第279話 戦場

 ゼス国王は下級魔法陣を発動し、聖剣ガラティーンから真紅の豪炎を放って構える。

 先代大王ゼーンも巨大な精霊剣に豪焔を纏わせて構え、その出力がゼス王を上回っている事がわかる。


 ゼス王は右下方へと下降しながら空を舞い、加速をしながらゼーンへと回り込んでいく。

 飛行戦闘において停止状態で戦う事が不利なのは誰もが知る事であり、ゼーンも翼を羽ばたかせて空を舞いゼス王と距離を詰めるタイミングを見計らう。


 互いにある程度速度が乗ったところで距離を詰め、豪炎と豪焔で斬り結ぶも、速度で勝るゼス王の威力はゼーンの威力にも劣らない。

 わずかに押し退けたゼス王は攻勢に回り、その磨き抜かれた剣技をもってゼーンに挑む。

 このゼス王も類稀なる実力者であり、ゼーンから見ても先に戦ったヴィンセントを思わせる強さを持つ。

 豪快に見える剣技には無駄な炎の放出もなく、剣戟一つにその威力を乗せてくる技術は多くの魔力を保有する魔人にはない精緻なものだ。

 ゼーンでさえも刃の後方にも炎は流れるが、ゼス王の豪炎は前面側の切先からしか放出されていないのだ。

 この強者同士の戦いはお互いの精神を研ぎ澄ませ、己の剣技を繋ぎ合わせて炎の剣舞、炎舞へと昇華していく。


 空を舞いながら数え切れない程の斬撃を重ね合い、時にはサラマンダーのブレスを吐き出しながら互角の戦いを繰り広げる。




 魔貴族であるブレインを倒したリゼは、魔貴族の老人にルシファーによる水渦の乱舞で挑む。


 しかしこの老魔人は現大王に匹敵する実力者であり、万全の状態のリゼであっても勝つ事は難しい。

 ブレインとの戦いで消耗したリゼは激痛走る体を無理矢理に動かして剣を振るっている。

 対する老魔人はリゼの全ての攻撃を強化のみの精霊剣で払い除け、左手は腰に回している為まだまだ余裕がありそうだ。


 勝てないまでもこのまま時間稼ぎをしようとルシファーを振るうも、老魔人もそう長くはこの乱撃に付き合ってはくれない。

 出力を高めた一撃によりルシファーを弾き飛ばし、軌道を乱して距離を詰めてくる。

 修正しようにもあまりにも強力な一撃だった為、刃の先端は遥か遠くへと飛ばされている。

 伸縮する剣が限界まで引き伸ばされては抵抗できないだろうと思った老魔人はリゼに目を合わせ、少し落胆したような表情を見せながら精霊剣を振り下ろす。

 しかしリゼがこれで終わるはずはなく、重力魔法により体を軽くしてルシファー先端側に引かれて急速移動。


 すぐに追う老魔人は速度に乗ったまま空を舞い、ルシファーを直剣へと引き戻したリゼと近接で斬り結ぶ。

 出力を高めた斬撃により氷結の刃は押し戻されるも、接触箇所から折れ曲がるルシファーに老魔人も体を引かざるを得ない。

 強引に体を捻って氷刃を躱し、体勢を立て直したところに回転しながらルシファーを振るうリゼの左薙ぎが振るわれる。

 精霊剣を立てて受け止めるも再び曲がりくるルシファーの刃は、伸びも曲がるもリゼの意思によって変則的で予測のつかない斬撃となって襲ってくる。

 老魔人は体を伏せって曲がる斬撃を躱し、精霊剣に巻き付くように曲がるルシファーに絡め取られまいと瞬時に引き抜く。

 リゼはそのまま腕を振り回すようにしてルシファーの軌道を変え、下から斬り上げる斬撃を鞭のようにしならせながら振るい、下方を向く老魔人は精霊剣を横に向けて受けると同時に全力で払い除ける。

