第276話 千尋無双とデーモン
魔貴族を含めた軍団長格二十六人を相手に、擬似魔剣を振るう千尋と左右には魔剣を持つ二精霊。
噴き出すような黄色に輝く強化魔力と放電現象が千尋のイメージを込めた戦闘体勢だ。
イメージを込めた強化魔力は通常強化に比べても高い能力を発揮する為、他の属性魔法に負けないだけの出力があるにも関わらず消耗は少ない。
魔貴族を相手にする仲間に向かわないよう牽制だけをしていた千尋はまだ一人も倒してはおらず、他の全員が魔貴族を相手に戦い出し、それぞれ散ったたところで、もう仲間の邪魔にらならないだろうとさらに強化を高める。
一際膨れ上がった千尋の強化魔力。
動きを一瞬止めた千尋に向かった軍団長格三人は、自分達の間をすり抜けられた事も気付かないうちに斬り伏せられ、その背後にいた二人、その左にいた一人、右にいた二人が一瞬にして地上に向かって落ちていく。
あまりの一瞬の出来事に呆然とする軍団長格と魔貴族だが、気を引き締めて一斉に襲い掛かる。
左右前後上下様々な方向から攻撃を受けるもその全てを捌ききり、爪刃を払い除けてがら空きとなった腹部を斬り裂く。
その強化の高さから傷は深く、魔力を高めて傷を塞ごうにも致命傷となる一撃は命を繋ぐ状態を維持するまでしかできない。
次々と斬り裂かれる軍団長格はほんのわずかな時間で全てが切り倒されていた。
中には魔貴族も二人いたが、小さな精霊剣を持つ下位の魔貴族だったのかそれ程実力は高くなかったようだ。
千尋の攻撃に魔貴族三人は耐えきれたようだが傷を負い、呪文を唱えて一人は完全な火の竜魔人化、他の二人は火と風の部分的な精霊化を済ませる。
竜魔人からの炎の斬撃をエンが受け止めるも弾き飛ばされ、千尋の頭上から振り下ろされるも竜魔人の左へと移動して躱し、そのまま腹部を斬り裂いてその背後にいた火の魔人にガクからの唐竹割り。
炎の精霊剣で防ぐものの、腹部はがら空きとなり逆手に持ったインヴィを振るう。
そこへ暴風を放つ風の魔人だが、インヴィを押し込んで火の魔人を吹き飛ばす。
そのまま回転するように風の魔人へと接近した千尋はかかとでの回転蹴りを食らわせ、そのまま重力魔法を使って地面に向かって加速。
大地に風の魔人をめり込ませた。
大地を砕くほどの踏み込みによる跳躍をして上空にいる魔貴族の元へと戻り、下方から突き抜けるように竜魔人に斬り掛かる。
出力を高めた豪炎を放つ精霊剣で受け止めるも加速からの千尋の一撃は威力が高く、上空に押し退けられたところへエンの袈裟斬り。
右肩から背中を斬り裂かれて血を吐き出す竜魔人。
その後の千尋の乱撃に耐えきれずに血に塗れながら落ちていく。
火の魔人はガクと斬り合いを続けているが、ゴーレム化していないガクでは魔貴族の相手は厳しいだろう、やや押され気味だ。
そこへエンを差し向け、千尋は今の戦況を確認する。
まだ誰も戦っていないデーモンが二体いるが、命令がないと動かないのかはわからない。
蒼真が攻撃をした直後に戦いを始めた事から、攻撃を受けると戦い始める事はわかる。
いずれ戦う必要があるのならばと千尋はデーモン一体を倒す事を決め、どちらにしようか考える。
驚く事に片方は小さな魔獣で、誰もがよく知るゴブリンと思われる個体だ。
様々な魔獣を取り込んだのかはわからないが、通常のゴブリンより一回り大きく、翼竜のような翼も生えている。
もう一体はバグベアーという毛むくじゃらな二足歩行の魔獣のデーモンだ。
鳥獣系魔獣の翼が生えており、羽ばたいてはいない事から風の精霊を取り込んでいるようだ。
千尋が戦う事にしたのはゴブリンデーモン。
魔獣の中では弱い部類に入る個体とはいえ、様々な魔獣との交配が可能なうえデーモンまで進化できた個体なのだ。
このゴブリンが交配した魔獣が新たな魔獣を作り出すと考えれば、危険度としては最も高いと思われる。
しかし翼を羽ばたかせてゴブリンへと向かうと驚くべき事が起こった。
「バグ、イケ」
