第283話 千尋の裏技

 ベヒモスゴーレムが三体目の超級魔獣を倒し終えた頃、千尋と戦うトラビスは全身から血を流し、荒い息を吐きながらどこまでも続く千尋の剣を受け続けていた。

 自分の戦闘スタイルをどこまでも押し付けてくる千尋は強く、現役の大王にさえ届くであろう実力者のトラビスでさえもまともに戦う事ができない。

 呼吸の調わないこの状況では魔力を高める事もできず、出力を上げて抵抗する事さえ難しい。


 このままでは何もする事ができずに敗北してしまう。

 そう考えたトラビスは決死の覚悟で千尋に挑む。


 精霊剣で受け続けていた千尋の斬撃を敢えてその身に受け、地面へと落下していく事で千尋からの距離をとる。

 深い傷を受けながらも致命傷を避け、精霊化する為の距離を稼ぐ。


 地面に向かって落下しながらも魔力を高めて呪文を唱えるトラビス。

 精霊化さえすれば勝てないまでも千尋を消耗させる事はできるはずだ。


 しかし千尋は甘くはなかった。

 落下していくトラビスに追従し、重力魔導で急降下。

 腹部目掛けて左のエンヴィを振り下ろすと、精霊剣を構えてその斬撃を受けるトラビス。

 そのまま加速しながら地面へと叩きつけると大地は割れ砕け、精霊剣ごとエンヴィをトラビスの体に食い込ませた千尋。

 トラビスは精霊化する事叶わず血を吐き出しながら意識を失った。




 上級魔法陣を発動する事なく旧守護者を倒した千尋だが、エンの深淵魔導は並みの精霊魔導よりも消費魔力が大きい。

 バグベアーデーモンを倒すのにおよそ3万ガルド、そしてベヒモスゴーレムとなったガクに与えた魔力が総魔力量の半分およそ8万と、対外魔力も合わせて10万ガルド。

 そしてトラビスと戦い深淵魔導で消費した魔力がおよそ4万ガルド。

 千尋の脳内視野に映る総魔力量は3万ガルドを切っている。

 対外魔力球は残り18個。

 このまま深淵魔導で戦うとすれば心許ない。


「まさかトラビスを倒すとはのぉ」


 地面に立つ消耗した千尋の前に現れたのは風の竜魔人となった老魔人ラシャド。

 頭や腕から血を流し、ところどころ装備が焼け焦げている事からシルヴィアの雷撃によるダメージだろう。

 しかしまだ充分な魔力を残しており、今の千尋の魔力量では厳しい相手だ。


 そして……


「あの化け物を作り出したのは其方か」


 先代大王ゼーンもゼス王を倒して千尋の前へと現れる。

 装備はところどころ汚れているものの、その体に傷は見当たらない。

 剣術の腕では蒼真さえも上回るヴィンセントと、各国の国王の中でも最強を誇るゼス王の二人を倒しながらも無傷。

 超速回復をしたのかもしれないが、深い傷を負っていれば多少なりとも残っているはずだ。


 先代大王ゼーンと先代守護者ラシャドを前に千尋は大きく息を吸い込んで深呼吸。


「そうだよ。あのゴーレムにはオレと契約してる精霊が入ってるんだ」


「精霊が独自に戦っているというのか…… おもしろい。しかし其方を倒せばあの化け物を消し去る事もできると考えるがどうだ?」


