第281話 蹂躙

 千尋がベヒモスゴーレムを作り出した事により戦況は一変し、押し寄せる魔獣群もベヒモスへの恐怖から逃げるような動きを見せ始める。

 連合軍側へと進む魔獣も大地揺るがす振動に戸惑い、戦いどころではなく逃亡を謀ろうと方向定まらずに走り出す。

 聖騎士団や遊撃隊もこの魔獣群の動きに対応できず、後方に下がりながら崩れた前線を立て直す為に各隊指示を出していく。

 今後落ち着きを取り戻した魔獣群がいつまた襲い来るかもわからない為、今この時に陣形を立て直す事ができたのは連合軍にとっては幸いだろう。


 魔獣群の中央で暴れ回っていたベヒモスはすでに五千を超える魔獣を叩き、踏み潰し、空を舞う魔獣をも一薙ぎに払い落とす。

 前方に見えるベヒモスの数倍もあろうかという巨体を持つ、四足歩行の竜種に対して魔獣数体を掴んで投げつけ、大地を踏み鳴らしてその距離を一気に詰める。


 大量の魔獣を踏み潰して跳躍したベヒモスは巨竜の頭へと殴り掛かる。

 その巨体からは想像もつかないほどの速度で動き回るベヒモスに、巨竜もその動きに対応できずに頭を殴られ地面に叩きつけられると、そこから数百ともなる拳を打ち込まれて力なく崩れ落ちた。

