第284話 ブルー

 時刻は二十四時を過ぎてなおも蒼真とフェルディナン大王との戦いは続いており、炎の竜魔人となった大王は出力を上げた事により攻守を逆転させていた。


 しかし蒼真は下級魔法陣のみでランとの二重魔導でこれに挑み、防戦に回ってはいるものの速度で勝る蒼真は出力の高い業焔による斬撃を全てを受け流す。

 大王としても自身の攻撃を全て捌く蒼真の実力に驚き、全力をもって精霊剣を振るう。

 そして大王はスペクターを消し去った蒼真の出力が今以上に高い事も知っており、全力を出させまいと隙を与えず剣戟を繰り出し続けている。

 だが蒼真の上級魔法陣はいつでも発動が可能であり、精霊化ではないただの断空だけであればすぐにでも使用する事ができる。

 断空は防御不可の絶対断裂魔法として最強の攻撃力を誇るが、自身の防御もできないとあれば大王の業焔により焼き尽くされるのが先だろう。

 最後の切り札ともなるが、蒼真としては使いたくはない技でもあるのだが。


 大王の斬撃を防ぎ続ける蒼真もその熱量までは相殺する事ができず、焼き付けられた肌が痛む。

 デーモンから受けた右足の傷も熱を浴びて痛みだし、そう長い時間戦い続けるのも辛くなる。




 このまま大王との戦いを続ける事もできるが、蒼真もそろそろ本気を出してもいいだろう。

 大王の斬撃を受け流しながらも自身の最強のイメージをランへと送り、上級魔法陣を発動する事で精霊化を開始する。

 大王とは違い呪文の詠唱を必要としない精霊化は防ぐ事ができず、膨大に膨れ上がった魔力に大王は咄嗟に蒼真から距離をとる。


 全身から噴き出す青いオーラに放電現象が起こり、蒼真の髪が青く逆立つ。

 そして飛行装備の翼を収めても空に浮かぶ蒼真は風の精霊としてその姿を確立する。

 蒼真の放つ高い魔力に乗せたイメージは、朱王の色の魔石の能力を一時的に上回る事で髪色を変化させており、その姿はまるで超◯イ◯人ブルーのようだ。

 やはり多くの漫画を読んでいた蒼真が最強と考える姿は千尋とそれ程変わらない。


「其方も精霊化が、いや、精霊そのものと言ってもいいか…… 恐ろしいまでの存在感、竜種にも匹敵するかもしれん」


 竜種といえばヴァイス=エマの竜人達を思い出す蒼真だが、大王が言う竜種は超級魔獣である竜種の事だ。

 竜人よりも高い魔力を内包し、巨悪そのものと言える程の破壊性能を持つ。


「どうだろうな」


「だがこのフェルディナンが全力をもって相手をするに相応しい相手とも言える。そろそろ勝敗を決めようではないか」


「オレも加減ができるかわからないし全力での戦いなら望むところだ」


 全身から豪焔を放つ大王は精霊剣を右に構え、蒼真は自分の姿から考えて精霊刀を持たずに素手で構える。

 しかし素手での戦いを得意としない蒼真は大王相手にどう戦えばいいかわからず、神速の抜刀の構えに切り替えた。


 翼を羽ばたかせた大王と爆風を放って前方に加速する蒼真。

