第277話 援軍

 ゼス王国からの主力の援軍が五人。

 そのうちの一人、ダンテはこの後夜戦になる事から、ハクアの魔力を温存させる為に位置情報を追ってそちらに向かっている。

 すでに魔貴族を倒して現在は守護者と戦っているそうだ。


 援軍四人はザウス王のいる王宮には向かわずそのまま魔貴族達の元へと向かう。

 人間領側の主力部隊と戦闘を終えた魔貴族達は、次の相手に挑む事なく他に戦う者達の戦いを見守っていたようだ。


 ヴィンセントを倒した先代大王ゼーン、レオナルドを倒した老魔貴族、カルラを倒した守護者の三人は、傷の回復も終えていつでも戦える状態にあるようだ。

 そしてゴブリンデーモンも待機しており、戦う事なく地上の魔人軍を見ている。


「私は人間領ゼス王国国王、ウィリアム=ゼスである。援軍として参ったのだ。誰か相手をしてくれぬか」


「おい待てゼス王、我らも名乗らせよ。ノーリス王国国王イスカリオット=ノーリスである」


「では私も。ウェストラル王国国王ハロルドだ」


「ウェストラル王国聖騎士長、シルヴィア=ガルブレイズ」


「ふむ。三国の王が集結とは豪勢だな。それと聖騎士長。我らの守護者のようなものか。こちらも名乗るべきだろうな。私は守護者ゼーンだ。お前達も名乗れ」


「ラシャド=ムーアじゃ。人間族には雷属性の使い手が多いようじゃの」


「西の守護者ジャレン=イングレアシス。もう一人は今来たようだ」


 人間領の本陣から一人向かって来る魔人。

 ラシャドの隣に浮揚して人間側に向き直る。


「待たせたか?」


「いや、よい。お前も名乗れ」


「守護者ケレン。私も実力を示しておこうか」


 この四人の中で最も強いのは間違いなくゼーンだろう。

 魔力幅を測定すると普段の状態でも一万ガルドを超えている。

 次に高いとすれば守護者ケレンであり、先代守護者であるラシャドよりも上だ。


「ゼーンとやら。私の相手をしてくれるか?」


 やはり一番強いゼーンを選ぶのはゼス王だ。

 他の王達からすれば戦闘狂であるゼス王は勝てないとしても強者に挑む異常者として見えている。


「ではカルラをやった者は私がもらおうか」


 ノーリス王もゼーンと戦うか迷ったが、兄であるヴィンセントで勝てないとすればまず確実に負けるだろうと予想していた。

 それならばノーリス王国の聖騎士長であるカルラを倒した者と戦おうと声をあげる。

 ジャレンが前に出てノーリス王と共に移動を開始した。


「ではケレン、ウェストラル王国国王ハロルドだ。私の相手をしてくれ」


「国王が相手なら願ってもない」


 聖剣の元に建国したのが人間国家である事はケレンも知っており、国王が国の最高戦力であると考えられている。

 実際に魔剣が多く作り出される前までは聖剣を持つ国王が国の最強とされていたのだが。


「シルヴィア殿。すまんがこの老いぼれが相手のようじゃ」


「老いぼれなどと…… まだこれから私より長生きするのでしょう?」


