第285話 伝説の戦士

 ハロルドとケレンの戦いにも決着がつきそうだ。


 お互いに消耗激しく、地属性の竜魔人となったケレンも吸血魔導により魔力を吸い出され、ハロルドの聖剣に絡みつくコーアンが巨大に膨れ上がっている。

 膨大な魔力を持つケレンの魔力を吸い上げた事により、ファーブニルから魔力を奪った時と変わらぬ大きさにまで大きくなったコーアンは、今もまだケレンの魔力を喰らおうと蠢く。

 以前は上級魔法陣による攻撃を捕食魔導としてのイメージを込めていたのだが、下級魔法陣での吸血魔導の使い勝手の良さから上級魔法陣でのイメージに組み込んでいる。


 しかし大量の魔力を吸い上げたのはコーアンだけであり、ケレンと戦うハロルドの魔力も尽きそうだ。


「地響きがしない…… ゴーレムが消えたな」


「まさか千尋が!?」


 ハロルドとしても千尋が負けるとは考え難いが、ベヒモスゴーレムが消えたとすれば千尋に何かあったと考えてしまう。

 しかし遠く離れた位置では燃え上がる白黄の炎と、黄色に輝くオーラが見える事から千尋はまだ無事な事に気付く。


「ゴーレムが消えたのならやりようはある。そろそろ勝敗を決めようか」


「来るがいい」


 ハロルドは気力を振り絞って聖剣を握り締め、向かって来るケレンの斬撃を受けようとして……


 一瞬で背後に回ったケレンの斬撃を背中に浴びて落ちていく。

 最後の最後にとっておいた瞬間移動でハロルドを斬り伏せた。

 魔力量の低下したハロルドでは出力を落とした斬撃であっても耐える事はできなかったようだ。


 ケレンは消耗しているとはいえまたゴーレムを作られては厄介だと、ゼーンと戦う千尋の元へと翼を羽ばたかせる。




 蒼真とフェルディナン大王との戦いにも決着がつき、蒼真ブルーの凶悪なまでの風の魔力をか◯は◯波として放出。

 青い閃光が大王へと伸びると全身を強大な魔力が突き抜け、大王の体内にある魔力を全て吹き飛ばしながら遠い空へと消えていく。

 とどめを精霊刀ではなく、自身の思い描いた精霊魔導で倒せた事に嬉しそうな蒼真。

 とてもいい表情で落ちていく大王を見つめていた。


「蒼真さんお疲れ様ですっ! お怪我はないですか?」


 蒼真ブルーに真っ先に近寄ったのはもちろんアイリだ。

 普段からかっこよく見える蒼真が光り輝く最強を想像した姿でそこにいるのだ。

 アイリの目には普段よりもさらに美化されて映っている事だろう。


「足が少し痛むな。ミリーに治してもらわないと」


「私も一緒に行きます!」


「そうだな。アイリも体力を回復してもらうといいし行こうか」


「はいっ!」


「ダルク、後は任せる。ダンテは…… なんで睨んでるんだ?」


「私も傷が痛む。一緒に行こう」


 すでに勝ち目の薄い恋敵を睨むダンテだが、この戦争時にそんな恋愛トークを持ち込んではこないだろうと気にする様子のない蒼真。

 ミリーのいる要塞に向かって移動を始めた。




 置いていかれたダルクだが、大王の落下した位置へと向かった魔貴族女性を追う事にした。


 血塗れで意識を失うフェルディナン大王を抱き起こして声を掛ける女性魔人。

 ダルクが背後に立つと精霊剣を構えて向かい合う。


「大王様を死なせはしません」


 決死の覚悟を決めたのだろう魔力を高めて威圧する。


「まあ待て。私に貴女と戦う意思はない。確かに私は騎士であり、敵に対して非情であるべきとは思うんだがな。大王を倒したあの男はそれを望んではいないだろう」


「本気ですの? 我々は敵同士。敵国の王を討ったとあれば勝利を宣言できますのに」


「宣言せずとも私の目を通して大王を討った事はすでに伝わっている。私達人間は遠く離れた相手と連絡する術を持っているからな」


 蒼真とフェルディナン大王との戦いはダルクの目を通して本陣のモニターに映し出されている。

 蒼真とアイリは遠く離れたこの場所まで移動していた為回収隊も追って来ていないが、戦いが散り散りになり始めたところから、それぞれ一人か二人の回収隊員が視界に収めている。

