第272話 魔貴族の老人
ヴィンセントは開戦と同時に自身の背後を爆破し、急加速から一撃で軍団長の一人を沈めた。
あまりに一瞬の出来事から動揺した軍団長が爪刃を振るうもヴィンセントの爆焔の威力は凄まじく、受け止める事ができずに地上へと落ちていく。
軍団長の強さに物足りなさを感じるヴィンセントは、魔貴族軍の中から自分の相手になるであろう魔人を探す。
リゼが一瞬にして複数を斬り伏せて魔貴族が動き出すと、ヴィンセントに狙いを定めていた魔貴族が襲い掛かって来る。
精霊剣を持つ魔貴族であれば相当な実力を持つだろうと、ヴィンセントは嬉しそうにその剣を受け、爆発音を轟かせながら魔貴族と斬り結ぶ。
しばらく斬り合いを続けたが、ヴィンセントからすれば魔貴族と呼ばれるこの男もまだまだ未熟。
半端な魔貴族など敵ではない。
威力で勝り、速度で勝り、圧倒的に実力で上回るヴィンセントに恐怖する魔貴族の男。
恐怖から焦った魔貴族は距離も取らずにその場で精霊化をし、隙だらけのところに爆焔を受け、最大の力を振るう事なく地上へと落ちていった。
落胆するヴィンセントだがそこへ。
「魔貴族が相手にならんとはのぉ。ワシは守護者の一人、ゼーンという。お前さん、ワシと戦ってみる気はあるかの?」
守護者ゼーンは年老いた魔人であり、人間で見たところ七十歳ともなるのではないだろうか。
しかしその内包する魔力は高く、旧世代の強者であろうと思われる。
「私はヴィンセント=ノーリス。貴殿を相当な実力者とお見受けする。是非ともお相手願いたい」
放出する魔力が増大し、互いに距離を詰めてヴィンセントは神速の抜刀からの爆焔による一閃を振るい、対するゼーンは巨大な精霊剣から豪焔を放って斬り結ぶ。
ヴィンセントの最大威力での抜刀が抑え込まれ、威力で上回る事ができると思ったゼーンも相殺された事に驚きの表情だ。
続くヴィンセントの流れるような剣技が振るわれ、ゼーンはそれを受け、躱しながら速度に勝るヴィンセントの刀を最小の動きで防ぎきる。
隙のないその剣技に反撃に出る事ができないゼーン。
敢えて流れを崩してからの反撃も可能だが、爆焔の威力の高さからこちらの手を読まれた場合に耐え切れない可能性もある。
しばらくはヴィンセントの剣技を観察し、技と流れを飲み込んで反撃に出る事にしようと防御に徹する事とした。
自身の最速の技で軍団長一人を斬り伏せたワイアットは、その身を翻して次なる魔人へと頭上から襲い掛かる。
咄嗟に炎の爪刃を切り上げた魔人だが、ワイアットの緑雷の刃は対象の全身に流れ落ちる。
雷撃により全身を焼かれ、痺れを残すも炎を放って麻痺を払う。
一人目は神速の抜刀による鋭い一閃で斬り伏せる事ができたものの、妖刀獅子王に組み込まれた迅雷による通常の雷撃だけでは倒しきれないようだ。
ワイアットは自身の剣術がどこまで通用するか試すべく、軍団長を相手に迅雷のみで挑む。
地上戦でない事が悔やまれるが、空中浮揚からの剣術も充分に訓練を積んでいる。
魔人が翼を羽ばたかせるのに合わせてワイアットも空を舞い、速度を上げて斬り掛かる。
左右の爪刃を躱しながら隙を狙い、斬り結ぶ事なく胴を斬り払って勝負を決める。
再び軍団長へと狙いを定めて上昇するが、後方から追う魔貴族の姿に気付いていない。
軍団長の下方から斬り上げるように一閃し、上空でその身を翻した瞬間に魔貴族の斬撃がワイアットを捉える。
既のところで獅子王で受けるも腹部に傷を負い、自身の未熟さを噛みしめつつもその後の斬撃を振るう魔貴族と斬り結ぶ。