「ん? そうなの?」


「知らんのか。だがこのままでは魔獣群が殲滅されかねん。可能性があるとすれば其方を早々に倒さねばならんな」


「ではわしがやろう」


「いや、時間は掛けられん。二人で倒すぞ」


「うぇー、マジか!? 魔人の上位者が二人掛かりとかズルくね!?」


 千尋の抗議の声には耳を貸さず、業風渦巻く精霊剣を構えたラシャドが一足で距離を詰めて斬り掛かる。

 そのまま受ければ確実に弾き飛ばされるであろう一撃を魔導による強化のみで後方に下がって回避。

 追撃に前に出るラシャドに対し、千尋も前に出るも横からゼーンが唐竹に豪焔の斬撃を振り下ろす。

 さすがに二人相手に地上戦では分が悪く、右前方に配置してある魔力球で質量を操作し、ラシャドとゼーンの前進を抑えて千尋は空へと舞い上がる。


 飛行戦闘であればラシャドとゼーンの二人を引き離して一対一の状況であればどうにか耐えられる。

 しかし今の残りの魔力量から考えれば一人を倒す事さえ難しく、精霊化したラシャドには下級魔法陣での精霊魔導では通用しない可能性も高い。

 上級魔法陣インプロージョンを発動して戦うべきだが、魔力消費の大きさから最後の手段としてとっておくべきだろう。




 風の竜魔人ラシャドは千尋と同等の速度で空を舞い、ゼーンとの距離を引き離したところで千尋は急上昇からその身を翻し、重力魔導で急降下。

 ラシャドの急上昇は千尋よりも緩やかであり、体が上向きになる前に一撃を食らわせる。

 左のインヴィと逆手に持った右手のエンヴィを脳天目掛けて振り下ろし、精霊剣を振り上げる事ができないラシャドは体を捻ってその二撃を肩で受ける。

 速度の乗った斬撃は風の鎧もわずかに抜けて体に達し、下方に向かって落下していくラシャドに上級魔法陣グラビトンを発動してベルゼブブを向ける千尋。

 急上昇からそのまま上昇を続けていたエンはおよそ2キロ上空へと舞い上がり、撃ち出されたミスリル弾と共に一瞬でラシャドへと魔剣カラドボルグを突き立てる。

 そのまま超重量化したカラドボルグはラシャドの腹部を突き刺さし、地面に打ち付けるとその体を貫いた。


 風の竜魔人となったラシャドはそれでも意識を保っており、血を吐き出しながら腹部を押さえて立ち上がる。

 咳き込みながら魔力を循環させて傷の回復をし始める。

 腹を貫通する程ののダメージであればしばらくは戻ってくる事もないだろう。

 距離を詰めるゼーンの豪焔を受け払いながら再び空を舞う。




 速度に乗ってゼーンへと距離を詰めた千尋は、受け難いであろう頭上からの攻撃を仕掛けながら飛行戦闘で臨む。

 飛行能力で勝るのであれば苦手とする背面や頭上、後方を狙うのが優位であり、残り魔力量が少ない千尋であっても戦う事ができる。

 だが先代大王ともなるゼーンはこの飛行戦闘での不利さえも覆すだけの実力を持ち、軌道を修正できないのであればと速度を殺してでも豪焔の出力を高めて千尋の斬撃を受け止める。