 本陣のロナウドの席では複数のモニターで確認する事ができ、千尋達のラウンジチェアではチャンネルを切り替える事で観る事もできる。

 無駄にモニターを増やした為使用される事はないのだが。


「人間は便利な道具を使うと聞きますが、そのようなものまであるとは知りませんわね……」


「最近作られた魔道具だ。先程私が倒した男の命と大王の安全を約束するがどうだ? 剣を納めてはくれないか」


「人間は嘘が上手いと聞いていますの。信用できるとお思いですか?」


「敵を信じろと言われてもそう簡単には無理か。じゃあ治療薬をやろう。多少は傷が癒えるはずだ」


 ダルクは鎧の収納部に入れてあった小瓶を取り出して女魔人に投げ渡す。

 実はこれ、千尋の便利アイテムの一つである魔法の化粧水だったりする。

 千尋の魔石を使ってミリーが復元魔法をミスリル容器にエンチャント。

 水を入れて魔力を込めると治癒能力をもった水溶液となり、それを小分けにして瓶に詰めてある。

 傷が劇的に癒えるような事はないものの、復元しようとする働きが傷の悪化を防ぎ、少しずつではあるが傷を癒す効果があるのだ。

 大王に深い傷はないものの、あまりにも膨大な風の魔力を浴びた事により魔力の欠乏と体組織の破壊が起こっているのだろう。

 直接飲ませるか部分的にでも治療薬をかければ、このダメージを多少は癒してくれるはずだ。


 女魔人は瓶の中の治療薬を手にとって舐めてみる。

 問題がなかったのか手の甲に塗り伸ばす。

 女性とはいえ魔人、それも魔貴族である事から多くの戦いを経験してきたのだろう。

 傷を超速回復できる魔人でも古い傷はある。

 その古い傷痕に少しだけ作用する治療薬に驚き、大王の顔など肌が出ている部分に塗り伸ばす。

 塗り伸ばされた治療薬が淡く光を放っている事から、回復効果が作用している事がわかる。


「治療薬とはこれ程の効果を…… ?」


「それは私達のいざという時の為に用意された特別製だ。その効果を込めた者に回復してもらいに行かないか」


「今は貴方の言葉を信じます。私共々お連れください」


「では先程の男も連れて行こう。そうだ、まだ名乗っていなかったな。私はザウス王国聖騎士、ダルクだ。」


「私はフィオナと申します。ダルク殿、お気遣いに感謝を」


 フィオナは大王を抱えて飛行装備を大きく広げて舞い上がり、ダルクは空から先に倒した魔人の男の場所へと移動して連れて行く。

 魔人の男も意識はなく、ここからでは移動に時間が掛かると回収隊員を呼び寄せて途中で合流する事にした。




 白黄の炎を放つ精霊化したゼーンを相手に、精霊ガクとの三刀流に精霊エンの深淵魔導で挑む千尋だが、その強大な魔力から生み出される白黄の炎はさらに熱量をあげ、白色の炎として千尋の剣技を抑え込む。

 弾き飛ばされる事はないものの、一合斬り結ぶだけでもその熱量に手が灼かれ、強化で耐えるもまともに斬り合う事すらできない。

 ミリーの魔法を真似した劣化版回復魔法でその火傷を治しつつ、熱が伝わりにくいように工夫しながら剣を振るうも劣勢は続く。


 千尋はこのままでは押し切られるのも時間の問題だと急上昇を開始し、追従するゼーンと少し距離を稼ぎつつ、自分の策を読まれないようにと重力魔導による急降下から超重量の斬撃を振り下ろす。

