第282話 西の大王

 王国から30キロ程も離れた場所で蒼真とアイリはスペクターデーモンの魔力を削り落としていた。

 このままいけば上級魔法陣を発動する事なく倒せるだろうと踏んでいたのだが、そこへ西の国の大王フェルディナンが魔貴族の男女二人を連れて到着する。

 この到着により蒼真とアイリが攻撃の手を止めると、スペクターはこれまでに削り落とされた体積を戻そうと炎を灯す。

 暗くなったこの時間でも蒼真とアイリはリルフォンの暗視機能により視界は良好だ。

 しかし蒼真とアイリは魔力色の魔石によって淡く輝いている為、大王達からも蒼真とアイリの姿は見えている。


「人間が二人でデーモンを相手にできるとはな。驚くべき事だ」


「誰でしょうねこの方。すごく強そうに見えますけど」


「今頃来たって事は西の大王じゃないか? もう時間をかけてデーモンの相手をしてる場合じゃないな」


「おのれ、大王様に向かって……」


 大王の背後にいた魔貴族が精霊剣に手を掛けると同時に、蒼真は上級魔法陣エアリアルを発動。


 膨大に膨れ上がった蒼真の魔力に警戒を強める魔貴族は大王の前に出て精霊剣を構える。


「掻き消せ」


「おっけー蒼真!!」


 蒼真が精霊刀を鞘に納めるのを合図にランが右手をかざすと、スペクターを中心に強大な風の渦が生み出され、急速に圧縮されていくと青い魔力の膜が包み込む。

 魔力の膜の内部は高圧縮された業風渦巻くミキサーだ。

 そしてランが掌を握り込んだ瞬間に超高圧縮された業風のミキサーは、その密度が臨海に達して大気を震わせながら消滅、上下に大量の水蒸気を吹き出して霧散する。

 本来であれば大爆発となる莫大な量の空気を圧縮したのだが、魔力膜の表面に風の防壁を張った事で上下に噴出する形で爆風を防いだのだ。

 この威力に満足そうなランはスペクターの技を自身の風魔導にアレンジして利用したようだ。


 すぐに上級魔法陣を解いた蒼真は大王に向き直る。

 魔貴族二人は一瞬でデーモンが消し去られた事に驚きの表情を見せ、大王は感心したかのように蒼真を見つめる。


「よし、いいぞ。オレは大王を相手するとして…… アイリは二人いけるか?」


「戦えなくはないですけど少し不安ですね」


「ぐっ、貴様ら侮辱しおって!」


「許せませんね」


「まあ待て、少し話がしたい。私は西の大王フェルディナン=ジャスティス。其方らは人間の上位者だろう? 我ら魔人軍に降伏する気はないか。其方ら程の実力者であれば悪いようにはせんぞ。私が魔王となった暁には魔貴族として迎えてやってもよい」