 ゼーンの豪焔と千尋の質量を増大させた剣戟とではゼーンの出力が勝り、千尋の飛行速度を抑え込んで斬り結ぶ。

 速度を抑えられ、出力で劣る千尋だが三刀流で挑む事によって手数で攻勢に回る。

 防戦となるゼーンだがその熱量は凄まじく、強化で耐える千尋の肌を焼いていく。




 しばらく続いた剣戟だが、ゼーンの高出力の豪焔により千尋は弾き飛ばされ互いに向き合って空中に浮揚する。


「さすがに其方程の実力者といえどもトラビスとラシャドを相手にした後だ。もう魔力も残ってはおるまい」


 ゼーンの言うように千尋の魔力はすでに四桁まで減少しており、このまま戦い続ければ魔力が枯渇して意識を失う事になるだろう。

 対外魔力球も残すところあと五つであり、たった5千ガルドではゼーンを相手には心許ない。


「まあね。でもさ、オレもこんな事もあるだろうとちゃんと準備はしてきたんだよねー」


「ほう。まだ何かあるのか」


 双剣を鞘に納めて背中に背負ったバッグのサイドポケットに手を突っ込む千尋。

 そこから取り出したのは大量の魔石であり両手の指の間に挟んでゼーンに見せつけるよう手を前に出す。


「じゃーん! オレの魔石だよ!」


「其方の魔石?」


「実はこれをねぇ、作る時とは反対に意識を集中すると……」


 ささっと手を振るうと千尋の指の間に挟めた魔石が全て消える。


「む? 奇術か何かか?」


「んーん。もう一回見る? いくよー」


 再び取り出して手を振ると消える魔石。

 合計十六個の魔石を消したがまだ足りないかもしれないと感じた千尋はもう一度取り出して消して見せる。


「いったい何をしておるのだ」


「えっとねー。これオレが作った魔石なんだけどさぁ、この魔石をまた自分の魔力に戻してるんだー」


「自分の魔力に戻す?」


 千尋の魔石には2千ガルドの魔力量が込められており、魔力の固形化にはその倍の魔力を使用する。

 しかしこの魔石をまた自分の魔力に戻すと、固形化する為の魔力量も元に戻り、4千ガルドの魔力が体内に戻る。

 ここまで合計二十四個の魔石を消した千尋は9万6千ガルドの魔力を体内に戻し、現在10万を超える魔力を体内に宿している。


「つまりオレの魔力が回復してまだまだ余裕があるって事だよ!」


「なんと!?」


 総魔力量の半分以上を回復した千尋だが、予備の魔石はまだまだバッグに入っている。

 この後魔力が尽きそうになればまた同じように回復すればいいだけだ。


「驚いた?」


「ずるいだろう……」


「ま、とにかく続きをやろうか。この戦争は負けるわけにいかないし爺ちゃんには勝たせてもらうよ!」


「爺、ちゃん…… 否定はできん歳だが……」


 魔力に余裕のできた千尋は双剣を構えてエンの質量魔導でゼーンに挑む。

 これまでの飛行戦闘による優位性だけでなく、自身の得意とする魔法をどこまでも押し付けて戦うつもりだ。


 ゼーンはこの旧守護者を二人も倒してみせた千尋の強さに敬意を表し、魔力を高めて呪文を唱え始めた。


 だがしかし、千尋は先代大王の精霊化をただで許すはずがなく、呪文の途中で質量魔導を発動し、ゼーンを手前に引き寄せると同時に自身も加速。

 右袈裟に斬り下ろすエンヴィに油断したかのように見えたゼーンだが、千尋の死角から左の回し蹴りを食らわせる事でその剣を回避。

 千尋を蹴るも背後に隠れたエンの魔剣がゼーンの胸元目掛けて突き出され、やむを得ず精霊剣で受け払うと呪文の詠唱が途切れて精霊化を阻止された。

 蹴り足も振り抜く事ができずに引き戻すゼーンに、千尋は上体が傾いた事から体を捻って後ろ蹴りを打ち込んだ。

 こめかみに当たった蹴りによろめくゼーン。

 千尋はインヴィを横薙ぎに振るい、精霊剣で受けられると同時にエンヴィによる突き。

 豪焔によって払い除けるもエンが後方で魔剣を横薙ぎに振るう。

 頭を伏せる事で魔剣を躱し、エンが頭上を通り過ぎる瞬間に蹴り上げる。

 隙ができた軸足にエンヴィを薙ぎ、頭上から振り下ろされる精霊剣を肩に担いだインヴィで受け流す。


 脛から血を流すゼーンだが、魔人の傷は超速回復が可能でありすぐに癒える。

 しかし出力で劣るはずの千尋の斬撃がゼーンに傷をつけた事は事実であり、質量魔導による攻撃が他の属性魔法にはない威力を生み出している事がわかる。


 数え切れない程の攻防が繰り広げられ、多くの傷を負いながらも千尋に反撃を繰り出すゼーンは精霊化する為の時間を稼ぎたい。

 このあり得ない程の高速な剣を振るう千尋に苦戦しながらも、魔力を高めて隙ができるその時を待つ。

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