第278話 雷と水

 空が瞑色めいしょくとなり、地上戦では残る魔人軍は数百となり、足の速い魔獣群との戦いも始まっている。

 討ち倒した魔人達は生きた者も死んだ者も全て戦場を整える為に端に寄せられており、死にかけた者に対してはある程度の回復魔法も施してある。


 すでに連合軍近接部隊にも二割近い被害が出ており、この後の魔獣群戦げ厳しいと判断せざるを得ない。

 消耗しているとはいえ人間側の主力部隊が出る必要がありそうだ。


 そんな中、隠れていた偵察隊からの一報で大王がこちらに向かっている事が確認された。

 大王と魔貴族が二人、ザウス王国に向かっているとの事だがその先にはデーモンと戦う蒼真とアイリがいるはずだ。


「蒼真達の元へは私が向かいましょう」


「うむ。頼むぞダルク。ジェイラス卿は魔獣群の相手をよろしいか。おそらくは超級もおるでしょうからな」


「一人では厳しいかもしれんがやってみよう」


 この魔獣群にも超級は数体いるものと考えられる。

 ジェイラス一人では一体を相手するのも厳しいが、今も魔貴族軍と戦う主力部隊にも戦闘を終え次第戦ってもらう必要がありそうだ。

 まだ戦っていないデーモンも一体いるが、動きを見せない為今はまだ放置しておく。




 今もまだ先代守護者である魔貴族の老人と戦うニコラスだが、デーモンを倒した後であり残る魔力量からこの老魔人を倒せるかどうか難しいところだ。

 地属性強化を得意とする老魔人の斬撃は鋭く重い。

 ニコラスから見ても相当な実力者となったウルハやエイミーだったが、この老魔人が相手では勝てないのも頷ける。

 ニコラスの雷撃も属性の相性からか威力が十全に通らないようにも思える。

 剣技は互角のようだが、動きを止めては剣の速度で上回る老魔人が優位であり、ニコラスは体捌きと瞬雷による加速とで老魔人相手にも引けを取らない戦いぶりをみせる。

 この思わぬ好敵手に老魔人も獰猛な笑みを浮かべて斬り結び、対するニコラスも主人である朱王をも思わせる程の実力を持つ相手に全力をもって魔剣を振るう。


 魔貴族軍との戦いが始まってすでに三時間が経過しようというのに、老人二人の白熱した戦いはまだまだ続きそうだ。




 老魔人ラシャドと向かい合うウェストラル王国聖騎士長シルヴィア。


「いくぞヴァリエッタ!」


 下級魔法陣を発動し、魔剣オルナの迅雷を通して精霊ヴォルトへと魔力を注ぎ込む。

 雷鳥の姿をした精霊は翼を広げて目にも止まらぬ速度で飛び回る。


「ほうほう。先程の者よりも出力の高い雷魔法が見れそうじゃの。どれ、わしの風魔法も見せてやろうか」


 精霊剣を右に構えるラシャドは暴風を纏ってシルヴィアを手招く。


 瞬雷により一瞬でラシャドの背後へと移動したシルヴィアは体を捻りながらその背中に斬り付ける。

 その速度を予想していなかったラシャドも咄嗟に回転しながら精霊剣を振るうも、間に合わずその背に斬撃と雷撃を受ける。

 風の鎧により傷を負う事はなかったものの、雷撃を相殺しきれずに背中を痺れさせ、飛行装備が停止して高度を落とし始めるラシャドをシルヴィアは追う。

 高い魔力放出により麻痺も払い除け、上空から襲いくるシルヴィアの斬撃を受け止めた瞬間にその姿が掻き消える。

 再び瞬雷による移動をしたシルヴィアがラシャドの左後方へと現れ、横腹に雷刃で斬り付ける。

 雷球に多様性を持たせて戦ったレオナルドとは違い、雷魔法の速度を重視して戦うシルヴィア。

 速さに自信を持っていたラシャドもこのシルヴィアの速度には驚きの表情を見せる。

 しかし出力の不足するシルヴィアの雷刃はラシャドの風の鎧を貫く事はできず、わずかに雷撃のダメージを通すのみ。

 対してラシャドの風の刃はシルヴィアの雷壁をも易々と突き破ってくる事だろう。

 しかしシルヴィアにとって雷壁は完全な防御ではなく、防御と同時に雷撃による熱と麻痺を与える攻防一体の障壁だ。

 一瞬でも動きを抑える事ができればその攻撃を防ぐ事も難しくはないのだ。


 瞬雷による移動方は魔力の消費が激しく多用する事もできないが、最初の二撃でいつどのタイミングで発動してくるかわからないようラシャドに印象だけを残し、体勢を崩したところから雷刃による自身の剣技でラシャドに挑む。