「魔獣群を率いる大王が正義を名乗るとは。魔貴族ともなれば世界の上位者、好待遇で迎えられるだろうな…… だが断る」


「勝ち目のない戦いに死を選ぶという事か」


「死にはしない。オレ達が勝つからな」


 蒼真は現在の戦況を把握していないが、この戦に負けるとは微塵も思っていない。

 魔貴族軍の高い戦力、強力な魔獣群の圧倒的な物量、どちらを考えても戦況は厳しいものとなるはずだが、それでも蒼真は負けはないと感じている。

 各国の強い仲間達に、ミリーがいてリゼがいてエレクトラもいる。

 もし魔貴族の凶刃に倒れる者がいるとしてもそう簡単に死ぬような仲間は一人もいない。

 そして蒼真が誰よりも信じている千尋が戦っているのだ。

 どんな戦況になろうとも、たとえ全ての騎士が倒れようとも千尋が活路を見出してくれるはず。

 ならば蒼真はこの戦争を終わらせるべく大王を相手に勝利を掴むべきだろう。


「では力の差というものを教えてやろう」


「来い」


 大王が豪焔を放って構えると、蒼真は下級魔法陣を発動して神速の抜刀の構え。

 互いに翼を羽ばたかせて一気に距離を詰める。

 大王の豪焔の左袈裟と蒼真の神速の抜刀がぶつかり合い、速度で勝る蒼真が大王の精霊剣を押し退ける。

 斬撃を重ね合おうと再び振りかぶる大王だが、突如目の前から蒼真の姿が消え、その背中に衝撃が走る。

 一瞬にして背後へと瞬間移動をした蒼真からの斬撃を浴び、背中を斬られた大王は回転するようにしてその衝撃を逃した。

 浅く斬られはしたものの致命傷とはならず、再び精霊剣を構えて蒼真を見るもそこにはいない。

 真上から振り下ろされた精霊刀を大王の鋭い感が捉えて受け止める。

 ここで蒼真が少し距離をとって大王の様子を見る。


 蒼真は魔力を一瞬高めて風刃を込めた斬撃を振るい、その放出する魔力が低下したところで瞬間移動する事により消費する魔力量を抑えている。

 しかしこの方法では風の鎧による防御ができない為、上級魔法陣での断空に利用した方が良さそうだ。


 風の鎧を纏って出力が下がるであろう風刃を圧空刃に変え、再び大王に接近する蒼真。

 瞬間移動を警戒してか豪焔を放つ一撃がわずかに遅れ、蒼真が攻勢となって斬撃を重ね合う。

 蒼真の攻撃は斬る事に特化したものであり、踏み込みが深く大王としても戦いにくい。

 超がつく程の一流の剣技をもつ大王は、この見た事のない戦い方をする蒼真を観察しながら反撃の時を待つ。




 蒼真と大王が戦い出した事でアイリと魔貴族二人はその戦いを見守る。

 アイリからはどちらの動きもまだ追う事ができるものの、魔貴族二人からは蒼真の姿は見えても大王の姿は黒い影としてしか映ってはいない。

 闇夜の戦いに蒼真の放つ青い魔力の光は、自身を照らしてしまう事になるのだ。


 同じようにアイリも薄らと紫色の光に包まれており、魔貴族二人からも見えている。

 もしこの魔力色がなければ闇夜の中でも視界が確保できるアイリは優位に戦う事もできるだろう。

 そしてその事は蒼真もアイリもわかっているが、飛行装備で能力的に上回っているうえ相手の視界まで優位にあってはフェアではないとブレスレットを外すつもりはない。


 魔貴族二人は蒼真と大王の戦いを見守るのならばとアイリもしばらく様子を見る。




 蒼真の戦いにも少し慣れ始めた大王がその鋭い一撃を出力を高めた豪焔で払い除けると反撃に出る。

 しかし右袈裟に振り下ろされた豪焔の刃をあっさりと受け流し、すぐにまた右袈裟で反撃に出る蒼真に後方に下がりながらその凶刃を躱す。

 体を引いた事で再び蒼真が攻勢に回り、大王は自ずと出力を高めて精霊剣を振るわなければ対等に戦う事ができない事を知る。

 この男は自身に匹敵すると判断した大王は人間と侮る事をやめ、全力をもって蒼真に向かい合う。




 しばらく蒼真と大王が戦いを繰り広げていると、そこへ到着したダルクがアイリの隣に空中浮揚してその戦いを見つめる。

 魔貴族二人もダルクの到着には気付いているが、大王の戦いを見守るのみで挑んでくる事はない。