 凶悪過ぎる程の強さを持ったこのベヒモスゴーレムは超級魔獣すらも脅威とはならない。


 その叩き潰した巨竜の口に生えた牙を掴み上げ、魔獣群へと撒き散らして次の超級魔獣を求めて魔獣群を踏み荒らしながら前へと進む。

 ベヒモスに対抗しようと襲い掛かる巨獣もいるが、力も速さも桁違いのベヒモスの敵にはならない。

 飛びつかれて押し倒され、左右の拳に殴り潰されて一瞬で殺される。

 魔獣にとっての災厄がこの戦場に舞い降りたのだ。

 逃げる以外に生き残る術はないだろう。




 ベヒモスゴーレムの戦いを複数いる偵察隊の視界から確認する本陣のロナウド達。


「私の出番はありますかな……」


「ジェイラス卿はあの化け物がいる戦地に行く気はあるのですか?」


「ほっほっほっ。できる事なら近寄りたくはありませんね」


「千尋の奴め。とんでもない化け物を産み出しよる」


 にこやかな表情をして戦地を見つめるロナウドとジェイラスだが、そのベヒモスという恐ろしい存在に汗が止め処なく流れ続ける。


 そのすぐそばではザウス王とエレクトラ、ティアの三人でデザートを楽しみながら戦いを見守っている。


「せっかく来たのにオレの出番も無さそうじゃないか」


 ザウス王もノーリス王と交代して本陣へと出て来たのだが、超級魔獣を相手にするつもりがベヒモスがいては巻き込まれかねない。

 超級魔獣と戦う覚悟はあっても仲間のゴーレムに殺されたくはないのだ。


 ティアはフォークを咥えたままベヒモスゴーレムを見て固まっている。

 超級を瞬殺する化け物を見て思考が停止したかのようだ。


「ガクさんがあのように大きくなれるとは知りませんでしたわ」


 エレクトラはアマテラスメンバーとして参加しているせいか少し感覚がズレてきているようだ。

 アルフレッドが作ったケーキを口に運び、優雅にこの戦いを見守っている。




 ゼス王との戦いを攻勢に回る先代大王ゼーンだが、地上で暴れ回る巨体に攻撃の手を止める。


「あれはいったいなんなのだ……」


「どうやら千尋の精霊のようだがな。ゴーレムか何かとは思うが私も初めて見る」


 体に複数の傷を負うゼス王もこの隙を突かずにベヒモスゴーレムを見下ろす。


「ゴーレム…… 竜種すら相手にならんのだぞ? あんなもの誰が倒せるというのだ」


 先代大王ゼーンさえも倒せないと思える程に強力なベヒモスゴーレム。

 その大きさや力の強さだけでなく、巨体を感じさせる事のない速さが最大の武器となるだろう。

 人間や魔人が速さを活かして戦ったとしても躱しきれるはずがない。




 業風渦巻く風の竜魔人となったラシャドと、業雷放つ魔剣を握り締めるシルヴィアの戦いに終わりが近づいていたのだが。

 遠くから聞こえて来る咆哮に視線を送ると、恐ろしいまでの速度で暴れ回る巨獣の存在にラシャドも動きを止めて目を凝らす。

 魔獣群を蹂躙し、超級の竜種を瞬殺した事でその危険性を把握し、シルヴィアとの戦いに時間を掛けている場合ではないと判断。

 早々に決着をつけようとさらに魔力を高めてシルヴィアに臨む。

 すでに残る魔力が底を尽きかけているシルヴィアは最後の一撃を浴びせるべく魔力を練る。

 自身の戦い方から瞬雷の多用により短期決戦をと考えたがこの老魔人にはまだ実力的に遠く及ばないようだ。

 勝てないまでもラシャドを少しでも消耗させようと気力を振り絞って向かい合う。




 水棲魔獣となった精霊を操るハロルドとケレンの戦いは、互いの強さを見極める為の技と技のぶつかり合いが続いていた。

 その実力を認め合うように剣を振るい、この戦いを楽しもうとケレンは長期戦を望む。


 しかしハロルドの後方、人間領側でベヒモスゴーレムが暴れ出すと、ケレンとハロルドも剣を振るう事をやめてその戦いを見守る。


 魔獣群を踏み荒らし、竜種に襲い掛かっては瞬殺し、グチャグチャに叩き潰した巨竜の肉片や骨、牙を投げつけては暴れ回るベヒモスから目が離せない。


「おいおい、あれは人間領の決戦兵器か何かか?」


「おそらくは千尋の精霊によるゴーレムだろう。あんなものを作り出せるとは聞いておらんがな」


「精霊…… 少し様子が見たいが……」


「退くなら止めはせんぞ?」


「いや、決着をつけよう。全力でいくから覚悟してくれ」


「仕方ない。後悔するなよ」


 精霊化の為呪文を唱えるケレン。

 ハロルドは上級魔法陣アクアを発動してコーアンが聖剣へと飛び込むと、水膜を纏った刃となる。

 この水膜は吸血魔導であり、血液を吸い取って魔力を奪うだけでなく、対象の魔力への侵食から吸い上げる能力をも持つ。