 打ち付けたルシファーの刃が弾き飛ばされるも、折れ曲がった先端が伸び上がる事で老魔人の頬を掠めていった。


 仰反る老魔人と弾かれたルシファーを魔力を高めて引き戻すリゼ。

 リゼは引き戻したルシファーを鞭のようにしならせたまま老魔人の位置へと音速を超える一撃を振るい、切先が精霊剣へと打ち付けられる。

 それ以上伸びる事のないルシファーには引き戻し効果に高い魔力を注ぎ込んでいる為だろう。

 氷刃が精霊剣に打ち付けられると冷気を撒き散らし、何度も振り抜かれる鞭剣は老魔人の装備を少しずつ凍りつかせていく。


 痛む体に耐えながらもこの高い戦闘能力を誇るリゼに、老魔人は全力をもって相手をしようと動き出す。




 すでに空は闇夜に染まり、連合軍上空では昨夜と同じくハクアが光源となって地上を照らしている。

 短い時間ではあったが休憩をしながら食事をとり、魔力回復薬も飲んでいる為地上を照らすだけであれば朝まで何とか持ち堪えられるだろう。

 護衛にはミリーの回復魔法により傷を癒されたパステルと、老魔人を倒して消耗の激しいサフラがつく。

 ハクアの任務は光源として地上を照らす事、そしてサフラはその護衛である為、常時補給をする事で魔力の回復を促すようにしている。


 地上では魔人軍を倒し終え、前線では魔獣群との戦闘が開始されている。

 魔人軍により二割の近接隊が倒れており、半壊した冒険者による前線部隊には遊撃隊も参加して何とか戦況を維持している状態だ。

 本陣にいる主力の何人かを魔獣群討伐に当てたいところだが、今後来るであろう超級魔獣の対応に当たる必要がある為連合軍は魔獣群に耐えてもらうしかない。


 しかし強力な個体が多いこの五万ともなる群勢にそう長くは戦況を保つ事はできないだろう。

 魔獣群を分散する目的で、中央付近で大きく削れるだけの戦力が欲しいところだが今は誰も投入できない事が苦しいところ。


 ノーリス王が王宮へと戻っている為、現在はザウス王も本陣へとやって来て超級魔獣に備えている。

 ただし、魔貴族軍を倒し切れなければザウス王には残る上位者と戦ってもらう必要も出てくるのだが。




 暗闇の中、バグベアーデーモンと高速飛行戦闘を繰り広げていた千尋は空を縦横無尽に駆け巡り、リゼの場所や敵対する相手を把握してその戦いが厳しい事を知る。

 すぐにでも応援に駆け付けたいところだが、バグベアーをどうにかしない事には戦いを荒らしにいくだけだ。




 リゼと戦う老魔人は、実力で上回る事からリゼを光源がある方へと追いやり、魔獣群上空で戦闘を繰り広げている。

 すでにリゼの体力は限界を超え、残る魔力も四桁となり上級魔法陣も発動できないような状態だ。

 一度全力の水氷魔導で挑むも全て回避され、精霊剣と斬り結ぶ事なく魔力を大きく消費する結果となってしまった。

 全身から汗が滝のように流れ落ち、痛む体を押して戦った事により右腕には感覚がなくなっている。

 それでも地属性魔法でミスリルウォーマーを操る事でルシファーを振るって耐えていた。




 千尋もリゼのピンチにバグベアーへの攻撃の出力を上げ、大量にある魔力球を使用してガクとエンが持つ魔剣を魔力で満たす。


 二精霊には後方へと距離を取ってもらい、その間千尋は二刀流でバグベアーの両手足の攻撃に耐え、隙を作ろうと光魔法を発動。

 両目からレーザーポインターのように光を放ってバグベアーの目を眩ませ、怯んだところを距離を取って装飾銃ベルゼブブを構える。


 上級魔法陣グラビトン、上級魔法陣インプロージョンを同時発動して擬似魔剣を操作して空に浮かせ、バグベアーデーモンに焦点を合わせて発砲。


