器用さんと頑張り屋さんは異世界へ〜魔剣の正しい作り方〜

第286話 強者

　地上で光り輝く千尋は魔獣群の注目を集め、ベヒモスゴーレムからの怯えから冷静な判断ができないのだろう。

　千尋を敵ととらえたのか頭上から襲い掛かるが一瞬にして破裂。

　回復中に剣を鞘に納めていた千尋は素手でも魔獣を破裂させるだけの出力があるようだ。

　魔獣を数体倒した千尋は空へと舞い上がり、ガクとエンの間で空中浮揚。

　ゼーンとケレンの二人に対して千尋はガクとエンのゴーレムが二体。

「アレ、キケン。サキ、コロス」

　ゴブリンデーモンがまだ戦わずに残っていたようだ。

　巨獣ベヒモスゴーレムが暴れ回る間、遠く離れた別の場所へと避難していたが、ゴーレムが消えた事でまた姿を現したのだろう。

「ゴーンか。三対三だが分が悪いな。だが仕方がない。ケレンは地のゴーレム、ゴーンは人間の相手をしてくれ」

　いかにゴブリンデーモンであるゴーンが高い知能をもつとはいえ所詮は魔獣であり、魔竜の深淵魔導を相手にまともに戦う事はできないだろうと判断したゼーンは千尋の相手をゴーンに任せる。

　千尋は武器を持たないゴブリンデーモンが相手ならと素手で構え、ゴーンはゴブリンとは思えない強靭な腕を開いて前傾に構える。

　ゴーンは巨大な翼を羽ばたかせ、千尋も天使の翼を羽ばたかせて互いにその距離を詰めて拳を打ち付け合う。

　対象を一瞬にして破壊する威力をもつ千尋の拳がゴーンの拳を打ち砕き、あまりの出力差にゴーンはブレスを吐くと同時に後方に引く。

　砕かれた左の拳を超速回復し、ブレスを左に躱した千尋に強化を高めた右の拳を向けながら、下方からは巨大な尾を振るう。

　ゴーンの拳を顔の動きだけで躱し、左腕で掴んで脇腹に拳をめり込ませ、尾による攻撃も自身に組み合う千尋には当てる事ができない。

　腕を掴まれたゴーンは右肘を下に曲げて千尋と掴み合い、顔面目掛けて左の拳を打ち込む。

　それを千尋は右膝を上げて防ぎ、逆にゴーンの顔面に拳を打ち付ける。

　組まれた腕が緩み、その腕を両手で掴んで振り回して地面に向かって投げつけた。

　エンは自分の相手であるゼーンへと向かって深淵のブレスを放つ。

　回避と同時に身を翻して下方に向かって加速を始めるゼーンとそれを追うエン。

　白焔とそれを打ち消す深淵魔導を繰り出しながら互いの出力を削り合い、爪刃と精霊剣を重ね合いながら高速飛行戦闘を開始する。

　ガクもケレンへと向かい、打ち込む右の拳をフェイントに、左の拳で精霊剣の腹を打ち抜いて右の回し蹴りでぶっ飛ばす。

　追い討ちに距離を詰めたガクが両拳を重ね合わせて地面に向かって叩き付けようとするも、左足でその拳に合わせて体を翻し、全身を回転させて右の踵をガクのこめかみに蹴り込んだ。

　わずかに体を傾かせたガクは嬉しそうに笑い、ケレンに向かってさらに拳を振るう。

　蒼真とアイリ、ダンテが要塞近くまで来た頃も千尋の戦いは続いており、ゴブリンデーモンを圧倒する千尋と、ケレンと地上戦を繰り広げるガク、空中で咆哮をあげながらゼーンを襲うエンの戦いを見て、これが千尋個人の能力だと思うと親友である蒼真ですら戦慄を覚える。

　個の戦いであれば最強モードとなった千尋本人をも上回る実力をもつ蒼真だが、二体の精霊ゴーレムを配されては蒼真の剣技をもってしても相手をする事が難しい。

　それこそ高速飛行からの一対一に持ち込んでからでなければ勝ち目はない。

「千尋さんは相変わらず千尋さんですね」

　千尋の戦いにアイリの表情にも少し呆れが見える。

「アイツはまだまだ元気だな。ほぼ全快に見えるのは気のせいか？」

　蒼真の目には無傷で魔力量もほぼ全快のように見えている。

「元気とか相変わらずとかそんなレベルの話じゃない。どう見てもあの強さはおかしいだろう」

　ダンテには千尋の戦いが以前見た朱王を超える存在にすら映っている。

　恐ろしいまでの力と速さで圧倒し、今もデーモンの尾を引き千切り、絶叫をあげるその顔に拳をめり込ませている。

「あとは千尋に任せよう。オレ達は回復に行こうか」

　普通に考えれば参戦するべきなのだろうが、蒼真はやはりフェアな戦いを好む。

　千尋個人の能力で戦っている為フェアかどうかは不明だが、あの様子であれば千尋に負けはないだろう。

　要塞に降りた蒼真達は魔術師団と労いの言葉を交わしながらミリーの元へと向かう。

　要塞内の治療室は今もまだ多くの患者が回復魔法を受けており、致命傷を負った者が今はいないのかミリーは座って休んでいた。

「おや？　蒼真さんは終わったんですか？」

「大王は倒したからな。腿が痛くて治してもらいたい」

「ダンテさんも怪我が多いですね。二人共こっち来てください。治しますよー」

　アイリには外傷はなく、体力や小さな擦り傷程度であれば最後の範囲回復魔法で充分に癒す事ができる。

　蒼真とダンテをベッドに座らせ、蒼真の太腿とダンテのダメージの大きい右肩に手を置いて復元魔法をかける。

　七色の魔力が傷へと吸い込まれていき、すぐに痛みが引き傷も癒えた。

　範囲魔法で体力も回復し、リルフォンを使用して戦況を確認。

　残る魔獣群はベヒモスゴーレムによって散り散りになった為全てを把握できていないものの、偵察員や魔術師団、回収隊員からの調べでまだ一万以上は残っているだろうとの見解だ。