押し込まれたその剣を払い除け、下級魔法陣を発動した精霊魔導で魔貴族に挑む。
カルラは向かって来た軍団長格と斬り結び、火炎を通した精霊魔法で払い除けると同時にサラマンダーのブレスを浴びせて隙を作る。
ブレスによって視界を遮り、側面に回り込むと右袈裟に斬り下ろす。
飛行装備の左翼と肩を斬られた魔人は地上へと落下し、次の魔人を求めて前へと進む。
二人目の魔人に魔剣を向けたところで魔貴族と思われる女性の魔人が長い精霊剣を横に薙ぎ、油断したカルラは飛膜を斬られて地上へと落下していく。
それでも自動制御機能が働いた飛行装備はカルラを地面に叩きつける事なく着地させた。
そこへ先程の女性魔人が舞い降り、地上戦でカルラと魔貴族の戦いが始まる。
ジェイラスは風と雷の下級魔法陣を同時発動し、精霊魔導による暴風で軍団長格の飛行を乱して雷撃を浴びせていく。
一撃で命を奪う程の出力はないが、見た事も受けた事もない雷撃は魔人にとっては脅威に映る。
痺れを残したところに一瞬で間合いを詰め、風雷の斬撃を浴びせる事で雷撃を与えると同時に吹き飛ばす。
ジェイラスの放出できる魔力の幅がその出力を上げ、軍団長以上の威力を持つ。
複数の魔人をわずかな時間で沈めたジェイラスに魔貴族の男が頭上から斬り掛かり、左に持つ風の擬似魔剣で受け流した直後に右の雷の刃を右袈裟に振り下ろす。
肩を掠めた斬撃は雷撃が流れる事で衝撃が大きく、反撃に出るよりもその後の回避を優先して下方へと抜けていく。
その魔貴族を追うジェイラスの表情は獲物を狙う狩人のように獰猛だ。
かつて魔導と深淵へ近付いたと言われる過去最強の人間は、擬似魔剣を振るって魔貴族に挑む。
サフラが軍団長を一撃の下に斬り伏せ、続く魔人が斬り掛かったところをハクアの強化された魔槍で腹部を貫く。
その後襲い掛かる複数の軍団長を相手にパステルはアルテリア仕様の直剣を手にして迎え討つ。
パステルは下級魔族とはいえハクアによって訓練された部隊であり、精霊魔法は使えなくとも高い戦闘能力を持つ。
それでも軍団長格と対等とは言えず、複数で挑む事によってその戦力差を埋めようと剣を振るい、空を舞って襲い掛かる。
軍団長格六人と乱戦になるが、パステルにとっては厳しい戦いになるだろう。
ハクアは次なる軍団長へと魔槍を振るい、光属性魔法による分身体を作り出す。
八人の分身となるハクアは全てが熱量の塊であり、七色の光を纏う為本体との判別が難しい。
一斉に軍団長へと狙いを定めて魔槍を突き出し、魔槍を払おうと爪刃を振るうが受ける事はできない。
軍団長が全身を突き刺されると分身体は魔槍アラドヴァルに吸い込まれ、その収束したエネルギーを離れた位置にいる魔貴族へと向けて放つ。
特大のレーザーが放たれ、その熱量が危険を察知し炎を放っていた魔貴族を直撃。
全身を焼かれながらもこのレーザーに耐えた魔貴族だが、炎を放っていなければ一瞬にして焼き殺されていた事だろう。
レーザーを放って隙を見せるハクアに複数の軍団長格が襲い掛かり、サフラが白緑の豪火を放って複数を同時に薙ぎ払う。
《食うか?》
「いや、燃やせ」
上級精霊イフリートの質問に答えたサフラ。
次の瞬間サフラが払い除けた魔人が全身を炎に包まれ、悲鳴をあげて落ちていく。
魔獣相手に使った対象の体内にある魔力を燃やす炎ではなく、体表を包み込む魔力を燃料として燃え上がらせる特殊な炎。
侵食する炎魔法がサフラとイフリートの本来の戦い方だ。