 魔人も老いが見え始める頃には全盛期を過ぎているはずだが、その高い実力はそうそう衰えるものではない。

 そしてこの魔力量の多さからまだ百年以上は生きるのだろう。


 先代大王のゼーンとゼス王をこの場に残し、場所を移動して戦う事になる。




 すでに陽は傾き、夕焼けに染まる空の下で煌々と輝きながら戦闘を繰り広げていたハクアは、炎の竜魔人となった守護者の女性の相手をしていたようだ。

 そこへ到着したダンテは下級魔法陣グランドを発動して間に割って入る。


「悪いがここからは私の相手をしてくれないか? ハクアにはこれから大事な仕事があるのでね」


「誰だお前は。私はその光の娘と一度始めた戦いに決着をつけねばならん。邪魔をするな!」


「それは後程お願いします。ハクア、本陣に戻って補給をしてきなさい」


「いいの? でもサフラ隊長が……」


 ハクアは大王と同格と思われる老魔人と戦っていたサフラが心配で仕方がない。

 守護者であるこの魔貴族と戦っていた事でサフラに目を向ける余裕はなかったのだが。


「サフラならほら、上にいるだろ」


 上空でハクアの戦いを見守っていたサフラは、老魔人を倒した後にハクアを探していた。

 随分と魔力を消費してしまっているが、ハクアの窮地には助けに入れるよう待機していたようだ。

 ダンテが来た事に気付いて上空から降りて来た。


「ダンテ、後は頼む。ハクアは補給に戻るぞ」


「はいっ!」


 嬉しそうに本陣に向かって空を舞うハクア。

 サフラが老魔人であるオーガストと戦っていた事を知っている守護者の女性も、驚愕の表情でその姿を見送った。


「さて、私達も始めようか」


「仕方がない。光の娘とは後で相手をしてもらうか」


 豪焔を放つ竜魔人がダンテに向かって構えをとる。

 ダンテは地属性強化のみで孫六兼元MK-2を納刀状態からの抜刀の構え。


 互いに翼を羽ばたかせて距離を詰め、神速の抜刀と豪焔の左袈裟が交錯する。

 速度で勝るダンテの斬撃が豪焔の威力を抑え込み、竜魔人を押し退けて攻勢に回る。

 ダンテも千尋から教わって強化にイメージを込めているが、ただ凶悪なまでの殺意と圧力をもって敵を圧倒する朱王の姿をイメージに込めている為、姿としては変化がない。

 以前の片手直剣とは違い両手で扱う片刃の曲刀であり、戦い方も変えざるを得なかったものの驚く程に戦いやすい。

 直剣よりも軽く、両手、片手どちらでも振るう事ができる為拳による乱打も可能だ。

 出力では完全に劣っているものの、竜魔人相手に攻勢に回れているのは天才ダンテの訓練の賜物だ。

 兼元に込められた激震は豪焔により打ち消されているものの、上級魔法陣を発動すれば体内を破壊するほどの衝撃が貫く事になるだろう。




 蒼真とデーモン二体、魔貴族一人の戦いは上級魔法陣を発動する事なく傷を負いながらも耐え続け、魔貴族をスペクターデーモンの火球に巻き込んで油断させたところを斬り伏せた。