　今のところ、この戦いでの死者は奇跡的にもゼロとの事で、王国に運び込まれた重傷者もいるが上位の回復術師がいるので大丈夫との事。

　致命傷を受けた者はここから運び出す事もできなかった為、ミリーが全て対処した。

　普段であれば全快させるところだが、魔力の温存の為他の回復医に任せていいレベルまでの回復としている。

　しかし魔力の枯渇はないようで、ミリーの座っていた椅子の前には多くの空の弁当箱が積まれている。

　魔力回復薬も少なくとも三十本は飲んでいるようだ。

　これを見るだけでも相当な魔力を使用した事がわかるが、ずっと食事を続ける事で魔力の回復を促していたのだろう。

　しばらくするとダルクが回収隊員と共に三人の魔人を連れて来たようで、魔術師団団長のマールからミリーをに着信が入る。

　連れて来たのが大王であろう事を知る蒼真達もミリーについて行き、肩を貸して治療室に運ぶ。

　フィオナは蒼真が大王に肩を貸す事に警戒するも、ダルクの言葉から危害を加える事はないと判断して一緒に運んで行く。

　その移動するまでの間にもミリーは範囲魔法を発動し、超速回復ができる大王と魔貴族の男も意識を取り戻す。

　まだ動ける状態にはないものの、蒼真の肩を借りている事に自身の負けを認める大王。

　フィオナは無傷でこの場にいる事から投降したのだろうと判断する。

　治療室に到着してまず最初に魔力回復薬を大王に飲ませ、魔貴族の男は魔力がまだ残っている為必要ないだろう。

　ミリーは二人の状態を確認して、先に魔貴族の男の傷を回復する。

　超速回復が働いているとはいえダルクの凶刃により深く傷を負っている為、表面はくっ付いたとしても内部には大きなダメージを残している。

　三分もあれば回復できるだろうと手をかざす。

「これが回復魔法……　人間よ、癒してくれるのはありがたいが先に大王様を頼む」

「私はミリーっていいます。順番は私が決めますし、それよりも私の魔力が流れづらいので自己回復やめてもらえますか？」

　この医療現場においてミリーは優先順位をしっかりと決めている。

　この魔貴族の男は内臓も破損しており、早く治さなければ後遺症が残る可能性もある。

　すぐに終わった回復に驚く魔貴族の男だが、全快まではまだ少し回復が必要だ。

　このあと範囲の回復で治す予定のミリーだが、それを知らない魔貴族の男は超速回復に魔力を巡らせる。

「次は大王さん。相手は蒼真さんですか？　もう全身の組織がボロボロですからね。少し時間かかりますよー」

「大王が敵に情けを掛けられるとは情けない話だ……」

　抵抗できない大王はミリーの回復をただ黙って受けるのみ。

　ミリーであれば大王と魔貴族が目の前にいようと心配はいらないだろうが、ダルクは大王を自分で連れて来た為そばにつき、魔力を消耗してお腹の空いている蒼真とアイリは、フィオナを連れて食堂に向かっている。

　蒼真とダルクの戦いを見てきたフィオナは、人間のあまりの多さに怯えながらアイリに手を引かれて食堂へ向かう。

　この後そこで食べた人間の料理に涙する事になるのだが。

　しばらくして千尋はゴーンを倒して、ゼーンとエンの戦いを見る。

　ゼーンの白焔を相手にエンの魔力量では足りなかったようで、今は劣勢となって押され気味だ。

　ガクもすでにケレンを倒しており、意識はあるものの精霊剣で体を支えても立ち上がる事すらできない。

　ゼーンの相手にガクを向かわせ、千尋はケレンに近寄って話しかける。

「殺すつもりはないけどまだやる？　西の大王も今は回復魔法受けてるみたいだけどさぁ」

「私の負けだ……　だがせめてゼーン様の戦いを見守らせてくれ」

「んじゃあ本陣で見ればいいよ。モニターで見れば大迫力！　ほら、行くよ！」

「其方、戦いはいいのか？」

「んん、ちょっとお腹減ったしさぁ。それにこの戦争ももうすぐ終わりだよ」

　千尋は空へと舞い上がり、残りの魔力を振り絞って千尋を追うケレン。

　この後本陣のラウンジチェアに寝転がって回復魔法を受けたケレンは、モニター越しに戦いを見守る。

　エレクトラとの食事を楽しんだティアも同じように寝転がり、その姿を見て人間領の本陣でなぜ敵国の上位者がくつろぐのかと不満な顔を見せるロナウド。

　しかし自分の出番を失ったザウス王もティアとの食事を楽しんでおり、今もラウンジチェアに座って話に盛り上がっている。

　千尋はケレンを本陣に預け、アルフレッドの作ったケーキを三つ食べてからゼーンの元へと戻る。

　この戦いの最後の時を迎える為に。