 この一撃の威力にはゼーンもまともに受けては弾かれる可能性もある為回避し、千尋はゼーンの回避を無視して地上へと降下。


 地面に立ち、残る魔力のほとんどをガクに渡し、身長2メートル程のゴーレムを二体作り出す。

 しかしこのままガクとエンのゴーレムを作り出したとしても以前のデヴィル戦の時よりも脆いだろう。

 そこで、千尋の鞘の表面を覆っていた白と金のミスリル粉末を固定解除し、強度を上げる為にゴーレムの表面を覆わせる。

 本当はベルゼブブで四本の剣を射出した後の予備武器として用意していたのだが、ここで役に立つならそれでいい。


 表面をミスリルで覆った白金のゴーレムと同化するガクとエン。

 やや小さめだが大地の精霊ベヒモスと、深淵の魔竜バハムートがゴーレムとなって地上に立つ。

 上空でこの様子を見ていたゼーンも、小型とはいえ異様な雰囲気をもったこの二体のゴーレムに戸惑う。


 ゴーレム化した事により喜びの咆哮をあげるガクとエンはゼーンへと向かって飛び上がる。

 大地を踏み砕いてゼーンへと飛び上がったガクは一瞬でその距離を詰めて殴り掛かり、直線的な攻撃を余裕をもって躱したゼーンは体を捻ってその腹部に斬撃を見舞う。

 しかしミスリルの強度に阻まれ、ガクの内部を灼き付けるもその体を打ち砕く事はできない。

 斬撃を受けながらも左の拳がゼーンの右頬へと向けられ、わずかに掠めながら顔を引いて回避。


 遅れて下方からやって来たエンに対応し切れないかと思ったが、そこへ割り込んで来たのはケレン。

 エンの爪刃の嵐を受け払って思わぬ方向へと弾き飛ばされる。

 体勢を立て直したものの、どんな魔法を受けたのかもわからない。


「っく…… ゼーン様、ご無事ですか」


「すまんなケレン。まさか人間がここまでやろうとはな」


「誰もが魔人に劣らぬ実力を持っています。その中でもあの者は…… 美しい容姿を持ちながらも化け物のように見えますね」


 地上に立つ千尋はバッグから魔石を取り出して回復中だ。

 すぐにでも阻止するべきだがゴーレム二体が魔人二人が隙を見せるのを待ち構えている為動けない。


「うむ。おそらくはまだまだ余力を残しているはず。そしてその竜の魔法はこの世の理を覆す魔法でな、地の魔人であるケレンには戦い難かろう。其方には地のゴーレムを頼む」


「長くは持ちませんが抑えてみます」


 地の竜魔人として巨大化しているケレンはガクよりも二回り以上も大きい。

 互いに距離を詰めて精霊剣と拳を打ち付け合うも、威力としてはケレンが勝る。

 しかし厄介なのが左右の手足から繰り出される超威力の打撃技であり、高い強化を持つ地の竜魔人の外皮をもっても防げる威力ではない。

 精霊剣で数発は防げるものの、あまりに強力な連撃はケレンを劣勢に追い込み、どこまでも続く乱打がケレンを後方へと追い込んでいく。


 魔竜となったエンは自身の体を得た事で気分が良く、この異常なまでの強さをもつゼーンを相手に深淵魔導と両手の爪刃とで挑む。

 ガクとは違い蹴り技はないものの、エンの深淵ブレスは防御不能な絶対消滅魔法だ。

 敵として対峙した場合の危険性はガクよりも圧倒的に高いと言えるだろう。

 左右の爪刃を白焔で斬り払い、失った爪刃に高い魔力を込めてまたもゼーンに襲い掛かる。

 白焔の熱量は爪刃の威力を上回り、ゼーンが斬り結ぶ事なく払い除けるも、深淵のブレスにより白焔を相殺。

 右の爪刃がゼーンの左肩を掠めてエンが攻勢に出る。




 地上で魔力を回復する千尋はバッグから水筒を取り出して水分補給し、準備を終えてガクの強化を身に纏う。

 黄色のオーラが噴き荒れ、放電現象を起こしながらさらに魔力を高めてイメージを強化する。


 精霊化ではない千尋の最強モード。

 ガクとエンのゴーレム化に加え、ガクの強化に自身の魔力を加える事でさらなる強化を可能とする。

 そして蒼真と同様に朱王の髪色の魔石の能力を千尋のイメージ力が一時的に上回り、金髪に緑色の目となった千尋は超◯イ◯人のように光輝く。


 尋常ならざる魔力を発する千尋にガクとエンも攻撃の手を止め、千尋が空へと舞い上がるのを待つ。


 上空を見上げた千尋は恐ろしいまでのプレッシャーを放ち、この小さな化け物にゼーンとケレンは勝ち目がない事を悟る。

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