 残る二体のデーモンに苦戦する蒼真だったがアイリの参戦により一対一での戦いとなり、アイリがスペクターを相手に時間を稼ぐ間に蒼真はジャバウォックデーモンと対峙する。

 豪炎を放つ爪刃も出力が上がり、蒼真の圧空刃でもまともに受ければ耐えきれない程まで強力な威力となっていた為、全て受け流すか躱すかで耐え凌いでいたようだ。

 アイリがスペクターを受け持ってくれるのであればランの力をも重ねる事のできる蒼真は、単純に出力が倍になる為ジャバウォック相手にそう苦戦する事もないだろう。

 それでもこの個体もデヴィル化したデーモンでありその出力はまだ上限には達していない。

 業炎となった爪刃で出力を高めた巨大化した圧空刃とも互角に渡り合う。

 それでもわずかな溜めが必要であり蒼真の安定した高出力の斬撃に次第に耐えきれなくなり、その巨体に傷を増やしていく。

 受けた傷は放出する炎が超速回復となって癒していくが、それを上回る速度で新たな傷を負わせる蒼真。


 アイリはスペクターを相手に魔剣クラウ・ソラスに雷刃を纏わせて全ての火球を斬り払う。

 しかし止め処なく続く火球の弾幕にアイリの速度を以ってしても攻勢に回る事はできずに苦戦する。

 そのうえ火球一発に込められた魔力量も大きく、アイリの魔力の消耗も激しい。

 このスペクターデーモンとジャバウォックデーモン、さらには精霊化しま魔貴族を相手に一時間以上もの間耐え続けていた蒼真は今のアイリから見てもやはり異常な程の実力者。

 努力して追いかけているつもりでもまだまだ遠く及ばない事に悔しさを覚える。


 このまま火球の弾幕にひたすらに耐え続けていては魔力が尽きると、アイリは飛行戦闘に持ち込もうと瞬雷からの加速で距離をとる。

 追従するスペクターの移動速度も速いが、瞬間移動でアイリの速度を超えて距離を詰めて来る。

 このゴースト系の魔獣がアイリは苦手であり、この夕暮れ時に透き通ったあの不気味な姿がとても怖い。

 少し涙を溜めながら全力で逃げる。

 そして追いつかれたと思ったら瞬雷でまた逃げる。

 逃げる方向に規則性を持たせておいて、時々進路を変更してまた逃げる。

 今は時間稼ぎが目的であり、アイリの出力ではこのデーモンにとどめを刺す事もできない。

 その為、蒼真がジャバウォックを倒すまで逃げ切ればアイリの勝ちなのだ。

 涙が流れる程の恐怖を感じながらも蒼真の役に立ちたいアイリはただひたすらに逃げるのみ。




 アイリがスペクターから逃げ回っている間に蒼真とジャバウォックとの戦いも終わりが見えてきた。

 防戦一方となったジャバウォックは多くの傷を負い、回復の為に炎に包まれている状態だ。

 すでに反撃する事もできずに防御に徹し、ブレスすら吐けないほどに消耗している。


 やがて防御する腕も上がらなくなり全身に斬撃を浴びて最後の時を迎えるジャバウォックデーモン。

 この後死ぬまで斬り刻まれるとしても時間が掛かり長く苦しみを与える事になるだろう。

 蒼真が上級魔法陣を発動すると青い光の刃が精霊剣から揺らめくように伸びる。

 炎燃え上がるジャバウォックを正中から真っ二つに斬り裂いてとどめを刺した。


 この強力だが扱いにくい上級魔法陣を解除し、アイリを追って空を舞う。

 スペクターの瞬間移動も速いがアイリの瞬雷による高速飛行は瞬間的な速度であれば蒼真よりも速い。

 追いつけるかわからないがアイリを追う。




 位置情報からアイリは蒼真の位置から50キロ以上も離れた位置を逃げ回っているようで、メールを送って戻って来るよう指示を出す。

 蒼真からのメールを喜んだアイリはスペクターに追われている事も気にせずに急旋回し、目の前に現れたスペクターを瞬雷ですり抜けて蒼真の元へと急ぐ。


 スペクターを振り切る程の速度で舞うアイリは手を広げ、笑顔を向けて蒼真に飛び込もうとしたが避けられる。


「どうして避けるんですか!?」


 叫びながら急停止するアイリだが、蒼真は向かって来たスペクターを神速の抜刀で斬り裂いた。


「あの速度でぶつかったらお互いただじゃ済まないだろう」


「でもすっごく怖かったんですよ!!」


「ああ、幽霊とか苦手だったか。でもまだ倒せてないけどな」


「ひぃっ!!」


「そんな怯えててよく今まで戦えたな」


「うぅ…… 蒼真さんの為に頑張ったんですよぉ。どちらも私の魔力では倒せそうにありませんでしたし、せめて時間稼ぎだけでもと…… 頑張ったので何かご褒美が欲しいくらいです」


 アイリもウェストラルの海洋戦以降、蒼真に対して少し欲が出始めているようだ。

 ここしばらくリゼが千尋に触れる様を見て羨ましく思っていたのだろう。


「アイリが来てくれて助かった。褒美と言われても、そうだな…… 考えておく」


「絶対ですよ!?」


 会話を続ける間に斬られた部分を修復したスペクターデーモンが向き直る。

 総魔力量は減っているはずだがまだまだ放出する魔力量は衰える事はない。

 倒すまでにはまだ時間が掛かりそうだがここからは二体一。

 高速飛行戦闘で削り落としていけば魔力消費を抑えたまま倒す事ができるだろう。

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