炎の侵食を受ければ自身の魔力を切り捨てる以外に防ぐ事はできない。
このサフラの炎を危険と判断した魔貴族の一人。
年老いた魔貴族がサフラへと向かい、豪炎を放ってサフラと斬り結ぶ。
そこから複数の剣戟を重ね合い、吹き荒れる炎を撒き散らしながらサフラの炎を払い除ける。
出力を高めて侵食を抑え込む事でイフリートの能力に対抗しているようだ。
「ほほぉ。これ程の炎の使い手を見た事がない。人間の、それもその若さで大したものだ。フェルディナンに匹敵するやもしれんな」
「んん? フェルディナンとは?」
「西の大王の事だよ。彼奴も炎の魔人でありなかなかの使い手でね」
「その言い方だと貴方の方が強いように聞こえますね」
「どうだろうねぇ。わたし達老兵は引退した身。フェルディナンが魔王を目指すと言うから力を貸してやる事にしたのさ」
嫌な予感を感じつつもサフラは言葉を交わす。
「引退した老兵…… かつてのその立場をお聞きしても?」
「わたしは元守護者だよ。前大王はあそこで戦っているゼーン様さぁ」
今まだ到着していない現大王フェルディナン。
そして前大王と前守護者が来ているとなれば二国分の上位者と戦う事になる。
「前大王はフェルディナン大王を魔王に相応しいと思っているんですか?」
「わたしらもかつて魔王様に挑んだ事もあったがね、西の大王軍六人掛かりで勝てないんだから先代魔王様は偉大なお方さぁ。わたしとしてはフェルディナンじゃあ役不足と思うがね」
「前大王が魔王になるとすればどうですか?」
「ゼーン様であればわたしも言う事はないんだが、当の本人が魔王の座につく気がないからねぇ」
「なるほど……」
前守護者であるこの老人が現大王と同等の強さを持つと考えれば、大王七人を相手にするようなもの。
その中の一人、ヴィンセントと戦う守護者ゼーンは先代魔王には届かないまでも次代の魔王となるだけの実力を持つという事か。
「ではわたしの質問にも答えてくれるかね? お前さんの名前を聞かせてくれるかい?」
「私は朱王様率いるクリムゾンの総隊長、サフラ=クリムゾン」
「ふむ。朱王というのは強いのかい?」
「ええ。先代魔王ゼルバード様の最後の友人であり、人間領五国をこの地に集結させた偉大なお方です。先程連絡が入りましたが魔人領北の国、東の国と共に南の国を制圧したようです。これからゼルバード様の墓を作るそうですよ」
「なんと!? 西の国以外の全てを収めたという事かい!?」
「いえ。朱王様は統治するつもりはなく、純粋に人間と魔人とが共存する世界を望んでおられます。ただその為に必要とあれば魔王になる事も厭わないと仰っていましたが」
「ほっほっ。素晴らしい。是非とも会ってみたいが…… まずは人間と西の国とで決着を付けなければいけないねぇ」
「退いては頂けませんか?」
「それはできませんな。ではサフラ殿。このオーガスト、全力を持ってお相手しよう」
「仕方ないですね」
下級魔法陣を発動し魔剣ナーゲルリングから白緑の豪炎を放ってオーガストに向かい合うサフラ。
オーガストとの会話からこの戦いが厳しいものである事がわかった今、メールにて全員に内容を送信。
誰もが魔貴族の老人として見ていた男達を大王格として認識する。
先代大王ゼーンと対峙するヴィンセントは勝利する事が難しい事を知りつつも、勝敗よりも強者と戦える事に喜びを感じていた。
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