。

 血を吐き、大量の汗を噴き出しながらも、千尋の止む事のない双剣の嵐に白焔の刃で必死に食らいつく。




 そこへ超高速で接近する強大な魔力が五つ。

 その背後からも十を超える大きな魔力が近付いて来る。


 その高速接近する強大な魔力が千尋達の前で急停止し、千尋を見て笑顔を向ける。


「やあ千尋君。今帰ったよ」


「朱王さん! お帰り!」


 漆黒の悪魔のような姿をした朱王が帰って来た。

「デザートーーー!!」と叫びながら本陣へと向かうのは朱雀だろう。

 戦争に興味はなさそうだ。


「おう千尋! ここが人間領か?」


「ついに来たのだな!? よし、王国に行こう!」


「クリシュティナ様落ち着いてください」


 スタンリー、クリシュティナ、ルディ、風の魔人三人も朱王に追従して連合軍よりも先に到着した。


「スタンリーじゃん。何しに来たのー?」


「ああん? 増援に来たんだろうが! っつかなんだお前のその魔力…… 朱王さん並みに痛え」


 千尋の放つプレッシャーは朱王のそれと変わらない程に凄まじい。


「オレの超◯イ◯人2だよ。眉毛無くなるのは嫌だから2までね」


「はぁ、意味わかんねぇ」


 スタンリーは何言ってるんだこいつみたいな表情をするが朱王はコクコクと頷いている。


「其方は東のクリシュティナ大王だな。久しく見る顔だ」


「久しぶりだな、西の先代大王よ。私の夫が貴殿に挑んだ時以来か」


 東の先代大王は今は亡きクリシュティナの夫であった男だ。

 かつて魔王ゼルバードに挑んだゼーンは敗北し、その後も再戦を挑もうとひたすらに訓練を続けていた。

 しかしある日、魔王の座を諦めるどころか大王を引退すると言い出した事から、東の先代大王は単身ゼーンに挑んで敗北を喫している。


「ふーん。クリシュティナ大王は知ってるんですね」


「ああ。彼の名はゼーン=クリムゾン。先代魔王の実子と噂される男だ」


 朱王もさすがに驚き、ゼーンの顔を見つめると、精霊化によりわかりづらくはあるものの、どことなくゼルバードの面影を思わせる。


「ゼーンさん。それは本当ですか?」


「今更隠す事もないか。父ゼルバードが魔王となる前に産まれたのが私だ。母は私を一人の西の魔人として育ててくれたのだがな。死に際に父が魔王ゼルバードである事を知らされたのだ」


 ゼルバードにもゼルバードの生き方が、ゼーンにも同じように考えがあって別々の生き方を選んだのだろう。

 そこに朱王が口出しするつもりはない。


「ちなみに魔王ゼルバード様に唯一戦いを挑み、大王の座を退いた魔人領四国、前世代の最強の男でもある」


「んん…… なぜ魔王に挑んだんですか?」


「単純な理由だ。母と私を捨てた憎むべき男を、しかし魔王となり魔人同士の争いを収めた偉大な男を…… 私は超えてみたいと思ったのだ」


 魔人は人間よりも遥かに長い年月を生き続ける存在であり、朱王にも考え得ない事まで考えた末に戦いを挑む事を選んだのだろう。

 そして敗北を期に大王の座を退いたという事か。


「そうか、なるほどね。ゼルバードには長年連れ添った恋人がいたとは聞いていたんだけど、子供がいたのは知らなかったみたい。できれば名乗ってほしかったけど…… それも今更か」


「うむ、今更だ。ところですおう殿でよいか? 姿は人間のように思えるが貴殿のその魔力は……」


「自己紹介がまだでしたね。人間の組織【クリムゾン】の総帥をしている緋咲朱王と申します。魔王ゼルバード=クリムゾンの最後の友であり、彼に魔力を目覚めさせてもらった落ち人です」


 ゼーンも魔王の友と名乗る朱王に驚きの表情を見せる。

 人間に危害を加える事、殺害する事を禁じた魔王が、最後に友としたのが人間であった事に驚き、同時に嬉しさを覚えた。


「朱王殿は魔王様を弔いに魔王領へと来たのだがな。結果として我ら東の国を救い、北の国との和平を結び、南の国を討って今ここにいる。魔王様の仇であるマクシミリアン大王は北のディミトリアス大王が討ったのだが、実質全てをまとめ上げたのはこの朱王殿だ」


「そうか、マクシミリアンは討たれたか……」


 一瞬精霊剣を握り締めたゼーンは精霊化を解き、穏やかな表情で千尋を見る。


「私はゼーン=クリムゾン。人間の強者よ、其方の名を教えてはくれぬか」


「冒険者【アマテラス】の姫野千尋だよ!」


「千尋殿。私は引退した身とはいえ素晴らしい戦士と戦えた事を誇りに思う。現大王であるフェルディナンも倒れ、残る西の上位者も私一人。そして私も其方には勝てそうにない。西の国の負けだ」