ゴブリンデーモンは人語を話し、千尋を指差してもう一体のデーモンに指示を出したのだ。
「グオォォォ!!」とバグベアーの方は言葉を発する事はなかったものの、ゴブリンの指示を理解したようで千尋に向かって加速する。
この事から魔獣を使役しているのがこのゴブリンデーモンの可能性が出てきたが、今はこのバグベアーを倒す事に集中するべきだろう。
バグベアーの旋風を纏った拳を交差させた擬似魔剣で受け止め、ガクとエンを左右から斬り込ませるも風の砲弾のようなブレスと左拳とで払い除けられ、そこから左右の拳で連打を受ける。
一撃一撃が信じられない程の重さを持ち、千尋の片手では受け止めきれない威力がある。
後方に押し退けられながら防御に徹し、ガクとエンはバグベアーの死角に回り込んで攻撃も仕掛けるも、強靭な毛皮に風の鎧を纏っているようで刃が通らない。
おそらくは以前出会ったデヴィル化したグレンデルデーモンと同じくらいの強さを持つのではないだろうか。
そのうえ飛行速度も速く、グレンデルデーモンよりも上位の個体と見ていいだろう。
以前の朱王の戦いを思い返せば速度で上回る事でその威力を抑え込んでいたのだが、千尋の速度をもってしても反撃に出る事は難しい。
風のデーモンに対し地属性の千尋であれば、地上戦の方が優位に戦闘が運べるのだが、速度で上回れない飛行戦闘となれば互角といったところか。
それでも下級魔法陣を使用した強化のみの千尋が風のデーモンと互角の戦いをする事自体が異常ではある。
旋風渦巻く左右の拳だけでは千尋を上回れないバグベアーは左右の脚にも旋風を纏って蹴り技まで使用する。
ガクとエンも防御に回り、四刀流でさえも防戦一方となる程の強さとなれば、人間領でまともに戦える者はいないかもしれない。
これまでデヴィル化したデーモンと戦った事のなかった千尋の予想を大きく上回る。
それを使役するゴブリンデーモンの実力も相当なものとなるだろう。
防御に徹していた千尋は一旦距離を取るべく自身を軽量化して後方へと弾かれると加速して空を舞う。
逃げる千尋をバグベアーデーモンも追ってくるが、距離を詰められない事から速度では互角と思われる。
では機動力はどうだろうかと左方向に旋回し、バグベアーへと方向を変える。
バグベアーも千尋へと向かって左へと方向を変え、拳を後方に引いて殴り掛かろうと振りかぶる。
接触する直前に千尋は上方へと進行方向を変えて回避し、バグベアーの動きを観察。
急な方向転換はできない事から旋回性や機動力に関してはそれ程でもなさそうだ。
その後機動力を利用しての飛行戦闘に持ち込み、千尋とバグベアーの攻防を繰り広げる。
バグベアーの攻撃を全て捌ききり、千尋の斬撃はバグベアーの体を捉えるも風の鎧の防御力を打ち破れない。
斬撃は通らないとしても多少なりとも魔力を削れると考えれば攻撃する意味はあるだろう。
しばらく高速飛行戦闘で互角の戦いを演じ、バグベアーの行動パターンから確実な隙を作り出そうと剣を振るう。
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それから二時間もした頃にゼス王国からの援軍が到着し、エルフ部隊は要塞へと案内されて魔人軍へと魔法銃を放つ。
魔人軍一万に対して連合軍は十万近いとはいえ、以前の聖騎士達と同等の実力を持つ魔人相手では一人に対して複数で挑んでもそう簡単に倒す事はできない。
すでに前衛に配された冒険者達も半数以上は倒れて戦線を離脱し、要塞に運び込まれて復帰不可能と判断された者は王国へと運ばれていく。
聖騎士団にも被害は出始めており、後方に配置されている騎士団、領兵団にも二割程の被害が出ている。
魔人軍は残り三千程となっているが、今後向かって来る魔獣群五万を迎え討つ前に大きな被害がでてしまっている事から、出来る限り消耗を抑えたいところだ。
エルフ部隊の魔法弾は威力が高く一撃で沈める威力がある為、たった五人の援軍とはいえ連合軍としてはこの援護射撃はありがたい。