「手伝いに来たんだが蒼真は…… 相変わらず異常な程の強さだな。相手は大王だろう?」


「はい。フェルディナン=ジャスティス大王です。ダルクさんが応援に来てくれたのはありがたいですけど王国側は大丈夫ですか?」


「こちらの主力も何人かは倒れているが今のところ死者はいない。残る魔貴族も少ないしな。それに千尋のおかげで戦況はとんでもない事になっている」


「とんでもないとは?」


「千尋の精霊が巨大なゴーレムになって魔獣群を踏み潰しながら暴れ回っている。超級も瞬殺できる化け物だし大丈夫だろう」


 巨大なゴーレムと言われてもアイリも想像がつかない。

 ウェストラル王国でメルビレイを討伐した際のガクの大きさなら想像はつくが、魔獣群を踏み潰しながらと言うのであればもっと大きいのかもしれない。


「千尋さん本人も化け物みたいなものですけどね」


「確かにな。あの見た目で化け物と呼ぶのもおかしいが」


 アイリとダルクの話は魔貴族二人にも聞こえている。

 自身の目で確認したわけではないが、ダルクの話が本当であれば魔人軍が劣勢であるように思えるが、強者揃いの西の魔人が人間に負けるとは信じ難い。

 フェルディナン大王と戦う蒼真の強さはデーモンを一撃で倒した事から人間領の最強の一人と思われるが、大王が精霊化すれば一瞬で片が付くと考える。

 それならばこの二人の人間の実力はどれ程のものか。

 大王の戦いに心配する必要はないと、魔貴族の男はダルクとアイリに向かい合う。


「人間。どちらでもいい。勝負しろ」


「聖騎士ダルクだ。私が相手をしよう」


「では貴女は私の相手をしてくれるかしら」


「できればもう少し蒼真さんと大王さんの戦いを見守りませんか?」


「あら、そう。仕方ないですわね」


 アイリとしては蒼真の戦いをじっと見ていたい。

 魔貴族女性と戦って勝つ自信はあっても、大王の側近ともなれば相当な実力者と思われる。

 苦戦を強いられる事は必至であり、いざ蒼真の力になろうという時に動けなくなる事は避けたい。

 それは魔貴族の女性とて同じ事であり、大王に必要とされた時に動けないのでは側近としている意味がない。

 蒼真以外の人間の実力を知るとすればダルクの戦いを見ればいいだろう。




 ダルクに向かい合う魔貴族の男は早期決着を望んだのか、最初から精霊化をして地の獣魔人へと姿を変貌させる。

 これに聖騎士ダルクも上級魔法陣エアリアルを発動して、自身と獣魔人を中心に直径10メートル程の竜巻を作り出す。

 自身に優位な空間を作り出すテリトリー系の精霊魔導は、ダルクの意思によってどこからでも風魔法を発動できる。


 翼を羽ばたかせてダルクへと向かう獣魔人だが、空間内の風魔法がうまく働かずに前に進む事ができない。

 そこに後方からの風を受けて加速したダルクが襲い掛かり、蒼真と同じ圧空刃で斬り結ぶ。

 出力ではダルクがやや劣るものの、その加速の威力が乗った事で獣魔人を押し除けて、後方へと追いやりながら追撃に剣を振るう。


 複数の斬撃を捌ききる獣魔人の実力は相当なもの。

 それでも前に出る事叶わず後方へと追いやられ、竜巻へと接触するも巻き込まれる事はなく弾かれる。

 風の防壁となった周囲を覆う竜巻は対象を逃さない為の檻のようだ。


 後方に下がる事ができなくなった獣魔人はさらに強化を高めてダルクの魔剣を払い除け、弾かれるならばと防壁を蹴る事で前へと加速。

 ダルクに向かって右袈裟に精霊剣を振り下ろす。

 しかしダルクが左逆袈裟に斬り上げるように受けると、獣魔人の背後から複数の風刃が襲い掛かり背中を斬り付けられた。

 その出力は低いものの、ありとあらゆる方向からこの風刃が襲ってくるとすれば魔貴族といえども防ぎきる事はできないだろう。

 強化を高めて耐えるしかない。

 まともな飛行戦闘をできない状態でダルクの攻撃をただひたすらに耐え続ける事になる。

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