 ゼーンが西の国の敗北を宣言すると、人間領の連合軍から、ザウス王国領地内から夜空に響く盛大な歓声があがる。

 まだ魔獣群は押し寄せているものの、少し離れた位置にいる回収隊員から全てモニターに映し出されているのだ。

 戦いの全貌を生中継されており、千尋とゼーンの戦いも、蒼真とフェルディナンとの戦いも王国全土に配信されていた。

 医療現場や魔獣群と戦う連合軍の勇姿も眠る事なく見守っていたのだろう。

 夜空に響く歓声と、大音量で鳴り響き出した音楽から、勝利を祝うお祭り騒ぎでも始めたのではないだろか。




 破れんばかりの大歓声の中、集まり出した魔獣群と戦う人間領連合軍。

 その上空に朱王達を追って来た北と東の魔貴族連合軍が到着した。

 南からも最初に朱王と接点をもった軍団長アレンと、守護者も一人、人間領を知る為に同行している。

 カミン達悪魔部隊は、北と東の連合軍から五人ずつを連れて南の国に派遣。

 今後連絡を取り合いながら南の発展や国の安定化を進めていく予定だ。

 北の国にはディミトリアス大王他二十人が戻っており、大量の魔石を運んで人間領との取り引きの準備を進めるそうだ。

 竜人エリオッツも北の国に戻るらしく、戦争よりも作りかけの花火を完成させる事が先決だとの事。

 北の国で楽しそうに暮していた竜王だが、そろそろヴァイス=エマに戻らなくてもいいのだろうか。


「朱王殿。我ら北と東は増援に来たのだ。指示を頼む」


「そうだね。じゃあこれから倒す魔獣をカウントするから倒した分の魔石はザウス王に請求しよう。うちの隊員をそれぞれ付けるから、その魔石をお金に換えて一緒に買い物するといいよ」


 わっと盛り上がる魔貴族達は人間領をこの機会に楽しんでいきたいのだろう。

 誰よりもやる気を出しているのがクリシュティナ大王だったりもするが、連合軍の代表が行かれても困るというもの。


「クリシュティナ大王は行かなくていいです」


「なぜ!?」


「話があるので。じゃあ始め」


 一斉に降下を始めた魔人連合軍はやる気も充分であり、放っておいても殲滅してくれるだろう。


「朱王様。私とアレンはどうすれば……」


「マリクさんとアレンは私の客人だ。大王亡き今重要な役割だからね。一緒に来てもらうよ」


 マリクはブルーノと戦った南の守護者であり、今後の国の為ならばと自分から同行を買って出ている。


「話はまとまった? じゃあ爺ちゃんも本陣に行こうよ。美味しい料理用意してもらって一緒に食べよー」


「敗者は勝者に従わねばな。同行させてもらおう」


 千尋を先頭にゼーンが続き、朱王とクリシュティナ、マリクとアレンが本陣へと向かって空を舞う。




 本陣にたどり着くとケレンとティナがくつろいでおり、敗戦国の魔人とは思えない程に人間に馴染んでいる。

 ザウス国王やエレクトラ、料理人のアルフレッドや回復術師と楽しそうに話し込んでいたようだ。

 ジェイラスはロナウドと共に、今も戦う連合軍と援軍の魔獣群討伐状況を見守っている。

 朱雀もアイスクリームを食べながらロナウドの膝の上で観戦中。


「おお、千尋よ! よく戦ってくれた! 其方のおかげでこの戦に勝利する事ができた!」


 千尋に駆け寄るザウス国王。


「みんな頑張ったから勝てたんだよー。死人は出てないみたいだけど怪我した人はいるしね。みんなに感謝しなきゃ」


「うむ。この戦争は前線で戦った者達だけでなく、後ろから支えてくれた全ての者達を含めての勝利だ。苦しい戦いではあったが無事勝利する事ができてよかった」


 実のところヴィンセントがゼーンに敗北した事で、戦況はもっと厳しくなるだろうと予想していたザウス王。

 自身もゼーンと戦う事を覚悟していたのだが、千尋の常軌を逸した強さに助けられた思いは強い。


「ところでザウス王は着替えでもされたんですか? 随分と装備が綺麗ですね」


 朱王が不思議そうにザウス王の全身を見回す。


「い、嫌味を言うのはやめてくれ…… 私も戦おうと思ったがタイミングを失って…… その、な?」


「ふーん。千尋君は魔貴族軍をどれくらい倒したの?」


「数えてないけどいっぱい倒したよー」


「ザウス王?」


「返す言葉もない……」


「まあいいか。アルフレッド、全員分の食事を用意してくれ。久しぶりに人間領の料理が食べたい」


 朱王もザウス王をあまりいじめても可哀想だろうと話題を変える。


「すぐにお持ちします!」


 朱王に笑顔を向けられ、一礼して調理場へと急ぐアルフレッドは、他の手の空いているクリムゾン隊員を呼んで準備を始める。

 もしかしたら宴会料理を用意してくれるのかもしれない。


「さて、ザウス王。人間領と魔人領、合同の会議を始めましょうか」


「ゼス王とウェストラル王の意識があるといいがな」


 要塞からの映像でフェルディナンの意識がある事は確認している。

 抵抗する事なくミリーの回復魔法を受けていた事からすでに戦う意思もないのだろう。


 蒼真と連絡をとり、意識のある上位者は本陣に来るよう伝えておく。

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