 短期決戦に備えて精霊化するケレンの変貌を待つ。




 老魔人と戦っていたニコラスは残る魔力量から長期戦は不利と判断し、上級魔法陣ボルテクスを発動して精霊化。

 ニコラスもやはり精霊化に込めるイメージは朱王その人だろう。

 かつて最強を誇ったニコラスが戦いもせずに絶対服従を誓った主人なのだ。

 武器を持たない朱王の超級魔獣討伐にも同行し、本物の化け物としてその強さを目の当たりにしている。

 ニコラスの精霊化も鋭い目を持つ仮面に後方に流れる長く白い毛髪、朱王には生えていないが頭から生える角が特徴的だ。

 ヴリトラ装備の竜毛に朱王の髪が隠れて角のように見えたのかはわからないが、クイースト王国のカミンの精霊化に近い姿に変貌している。


 対する老魔人も精霊化を済ませ、筋肉膨れ上がる獣魔人となって凶悪な表情を見せる。

 速度よりも出力に特化した精霊化と思われる。


 ニコラスは咆哮と共に魔力を高め、老魔人も咆哮をあげて空を舞う。

 しかし翼を羽ばたかせたその瞬間、業雷と共に老魔人へとニコラスの斬撃が落ちる。

 魔剣ラーグルフを老魔人の肩へと食い込ませ、不意を突いたことにより高い強度を誇る老魔人の防御力を上回り、致命傷となって地上に向かって落ちていく。


 老魔人との戦いに勝利したニコラスは消耗の激しい精霊化を解除し、一息ついて魔剣を鞘に納める。


 そして雷の如き轟音となる咆哮が聞こえ、何事かと急いで連合軍へと向かう。

 残り魔力は少なくともまだ戦う意思を失わないニコラスはこの後ベヒモスを見て驚愕する事になる。




 ダンテと女性守護者との戦いもすでに佳境を迎えていた。

 精霊化した炎の竜魔人は業焔を放ち、上級魔法陣アースを発動するダンテは激震による爆発の如き衝撃をもって守護者を相手に互角に戦っている。


 しかし朱王に天才と呼ばれるダンテはミスリルワイヤーを繋げた投げナイフを利用して牽制し、多彩な属性魔導を発動して守護者を翻弄。

 全て豪焔をもって払い除ける守護者だが、相殺できる魔力量も属性ごとに違う為、全てを高い出力をもって払い除けるしかない。

 無駄な魔力消費が多くなり、ダンテと斬り結ぶ為の出力が低下して、激震を相殺できずにダメージを蓄積させていく。

 五合も斬り結べば手には痺れが残り、ダンテの一撃を受けるのがすでに辛い。

 精霊剣を持つ手が震える守護者は気力を振り絞って業焔を纏ったところで、地上にベヒモスゴーレムが着地。

 咆哮をあげて駆け出す姿を見てこの戦いに勝利する事が難しい事を知る。

 守護者である自分がたった一人の人間に勝てそうにない事だけでなく、ベヒモスゴーレムの想像を絶する力や速度に、矮小な存在である魔人が挑んだところで戦いになるとは思えない。

 精霊剣を構えるも戦意の失った竜魔人は向かって来たダンテとの斬り合いに押し負け、体内を破壊する程の衝撃を受けながら地面に向かって落ちていく。

 勝利したダンテは魔法陣を解除して、大王と戦うであろう蒼真、アイリの元へと向かう。




 ベヒモスゴーレムは次の超級魔獣へと襲い掛かり、地属性の小山のような巨獣に拳を振るう。

 同じ地属性同士の戦いとなるが高い魔力を有するベヒモスの一撃は凄まじく、強固な体を持った巨獣も抗う事ができない。

 ひたすらに打ち込まれる殴打に体に纏った鎧のような岩を砕かれ、その表面硬度、強度が失われていく。

 人間相手では絶対的な重量と強度から相当な脅威となり得るこの巨獣も、ベヒモスからすれば動きの遅い的でしかない。


 あまりにも圧倒的な力に怯み、地に伏した巨獣を蹴り込むベヒモス。

 絶叫する巨獣は腹部が弱いと判断したベヒモスは大地を踏み鳴らし、地属性魔導で山のように地面を盛り上げて巨獣を横倒しにする。

 盛り上げた大地はすぐに元に戻り、横倒しになった巨獣の腹部に全力の拳を叩き込む。

 ベヒモスの拳で突き破れない程に強度は高いが、背中側よりも柔らかい腹部はやはり弱点となるだろう。


 内臓を破壊する勢いで数百となる拳を打ち込み、巨獣の命が尽きたところで腹部は破裂した。

 大量の血が辺りに撒き散らされ、血の海となって魔獣群を押し流す。


 ここまで二万近い魔獣を屠ったベヒモスは一回り小さくなっているが、まだ充分な魔力を内包している。

 魔獣群を叩き潰すだけなら残り三万も余裕だろう。

 しかしまだ残る超級に狙いを定め、足元の魔獣群を踏み付けながら前へと進む。

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