第280話 千尋が行く
ミリーが要塞に到着した事は本人を直接見なくともわかるのは、広範囲に渡って七色の粉塵魔力が広がり、触れた者の体力が回復されていく為だ。
戦闘時の放出する魔力を本来の回復魔力として使用するミリーは、他の回復魔術師と比べて別格の能力を持っている。
疲れ切っていた回復術師達もこの体力の回復に助けられ、少しだけ顔に血色が戻る。
「コール…… ユユラさん、回復医の方々に魔力回復薬の供給をお願いします。それと王国への怪我人の移送を急いでほしいので一般の運搬業者さんにも依頼して下さい」
クリムゾンのザウス王国幹部であるユユラへと指示を出し、範囲の回復魔法を展開しながら治療室へと到着する。
そこには多くの怪我人や今にも命尽きそうな戦士達が溢れ返っていた。
リゼもその中の一人であり、多くの血を失った事により死人のように青白い。
「ミリー頼む!! リゼを助けて!!」
「千尋さんは少し落ち着いて。今から復元魔法を掛けますから強化を解除してください。回復医の方々は重症患者のみ回復魔法をお願いします」
千尋がリゼの強化を解くと抑えられていた血が一気に溢れ出すが、そこにミリーの復元魔法が開始され、目に見えて傷が癒されていくのがわかる。
今のミリーには普段の軽い雰囲気が一切なく、真剣な表情で治療にあたっている。
リゼの手を握り締めたままミリーの回復を見守る千尋だが。
「心配なのはわかりますが千尋さんはこの部屋から出て行ってもらえませんか?」
「でも!」
「でもじゃないんですよ。今千尋さんはやるべき事があるでしょう? リゼさんは私が必ず治してみせますから千尋さんは自分の仕事をしてきて下さい」
今ここに千尋を置くべきではないと判断したミリー。
千尋の怒りと殺意により放出する魔力が鋭く、傷を負った者達の体に負担をかけている。
ミリーの厳しい態度に自分が治療に悪影響を与えていると察した千尋は立ち上がり、拳を握り締めて歩き出す。
千尋がリゼを連れてきてからも治療室に運び込まれる戦士は増えており、回復医の手が回らなくなるのは目に見えている。
「ミリー。魔力はもつ?」
「このまま重傷者が増えればいずれは尽きます」
「オレは何をすればいい?」
「千尋さんはそろそろ全力を出していいと思いますよ。今ここは戦場なんですからね。全部壊しちゃっても大丈夫です!」
「わかった。ここは任せるね」
千尋は治療室を出て走り出す。
地上で戦う連合軍の戦況は悪く、前線が崩れている為魔獣群の流れを分散できずに聖騎士団への負担となって押し寄せている。
聖騎士団も全てを抑える事は難しく、その背後からも止め処なく押し寄せる魔獣群、そして巨大な超級の姿も見え始め、絶望を覚えながらも戦っている事だろう。
多くの魔獣を後方に流してしまうと騎士団、領兵団が魔獣を討伐できずに多くの怪我人が出てしまい、さらに戦況が厳しくなっていく。
魔術師団が集まる要塞の前面へとたどり着いた千尋は指揮を執っているであろうマールを探す。
マールの声は拡声器によって魔術師団に指示を出している為声のする方へと向かえばいい。
「マールさん! 頼みがあるんだ!」
「千尋君!? 君の頼みなら構わないが何をすれば良いんだ?」
「魔術師団全員で連結魔法! オレに地属性魔力を集めてほしいんだ!」
「全員だと暴発するかもしれな…… 千尋君ならそうでもないかな。指示を出そう」
マールは拡声器を使用して全員に通達し、魔術師団がその指示に従って手を繋いでいく。
「ありがとう! ガク、やるよ!」
『うむ。充分に怒りを食ったし我に任せるといい』
魔剣カラドボルグを握り締めて上級魔法陣アースを発動し、2メートルともなる精神体のガクが前方に向けて両手をかざす。
千尋からガクに注いだ魔力はおよそ半分。
この魔力を核としてガクは魔術師団の魔力を再錬成する事になる。
千尋の右肩にはマールが、左肩にはアルテリアの研究所から応援に来ているコーザが手を置き、一万を超える魔術師団が一定量で地属性の魔力を千尋に向けて流し込む。
あまりにも膨大な魔力が流れ込んだ為吐きそうになりながらもガクへと魔力を注ぎ込み、ガクは千尋の魔力核を中心にして大地から大量の土や石を集めてゴーレムを作り出していく。
注ぎ込まれた膨大な魔力は500万ガルドを超え、ガクの再錬成により高さ20メートルを超える巨大なゴーレムを生み出した。
その姿は小型のガクを凶悪なまでに膨れ上がらせた巨獣ベヒモスであり、内包される魔力が500万ガルドを超えるとなれば超級魔獣をも遥かに上回る。
魔力の再錬成で高出力を可能とする事は魔術師団、研究所でもわかっていたが、その注ぎ込まれた魔力を全て再錬成し尽くして巨大なゴーレムを作り出すとは思ってもいなかった。
使用された素材は要塞の一部も使われているが、この超級ゴーレムを錬成されては言葉も出ない。