 攻勢に回ったシルヴィアは強く、反撃を繰り出したとしても蒼真達とのあまりにも激しい防御の訓練のおかげもあって攻守が入れ替わる事はない。

 シルヴィアの強さを嬉しく思ったラシャドは年甲斐もなくこの戦いに気持ちが昂る。




 向かい合って早々に上級魔法陣ボルテクスを発動したノーリス国王イスカリオットは、竜人ルエとの訓練で身につけた雷竜化をして聖剣フラガラッハを構える。

 緑雷が体を包み込み、竜鱗浮き上がるその姿はルエを模したものだろう。


 守護者ジャレンはこの雷竜化したイスカリオットに驚愕しつつも、自信も呪文を唱えて精霊化。

 炎の竜魔人となって豪焔を放つ。


 翼を羽ばたかせて前に出るジャレンだが、膨大な魔力を放出したイスカリオットから緑雷が繋がり、振り払おうとするも緑雷は繋がったまま。

 今この状態が危険と判断したジャレンはで全身を業焔で包み込み、精霊剣を構えてイスカリオットに備える。

 膨大な魔力を放出したイスカリオット。

 轟音と共に掻き消えると同時にジャレンは四肢が弾け飛ぶ程の衝撃が体を貫き、意識が飛びそうになりながらもこの業雷に耐える。

 ジャレンの背後へと突き抜けたイスカリオットは聖剣を振り抜くも、正面に構えた精霊剣に当たって斬り伏せる事はできなかった。

 この光速移動の斬撃は自身の技として振るったとしても軌道の修正が効かない。

 そして精霊剣を構える魔人に直線的に向かうこの技は諸刃の剣でもあるのだ。

 精霊剣を払い除けなければ自信の体にその刃が食い込む事になるだろう。


 一撃を耐え切ったジャレンには緑雷がまだ繋がったままであり、今は全身のダメージを回復する為に回す魔力が惜しい。

 全魔力を業焔の防御膜へと注ぎ込み、再び魔力を高めたイスカリオットに精霊剣を向けて構える。

 攻撃に出るべきだが速度で勝るイスカリオットには届く事はないだろう。

 雷撃に耐えて隙を突いて斬り込むしかない。


 轟音と共にジャレンへと業雷が落ち、全身に走る衝撃に耐え切ったジャレンは背後にいるであろうイスカリオットへと振り向く。

 しかし次の瞬間に再び業雷に襲われたジャレン。

 纏う業焔はそのままに腹部を斬り裂かれて業雷による衝撃が体を突き抜ける。

 業雷の出力をある程度は相殺できているとしてもその衝撃は凄まじく、腹部を斬られては次の斬撃も防ぐ事は不可能だろう。


 その後も業焔の出力を落とさずにイスカリオットの業雷に耐え続け、十を超える業雷を浴び、全身を斬り刻まれて地上へと落ちていった。

 この戦闘を圧勝と思われたイスカリオットだが、ジャレンが業雷を相殺し切れなかったのと同じようにイスカリオットも業焔を全て相殺できてはいない。

 全身に火傷を負い、多くの魔力を失った事から戦いの継続は難しいだろう。

 作り上げた精霊魔導の特性上、短期決戦、それも個人戦向きとなるイスカリオットの能力では強者を一人倒せれば目的は果たしたと考えていいだろう。

 この後はザウス王と代わって戦線の指揮に回るつもりでいる。


 雷竜化を解除して本陣へと向かって飛び立った。




 ウェストラル国王ハロルドの相手をするのは守護者ケレンだが、人間を好むこの魔人は一国の王を相手にどう戦うのか。


 水棲魔獣のような精霊を聖剣フロッティに纏わせると、ハロルドを守るかのようにコーアンは渦を巻く。


 対するケレンは地属性強化を施して長大な精霊剣を肩に担ぐようにして構える。


 ハロルドが聖剣を薙ぐとコーアンは大きな口を開けてケレンへと向かい、強化のみの精霊剣で薙ぎ払い水刃を撒き散らす。

 喰らいつこうと何度でも襲い掛かるコーアンを余力をもって打ち払うケレンだが、ハロルドはコーアンの内部を通って急接近。

 コーアンから吐き出されるようにしてケレンに斬り掛かる。

 咄嗟にハロルドの斬撃を受けるもコーアンの喰らい付きは止まる事なくケレンを襲う。

 コーアンの体内に取り込まれた二人は斬撃を重ね合い、ケレンの威力の高い一撃にハロルドが払い除けられたところでコーアンの体内にいるのはケレンのみ。

 コーアンの分解が始まり、水刃のミキサーがケレンの体を切り刻む。

 しかし魔力強化の高いケレンが相手ではコーアンの水刃は体表を浅く傷つけるのみであり、ケレンの超威力の剣圧によって打ち破られた。


「さすがは国王。驚くべき精霊魔法の使い手だ。まるで魔法が自由意思を持っているようだ」


「コーアンは私を守護する精霊。其方の言う通り自由意思を持っておる」


「面白い。人間は興味が尽きる事はないな」


「我ら人間もここ最近では魔人に興味を持っている。共に歩めればと思うが戦いに決着をつけなければ終わる事ができないのだったな」


「うむ。我らが勝利したとて人間をそう悪く扱うつもりはない。その能力を活かして働いてもらう事にはなるがな」


「いや、我ら人間が勝利しても魔人をそう悪く扱うつもりもないぞ」


「ふはは。だが勝つのは我ら魔族だ」


 互いの意見が一致していようとこの戦いを終わらせる必要がある。

 違うとすれば人間領を取り込もうとする魔人族と、友好関係を築いて共存していこうという人間族。

 共に生きるとしてもその意味には大きな違いがあり、もしここで人間族が負けるような事があれば魔人領の二国を相手に戦う必要が出てくる。

 その戦いには多くの人間が駆り出され、戦況も厳しいものとなるだろう。

 ハロルドは人間領を守る為、ケレンは新たな魔王を誕生させる為、お互いに全力をもって剣を振るう。

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