 青い光を纏いながら一直線に大王に向かい、神速の抜刀が振るわれると青い光の刃が大王の精霊剣をすり抜けて左肩を斬り裂く。

 返す刃を右袈裟に振り下ろし、精霊剣で受け止められるとその業焔により受け流された。

 すり抜けたかのように見えた蒼真の抜刀はあまりにも早過ぎる斬撃と、青い光の残滓による幻覚が作用した為であり、精霊剣をすり抜けるような能力はない。

 肩に深い傷を負った大王だが、蒼真の速度に負けまいと業焔を撒き散らしながら精霊剣を振るい、蒼真は青く光のを放つ精霊刀でその全てを打ち払う。

 業焔による熱量さえも蒼真の纏う青いオーラに遮られ、迸る電流は大王の炎をわずかにではあるが打ち消す事ができる。


 数え切れない程の斬撃を重ね合い、血を流しながらも精霊剣を振るうのは大王のみ。

 翼を使用しない蒼真の動きは恐ろしいまでに素早く、風魔法による揚力とは違う飛行能力を有しているようだ。

 地上での戦いかのように変幻自在に体を捌き、翼を操るのとは違う鋭い動きで大王の剣技を上回る。




 蒼真と大王の戦いを見守るアイリと魔貴族女性。

 精霊化した蒼真ブルーに見惚れるアイリだが。

 そこに魔貴族の男との戦いに勝利したダルク、ハクアと交代して女守護者を倒して来たダンテも一緒に見守っている。

 魔貴族女性はダルクの強さに驚き、自分がこの後挑んでも勝てない程の実力者であると知る。

 そばで戦いを見守ろうと言ってきたアイリも同等の強さを持つだろうと予想する。


 そして今、精霊化した蒼真は大王を圧倒しており、先のアイリとダルクの会話からこの戦争がすでに厳しい状況に追い込まれていると判断せざるを得ない。


「聞いてもよろしいかしら」


「なんですか?」


「あの青い光を放つ者が人間族最強の者ですの?」


 蒼真は限りなく人間族としては最強に近いかもしれないが、実際に全力で戦った事はなく、アイリとしても判断がつきにくい。


「どうでしょうね。他にも同じように強い方はいますから最強かどうかは……」


「朱王様が今こちらに向かっておられる。最強と言うのであれば朱王様以外おられない」


「魔王領から向かっているんですか?」


 アイリや他の者達にはまだ伝わっていないが、サフラが朱王にメールを送った事により朱王から返信。

 魔王の墓標として火山を作り終えたから向かうとの事だったそうだ。


「そろそろご到着される頃だろう」


 メールの返信があってからおよそ四時間。

 魔王領はそう遠くないらしく、あと一時間以内には到着してもおかしくないはずだ。


「なぜ魔王領に人間がいるのです?」


 今の状況を把握しているダンテが答える。


「朱王様は北との和平交渉のあと、先代魔王様を弔いたいとディミトリアス大王に案内を依頼された。その際東の国とも和平を結ぼうとしたが邪魔が入った事で攻め入る事にもなったがな。今は北の国と東の国連合軍で南の国を制圧してこちらに向かっておられる」