ゴーレム内へと飛び込んだガクはゴーレムとなって地上へと着地。
大地を踏み鳴らして咆哮をあげる。
わずかに屈伸して駆け出すと、地面を大きく抉り取って魔獣群へと突っ込んだ。
魔獣の中腹へと向けて駆け込んだガクは大地を踏み砕き、足元の魔獣を全て一撃で粉砕。
左右の拳を大地に打ち付けて地上を真っ赤に染め上げていく。
人間にとっては大きな魔獣も巨獣ベヒモスの前には小さなもの。
大地の怒りが魔獣群を蹂躙する。
ベヒモスが魔獣群を叩き潰す様を見つめる千尋。
膨大すぎる魔力を再錬成した事により気分は悪い。
そして千尋だけで作り出したゴーレムとは違い、ベヒモスの強化が千尋の体に影響を与える事はないようだ。
集められた膨大な地属性魔力は、千尋の魔力ではない為距離が離れると拡散する。
ガクの強化はそれを防ぐ為に使われているのだろう。
千尋の位置からは見えないが、ベヒモスの体は少しずつ崩れている。
ただし500万ガルドを超える魔力ともなれば、魔獣群五万を相手に充分な魔力量と思える。
「マールさん、コーザもありがとね」
「「……」」
口をパクパクとさせながらベヒモスを見つめる二人は言葉も出ないらしい。
エルフ部隊もこの千尋の再錬成を見守っていたが、今は化け物を見るような目を千尋に向けている。
「じゃあオレは行くからここはお願いね」
千尋は飛行装備を展開してリゼと戦った老魔人の元へと向かう。
誰かが挑んでいなければ間違いなくあの場に留まっているはずだ。
魔獣群の中で暴れ回るベヒモスを見下ろす老魔人の元へとやって来た千尋。
やはり移動する事なく千尋を待っていたようだ。
「あれはなんだ? 其方は魔獣を作り出せるのか?」
「魔獣じゃなくてゴーレムね。中身はオレの契約する精霊だよ」
「さきの者も精霊を使役しておったが人間は精霊を取り込まず利用できるという事か…… ふむ、興味深いな」
「利用じゃないよ。仲間として契約するんだ。精霊も自我をもってるんだし友達みたいなものかなー」
『違…… いや、そうなのか?』
エンとしては違うと答えるのが普通だろう。
精霊は人間に召喚される際に姿形を創造される事で自我をもち、与えられた魔力に事象、精霊魔法を起こすという対価を支払うのが本来の在り方だ。
そして器を与えられ契約した精霊は自我を一定に保たれ、魔力を食糧として必要な時に契約者に力を貸すのが精霊契約となる。
しかし魔剣への精霊契約は自我をさらに強くもたせ、感情豊かな精霊となる為、常に一緒にいる以上友達と言われれば間違いではないのかもしれない。
「其方には精霊がもう一体。どのような力を持つのか気になるな。手合わせ願いたいがどうだろうか」
「言っとくけどリゼを傷つけた事は許さないよ。手加減しないから死んでも文句は言わないでね」
「ほっほ。望むところよ。このトラビス、命を賭けて相手をしよう」
「姫野千尋。お前を倒す男の名前だ!」
「男……」
首を傾げながら全身を強化して精霊剣を構える老魔人。
千尋は下級魔法陣グランドで身体強化をしつつ、エンの深淵魔導でトラビスに挑む。
千尋が把握している深淵魔法による事象とは質量変化であり、重力魔法とはまた違った性質を持つ。
上級魔法陣グラビトンの効果は薄く、インプロージョンは絶大な効果となる。
互いに距離を詰めようと翼を羽ばたかせると、千尋はトラビスの背後に配置した対外魔力で空間そのものの質量を変化させ、前に進めないトラビスと急加速する千尋。
右のエンヴィで斬り結ぶと三刀流による乱撃でトラビスを圧倒し、その複雑かつ捉えようのない斬撃に複数の傷を負わせながら攻勢に回る。
その強度から深い傷を負わせる事はできないものの、後方に引かれるトラビスの剣は千尋の威力に耐えきれない。
押し退けられるも質量魔法が解ければトラビスも反撃に出る事が可能となり、千尋の剣を打ち払って攻勢に出ようと前に出る。
出力で勝るトラビスの斬撃だが、千尋の強化も魔導のみとはいえ相当な出力を持つ。
トラビスの斬撃を受け止め、左右の斬撃とエンの質量魔魔導を乗せた斬撃とでトラビスを翻弄する。
思うように戦えないトラビスは全身から血を流しながらも千尋の攻撃に耐え続け、精霊化しようと考えるもこの止め処ない攻撃の嵐にその余裕はない。
エンに殺意を食われた千尋は冷静であり、トラビスをどこまでも追い込んでいく。
リゼを傷つけられた事による怒りはまだ湧き上がるものの、冷静さを欠けば自身の隙を生む事になり、この大王に届くかもしれない実力者であるトラビスには隙を見せるわけにはいかない。
トラビスを追い込み、冷静さを失わせてから全力の戦闘に持ち込もうと千尋はこの攻撃の手を緩めるつもりはない。
左右、そしてエンからの質量魔導はそう簡単に逃れる事はできないだろう。
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