魔力量の多いエルフ達であれば相当数の魔人、この後の魔獣を倒してくれる事だろう。
魔貴族軍と戦う人間領主力部隊もある程度は決着がついており、人間領側は消耗の激しい者や怪我の酷い者には本陣に戻って来てミリーの治療を受けてもらっている。
本陣にケレンがいた事でボロボロになったロナウドが身構えるも、ミリーに止められて戦いにはなっていない。
アルフレッドの料理を堪能して満足そうなケレンからは敵意を感じられないが、敵を本陣に招くミリーに頭を抱えるロナウドだった。
戦いを終えて戻って来ているのはロナウドとダルク、ジェイラスの三人のみ。
三人とも消耗よりも怪我の方が大きい為、ミリーの回復を受ければすぐにでも戦線復帰も可能だろう。
しかし今後の魔獣群にも備える必要があり、戦況を見て温存するか復帰するか判断するつもりだ。
援軍が到着した頃にはエレクトラが魔貴族であるティアを連れて本陣に戻って来る。
友達になったのだとミリーに紹介しているが、なぜこうもアマテラスのメンバーはこうも自由なのだろうか。
傷だらけのティアはケレンへと駆け寄り、人間と友達になったと報告していた。
自己治癒能力の高い魔人であれば回復魔法は必要ないだろう。
「私もそろそろ戦って来るのでな。ティアはアルフレッドに料理を振る舞ってもらうといい。素晴らしい料理ばかりだ。友人と一緒に食事を楽しんでおれ」
「よいのですか? 私はまだ戦えますが」
「引き分けたのだろう? それならば休んでいても構わんさ」
「ではお言葉に甘えて」
と、ティアは本陣でエレクトラと食事を楽しむ事となった。
敵である守護者ケレンが勝手に決めてしまうのもどうかと思うが、ティアからも敵意が感じられない為放置する。
ユユラ他クリムゾンの救出部隊により、主力部隊の救出された者達は要塞の治療室へと運ばれて回復魔法を受けている。
魔貴族の老人と戦ったレオナルドは瀕死の状態で運び込まれており、レミリアが泣きながらそばについている。
魔貴族を倒したレミリアは、力及ばず敗れたレオナルドが落ちていくのを見届けて老魔人に向かい合ったのだが、助けに行くよう言われてレオナルドに付き添う事ができている。
レオナルドが斬り伏せられた事で、涙を流しながら構えるレミリアを哀れに思ったのか見逃してくれたようだ。
他にもノーリスの聖騎士長カルラも魔貴族女性を倒した後に守護者と戦っており、深い傷と魔力の枯渇により意識はない。
致命傷とはなっていない為それ程心配はないが、魔力が枯渇したとなれば数日は目覚める事もできないだろう。
ウェストラル朱王邸のメイドを務めるウルハとエイミーも老魔人によって倒されている。
ウルハは実力で圧倒的に上回る老魔人を相手に苦戦するも、上級魔法陣を発動した精霊魔導で挑み、一時間以上もの間戦い続けた事により魔力が枯渇。
全身に傷を負い意識を失って地面へと落ちていった。
エイミーは対峙した魔貴族を倒す事ができたものの、ウルハが戦っていた老魔人に挑んで敗北する。
魔貴族戦での消耗が激しかった事でまともに戦う事はできなかったが、助けに来たニコラスと交代して戦線を離脱している。
魔力もほとんど残っておらず、しばらく戦線復帰は不可能だろう。
そして先代大王ゼーンと戦っていたヴィンセントもその戦いに敗れて運び込まれている。
ヴィンセントは鬼人化して挑んだが、ゼーンが相手では精霊化をさせる事なく敗北する事となった。
ワイアットは魔貴族を相手に圧倒し、ヴィンセントの戦いを見守っていたのだが、師が敗れた事で自身も挑んで敗れている。
魔貴族とは隔絶した強さを持つ先代大王ゼーンに、長時間戦っていたヴィンセントの実力も相当なものだ。
ワイアットでは出力が足りずにゼーンの攻撃に耐え切れず、雷刃による高速戦闘が可能なワイアットが防戦一方となって斬り伏せられてしまった。
その傷も深く上級回復医数人がかりで治療に当たっている。
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