 およそ10キロの距離を離れていたガクとエンは超重量となった魔剣エクスカリバーと魔剣カラドボルグに引かれて加速。

 一瞬にして10キロの距離を移動し、その質量と速度はバグベアーデーモンの風の鎧を突き破り、圧縮魔導によってその身をごっそりと削り取りながら体を貫いた。


 上級魔法陣を解除した千尋はガクとエンを引き寄せ、リゼの元へと向かって空を舞う。

 位置情報からリゼの場所を特定すると王国に近い場所であり、煌々と輝く空に浮かぶ小さな太陽、ハクアを目指して加速を始めた。




 リゼと戦う老魔人は敵意をもって近付いてくる千尋の存在に気が付き、新たな敵と戦う前にリゼとの決着をつける事にした。

 何とか意識を保っているリゼに敬意を払い、通常状態での最大出力で強化。

 リゼも老魔人が決着をつけるのだろうと判断し、残る魔力を振り絞って氷結を纏ったルシファーを構える。


 互いに翼を羽ばたかせて加速し、距離を詰めて全力で斬撃を重ね合う。


「やめろぉぉおーーー!!!」


 千尋の叫びも虚しく老魔人の精霊剣はルシファーを押し退け、そのまま斬撃はリゼの体へと沈み込む。

 斬るではなく払い除ける斬撃ではあったものの、リゼの体はその威力に耐え切れずに遥か後方へと弾き飛ばされた。


 飛ばされたリゼを追って老魔人をも通り過ぎる千尋。

 血を撒き散らしながら錐揉み状態で落下を始めるリゼを抱き留めた千尋はすぐにミリーに連絡する。


「ミリー!! お願いだ、リゼを助けて!! 右の要塞に降りるから急いで!!」


『むおー!! リゼさんどんな状態ですか!?』


「傷が深すぎる!! 今にも死にそうだ!!」


『わかりました!! 傷を千尋さんの魔法でしっかり塞いでください!! すぐ行きます!!』


 ミリーの指示通りにリゼの体を魔力によって保護し、あまりにも多い出血を止めるべくリゼの体を千尋の魔力で強化する。

 意識のないリゼの体は千尋の魔力で満たされ、血止めができた事で移動を開始。

 エルフ部隊が魔法銃を放っている右側の要塞へと降りた千尋は、治療室へと駆け込んでベッドを探す。

 多くの怪我人がベッドに横たわり、血を流しながら呻き声を上げている。

 回復魔術師達もこの治療室で慌ただしく駆け回り、魔力の減少から顔を真っ青にさせながら多くの怪我人に回復魔法を掛けている。

 この怪我人の多さは戦況の悪さを物語っていると言っていいだろう。

 治療室内も回復魔術師達の戦場となっている。


「空いてるベッドはない!?」


「千尋、さん…… ここをお使いくだ、さい」


 右側のベッドに横たわっていたエイミーが場所を譲ってくれる。

 そのベッドにも多くの血がついている事からエイミーも相当な傷を負った事は間違いない。


「ありがとう! ごめんねエイミー」


「私の事はいいです。今はリゼさんの心配を」


 見習いの回復魔術師がすぐに新しいシーツへと交換し、そのベッドにリゼを寝かせる。

 ミリーが来るまでは千尋もリゼに施した強化を解除する事はできない為そばに付き添う。


 リゼの手を握り締めてミリーの到着を待ち望む。

 今は一刻を争う状態であり、爆炎を利用した加速で移動の速いミリーだとしてもこの待っている時間が長く感じられる。


 ふつふつと怒りが込み上げる千尋。

 傷ついたリゼを見て湧き上がる殺意。

 ミリーを待つこの時間は千尋の怒りと殺意を次第に増大させていく。

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