「北と東、南までも!? そんな、信じられませんわ!?」


 驚愕の表情で信じられないと言う女性だが、この人間の強さを目の当たりにした今、それが事実である事を疑えない。

 魔王領に配していた見張りの者からは、およそ五十名の魔貴族が魔王の元へやって来たと連絡を受けていたのだ。

 その中の一人、恐ろしいまでの魔力を放出する上位魔人がいたとの事だが、北の上位者の魔力に恐れた為だろうと特に気にしていなかった。

 その一人だけが魔王に近付き、他の者達は離れた位置に野営地を設けていたとの報告だ。

 上位魔人と報告されたその者が朱王という人間なのだろう。

 見張りの者が震えながら報告した事を今思い出している。


「西の国に勝ち目はありません。投降して頂けませんか?」


「投降などするわけが……」


「ティアという魔人が本陣で楽しそうにしていたぞ。もう人間領に住みたいとか言ってたな」


 ダルクが少し遠い目をして語る。

 戦争中に敵の上位者を本陣に招くアマテラスのメンバーが二人もいたのだ。

 さすがに誰もそんな状況は予想していなかった。


「まさか、魔人に裏切り者が!?」


「最初は守護者のケレンがミリーと食事をしていたんだがな。ミリーにはあとで説教してやる」


「それは許さない」


 王女であるエレクトラには説教できないダルクと、ミリーを各国の国王よりも立場を上に置くダンテ。


「ケレンまで人間と食事を…… いったいどうなっているのですか」


「本当にどうなってるんだろうな、この戦いは」


 蒼真と大王の戦いを見守りながらリルフォンで戦況を確認するダルクだった。




 千尋とゼーンの戦いも熾烈を極め、途中距離を稼いで高速飛行戦闘になったところでゼーンは精霊化。

 炎に包まれた魔人となって千尋に挑む。

 その姿は上級精霊イフリートのように見えるが、ゼーンのイメージがそうさせただけだろう。


 千尋も上級魔法陣インプロージョンを発動し、出力を高めた質量魔導でゼーンに臨む。

 通常の質量魔導とは違い、破壊性能を持つインプロージョンは対象の魔法を相殺するだけでなく爆縮する事で魔力の爆散が起こる。


 精霊剣から放つ炎は白黄色となり、炎に色のイメージを込めていないとすれば単純に炎の熱量が上昇した為だろう。

 千尋の質量魔導と斬り結ぶと相殺せずに魔力が爆縮し、互いの剣戟に続いて爆散が起こる為これまでのように距離を詰めたまま戦う事が難しい。

 圧倒的に威力で勝るゼーンに千尋の剣は弾かれるも、この爆散によって攻め切られる事もない。

 やはり精霊化した魔人の出力の増加量は込められたイメージ力、取り込んだ精霊量によって違いがあり、ゼーンの強さは通常時の出力を数倍に引き上げている。

 おそらくは上級魔法陣インプロージョンを発動した千尋の二倍はあるだろう。

 爆散がなければ一瞬で押し切られていた事だろう。


 巨大化したエンは魔剣を体内に取り込んでおり、ゴーレム化していない事から爪による攻撃はできないものの、深淵魔導でゼーンの体を消し飛ばそうとブレスを放つ。

 一撃で致命傷になるであろう深淵魔導を全て躱すゼーンも、白黄の業火球を錬成してエンに放つ。

 精霊であるエンも高い魔力を込められた魔法や魔導であればその存在を掻き消される事もあり、深淵魔導で相殺しながら千尋の援護に回る。




 しばらく続いたゼーンと千尋の戦闘だが、地上で魔獣群を相手に暴れ回っていたベヒモスゴーレムであるガクが、普段の小さな精霊になって戻って来た。


「あれ!? ガク!? ちょっ、とりあえず強化して!」


『うむ、任せろ』


 下級魔法陣グランドとガクによる精霊魔導で強化された千尋は黄色のオーラを放ってゼーンの白黄の刃と斬り結ぶ。

 強化によりゼーンとの出力差がある程度埋まり、多少は楽になったと考えていいだろう。


「で? どうして戻ってきたの? まだ魔獣群いるよ?」


『千尋から離れ過ぎたらゴーレムを維持できなくなってな。超級を倒す前に崩れてしまった』


「げ、まだいるんだ」


 しょぼんと落ち込んでみせるガクは精霊とは思えない程に感情表現が豊かだ。

 ゼーンとしてもその精霊の姿には驚かされるがしかし。


「その精霊、ゴーレムだな? これでまだ勝機はある」


 ゼーンの目的は果たしたと言っていいだろう。

 あのままベヒモスゴーレムが暴れ続けたとすれば魔獣群は壊滅、魔貴族軍が挑んだとしても勝てる者がいないだろう。


「え? うん。でもオレ負けないよ?」


『もう一度ゴーレム化をしに戻らぬか』


「いや、無理無理! あれ気持ち悪くなるから時間ないと無理!」


『残念だ』


 精霊の言葉は聞こえないが千尋とのやり取りから、ベヒモスゴーレムは千尋を抑えておけば新たに作られる事はないと判断。

 千尋を倒せばこの戦いに勝機はあると、ゼーンはさらに出力を上げて精霊剣を振るう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る